第26話 おじさんのようには…
「……というわけでしてね、聖女様。聖女様がお忙しいのは重々承知なのですが、度重なる予定の変更などもありまして、他国と取引する予定の魔導具の調整などがまだ間に合っていなくてですね、申し訳ないのですが聖女様には今日は是非とも頑張っていただきたいわけでしてね……」
「…………」
「あっ、はい」
数日後に迫った他国との魔導具の取引、その責任者であるテオドールは目の下に筆で塗ったかのようなくっきりとしたクマを浮かび上がらせ、青白い凄惨な顔で聖女様に詰め寄っていた。同じような目をしたララも、しゃべるのも辛いのか下から無言の圧力をかけ、さすがの聖女様も引き気味でおとなしく指示に従っているようだった。
ずるずると実験器具の山へと引きずられていく聖女様を見送っていると、ミアがこっそりと耳打ちしてきた。
「それじゃあ、お願いね。あなたのことは適当に話しておくから」
「……わかったよ。細心の注意を払うつもりだけど、何かあった時は上手く誤魔化してくれよな」
「ええ、まかせて。ちゃんと『私たちは何も関知していません』って言ってあげるから」
「……本当に言いそうで怖いんだけど。と、とにかく行ってくるな」
「気を付けてねー」
ミアの軽い挨拶に見送られながら、俺の魔法技術省への潜入ミッションが始まるのだった。そのきっかけは昨日にさかのぼる――
「うーん、うーん、うーん……」
リビングで一人、ソファに座り腕組みして唸っているミアを見つけた。便秘か何かだろうかと思い、一旦はスルーしかけたが、あまりに延々と唸っているので気になって声をかけてみた。
「どうしたんだ、ミア? そんなに唸って」
「あっ、ジャン。うーん、ちょっと困ったことになっててね」
ミアから渡されたのは小さな魔導具だった。どうやって使うのかと困惑していると、ミアが耳に当てる仕草をしたのでそれに倣う。
「えーっと、聖女様……利用、兵器……転用……交渉……他国……」
そこからはかすかな話声が聞こえてきて、雑音が多く聞き取れない箇所が多いが話の内容はあまり穏やかなものではないようだった。
「魔法技術省に設置した魔導具で録音したものなんだけどね、あまり精度が高くなくて聞き取りづらいからその付近の魔導具増やしたら勘づかれたのか、魔力を発して魔導具の効果を妨害する装置置かれたり、ダミーの音声流されたりして、音声取れなくなっちゃって手詰まりの状況なのよねー」
「そんなことになってたのか……」
最近は聖女様が大暴れでそれどころじゃなかったが、そういえば聖女様を敵意を持っていたり利用しようとする輩がいることをすっかり忘れていた。なにしろ、聖女様自身がラスボスみたいなもんだったからな……。
「というわけで、さすがに魔導具を使ってこれ以上情報を集めるのは難しそうだし、こっそり人を使って魔法技術省を調べたいところなんだけどね。あー、誰かいないかしらねぇ? 魔法を使った特殊な技術に長けてて、上手く魔法技術省に潜入できるような、そんな二コラ様から教わったような技術を持ってるような人がいるわけないわよねぇー?」
「うっ……」
そんな白々しいことを言いながら、ミアがこちらをチラ見してくる。これはどう考えても、俺が魔法技術省に潜入しろってことだよな? いや、出来ないとは言わないが、もし見つかればどうなるかわからないし、さすがに心の準備が――
「はぁーっ、誰かさんがセシルを甘やかしたせいでジュース感覚で猛毒飲みまくって、スケジュールに穴開けまくったせいでひたすら各所に謝ってスケジュール調整のために走り回って――はぁ、最近そのせいか疲れが溜まっててね、その誰かさんに人の心があるのならきっと即承諾してくれると思うんだけどなぁ?」
わざとらしく自分で肩を叩いてみたりして、露骨な私疲れてますよアピールをするミア。くっ、色々とツッコみたいところはあるのだが、最近のミアがしんどそうなのは本当なので文句も言いづらい。俺もなんだかんだあって疲れているんだけど……、まぁ、しょうがないか。
「わかったよ。やればいいんだろ、やれば。ただ、あまり期待はしないでくれよ」
「やった♪ ありがとう、助かるわージャン。あ、でも無理はしないでね。ヤバいと思ったら、すぐに逃げてくれていいから」
露骨に機嫌が良くなったミアは、鼻歌を歌いながらケーキと紅茶を持ってきてくれた。餌付けされているようで複雑な気持ちになったが、せっかくなので頂くとするか。
「こういう仕事って、おじさんもやってたのか?」
「二コラ様? 多分やってたと思うけど、んー……二コラ様の場合はこっちから何も言わなくてもいつの間にか状況を察知して、気付いたら解決しちゃってたのよね」
「そうか……」
は? 何そのかっこいいやつ、物語の主人公かよ? ……あー、当たり前だけどおじさんには遠く及ばないなぁ、俺は。
でも、俺なりにできることをやらないとな。聖女様に危害を加えようとする勢力があるかもしれない以上、放ってはおけないしな。
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