第3話 お昼は錆びたベンチで
「……湊、どうしたんだ? 顔色悪いぞ」
「いや、昨日ちょっとね」
「そうか。まぁ、倒れないようにな」
教室に入り自分の席に鞄を置くと、前に座っている斎藤がギョッとした顔をしていた。
昨日カラオケで騒ぎまくった疲れが抜けず、朝から体が怠い。
やりなれてないことをした反動だろうか。
そうなるまで一緒に騒いでいた恋伊瑞はというと、ギャル仲間で集まり談笑している。
やっぱり遊び慣れている差が出たか。
「おはよー」
「あ、りーちゃん。おはよ〜」
長い黒髪をなびかせながら教室に入ってきたのは、俺の元カノの椎名さんだった。
椎名さんのことを『りーちゃん』と呼んだ森川さんは、そのまま椎名さんの席に向かう。
ちなみに、椎名さんを渾名で呼ぶのは彼女しかいない。高校前から付き合いがあったのか、一番仲が良い。
あぁ無理だ。声を聞くだけで辛い。
このまま姿を眺めていると本当に泣き出してしまいそうだったので、椎名さんを視界に入れないように机と睨めっこをする。
すると後ろから。
「相馬君もおはよ」
鈴が鳴るような心地よい声が俺の名前を呼んだ。
「え! あ、おはよう……」
「うん、おはよ!」
そして目が眩むような笑顔を見せた後、そのまま斎藤とも挨拶を交わし、森川さんの元へ帰っていく。
え、どういうこと? 昨日振った相手にあんなことするのは普通なのか?
たしかに昨日『友達として仲良くしていこう』と振られたが、椎名さんなりに気を遣ってくれたのだろうか。
「りーちゃん昨日の放課後どこ行ってたの〜? 先に帰ってとか言ってたし〜」
心臓が跳ねた。
昨日の放課後は、まさに俺が椎名さんに振られた時間帯だ。
椎名さんに限って言いふらす何てことは無いと信じているが、それでも会話の内容に耳を傾けてしまう。
「なんでもないよ! 気にしないで」
「あ、もしかしてまた告白?」
「もー、違うから!」
少し顔を赤らめながら、森川さんの言葉を否定する。
「うへー、あれは告白だと見たね。どう思う湊?」
斎藤も聞き耳を立てていたらしく、そんなことを聞いてきた。
真実を知っている、というか当事者の俺は――
「……どうなんだろうね」
顔を伏せながら、曖昧なことを言ったのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
午前の授業が終了し、お昼休みとなった。
生徒で溢れかえる購買で、なんとか焼きそばパンとメロンパンを買うことに成功した俺は、そこで立ち止まる。
さてどうしようか。
いつもなら教室でスマホを弄りながらパンを齧るのだが、今日はそうしたくない。
理由は単純で、教室では椎名さんが友達とお弁当を囲んでいるからだ。正直、授業中ですら同じ教室にいるのが辛かったのに、お昼もとなると心が持たない。
数分に一回は椎名さんを見てしまうし、そのたびに振られた記憶がフラッシュバックして泣きそうになる。
だからせめて、離れられる時は離れていたいのだ。
……引きずってるなぁ、俺。
「小和は何買うの?」
「えー、紅茶かな」
「んじゃ、わたしオレンジジュースにしよ」
「じゃあウチはカルピス!」
昼食を食べる場所が決まらず、なんとなしに廊下を歩いていると、廊下の先で女子三人組が飲み物を購入していた。
その内の一人、恋伊瑞小和と目が合う。
しかし目が合ったのは一瞬で、恋伊瑞はすぐに自販機へ視線を向けた。
そんな露骨に逸らさなくても……。
ちょっと傷ついていると、ポケットに入ったスマホが振動する。
『お昼まだでしょ?』
画面に映ったのは恋伊瑞からのチャットだった。
視線の先にいる恋伊瑞を見ると、早く返信しろと睨まれた気がした。なんでこっち向いてないのに圧があるんだろうか。
『まだです』
つい敬語になってしまったが、返信完了。
「あ、ごめん! 私急用出来ちゃった。お昼は二人で食べてて!」
「急すぎるでしょー」
「ほんとごめん!」
「いいけど、明日はウチたちとだかんね!」
「うん!」
恋伊瑞は友達と別れると、俺の方に歩いてくる。
そして、そのまま俺の目の前まで迫ると……俺に見向きもせずに歩いていってしまった。
……えぇ?
『あのベンチ集合』
なるほど。
二人で一緒にいて噂とかされたら恥ずかしいですもんね……。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「遅い」
「そんな遅れてないだろ」
ベンチに座って文句をいってきた恋伊瑞は、さっき購入していた紅茶を飲み、一息ついていた。
「昨日の今日でどうしたんだ?」
「いやー、あんたが辛くないかなーって」
「え?」
「授業中もずっと辛そうだったし、椎名さんが登校してきた時なんて顔ヤバかったからね」
「マジか」
だから今日、隣の席の鈴城さんといつもより距離が遠かったのか。
「でも、あんたと椎名さんが付き合ってたなんて耳を疑ったわよ。椎名さんってジミ専だったのね」
「おい。俺のために集まってくれたんじゃなかったのか?」
「冗談よ」
「棘がありすぎるだろ......」
否定できないところがまた悔しい。
昨日とは真逆に楽しそうにしている恋伊瑞を見て、ふと疑問に思ったことを聞いてしまった。
「なぁ、お前は辛くないのか?」
言ってから、俺は手で口を覆う。
昨日の荒れっぷりを見たんだ。辛くないわけがないのに。
「ご、ごめん。俺」
「辛いわよ」
さっきまでとは違い、真剣な顔で口を開く。
「だって人生初彼氏よ? 佐久間君の顔を見ただけで胸が痛いし、すれ違っただけで泣きたくなるわ」
「……それなのになんで」
「忘れたの?」
「え?」
何言ってんだといいたげな顔で首をかしげてくる。
「昨日言ったじゃない。泣くのは昨日までって」
「……あ」
「今日からは立ち直っていくの。引きずるし落ち込むことも絶対あるけど、振り返るのは昨日で終わり」
「……そうだな。そうだった」
俺は錆びたベンチを触る。
本当に、恋伊瑞に会えてよかった。
俺一人だったらきっと昨日も今日も、その先だって、このベンチで泣いているだけだっただろう。
「お前はアレだな。いい奴だな」
「はぁ?」
「だって、俺を心配して集まってくれたんだろ?」
「それは! そうだけど!」
照れているのか、頬を赤くして睨んでくる。
「心配かけて悪かった。もう大丈夫だよ」
「......ならいいけど。というか、今度は私のストレス発散相手になってもらうからね」
「そのくらいならいくらでも付き合うよ。いつまでも失恋を引きずったままじゃダメだもんな」
「そうよ! あ、そういえば失恋から少しでも早く立ち直る方法を今日の朝調べたんだった」
「まじか。教えてくれ!」
恋伊瑞はコホンと一息すると。
「新しい恋をするの」
得意げに、ニヤッと笑った。
なるほど、新しい恋かぁ……。方法としてはもちろん良いんだろうけど。
「椎名さんより好きになれる人かぁ……」
「私だって、佐久間君より素敵な人よ……」
それから俺達は、しずかにお昼を食べ始めたのだった。
フラれた者同士、友達未満の特別な関係 @matyagashi
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