8 真剣勝負
第10話
アシュリー様に試練を与えられて、今日がその五日後。
日中の仕事も終え、夜番でもないと夕方の裏庭で素振りをしていると、
「そっか。エマちゃん、動物では猫が好きなのねー。俺、わりと猫っぽいとか言われるのよ? 可愛がってほしいなー。喉とか……喉以外も撫でてー? 俺、超甘えちゃう!」
「どうぞ他のお相手で」
「他じゃなくて、エマちゃんにお願いしてるのにー……」
「その願いは聞き入れられません」
素振りで体が温まったところで、例の試練を開始する。
カンッカンッと木板を打ち付け、そうして――。
「……はーい、お見事」
カランカランと地面に落ちた木板。パチパチと軽やかな音は、アシュリー様の拍手だ。
成功し褒めてもいただけたが、私はまったく嬉しくなかった。
「アシュリー様のような綺麗な切り口ではないので、見事ではありません」
コツを掴んでからは、成功するようにはなった。
だが言った通り、「綺麗な切り口」とは程遠い。
「これは辛うじて、あるいは無理やりにちぎったようなものです」
「そんな簡単に追いつかれちゃうと、俺、かっこつかなーい。エマちゃん、強い男が好きっぽいし」
「わたくしは、アシュリー様を超えたいのではありません。ですが、貴方よりも何かひとつでも秀でたいとは思います」
「すでに秀でてるよ。足技とか、俺はあそこまで綺麗に決められない」
「で、あるならば。わたくしは剣の腕前もですが、足技に関してもこれまで以上、鋭く強くなれるよう努めます。抜かれたくはありませんので」
「いいね。エマちゃんのそういう負けず嫌いなところも俺、好きよ?」
パチッと綺麗にウインクを披露されたら、普通の女性であれば喜ぶどころか卒倒しかねないのだろう。
ただそこに喜びを感じない私としては、慣れているのだな、と感心するしかない。
「喉、乾いたんじゃない? 試練を達成したお祝いも兼ねて、今日こそ一緒にお茶しませんかっ」
「命令ではないなら、お断りいたします」
「ですよねー……。つかさ、どうしたらお茶とか食事とか許してくれんの? 本当にそれだけでいいし、ちゃんと紳士でいるよ?」
「アシュリー様は、挨拶と称してわたくしの胸へ顔を埋めていた方なのですが、これを一般的に紳士と呼べるのでしょうか」
「だって、抱きつくと俺の顔が埋まる位置に、エマちゃんのおっぱいがあったんだもん。好きな子のおっぱいがそこにあるなら、
「なるほど。そういうものですか」
「そこで納得しちゃう君も好きだよー。ぅんでも冗談抜きで、交換条件があるなら聞くしさ。どうしたら、何したら、俺とお茶してくれる?」
「交換条件を出されても、わたくしは――」
ふと、与えられたきっかけが運良くこちらの望む場所に着地したと気づく。
今ならあの願いを口に出せる、と。
「わたくしと手合わせをしていただけるのであれば、お茶だろうと食事だろうとお付き合いいたします」
「あ、それは無理だ。他は断ってるのに君にだけそれしちゃうとずるいって言われるし、ただの贔屓になる。そういうふうにね、言われちゃうのは君も嫌でしょ?」
アシュリー様は、私事と仕事を混合させたりはしない方だと知っている。
だから願ったところで返事がこうなると予想は出来ていたし、これは私が悪いと素直に謝罪も出来た。
「はい、申し訳ございません。ですが、手合わせしたいと願っていたのは事実です。していただけないと知っているだけに、どうしても……」
「俺はしてもいいのに、アレクが禁止って決めちゃったんだもん」
「そうだったのですか? てっきり、面倒なのかと」
「なにそれ」
「どの団員に聞いても、疲れるし面倒くさいんだろ、といった答えだったのです」
「俺、そういうふうに見られてたのね!? やだなぁ、もー! 国王命令の
「――僕だけのせいにしないでくれるかな」
突然の割り込みに、私は少なからずビクッとし。アシュリー様は気づいていたのか「やっぱり」とぼやき、顎が胸につくほどうなだれた。
「盗み聞きしてんなっつーか、またひとりで出歩いてんの? やめなさいよ、そういうのっ。しかも、こんな
「アシュリーを捜してたんだよ。で、こっちかなって来てみたらふたりで話してて。邪魔しても悪いし、声をかけるタイミングを図ってたら、僕の話題になったからね」
「あーそうですか。じゃあ、俺を捜してたのはなんでよ」
「それは後で言うとして。君に手合わせ禁止令を出したのは、君が来るもの拒まず、手加減無しで相手したからでしょう? おかげで、みーんな自信喪失。続々と退団届けが僕の元に届いて、あれにはさすがに慌てたよ」
そういう理由だとは。
驚きを持ってふたりを交互に見比べると、アシュリー様はふてくされ、陛下のほうが苦笑していた。
「みんながみんな、そうじゃないんだ。アシュリーの強さに焦がれ、傾倒し、膝を折り、彼に着いて行くと誓う者も多かった。ただ、地元では負け知らずでした。本気を出せば団長にだって勝てる、みたいに自意識過剰だったりすると……」
「プライドが高いぶん心も折れやすい、でしょうか」
「正解。アシュリーも、本気で挑んできたなら本気で応えるどころか俺が負かすって性格だからね。稽古だろうと、必要以上剣を持つなって命令するしかなくなったんだ」
「それですと、アシュリー様が訓練にならないのでは」
「僕と手合わせしてるよ。もともと、僕の相手を本気で出来るのはアシュリーだけだし、アシュリーもそうだったしね。でも、エマの意見も正しい。そろそろ僕以外の、同等の腕を持つ相手が――」
苦笑していた陛下が、真剣な表情でまじろぎもせずこちらを見る。
「アシュリー。今すぐ彼女と手合わせを」
ぎょっとしたのは私だけで、アシュリー様は淡々と応じていた。
「……それって、この間の強さを云々ってやつ?」
「もっと単純に、僕がふたりのぶつかり合いを見たい。場合によっては、アシュリーの良い剣の相手になれるかも知れないし……さあ、始めて。これは命令だ」
「わたくしは光栄ですが、アシュリー様的にはよろしいのでしょうか」
「アレクがそうしろって言うなら、断る理由はなくなっちゃったもん」
これはまさに棚からぼたもち、渡りに船。
叶わない願いではなくなったと、私は喜々として頭を下げた。
「それではアシュリー様、お願い致します」
「はーい。ぅんでもいくつか条件出すよ。まず、そこらに転がってる
確かに、廃材と一緒に古びた木剣は落ちている。
それを投げ渡されて受け取りはしても、「なぜ?」という疑問は
「ですが、手合わせとは実戦を踏まえて行われるもので――」
「エマ。アシュリーの言うとおりにして」
「……かしこまりました」
駄々をこねて、興をそがれるのも不本意だ。
素直に引き下がったというのに、アシュリー様が木剣を
「もうひとつの条件。俺は片手で戦うよ。両手使ってたら勝負にならないし。俺、君が予想してるより強いんだよね」
「わたくしも、貴方が予想するほど弱くはありません」
「だからー。君が強いのは知ってるけど、俺よりは強くないって言ったの」
「やってもいないのに、わたくしの何が分かると……!」
自分でも珍しく声を荒らげている自覚はあったが、それぐらい腹に据えかねた。
「アシュリー、両手だ」
「……はいはい」
アシュリー様が、うつむき加減で、ふーっと息を吐き。顔をあげると同時に見せられた、
「どうせなら、俺を長く楽しませてね?」
口調は相変わらず飄々としているのに、視線があったそれだけで、うなじの産毛がザワッと総毛立つ感覚に襲われた。
(ここまでとは……!)
「
普段とのギャップがあまりにも激しすぎるが、これが彼の本質なのだと
(勝てないっ。けれど逃げたくもない!)
負けたとしても
気迫に押され、背筋の冷たい汗を感じながらジリジリと間合いを詰めても、アシュリー様は微動もしない。私から仕掛けるまで、動く気はないのだろう。
ならば――。
「はぁっ!!」
地を蹴り、地面を撫でるように腰を屈めて走り込み、彼の懐に飛び込む。瞬時に剣を下から振り切ったはずが、軽々と受け止められていた。
「っ、くぅ……!」
剣の重なり合いで、ビリビリとした振動が手のひらに伝わる。こちらの振り切る力を、押し戻されている証拠だ。
「今の、綺麗な走り込みだったよ。ぅんでも、そういうのはもうちょい接近してからやらないと、次の一手を読まれちゃうよ?」
「それは、っ……ご教授、ありがとうございます……!」
いったん飛び退き、
時に横から。意表を突くべく、背後に滑り込んでの攻撃も繰り出した。
なのに、だ。すべて、軽々と受け流されてしまう。
(陛下の前でこれ以上、無様な姿を見せるわけには!)
長引かせるのは損だ。この集中も次で最後と決め、剣先を彼に向け、睨む。
斜め下にある彼の瞳が微かに開かれ、ようやく本気になってくれた。そう悟ったのに――。
「――もういいや」
最後の一手を打つ直前、アシュリー様が構えを解いた。
「なぜです……!」
「君の、今の実力は分かったもん。だからもういいやって」
「飽きたというのですか……わたくしが弱いばかりに!」
「なんで怒ってんの? 先に言ったじゃない。俺は君より強いって」
「貴方が強いのは理解いたしました。ですが、こんな終わり方は納得いたしかねますっ。貴方は、一度も剣を振っていないではありませんか!」
「なら――」
「――!?」
一瞬の出来事だった。
彼が一気に間合いを詰め、私の脇腹で剣を寸止めするまでは。
「止めなければ、どうなってた?」
「……致命傷を負っていました」
「ご名答。これが今の、君の実力なんだよ。打ち合っている間、君は俺を騎士団長としか捉えなかった。でもそれじゃあ駄目。君は、俺を敵として挑むべきだった」
いつもは優しいキトゥンブルーが、まるで氷のように冷たく感じるのは気のせいじゃない。
「どんな場面でも敵だと判断したなら、それが親だろうと仕えてきた国王陛下だろうと、斬り捨てないとね。でないと守りたい者も守れないまま、自分が死ぬよ」
「…………」
脇腹で微動もしていなかった剣がようやく離れ、自分の胴体が繋がっている事実にホッとし、気づく。
(
緊張からなのか、彼の本気を一瞬とはいえ全身で受けてしまったからなのか、自分の意志でも指が離れなかった。
「息、吸って」
「っ……」
「吐いて」
「はぁ、っ……」
アシュリー様が私の手をそっと包み込み、一本一本、優しく指を外してくれる。
触れられて気づいた。彼の指は顔立ちに反してまったく華奢ではなく、手のひらはまるで石のように硬いと――。
「君は強いよ。お世辞なく、俺がこれまで見てきた新人の中で一番だ。……でも俺が今言った、そういう覚悟に関してだけなら君は最低だ。君は、平和な国で生まれ育っているからね」
冷え切っていた手が、アシュリー様に包まれてようやくぬくもりを取り戻していく。なのに、私の心は悲しみに包まれていた。
負けた悔しさ、覚悟のなさが露呈してしまった事実に、自分を責め出している証拠だった。
「俺は、君に強くなってほしいんだ。今よりも、ずっと。……自分の命を、ちゃんと守れるように」
「アシュリー様……?」
私の手を包んでいた彼の手が、懇願の握りしめ方へ変わる。見上げる瞳も真剣そのもの。こういう彼も初めてで、戸惑ってしまう。
「エマ、分かったかい? これが彼の強さなんだ」
陛下の声に、ぬくもりが離れた。
急に涼しくなってしまった手がなぜか寂しくて、そっと自分で握り直す。
「例えばの話をしようか。例えば、僕がアシュリーに牙を剥いたら、今、この瞬間でも彼は僕を殺せるんだよ」
「あまり良い例えだとは……」
「例えは悪くないとね。でなければ、最悪の結果を予想出来ない」
「……俺たちは、罪も背負うのを覚悟で自国の平和を求めたんだ。そういう踏み台があっての今だよ。おかげで新人の騎士団員の中には、君みたいに、誰にも手をかけた経験のない者が増えてきた。俺は、今の御時世ならそれでいいと思う。ただね、それでも覚悟は必要ってこと」
「剣を抜く覚悟でしょうか」
「抜くだけじゃなくて、相手を殺せるか殺せないかだってば。君も、これから騎士としていろんな場面に遭遇する。誰かを守るためだとしても、剣は怖いものだって、それを忘れて戦っちゃ駄目よ――てことで、はいっ、この話はこれでお終い!」
アシュリー様が、顔の前で大きく腕をバツにする。
「アレク、執務室まで送るよ」
「僕はまだここに残る」
「はあ? ひとりで歩かせられるかっての」
「大丈夫。エマに送ってもらう」
ね? と同意を求められてしまえば、頷かないわけにもいかない。
「そういうわけだから、先に行ってて」
「ったくもー……。エマちゃん、悪いけどよろしくね」
「かしこまりました」
手合わせをしてもらうという願いは叶ったのに、何か切なさが残ってしまった。
そんな私に気づいてか、陛下が背中を軽く叩いてくる。
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