第21話 事情聴取
「で、どういうことか説明していただけますか?」
リビングのソファーに聖女様とミアと対面に座り、まるで警察の事情聴取のように説明を求める。
「えー、どういうことかっていうと、そのー……」
聖女様は俺から目を逸らしつつ、言葉を濁してなかなか返事をしようとしない。見かねたミアが、ため息交じりに答える。
「はぁーっ……聖女っていう仕事がとってもストレスの溜まる大変な仕事だっていうのはわかってくれるわよね?」
「ええ、それはもちろん」
短い間だが聖女様の仕事ぶりを見てきて、それが精神的に大変で報われないことも多い仕事だということはよく理解できたつもりだ。
「それでねー、この子もストレス溜まってちょっぴりおかしくなっちゃったみたいでね。ある時、急にこの子の部屋が爆発してね、それはそれは大騒ぎになったんだけど調査したらまさかの犯人が本人ってことでね。徹底的に箝口令が敷かれて、どうにかその場は収まったんだけど……」
「ち、違うんですよ! 爆発させるつもりはなかったんです! ただちょっとスリルを味わいたいというか、爆弾作るの面白そー! と思ってやってみたくなっただけで……。あっ、大丈夫ですからね! 今は製造技術も向上して、そんなことは滅多にありませんから!」
「はぁ……」
ゼロではないのかと若干引きながら、聖女様の話を聞き流していく。ちゃんと聞く気がないわけではないのだが、聖女様と爆弾というあまりに似つかわしくない組み合わせに現実感が湧かず、内容が頭に入ってこないのだ。
「それからというもの、注意してやめろって言ってるんだけどね。ストレスが溜まるようなことが重なるとどっかで爆発しちゃって、爆弾だの危険物作ったり、大事な外交の場で暴れそうになったり、脱走してモンスターを狩りに行ったり……、そういう危険で破滅的な行為に憧れちゃって滅茶苦茶やらかして手が付けられないのよ」
「いえ、その迷惑かけて悪いとは思ってるんですよ? でも、その、何ていうかこう、ストレスが溜まってくると自分が自分じゃなくなるというか……これやりたい! 面白そう! と思ったことに対して感情が制御できなくなるというか、こう、やりたすぎて手が震えてくるんですよね、へへっ。もしこれがバレたら聖女として終わりだと思うと、こう、テンション上がっちゃうんですよね、へへへっ……」
目の焦点が合わないちょっとアレな感じの瞳で訴えてくる聖女様。聖女のイメージを完全に破壊するその姿に幻滅しないと言えば嘘になるが、でも……。
「新しい人が入るってことで、なるべく我慢するから秘密にしておいてくれって言われて、結構頑張ってはいたんだけどね。ついに爆発しちゃったってわけ」
「……ごめんなさい」
聖女様が申し訳なさそうに謝られた。そうだよな、確かに異常な行動といえば否定はできないが、同い年の女の子だというのに国民の期待を一身に受け、国を支える素晴らしい貢献をしているにも関わらず日々政争に巻き込まれストレスフルな生活をしているのだから、精神的におかしくなってしまってもやむを得ないことだと思う。
俺は自分を恥じた。一瞬でも、聖女様に幻滅してしまった自分を恥じた。聖女様は自分の精神が蝕まれても、国民の生活を支えるために必死で働かれてきたのだ。そんな聖女様に幻滅するだなんて、自分の愚かさに自分で自分を殴りたい気分だった。
「ああ、ついにバレてしまったんだね……」
ミアから連絡を受けたのか、枢機卿様が部屋に入ってきた。枢機卿様は隣に座ると、俺の目をじっと見つめて言った。
「すまなかったね、ジャン君。本当は事前に知らせておくべきなんだろうけど、事が事だけになかなかそうもいかなくてね」
「い、いえ、そんな……」
教会の最高権力者に謝られるなんて、居心地が悪いなんてもんじゃない。どう反応すればいいのかわからず目を逸らしていると、両手で手をギュッと握られた。
「だからね、改めてお願いするよ。ジャン君、君の本当の任務は聖女様の暴走を止めることなんだ。側についてサポートするのはもちろんだが、それが一番重要な任務なんだ。そのための力が君にあることは、二コラのやつに聞いて知っていたからね。君にしか出来ないことなんだ」
「じゃあ、あの試験は……」
「こう言っちゃなんだが、出来レースということになるね。特殊な技能を持った人材が欲しいが、聖女様の周りには嫉妬が付き物だからね。形だけでも公平に選んだ事にしなくては、色々面倒なことになるんだ。他の受験者たちには申し訳ないが……」
やけにマニアックな技能が必要なおかしな試験だとは思ったが、まさか仕組まれていたとは……。少し心に引っかかるところはあるが、今大事にしなければならないのは自分の心情ではないだろう。
聖女様を支えられる、聖女様を助けられるような人間になることが人生の目標だったではないか。そのために日々辛い訓練をしてきたんだろう? 聖女様が苦しんでいる今こそ、その力を使わないで一体いつ使おうというんだ!
「……わかりました、任せてください! たとえ何があっても、俺が必ず聖女様の暴走を止めてみせますから!」
「本当かい、ジャン君? ……よっしゃああああああっ! これで聖女様の面倒事から解放されるぞ! 次々に病んで辞めていく人材の代わりを探し続けたり、関係各所に嫌味を言われ続けなくてよくなるんだ! やったぁ!」
色々溜まったものがあったのか、普段とはかけ離れた様子のリアクションを見せる枢機卿様。聖女様だけではなく周りも壊れ気味で、それだけ暴走する聖女様の面倒を見るという仕事は大変だということなのだろう。
だが、大変な仕事ほどやりがいがあるというものだ。特に自分じゃなきゃ出来ない仕事だと枢機卿様に言ってもらえたのだから尚更だ。
今一度守るべき対象、もとい暴走を止めるべき対象である聖女様を目に焼き付けようとそちらを見ると、ふいと目を逸らされてしまった。嫌がられているのかと軽くショックを受けたが、よく見るとその頬は紅く染まっていて――
「よし、これで全てオープンになったんだ、これから本当の意味での歓迎会だ! さぁ、早速飲みにでも行こうじゃないか!」
「えー仕事中なのにいいのかなー。あっ、枢機卿様、私あのお店がいいです」
「いいぞいいぞ、何でも好きに頼みなさい」
「やったー! ほら、セシルとジャンも行くわよ」
仕事中だと難色を示す振りをしながらも、ちゃっかり自分の好きな店に誘導するミア。聖女様の気持ちを推し量る間もなく、ぞろぞろと並んで館を出る。店へ着くまでの間、最後尾の俺は聖女様の背中をただぼんやりと見つめ続けていた。
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