放っておけない恋心(二ノ宮 宙✕彩陶 綾)

「やっぱり、お前、浮気だな!」


 バイト先のケーキ屋で接客中、後ろから怒鳴り声をかけられた。振り返ると、サークルの同期――この前、告白されて付き合ったばかりの彼氏がいる。


「ちょっ……、違う、違うよ! こっちから出て」


 お客さんに頭を下げて、彼氏を店の勝手口のほうに連れ出す。店の中で騒ぐなんて信じられない。

 しかも、浮気なんて……たぶん誤解だ。


「俺との話はさっさと切り上げて、他の男と会ってただろうが!

 クリスマスの予定もバイトばかり入れて、やっぱり……」


 他の男って……、『相談にのってほしい』って頼んできた先輩のことかな? それとも志望校に悩んでた高校の後輩のこと?

 暇になると、つい余計な世話を焼いちゃうからテニスに打ち込んで出会ったのが彼氏で。彼氏がいてもやっぱり世話を焼きたくなっちゃうから、テニスサークルに加えてバイトも始めたんだよね。


「綾は俺の彼女だろ!?」

「そうだよ」


 あーあ。も、やっぱり、こうなっちゃうのか。


「なのに、すぐ、他の男にふらふらしやがって」


 彼氏がいるのに、すぐ他の人が気になっちゃうなんて、浮気だって言われても仕方がないよね。


「何やってるの?」


 ひょいっと勝手口から、長身細身のパティシエが顔を出す。

 男性が口を入れたことで、彼氏の機嫌が一気に悪くなった。


「関係ないだろ! 出しゃばってくるな」

「えぇっと……、ここうちの店だし。それに、ね。女の子相手に強い言葉、使わないほうがいいよ。

 一度帰って、頭を冷やしてから話しな。きっと、後悔するから」


 淡々と言い含めるような口調で返されて、あたしと二ノ宮さんの顔を交互にみくらべる彼氏。

 お客さんを浮気相手だと思ったみたいだけど、もしかしたら、今度は職場恋愛を疑われてるのかも。


「……っ。ぐっ、……くそっ。

 覚えていろよ」


 こんなふうに、店で騒ぐような人じゃなかったんだけどな。それだけ、つらい思いをさせてしまったのかもしれない。

 あたしがすぐ、他の人が気になって、ふらふらしてしまうから。


 一応、店で騒がないほうがよいことは納得はしたのか、彼氏は不満そうな足取りで帰っていった。


「彼氏?」

「……はい。ご迷惑をおかけしました」

「大丈夫だよ。ただ、危ないかもしれないから気をつけて」

「はい」


 忠告はもっともだ。けど、彼も二人きりになると、本来の控えめで優しい人に戻って謝ってくるのだろう。

 きっと、前の彼氏や前の前の彼氏と同じように。


「俺は戻るけど、戻れそう? きつかったら店長に言っておくから、ちょっと休ませてもらうといいよ」

「大丈夫です。……ありがとうございます」

「ぜんぜんっ! いつも助けてもらってるし、彩陶さんがそんな顔してたら、みんな心配しちゃうよ。

 もう、あと五分くらいなら大丈夫だから、ね?」


 特に休憩時間ではなかったから、きっと私の抜けた分の穴を埋めてくれるつもりなんだろう。

 人差し指を鼻に寄せ、いたずらっぽく笑うと二ノ宮さんは店に戻っていった。


 大人の余裕、ってかんじがする。もうすぐ三十歳だってバイトの誰かが言っていた。

 清潔感のある好青年って見た目で、仕事熱心で、優しくて、人付き合いも得意そう。


 あたしは、二ノ宮さんのことが気になっている。だって……。

 そのとき、店に向かってくる眼鏡の女性をみつけて、ささっと店舗に戻った。補充で足りないものを探して、作業場に入る。


「来てますよ」

「ありがとう!」


 ぱあっとわかりやすく、顔が明るくなる。

 二ノ宮さんはあの人に片想い中。もう本当にわかりやすくて、会うたびにデレデレだ。


『野々花さんだ……。好き。可愛い。好き』


 心の声が聴こえたら、こんなことを言っていそう。


『こっち見た……!?』


 見えないはずの尻尾がぶんぶん振られてるのが見える。


『売り場向いちゃった……。こっち向いてくれないかな?』


 しょんぼり顔は、飼い主に置いていかれたわんこみたい。

 これだけ一途に一人の人を好きになれるっていいな。


「ふふ。本当に好きなんですね」

「……まあね」


 話しかけると、わんこから普段の大人の顔に戻る。


 これだけわかりやすいのに、お相手の『野乃花さん』は気がついてすらいないらしい。

 土日休みの彼女にあわせて、デート前なんて鬼気迫る勢いで仕事してるし。次の日は、大残業でもご機嫌だし。


 もう、こんなの……、構うなってほうがむりだよ! あーあ。あたし、こういうところがだめなんだろうな。


 クリスマス期間でレジも混んでるから、補充にばかり時間をかけてもいられない。


 レジに入るとちょうど、注目の野乃花さんの担当になった。このお店のお菓子がお気に入りらしくて、来るといつもにこにこしてる。


 二ノ宮さんの想い人。


 あたしを見て、ちらりとガラス越しのショーウィンドウへと視線がいった。いつものにこにこ顔に、ちょっとだけ切ない色がのっている。

 あれ? あれあれ? 二ノ宮さん、ちょっと脈アリなんじゃないですか?


 ただなぁ。期待させて落とすのも悪いから、黙っておこう。また来たら、教えてあげるから!


 閉店後、片付けに精を出す二ノ宮さんに声をかける。


「二ノ宮さんって、弟ってかんじしますね」

「わかる? 姉さんが二人いるからかな?」


 たしかに、そんなかんじする! だから、構いたくなっちゃうのかな?


「わかります! わかります。うちにも弟いるので」

「え……? 彩陶さんの弟って何歳?」

「十二歳です」


 わんぱくで、けど手がかかって。見てるとついつい手を出したくなっちゃう。

 小さい頃からそうだったけど、大きくなった今も変わらない。


「……さすがに、え? 俺、ちゃんとしっかりしてるつもりなんだけどな……」


 小学生並みというつもりはなかったので、慌ててフォローを入れる。

 思った以上に、凹ませてしまったのはやっぱりあの人のため……?


 あーあ。やっぱり。

 放っておけないなー。






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板野かもさん@itano_or_banno主催の『#匿名キャラお見合い企画』参加作の番外編です。

https://kakuyomu.jp/works/16818093085133939965


匿名の方の考案した複数のキャラクターの中から二名のメインカップリングを選び、恋愛短編を書くコンテストに寄稿しました。


キャラクターの作成者は、

彩陶 綾さん(作成者:こむぎこさん@komugikomugira)

二ノ宮 宙さん/冴島 野乃花さん(作成者:野村絽麻子さん@an_and_coffee)


素敵なキャラクターを生み出してくださり、心からお礼申し上げます。

匿名短編コンテストウィキにキャラクター設定が掲載されています。


https://w.atwiki.jp/tokumeicon/


(二ノ宮 宙✕冴島 野乃花の二人のお話、『恋はチョコのように、魔法のように』の別視点の話です)

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