第11話
「エマ、彼の言葉に落ち込まなくていいよ。大丈夫。君は、アシュリーに認められてる」
「そうなのでしょうか」
「木板を吊るす縄、斬って見せたんだよね? そこまでするのは、彼が見込みあると認めた相手のみだ。君も成果で応えた。今の手合わせも楽しんでいたし、一瞬とはいえ本気にさせ、あそこまで話をしたのは君が初めてでもある」
「……そうなのでしょうか」
二度目の同じ台詞に、陛下が大きく頷く。
「そうだよ。だからこそ、君たちは良い同志になれると信じてる。戦いの場でも、私生活でも」
「伴侶になれと」
「なれ、だなんて命令はしないよ。そんな暴君にはなりたくない。でも僕はね、彼を幸せにしてくれる相手を見つけたかったんだ。彼には、だいぶ苦労をかけたからね」
苦労?
それは何か聞く隙きを、陛下は与えてくれなかった。
「アシュリーを幸せにしてくれる相手が、君であればと僕は望む」
「…………」
「心配しないで? 今も言った通り、強要はしない。そんなことしてもアシュリーは喜ばないし、君も幸せになれない。だけどふたりがくっつくようにはしたいから、僕はなるべく余計なお世話をしようって、今決めた」
「どのような余計なのでしょうか」
「まずは、ふたりっきりになってもらわないと。そのためには……どうしようかな。どんな案でも、アシュリーには職権乱用!! って、また怒られちゃうだろうけどね」
ふふっ、といたずらっ子みたいな笑顔。
その笑顔もすぐに終わり、陛下が空を見上げる。
「彼はね。僕の話を……この国の未来についてを、興味深く聞いてくれたお兄ちゃんなんだ。破滅しかけていた国を変える方法があるって、信じてくれた。それを自分の父親に伝えて、僕の両親にも伝え説得し、協力を仰いでくれたんだ。彼がいなければ、こうも早くこの国に平和は訪れなかった。だから僕は彼の功績も褒めてもらいたくて、騎士団長っていう地位を与えたのに……喜んでくれなかったな」
「なぜかを聞いてもよろしいでしょうか」
「君とはまた違う部分で、彼は真面目なんだ。地位なんてなくても、僕のために働けるって。でも地位があれば僕の
「会いに行け」と伝えられたも同然で。陛下を執務室に送り届けてすぐ、アシュリー様の元へと足の向きを変えた。
「エマ = ウィルバーフォースです。アシュリー様、入ってもよろしいでしょうか」
執務室前で声をかけても返答はないが、室内から人の気配はする。
ノックすれば、ようやく「どうぞ」の声。
「失礼致します」
と、挨拶しつつドアを開いたものの。広がる光景に、入るのを
(ずいぶんと整った……)
乱雑であろうと勝手に予想していた室内は、意外と言ったら失礼だが、見事に整然としていた。
本棚もカテゴリ分けされアルファベット順とくれば、性格の片鱗も
(几帳面な方だったのですね)
――などと、驚き感心している場合でもなく。
「アシュリー様にお話がございます」
部屋の主はソファーの上で体を丸め、クッションで顔を隠している。
それでも「出て行け」とは言われないのだから、話す許可は得たとした。
「先程は、手合わせしてくださりありがとうございました。自分の不甲斐なさ、覚悟のなさを再確認させていただけて、感謝しております」
「……感謝なの? 偉そうな上司の下で働くのは嫌だなー、とかじゃなくて?」
「アシュリー様は、わたくしを正してくださっただけではないですか」
「騎士団、辞めないでくれるんだ……?」
「辞める?」
「アレクが言ってたでしょ。俺のせいで、団員が一時期バカスカ辞めちゃったの。あれには俺も参ったよねー……」
「アシュリー様が悪いわけではないかと」
「ぅんでもさ、アレクに怒られちゃったもん。君は、自分の強さを他の団員にも求めすぎるって。相手を高めたい気持ちを批判はしないけど、いきなりは無理だって。だから、訓練では剣を持たないようにって言われたんだ。……そしたら突然、エマちゃんとやれとか言い出すし」
ようやく体を起こしたアシュリー様が、口を尖らせながらソファーの生地を、いじいじといじり出す。
「俺としてはさ、嬉しかったのよ。エマちゃんってば俺が予想してたよりすげーいい反応で、久しぶりに興奮しちゃって……。自分でも、あっやばいって気づいて剣を下ろしたら……その態度が逆に、君を怒らせちゃった。あと、手合わせで相手の力量に合わせられないのは、俺の不徳の致すところっていうか修行が足りないっていうか……」
どうやらこの人は、明るく自由に生きているように見せているだけで、見た目よりも繊細な性格だ。
面倒くさい人だとも思うが、なかなかに興味深くもある。だからといって、このままでいいはずもない。
「行きましょう、アシュリー様」
「はぇっ!?」
手を取り強引にソファーから立ち上がらせ連れ出せば、握りしめたままの手を彼は大慌てで振り払おうとした。
「ちょっ、あれっ? ここで握力発揮する!?」
「はい。離したら、またソファーの上で膝を抱えてグチグチと呟かれそうなので」
「俺、そこまで暗くないもん!」
「わたくしも、アシュリー様の明るさは好きです」
「あ――……」
「あ」の口の形で、アシュリー様の表情が固まっていた。
「わたくしは表情も声色も豊かではなく、アシュリー様のそういう点も尊敬いたしますし、羨ましくもあります。同じようには、決して出来ませんので」
「…………」
「騎士団をやめたいなどとは、欠片も考えておりません。変わらず……いえ、これまで以上、アシュリー様を尊敬しております。いつか、稽古の相手に選んでいただけるよう今後も努めますので――」
きゅっ、と手を握り返される。「ほんとに?」と問われている気がして、私からも改めて握り返した。
「本心です」
「……っはい。あの、嬉しい……です……」
「それは何よりです」
「はい……」
――て、俺は乙女か!
と、小声とはいえ自分に突っ込んでいるのが聞こえる。
「ふっ……」
「……エマちゃん、笑った? 笑ったよね!?」
「そうですか?」
「うん、笑った! 初めて見た! もっと見たい!」
私の前に出て、向き合う形で両手を握られ。
その体勢のまま後ろ向きで歩き続けられては、さすがに転ばないか心配になった。
「危ないです」
「いいのっ。エマちゃんの顔、見てたいんだもん」
「今は笑う要素がないので笑いません。それと、もうついて来る覚悟は出来ているようですが、手を繋いだままなのはなぜでしょう」
「後ろ向きで歩くの、危ないから」
「…………」
あはっ、と軽やかに笑ったアシュリー様は、ごめんね? と、手を離した。
「ぅんでもどこ行くの?」
「ずっとお茶に誘われていたので」
「それって……」
「こちらの不甲斐なさのお詫びも兼ねて、ご馳走させてください」
「あー……そっちの感情かー……。でもうん……ありがと、嬉しいよ。お勧めある?」
「わたくしが知っているのは、こちらのみです」
並んで立ち止まり、見上げた建物。
「城の食堂って……」
「美味しいですよ」
「俺、ふたりきりでお茶したいの。ここ、人目ありすぎるじゃん」
「人目があってはいけませんか」
「よくないでしょ。俺が君に迫ってるとこ、ご披露するのは」
「そもそも迫らなければ良いのでは?」
「ぜっったいに無理!」
「ですがわたくしは、ここ以外を知りません」
「んー……じゃあさ。ここで飲み物だけもらって、別の所へご案内するのはあり?」
「もちろんです」
最近、城下町でも人気だという香りの良いお茶を水筒に入れてもらい戻ると、アシュリー様が「こっち」と案内してくれる。
いつもの裏庭とは対極の位置にある、別の裏庭。いや、庭と名付けるのもどうかと思うような、雑木林といった場所だ。
当たり前に
「はい、到着。俺の秘密基地にご招待」
「これはまた、ずいぶんと味わい深い……」
秘密基地と名付けられているそれは、見事な廃屋。
けれどこれも執務室と同じで、室内は綺麗に整えられていた。
「はいどーぞ」
ソファーにかけられていた布を剥いだアシュリー様が、座るよう促してくれる。
古いが座り心地は悪くなく、聞こえるのは鳥の鳴き声や木々の葉擦れの音だけというのも悪くなかった。
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