第27話 潜入
そういう流れで魔法技術省に潜入することになったのだが、いざ潜入するとなると、
「さすがに緊張するな……」
頭の中に叩き込んだ魔法技術省内の地図をもとに、魔導具で不審な会話が録音された近くにある怪しい区画へと向かう。すれ違う職員たちに怪しいと思われているのではないかと思い、疑心暗鬼になりながらもどうにか平静を保って歩を進める。
おじさんと訓練でこれに近いことは散々やらされたが、実践するのは始めてだ。しかも、魔法技術省という魔導具の最先端の研究を行っている所に潜入するというのは、かなりハードルが高いだろう。
ミアやララの話では重要な区画以外はそこまでセキュリティーは厳しくないようだが、怪しげな企みや研究を非合法に行っているような区画なら、彼女たちの想像以上に警備が強固だということはありうるだろうし。
「ここか……」
周囲をさりげなく見回して警戒するが、辺りに人はいない。建物の中でも少し古めで、人気のない寂れた場所だった。微量な魔力を感じる壁に手を当て、静かに魔法を発動した。
「解析……」
この初級魔法は、俺にとって極めて重要な魔法だ。解析した範囲の事象に関する情報を入手することができる魔法で、その効果は魔法や魔力だけに留まらず物の材質や性質を知り、分析したりもできる万能の魔法だ。ただ条件として、解析するものについて知識がなければ情報を得ることが出来ないという欠点がある。魔法、魔法回路、爆発物、毒物、物の材質など、その物に対する知識がなければ解析の魔法を発動しても何の効果もなくなってしまうのだ。
しかし、多くの知識があればその力は絶大で、初級魔法にも関わらずその有用性、汎用性は上級魔法をも凌ぐほどになる。おじさんにスパルタ教育で頭が割れるほど様々な特殊な知識を詰め込まれたが、そのおかげで単純に強い魔法を使えるだけでは解決できない状況でも、切り抜けることができるようになったのだ。
そう、例えばこういう風に――
「よし……」
壁の表面を解析することで、隠し扉とその向こうに部屋のような空間があることが分かった。建築学や材料工学などの知識があることで、建物の構造や魔法を使って成形した材料の強度についてなど詳細にイメージすることができているのだ。
隠し扉の前に立ち、さらに解析を重ねる。扉には魔法回路を通じて扉を強化する魔法や、扉が正しい手順を踏まずに開けられた場合に警報を発する魔法などがかけられていた。本来なら鍵となるような魔導具などを使って開けるのだろうが、もちろんそんなものは持っていない。
「ふぅ……」
息を吐いて、精神を集中させる。ここからは失敗すれば命取りになりかねない。慎重に魔法回路に解析をかけつつ、蜘蛛の糸のように張り巡らされた回路の急所を探り当てる。
「ここと、ここだな……」
幸いそこまで複雑な回路ではなかった。気が遠くなるほど繰り返しさせられた訓練のおかげで、半ば無意識のうちに魔法回路の機能喪失のために潰さなければいけない箇所を見つけることができた。魔法回路専用の細長く尖った工具を取り出し、先端に微量な魔力を込めて慎重にその二箇所の魔力回路を切断する。急に警報が鳴り響いたりはしないかとハラハラしたが、どうにか無事に作業を終えることができ、扉から魔力が消失した。
「念のために一応……よし」
最後にもう一度、扉とその向こうの空白部分を解析し、物理的な罠などが仕掛けられていないかを確認する。あえてわかりやすい魔法の罠を仕掛けておいて、安心した相手に巧妙な魔法を介さない物理的な罠を仕掛けるということが往々にしてあるのだ。己の魔法の実力を過信した高位の魔法使いにありがちのミスだが、
「初級魔法使いの俺には、油断はなし、っと……」
隠し扉に埋め込まれたドアノブを探り当てて引き出すと、周りを警戒しながら部屋に忍び込んだ。窓や明かりもなく真っ暗な部屋の中、解析をかけてとりあえず部屋の安全を確保すると、
「光よ……」
初級の光魔法を使い、浮かんだ小さな光源を頼りに部屋の捜索を始めた。ずらりと書類棚が並んだ物置のような部屋を順番に探っていく。多くは魔法技術省関係の雑多な書類で、特別怪しいものではないようだったが、
「これは……」
他と比べてやけに豪華で洗練された書類棚が一つあった。適当に書類を放り込まれていた他の棚とは違い、やけに丁寧に分類されファイルに大切に収納されているようだった。
「当たりだな……」
苦労したかいあって、ついに聖女様に敵対する勢力の尻尾を掴んだと、思わず笑みがこぼれる。俺はある種の確信を持って、ファイルを颯爽と開いた。よし、これらの情報をもとに直ぐに対処を――あれ?
俺の目に入ってきたのは、笑顔で手を振る聖女様だった。よからぬ勢力の極秘情報などではなく、聖女様の様々な写真が日付や衣装ごとに細かく分類され、丁寧にファイルされていた。
あ、あれ? ちなみにセシル様のものだけじゃなく、前代のレベッカ様のもありました。写真の内容も若干隠し撮りっぽいものはあるが、プライベートなものとか性的なものなどはなく概ね良識の範囲のものだった。
うわっ、当たりだなとか言っちゃったよ、俺……。あの物語の主人公感返してくれよ、もう……。
「……帰るか」
あー、やっぱおじさんみたいにはいかないわー、とちょっと期待しただけにがっかりしながらその場を離れる俺だった。
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