第5話 雨宿り

海での撮影を終え、電車に揺られながら帰路につく二人。夏の夕方の景色をぼんやりと眺めていると、急に空模様が怪しくなり、ポツポツと大粒の雨が降り始めた。


「急に降ってきたな…」

仁が窓越しに降り出した雨を見つめながらつぶやく。


駅に到着する頃には、外はすっかり土砂降りになっていた。二人はしばらく駅で雨が弱まるのを待っていたが、雨足は一向に弱まる気配がない。


「うち、すぐ近くだから、ここで雨宿りするくらいなら来ていかない?」

翔が提案すると、仁は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに無言で頷いた。


翔の家に到着すると、二人は玄関で靴を脱ぎ、タオルで体を拭きながらリビングに向かった。翔の部屋に通され、仁は興味深そうに部屋の中を見回す。


ふと、仁の視線が写真立てに留まった。そこには、翔と同じ年頃の少年が並んで笑顔で写っている。仁はその写真を静かに手に取った。


「…誰?」


その問いかけに、翔は写真を覗き込んでにっこりと微笑む。「ああ、それ?幼なじみだよ。小さい頃からずっと一緒で、最近もよく会うんだ。面白いやつでさ、この前も…」


翔は、幼なじみとの思い出を語り始めた。幼なじみとのエピソードが途切れることなく次々と出てくる。笑顔で話す翔を見ながら、仁は何も言わずに彼を見つめ続けた。


(…こんな顔、俺には見せないのに。)


心の中にわずかな苛立ちが芽生えるのを感じながら、仁は静かに目を伏せる。何も言わないまま、写真立てを元の場所に戻し、翔に視線を向けた。言葉にはしないが、彼の目が少し寂しそうに見えた。


翔はふと仁の表情に気づき、何かを感じ取ったかのように口をつぐむ。しかし、その沈黙を破ったのは仁だった。彼は無言で翔に近づくと、ふと肩に手を置き、そっと顔を近づけていった。


気がついた時には、唇が触れ合っていた。


一瞬のことで、翔は驚きに目を見開く。心臓が急に高鳴り、言葉が出てこない。仁はそのまま少しだけ翔の顔を見つめ、無言のまま視線をそらした。


仁の心の中に、何か伝えたい気持ちがあったのだろう。それでも彼は、何も言わずに静かに立ち上がると、窓の外の雨を見つめた。翔はそんな彼の横顔を見つめながら、自分の胸の高鳴りが静まらないことに気づいた。


その後、仁は表情を曇らせ、沈黙を破るように小さな声でつぶやいた。


「…ごめん、翔。つい…なんか、俺、何してるんだろうな…」


仁は翔の前で初めて見せるような表情で、ほんの少し顔を赤らめながら、気まずそうに俯いた。いつも堂々とした彼が見せる意外な一面に、翔は驚きながらも、ふと胸の奥が温かくなるのを感じた。


「仁…」


翔が声をかけると、仁はぎこちなく微笑みながら、照れくさそうに肩をすくめた。


「ごめんな、いきなりこんなことして。変なことして…忘れてくれていいから。」


仁の言葉に、翔は少し戸惑いながらも、無言で首を横に振った。忘れるなんてできない――そんな気持ちを胸に秘めつつ、静かに微笑み返した。


窓の外ではまだ雨が降り続いているが、その雨音だけが、二人の距離を静かに包み込んでいた。

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