#頭結縛り短編企画
私の望み
「あなたを愛することは出来ない」
幼かった私の威嚇のような言葉に、あなたはただ「そうか」と答えた。敵国の英雄。お父様を奪った憎い相手。
そのときすでに、短く刈った小麦色の髪には白髪が混じり、日に焼けた肌には皺が刻まれていた。それまで関わってきた貴公子然とした男性とはまるで違う男に、モノのように下げ渡されて婚姻を結ばされた。――しばらくはずっと、そう信じ込んでいた。
婚姻から十年。最近、使用人たちから遠回しに好みの異性について聞かれるようになった。好みもなにも私には旦那様がいるのだもの。考えるだけ無駄じゃないかしら。
素直に思ったことを返すと、みんな困ったように去っていく。
そんなことがしばらく続いて、ぴたりと止まった頃。人付き合いのない屋敷に旦那様が人を招くようになった。はじめは旦那様の部下たち。
お客様を招く準備は使用人たちが完璧にやってくれるから、私は『気に入った方』に自由に『好きな話』をしてほしいのだとか。とても気さくな方々で、普段の旦那様がどう過ごしているのか、いろいろと教えてくれた。
十年も婚姻を結んでいるのに、やっぱり私は全然旦那様のことを知らないのね。始まりの態度が悪すぎて嫌われているだろうし、今さらどう取り繕えばよいのかもわからない。
初めて任された妻としての仕事。招いた本人の旦那様は忙しいのか顔も出さない。
次に招いたのは、聡明な学者さんたち。しつこく食い下がると、十年前の戦の話を教えてくれた。
戦を仕掛けたのは私の国からで、お父様が卑劣な手段をとったこと。その娘の私も本当は殺されるはずが、戦功一位の旦那様が褒賞として望んだことで生かされる流れになったこと。
だから、ここに来たばかりのころは、屋敷のみんなの目が冷たかったのね。
使用人は古くから屋敷で働いている方ばかりで、旦那様のことが大切だから。私や私の国には特別複雑な思いがあったのだろう。それでも一度として、私への仕事で手を抜かれたことはなかったわ。
その次に招いたのは、驚いたことに元いた国の貴族たち。懐かしい顔ぶれも混じっていて、お互いの無事を喜びあった。
ひとしきり心配された後、私が旦那様と婚姻を結んだことでたくさんの人が救われたことを教えてくれた。お父様が亡くなってから随分と体制も変わって、国を行き来できるくらいに信頼を取り戻せる日も遠くないのだとか。
今回の訪問は旦那様が特別に取り計らってくれたらしい。国に戻りたいかと訊ねられて、静かに首を横に振った。寂しそうな、でもほっとした顔。きっと私も同じような顔をしていることだろう。
ここに来たばかりのほんの子供だったころは、すぐにでも国に戻りたいと願っていた。だけど私は、もうすっかり大人になってしまった。
お父様の悪行は消えないし、生まれ変わろうとしている国の火種になりたくない。憎い敵の娘としてではなく、きちんと私をみてくれる人たちもいる。
励ましの言葉をかけあってお別れをした。姿が小さく見えなくなるまで見送ってから、使用人頭に旦那様への初めての言づてを頼む。
ひさしぶりに会う旦那様は、前よりも白髪が増えて、仏頂面に磨きがかかっていた。
「気に入った相手はいなかったようだが、これから婚姻相手を選びなおしても遅くはない。できうる限りあなたの望みを叶えよう」
ああ、あなたはずっと。私の幸せを願ってくれていたのね。
「いいえ。……私は、あなたの顔が見たかったの」
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※伊織ライ様企画 #頭結縛り短編企画参加作
・『あなたを愛することは出来ない』で始まり『あなたの顔が見たかったの』で終わる
・文庫本ページメーカー様 4ページまで
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