第2話

 木々の隙間から、宇宙人たちの体に反射した光がちらちらと目に刺さる。こちらに気づいた様子はなく、のんびり地面なんか掘り返しやがる。エサを探してうろうろするが、森のふちぎりぎりを避けている様子だ。未知の存在だ、守護を認識されてしまったらと冷汗をかいたが、杞憂だったようだ。

「神様、すごいじゃないですか。僕には何も見えなかったですが、あいつら確実にこの森を避けています。これでしばらく安心ですね……あ」

 笑顔で話す人の子の腹がなる。恥ずかしそうに赤面し腹をさする。そうそう、人の子はこのくらい元気でなくては。

「腹が減るのは元気な証拠じゃ。よし、まっておれ」

 ワシは小さな村の守り神、五穀豊穣病気平癒安産祈願までなんでもござれだ。この信仰の力で、食べ物を探すことぐらいたやすいはず。地面に手をやり、力を籠める。すると力が爆発的に手から流れ始めた。びっくりして地面から手を離した時にはもう遅く、ワシが手を当てていた場所には立派な木の幹が生え、ミカンが鈴なりになっていた。

「ありゃ、近くの芋でも捜すつもりが……」

「すごい、この木今急に生えて来ましたよ。これも神様の力ですか?」

「いや……そうなのだが、こんな強い力は初めてだ」

 人の子は儂の返事などそこそこに、さっそく木からミカンをもいで、口にほおばっている。

「おいしい、このミカンとても甘いです」

 人の子はまた涙を流しながらミカンを剥いて口に押し込む。人の子が喜ぶ様子を見てほっとしたが、ワシ、身に余る力を得てしまったようだ。


「さて、落ち着いたかね人の子」

「僕、千波って名前があります」

 人の子、いや千波は赤くはれた目でしっかりとこちらを見つめ、はきはきと話す。さっきまで大泣きしていたのがウソみたいだ。なかなか生意気そうな顔だが、ワシはそんな生きがいいのが好きだ。

「千波か。湖のさざ波を連想させる良い名じゃのう。ワシは神様じゃ」

「神様って……名前ないんですか?」

「うむ、皆神様……もしくは蛇神様と呼ぶ」

「え、神様は蛇なのですか?」

「蛇として祀られていたからそう呼ばれていただけじゃ。昔はよく飢饉を救うためにカエルを供えられたものじゃ」

 懐かしい光景を思い出す。日照りが続き、どうにか集められたやせ細ったカエルたちを祠に供えて祈る人々。ワシは大した力がないから、ほかの神様たちにお願いして、どうにか数日後雨を降らしてやれたっけ。飢饉が終われば人が増え、かわるがわる赤子の顔をみせに来たと思えば、すぐにその赤子らは成長して新しい赤子を連れてくる。その数もどんどん減って、いつの間にか誰もいなくなってしまったな。

「じゃあ神様。今の神様の力で宇宙人から地球を取り戻してください」

 目をつぶって思い出をなぞるワシに、千波が拝むように両手を合わせてお辞儀をする。

「ううむ。このまま奴らの好きにしていては儂も遅かれ早かれ消えてしまう。守るべき人の子たちが死んでいくところを何もせず見ていることはできない。まぁ、頑張ってみようじゃないか」

 今のワシにはそのくらいの力がある。むしろ、まだ力は増え続けている。どこかまだ人の子がいるはずだ。彼らを救わなくては。

「ありがとう神様!」

 千波が抱き着いてくる。ずいぶんと懐かれてしまったものだ。しかし大口をたたいたはいいものの、宇宙人をどう倒すかなんてワシには全く想像がつかなかった。とても大きく、生半可な攻撃では全く効果がない。どうしたものだろうか。

「神様、早く宇宙人に天罰を与えてくださいよ」

 きらきらした目でこちらをみつめる千波には申し訳ないが、ワシは神罰というのを与えたことがない。何せワシは力が弱く、そして守る村はとてもおだやかで神罰を当てる必要がなかったからだ。

「ほかの神がいないか、すこし探してみる。待っていてくれ」

 一縷の望みをかけ、ほかの神々に呼びかけをしてみる。だれか、だれかこの状況を打破するいい考えがないか。しかし日が傾くほど時間がたっても、誰からも返答はなかった。ワシと同じくいつの間にか祭り上げられていた隣村の守り神も、山の頂上にある病封じの神も、ここらの神をまとめる立派な神社を持つ神ですら、もうそこにいる気配はなかった。千波の話が本当ならば、ワシはここらの人の子の祈りを一心に受ける神となってしまったわけだ。


 森はすっかり暗くなってしまった。いまだ黙って座り続けるワシの顔を、千波が心配そうな子でのぞき込んでくる。

「神様……」

「やはりここらの神はみないなくなってしまっているみたいじゃのう」

「はい。あいつら、家も人も、神社やお寺もひとつ残らず壊していったんだ。もう後も残らないくらいバキバキに」

「そうじゃ、侵略のあと天気が荒れ模様にならなかったか?」

 ふと、思い当ったことがあった。さっき森を抜けたとき、土と砕けたコンクリートが混ざったがれきが一面に広がる、戦争の時よりひどい状態だった。もし、ほかの神たちが自分のご神体を祀る大切な社を壊されてしまったらどうなるだろうか。たしか、荒魂だった神もいたはずだ。相手に神罰をあたえ苦しめるのは当然だ。寺社や祠を壊すものには罰を。神罰は当然そのように使われていた。

「そういえば、すごく天気が悪くなって、宇宙人たちにむかって雷が落ちまくっててすごかったんだ。でもあいつらそれをものともしなかった」

 雷が集中して当たるなんて、普通はなかなか見られない。確実に神罰だろう。なるほど、やつらは多少の神罰ではびくともしないのだ。ワシは落胆し、長い溜息をつく。さすが宇宙人。人の理に縛られないわけだ。

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