第19話 疑惑

「たっだいまー! お土産買ってきたよー!」

「ミア! ちょうどいいところに、緊急事態だ! 早く来てくれ!」

「えっ!? なになに? 何があったのよ?」


 ミアがぱたぱたと慌てて聖女様の部屋の前までやって来る。せっかく休日を妹と楽しく過ごしていたミアを爆弾騒ぎに巻き込むのは気が引けたが、一刻を争う事態だ。早急に対策を打たなければならない。


「ミア、大変なんだ! 聖女様の部屋に爆弾が置かれていたんだよ!」

「へー、そうなんだ。あっ、これお土産のプリンね。美味しい店のやつ」

「ぷ、プリン? いやいやいや、プリンどころじゃないだろうミア! 聖女様の部屋に爆弾が仕掛けられてたんだぞ!」

「えっ? あ、あーそうね。それは大変よね……」


 全く動じた様子のないミアに困惑していると、ミアは何とも言えない表情で聖女様を見つめ、聖女様はプリンを食べながらさっと目を逸らした。って、えっ?


「ちょっ、ちょっと!? 何のんきにプリンなんて――、あっ、いや、どうぞ召し上がっててください……」


 こんな状況でプリンを食べる聖女様の奇抜な行動に驚いたが、冷静に考えれば聖女様も恐怖で錯乱していて、少しでも気を落ち着けようと甘いものを食べているのかもしれないと思い直した。

 い、いや、とりあえず落ち着かないといけないのは俺の方だろう。急に色々なことが起こって完全にパニックを起こしてしまっている。


「……というわけで、ミア。とりあえず枢機卿様と国王様に連絡して、ここから一時避難して屋敷の中を全て捜索して、警護の体制ももっと厳重にするべきだと思うんだけど」

「いやー、それはちょっとやり過ぎじゃない? そんな大事にすると面倒だしー」

「め、面倒って……聖女様が気を遣って仰られるならともかく! 俺たち聖女様の付き人は過剰なくらい聖女様の安全を図るのが当然じゃ――」

「お、落ち着いてくださいジャン! 私は大丈夫ですから。私も、あまり大げさにして周りに迷惑をかけるのは……」

「聖女様……」


 ミアのあまりに無責任な言葉に半ば激昂して叫びそうになった時、聖女様が俺の腕を掴んで止めてくださった。遠慮がちな聖女様をどうにか説得できないものかと考えを巡らせているうちに、ある一つの可能性に思い至った。


「……わかりました、聖女様。あまり大事にはしないようにしましょう。それで、どうするんだミア?」

「そうねー、一応枢機卿様には報告して、国王様に伝えるかの判断は任せましょう。あとは、一応、念のため人は入れない形でララに警備を強化してもらいましょうか」

「枢機卿様はそれで納得するのか? もっと大々的に捜査をするとか、警備の人員を増やすべきだとか言わないかな?」

「枢機卿様は聖女のプライバシーを大切にしてくれてるから、これで納得してくれると思うわよ」

「そうか、わかった……」


 おかしい、絶対におかしい。こういう場合、何よりも先に聖女様の安全を図ることが最優先じゃないのか? 本来ならばすぐに屋敷中を捜索して警備を増やすのがセオリーじゃないのか? プライバシーは大切かもしれないが、それよりも身の安全を第一に考えるべきだろう。そうなると怪しいのは――ミアだ。


 この聖女館は中も外も魔導具で厳重に警備されていて、外部からの侵入は考えづらい。となると、爆弾を設置した犯人は俺かミアに絞られることになる。そして、爆弾が設置されていたことに動揺もせずに、対応も不十分だということを考えれば……、そう思いたくはないがミアが怪しいと言わざるを得ない。


 そして、それよりももっと恐ろしいのは、枢機卿様がミアの意見におそらく反対しないだろうということだ。枢機卿ともなれば聖女様の身の安全を第一に考えるはずなのに、ミアの意見に同調するとすれば、二人は協力関係にあるとみて間違いないだろう。とすれば、一番の味方のはずの教会自体が聖女様を――


「……ジャンちゃん、ちょっとどいて」

「うおおっ!? ら、ララ? 来てたのか?」


 ミアと一緒に来ていたのか、いつの間にかララが床に這いつくばって何か調べ物をしているようだった。


「……うん。扉、壊しちゃったの?」

「あっ、ああ、ごめん。一刻を争う事態で」

「……そう、魔法何重にも張ってあったのによく壊せたね?」

「ああ、相当強力な魔法だったみたいだから、魔法で急激に冷やしたり熱したりして扉自体を狙って脆くしつつ、比較的防御魔法の薄いところを狙って魔法かけたナイフで無理矢理こじ開けたんだよ」

「……うーん、部屋全体、もちろん扉にも魔法はかけてたし、そうそう破られるものじゃないのになぁ……」


 廊下に寝転がり、砕けた扉の破片を積み木のように弄びながら唸るララ。言われてみれば、あの時は必死で深くは考えなかったが、展開されていた防御魔法の強固さを思うとよく破れたものだと今更ながらに思った。


「……あっ、ジャンちゃん、使ったナイフ見せて?」


 何か思いついたのか俺にナイフを見せるように催促してきた。一瞬、ミアの妹だし警戒するべきかとも思ったが、幼い純真無垢な瞳で見つめられると弱く、ついついナイフを渡してしまう。

 ララは体育座りをすると、鞘からナイフを引き抜いた。暗殺用に反射防止のため黒く塗られた刀身を見られるのは抵抗があったが、ララが意味を気づかないことを祈ろう。


「……これってもしかして、いや、まさか……」


 ララはナイフを見て驚きに目を見開き、その後はぶつぶつと独り言を言いながらナイフを舐めまわすように見つめていた。何かおかしなところでもあったのだろうか? もし、暗殺用の物だと気付かれたのなら、ちょっと気まずいな……。


「ジャン、ララ、何遊んでるの? ほらほら、枢機卿様には魔法で連絡しといたからプリン食べましょ、プリン」

「……プリン!」


 ミアの言葉にナイフを放り出して駆けていくララ。ナイフが傷ついてないことを確認してから鞘に納め、祭服に仕込んだ。こんな状況でプリンなんて食べてる場合じゃないと思うが……、まぁ、いいだろう。

 疑いたくはないが、聖女様のためにも疑わざるを得ない。ミアの様子を事細かに観察することを心に決め、美味しい店のプリンが待つリビングへと向かうのだった。

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