第20話 バレた

 それからというもの、俺はミアの一挙手一投足を観察した。会話に何か不自然な点はないか、怪しい行動などはしていないか? 観察してみたんだけど……。


「どうしたのジャン? 私の顔に何か付いてる? ……最近、よく見られてる気がするんだけど?」

「そ、そんなことないよ! そ、そうですよね、聖女様? 別にそんな観察なんてしてるわけ――」

「……ストーカー」

「聖女様!?」


 朝食時、逆にこちらが怪しまれる始末だった。そう、しばらく観察してみたんだが、特別おかしなことはないんだよなぁ。先の件のように、聖女様のセキュリティがガバガバなんじゃないかと思うところはあるものの、それ以外は特に不審な点はない。


 聖女様の女神の加護の力を考えれば、セキュリティが甘いのも不自然ではない……のだろうか? いや、でも万が一ということはありうるわけだしなぁ。

 そして、聖女様にストーカー呼ばわりされながらもミアを追い続けた俺は、ついに決定的な現場を目撃してしまうのだった。


「っ!? これは、また……」


 ある日、聖女館の廊下を散歩がてら巡回していると、再びあの爆弾の魔法回路の魔力漏れを感じた。


「…………」


 その場に立ち止まり、静かに呼吸を整える。もし相手がプロで本当に爆弾を爆発させて聖女様に危害を加えようというのなら、魔力の漏洩は最低限にするだろう。ララが魔導具での警備を強化しているのだから尚更だ。ということは、今回も前回同様緊急性は低い。

 むしろ、警戒しなければならないのは、罠の可能性の方だ。まるで誘うように、同じ状況を繰り返しているのだから。


「……よし」


 罠を警戒しながら、慎重に歩を進める。周りを魔法で解析しつつ、ゆっくりと聖女様の部屋の前へと向かう。

 そこに立っていたのは、ある意味、一番そこに居てほしくない人だった。


「ミア……」


 ミアは聖女様の部屋の前で、無表情で立っていた。感情をどこかに置き忘れてきたような、人形のような顔だった。操られていた!? そんな考えが脳裏をよぎる、それならミアに特別不審な点がないことと、彼女が聖女様のために誠心誠意尽くしていたことに矛盾がなくなる。


「ミア」


 仕込みナイフの位置を調整しいつでも抜けるように構えながら、もう一度ミアの名前を呼んで近づく。そこで、部屋の異変に気付いた。

 扉が、かすかに開いている。ミアの手を見ると、そこには魔力を放つ鍵、この館のマスターキーが握られていて……。


「っ!」

「しーっ」

「……えっ?」


 仕込みナイフを抜き放とうとした刹那、ミアがこちらを見て人差し指を唇に当てるジェスチャーをした。瞳には光が宿っていて、いつも通りのミアだった。ちょいちょいと手招きするミアに困惑しながら、やや警戒気味に距離を詰める。


「できれば、隠しておきたかったんだけどね。もう、これ以上は無理そうだから……」


 ミアは扉の先を指差した。そして、そこに広がっていた光景は――


「うへへへへっ……」


 机に座った聖女様が、気味の悪い声を上げて笑いながら何か作業をしていた。集中しているのか、扉を開けて覗き見をしているこちらには全く気付いていないようだった。いつもの聖女様からは考えられない異常な様子に戦慄していると、聖女様が動いた拍子に手元が見えた。そこにあったのは……製作途中の爆弾だった。


「へへっ、前のはバレちゃいましたけど、今度はもっといいの作りますからねぇー! へへっ、ララに部屋の魔力漏洩防止を強化してもらったし、今度はもう作り放題ですよ! へへっ」


 ミアが無言で、開いた扉の隙間で手を振る。もちろん、扉が開いてしまっているのでララが魔力漏洩防止処置を施したところで魔力はダダ漏れだ。ミアは人形のように無表情で、きっと俺も同じような顔をしているに違いない。ここでふと、我に返った。


 えっ、いや、っていうーか、な、何、これ……? 俺は夢でも見てるのか? 一体何がどうなって、こうなった?

 信じたくない、信じたくはないが、まさに今、部屋の中で机に座った聖女様が下卑た笑みを浮かべながら嬉々として、粗末なごみのような外箱に無駄に潤沢な魔力で、チラシの裏みたいな紙にミミズの這うような雑な魔法回路を書き連ねているのだ。


「あー楽しい! 爆弾作るのたーのしー! ああ、さすがに爆発させるのは駄目かもしれませんが、それでもこうやって辺り一帯破壊できるような爆弾持ってる事実が楽しい! テンション上がるわー! あっ、でもやっぱりちょっとそこら辺で起爆させちゃおうかな? あははっ、なんちゃってー!」


 嘘だ、あの聖女様がまるでテロリストのようなことを言うだなんて……。足が震えて立つのも辛い、手も震えて掴んでいた仕込みナイフが、あっ――


 ゴトッ。


 ナイフが床に落ちる鈍い音がした。決して大きな音ではなかったが、廊下側の静寂のせいかやたら耳に響いた。その異質な音は聖女様の耳にも届いたようで、途端に聖女様の動きが止まった。冷汗をかきながらゆっくりと、ぎこちない笑みを浮かべながらこちらを向く聖女様。


 聖女様が見たのはきっと、能面のような無表情で立ち尽くす俺とミアの姿だっただろう。目が合い、一瞬の沈黙の後、聖女様はゆっくりと息を吸い、


「……ぎ、ぎゃああああああああああああっ!?」


 聖女様はまるで怪獣のような素っ頓狂な叫び声をあげた。そして、その合図をもって、俺の本当の意味での波乱の日々がついに幕を開けるのだった。

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