第13話 石川県金沢市②
外に出て少し歩いていると、色々な建物が並ぶ街並みが現れてきた。
隣の少女はなぜかスキップしそうな勢いで歩いている。
そして、私の手には温かい熱がある。
その熱を離そうとするとぎゅっと掴まれ、隣の少女の頬は膨らんでいった。
「今日は一日デートって言った」
「いや、デートって……」
私の知るかぎりでは、デートは好きな人や付き合っている人とするものだ。
ランは友達だ。
友達……?
なんか、それもしっくりこない気がする。
ランとは手を繋いだ。
一緒に寝た。
今日はデートをしているらしい。
そして、キスもした。
これって――。
そんなことを考えていると急に顔に熱が集まり、体が火照る。
余計なことを考えたくないのに、ランが手を離してはくれないから、いやでも手から考えさせられる。
本当に謎行動の多い少女には困らせられている。
「優織、顔赤いよ?」
ランにそう言われなくても自分の顔がそうなっているなんて、わかっている。
少し肌寒い季節になってきて、本当は冷えていなければいけない顔と片手は熱くなるばかりだ。
私ばかりがこんなに考えさせられるのもなんか違うと思うが、余計なことを言って、またランの思い通りになるのはいやだったので、黙るしかなかった。
私はこの生活が始まってから地図や標識というものを意識して見るようになった。
顔を斜め上に向け、見上げる高さにある青い案内標識を見ながら街を歩く。
方向音痴だった私はかなり方向を間違わずに歩けるようになったと思う。
それでもまだまだ間違えることが多い。
しかし、ランはそんなことはないのだ。
割と迷わずにぽんぽんと道を進んでいる。
案内人だから当たり前だと思っていた。しかし、それは完全な思い込みだったということを最近知った。
ランが寝る前や朝に私よりも早く起きて、ずっと地図とにらめっこをしているところをたまたま目撃したのだ。
それに気がついてから、ランが地図に集中している時は息を潜めるように彼女の行動を観察している。
地図を見ている時の彼女はとても真剣そうで、私と一緒にいる時とは全然違う顔をしている。
何度も鉛筆でラインを引いては、頭を抱えながら線を消して、別のルートをなぞるということを繰り返していた。
ここまではかなりいいペースで来れているらしい。
私たちの目指す土地までは四分の一の距離まで来ているので、よっぽどのアクシデントがないかぎりはお腹に刻まれている時間内に到着するだろう。
それでも、ランは準備を怠らない。
私も一緒に手伝えばいいのだが、余計な邪魔をしてしまうのも申し訳ないし、真剣な彼女の姿を見るのも私の楽しみの一つになっていたので、いつも気が付かれないように見つめるだけにしている。
今日もランの考えてくれた場所に向かっているわけだ。
「優織、ぼーっとしすぎ」
「ごめんごめん」
さっき手を離そうとした時よりも頬を膨らますその様子は私よりも少し幼く感じる。
しっかりしていたり、幼かったりと彼女のギャップには心がいつも驚いている。
私が適当に謝ったからか、今度は不安そうな顔をしていた。
「私とのデート楽しくない?」
私は首を傾げてランを見てしまったと思う。
どうやら彼女は本気でデートをしていると思っているらしいし、私に楽しんでほしいようだ。
これがデートかどうかはさておき、せっかく二人でこうやって街を観光しているのだから、楽しむべきだと思った。
「ランってすごいなーって、ぼーっとしてた」
「意味わかんない。優織の方がすごいよ」
「そっちの方が意味わかんないよ」
ランと目を合わせるとぷっと二人で吹いてしまった。
笑い声が響く街を歩き続ける。
少し進んでいくと古風な雰囲気の建物が少しずつ数を増やしていく。その場所にランと一緒に足を踏み入れようとしたが、その前に大きく息を吸った。
小道の左右に古風で趣深い木の建物が私の目で見える先まで並んでいた。
街には日の光が差し込んでいて、時代劇のワンシーンを見ている気分になる。
先ほどまで大人しかったランは、私の手を離して、私を置いて先にその世界に入り込んだ。
嬉しそうに左右の建物を見て、キョロキョロしている。
彼女のそのあどけない行動はこの街にマッチするわけもないのに、なぜか、この古風な世界に彼女は溶け込んでいた。
私はこの一線を超えられない。
私のように何も持っていない人間がこの場所に入ってはいけない気がした。私はランみたいにキラキラしている何かを持ち合わせてはいない。
だから、私は観客席でスマホを構えていた。
理由とかはよくわからない。
ただ、この瞬間を収めたい。
その一心だった。
ランが振り返る瞬間にカシャリと清々しい音が辺りに響く。ランは随分呆けた顔をしていた。そんな顔もパシャリとカメラに収める。
「優織、聞いてない」
「ごめん」
少し怒り気味でランが私のもとに戻ってきて、「行こう」と手を引かれるから、私は片足が簡単にその世界に入る。
一人では怖くて入れなかった世界もランがいれば簡単に入ることができたのだ。
本当に不思議な少女だと思う。
「さっきの写真消して」
「やだよ。私、カメラマンになれるかも」
確実に一枚目に取った写真はいい写真だった。日本の風流な街並みに、洋服を着ているので、馴染むことのないはずの少女が綺麗に溶け込んだ写真。
私は我慢できず、スマホの写真を見返した。
ランが覗き込んでくるので、削除ボタンを押されないように手で覆いながら彼女に写真を見せる。
「盛れてるね」
「案内人ってそんな言葉知ってるの?」
「優織、失礼すぎない?」
現代のこと知る方法もないこの土地でどうやってそんなこと知るのだろうと疑問が浮かんだ。
「私だって雑誌くらい読むよ」
なるほど。本屋に並んでいる本なんかを読んでいるのかと納得した。
この世界は食べ物だけではなく、雑誌なんかも今の日付の新しいものが更新される。
本当に不思議な世界だと思う。
むくれた顔の少女は私の手をまた握ってくる。気のせいかもしれないけれど、手から楽しそうな感情が伝わってくる気がした。
「でも、優織の写真すごいね。私じゃないみたい。初めて自分のことかわいいって思えたかも」
「ランはこの写真の中にいなくてもかわいいよ」
つい、本音が漏れてしまった。
ランに初めて会った時から、綺麗な顔立ちの子だと思っていた。しかし、あまりにも急にかわいいなんて言ってしまったことに後悔した。
「優織が髪切ってくれたおかげだね」
「えっ?」
私はかなり驚きながら彼女の方を見てしまったと思う。ランはにーっと口を左右に引っ張り、目は細まっていた。
確かにさっきは不格好だと思っていたその髪型は、明らかにこの街に馴染んでいる。
私は自分の生きていた世界の軸をこの世界に当てはめ過ぎていたのかもしれない。
現代風な髪型に整えられる技術はないけれど、真っ直ぐに切りそろえられたランの髪型は彼女に似合い、そしてこの綺麗な街並みに合っていた。
さっきはあんなにも自分を責めていたのに、ランという少女に私の気持ちは簡単に転がされ、変えられてしまう。
「ランって私の世界にいたら激モテしそう」
「そんなことないでしょ。ほら行くよ!」
私の手を引く少女はずっと楽しそうだ。
彼女の良さに気がつく人が私以外に居ない、この世界でランと出会えてよかった。
あと二ヶ月以上は私が彼女を独り占めできる。
楽しそうに街を見て喜ぶ彼女とは裏腹に、私の頭にはそんな狭量な考えが浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます