第4話 福井県敦賀市④
どれくらいの時間、その場に留まっていただろう。
波の音も聞き慣れてきて、高揚していた胸は落ち着いていた。
隣に座る少女は何も言わず私の隣にいてくれる。砂浜からお尻を離すのにはもう少し時間がかかりそうだ。
何が私を突き動かしたのかはわからないけれど、彼女に少し私のことを知ってほしいと思ったのだ。
「私の故郷も海がすごい綺麗なところだったんだ」
「そうなんだ」
「うん。ここは綺麗な弧を描いた砂浜だけど、私の故郷はどこまで続くんだってくらい真っ直ぐ砂浜が続いてたんだ」
家族みんなで「歩けるところまで歩こう!」なんて追いかけっこをしたこともある。そして、そこにも今、私の後ろに立ち並ぶような綺麗な松林が形成されていた。
「そんなに生まれ育った場所が好きなのに戻りたくはないの?」
「うん……」
「そっか」
ランがそれ以上深堀りをしてこなかったことに安堵する。私があの世界に戻る理由はなにもないと思っている。
その後もただただ、ぼーっと海を見る時間が過ぎていった。
こんなにも無言で誰かと一緒にいるなんてことはなかったので、自分の中では少し不思議な感覚に襲われる。
ランが案内人だからなのか、なんなのかはわからないけれど、彼女といるのは心落ち着く部分があった。
辺りはまだまだ明るいが、いつまでもその場所にいるわけにもいかないので、今日も私たちは宿を探す。
今日は近くのビジネスホテルに泊まることになった。部屋を分ければよかったのだけれど、「贅沢はだめ」とランに怒られ、ベッドが二つ横並びになっている部屋を選んだ。
彼女の言っていることは正しいのだが、昨日出会った人と同じ部屋で寝るというのは、不快とまではいかないけれど、あまりいい気分ではない。
しかし、そんなわがままも言えないので、昨日知り合った人と同じ部屋で過ごしている。
この子の正体は未だに謎だ。
「ランってこの世界の住人なの?」
「そういうことになるね」
「この世界は一体何なの?」
「それは教えられない」
「そっか。他にも聞きたいことあるんだけど、いい?」
私はベッドに寝っ転がり、隣に腰かける少女に話しかけ続ける。
「私も
「私は答えたくないけど、ランは答えて」
「優織って意外とわがままなの?」
そう言われて、笑い声を漏らしてしまった。彼女の言うとおり、私は意外とわがままなのかもしれない。
現実世界ではそんなことはなかった。
人の顔色を伺い、誰かに合わせて生きていて、わがままなんて絶対に言わないような人間だったはずだ。
この世界には誰もいないから、気を使う必要もなくなって、素の自分が出ているのだろう。
「わがままかもね」
「そうなんだ。いいと思うよ」
「適当過ぎない?」
「ほんとに思ってる!」
少し前のめりに焦った様子でランは話していた。
昨日から彼女と過ごしていて思うことは、高校生くらいの少女にしか見えないということだ。変なところも多く不思議な人物だが、話している分には友達と話しているのとあまり変わりない。
私と同い年くらいなのに、私のように迷い込んだ人間の案内人をしなければいけないなんて大変そうだ、と他人事のように思っていた。
「ランはずっとここにいるの?」
「……うん」
「頭おかしくならない?」
「最初は辛かったけど今は……」
「今は?」
「優織がいるからそうでもないよ」
急な言葉に心臓がドクンと脈打つ。
この子はなんて意味のわからないことを言っているのだろう。
顔をそんなに赤くして、そんなことを言われたらこっちが恥ずかしくなる。
こういう現実離れした世界に出てくる人物とは、もっと冷静で淡々としているものじゃないのだろうか?
そういうイメージだったのに、ランからそういう雰囲気が感じられない。
今のところ、同い年くらいのただのかわいい女の子だ。
いや、私の考えが間違えているのかもしれない。だって、アニメでしかこういう現実離れした世界は見たことがなくて、今のイメージだって、全て私の想像でしかないのだ。
そんなことをあれこれ考えていると今度はランの質問のターンになってしまった。
「優織はどうして帰りたくないの……?」
その質問に鼓動が早くなる。体に響くその音が気持ち悪く、無意識に胸の辺りを抑えていた。
あまり思い出したくないことが現れては消える。
いつの間にかランは私の真横に座って、私の背中をさすっていた。
「ごめん。楽しいこと考えようか。優織のしたいことなにかある?」
「うーん。ないかな」
「嘘だ。絶対ある」
ランは真剣な顔で私を見ていた。
それも、かなり至近距離で。
彼女が近くにいることに対してなのか、少女の顔が綺麗だからか分からないけれど、心臓が先程よりも音を鳴らしている。
そんな音を無視して私は頭を回転させた。
この世界でできること――。
「考えとく」
「うん。考えといて」
そう言うと、隣に座っていた少女は自分の布団に普通に入っていくので、そのことがどうしても不思議で声をかけることを我慢できなかった。
「ラン……」
「どうしたの?」
「ううん。案内人って寝ないのかと思ってたから、ちょっとびっくりした」
「なにその偏見」
「いや、だってお化けみたいなものだって未だに思ってるからね?」
「ふふっ。変なの」
ランの顔は見えないけれど、彼女の笑っている声は初めて聞いた。
どんな顔をしているのだろうと気になり、起き上がって彼女の方を見つめる。電気は消されていて、常夜灯だけだったので彼女の顔はよく見えなかった。
私の行動を変だと思ったのか、ランも起き上がってしまう。
「どうしたの?」
「ううん」
「一緒に寝たくなった?」
掛け布団で人が入れるような隙間を作り、こっちに来れば? という態度を取っている。私は一気に恥ずかしくなり、ガバッと布団に潜り込んだ。
「馬鹿じゃないの」
「ふふ。明日から長旅になるからゆっくり休んでね」
「うん」
「優織、おやすみ」
「おやすみ……」
私はこの世界に来てから初めて誰かが居る部屋で寝た。
この状況についていけないのは私だけで、少しするとランの寝息が聞こえ始める。
なんだ、ただの人間じゃないか……。
不思議な少女の寝息を聞いていたら、私にも眠気が襲ってきたようだ。
明日からまた新しい生活が始まる。
不安だったその感情はいつの間にか期待や希望に変わっていたことに、この時の私は気が付かなかった。
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