第18話 爆弾
「へぇ、ここがこうなって……おっ、ここにもこんなのが、へぇ……」
魔法技術省へ行ってから数日後のとある休日、暇を持て余した俺は聖女館の中をあちこち探索していた。聖女館は中も外もララが開発した魔導具によって厳重に守られているという話を聞いて、どのようなものなのか気になり調べてみることにしたのだ。
色々回ってみた結果はというと、さすが天才と呼ばれるだけあってかなり凄い警備システムが構築されていた。
侵入しようとした人間の微量な魔力に反応して警報を鳴らす魔導具や、侵入を許した際にも住人を避難させたり侵入者を撃退するような魔導具があらゆる所に配置され、しかも敷地中に張り巡らされた魔導具のための魔法回路はお互いに干渉しないように整然と配置されておりとても美しかった。
確かにこれだけの設備があれば、プライバシーの保護を優先して聖女館に特別護衛を置かないということも理解できる気がした。
それで、だ。聖女様のお付きとして働く上で把握しておかなければいけないこともかもしれないが、なぜせっかくの休みにこんなことをしているのかというと、
「大丈夫かなぁ、聖女様……」
長い廊下の先、わずかに見える小さな扉は聖女様の部屋だった。あれから聖女様は淡々と仕事をこなしてはいたが、どこか元気がないように見えた。それが気になってどこかに出かける気にもならず、かといって聖女様に声をかけるほどの勇気はなく、ただこうして悶々と過ごしているというわけだった。
ああ、もう一体どうすればいいんだ俺は! ミアも妹と遊びに行くとか言ってどっかに行っちまったし、聖女様は落ち込んでいるのか部屋にこもっているし、ただでさえ気まずいのに二人きりにされたらもうどうすればいいかわからねぇ……。
はっ、そういえばもう昼過ぎだが聖女様食事は取ったのかな? ミアが作って置いていったらしいが、心配だし一応声をかけてみるべき? いやいや、せっかくの休日にのんびりされているのかもしれないし、それを邪魔するようなことは慎むべきだろう。
「うーん……んっ?」
考え事をしながら歩いていると、いつの間にか聖女様の部屋のすぐ近くまで来ていた。そこで、何か違和感に気付いた。聖女様の部屋の扉を見る。魔導具による魔法が幾重にもかけられていて、そうそう開錠することも破壊することもできそうにない。そうだ、それはいい、だが――
「っ!?」
部屋を守るために幾重にもかけられた魔法のほんのわずかな隙間、そのかすかな綻びからある魔法回路の魔力が漏れていることを察知し、背筋が凍った。反射的に祭服に仕込んだナイフを抜き取ると、矢継ぎ早に呪文を唱える。
「ファイヤーボール! フリーズ! エンチャント、ウインドカッター! ……このっ! アンロック!」
ララの強力な魔導具による防御魔法を正面から突破するのは、非力な初級魔法使いである自分には難しいだろう。ならば裏道から、扉を急激に熱した後冷却して脆くし、風の刃を付与したナイフを防御魔法の比較的手薄な個所の扉の隙間に突き入れ、駄目押しでほんの少しでも効果があることを期待して開錠の魔法を叩きこむ。
バキィッ!
何かが砕けたような音がして、扉が開いた。そこまでしてからようやく、まず聖女様に声をかけるべきだったということに気付いた。しかし、感知した魔法回路の魔力からして聖女様が無事な状態だという保証はないだろう。迷いを振り払い、ナイフを注意深く構えて部屋に突入した。
「聖女様!」
「へっ? へえっ!? じゃ、ジャン!? い、いったいどうしたのですか?」
冷静に周囲を観察する。部屋には困惑した様子の聖女様、隠れている可能性はあるが他に人影は見えない。再び聖女様を見ると、その手には何かが握られていて――
「聖女様! それを早く放り投げて!」
「は、はいっ!」
聖女様は持っていた物を窓際へ放り投げた。防御魔法をかけつつ、近づいて放り投げられた物の解析を行う。やっぱり――
「……聖女様、これは爆弾です」
「えっ? ええっ!? そ、そうなんですか?」
あまりのことに気が動転しているのか、挙動不審な聖女様。だが、それも無理はない。いきなり自分の部屋に爆弾が仕掛けられていたのだから。
「えっ、えーっと、大丈夫なんですか? 爆発とか?」
「はい、爆弾といっても作りかけの物のようでとりあえず危険はありません」
「そ、そうですか。それならよかったです、ふーっ……」
とりあえず安心したのか、聖女様は大きく息を吐いた。少しは落ち着いたところで、爆弾について尋ねていく。
「聖女様、この爆弾はどこにあったのですか?」
「あー、あの、そのわ、私ちょっと部屋を空けてたんですが、戻ってきたらその爆弾――というよりお菓子の缶? が机の上にあって、あれれー? おかしいなー? と思って手に取ってみた次第です、はい」
なるほど、留守中に部屋に置かれたのか。慎重に爆弾、もとい聖女様が言うように丸いお菓子の缶を拾い上げる。外装を注意深く観察していると、あることに気が付いた。
「これは確か、聖女様がお好きなクッキーの缶でしたよね?」
「あっ、そ、そう言われてみればそうですね。はい、好きなのは私というかミアというか、みんなに愛される何の変哲もないクッキーの缶ですね、はい」
あえて聖女様の好物に偽装して爆弾を仕込むだなんて、性質が悪いな。それだけ周到に下調べした上での犯行というわけだろう。罠などが仕掛けられていないことを確認して、缶の蓋を開けてみる。その爆弾の中身を見て俺は――
「うっわ、雑!」
「ざ、雑ぅ?」
思わず心からの言葉が漏れた。場にそぐわない軽い言葉に、聖女様も複雑そうな顔で俺を見つめている。
「はい、とにかく雑です。てっきり凄腕の魔法使いのテロリストとかが作った精巧な爆弾かと思っていたのですが、ほんとひどいです。雑、とにかく適当で、とにかく雑。鳩の巣かと思いましたよ、マジで。魔法回路を書いた紙も羊皮紙とかじゃなく、お菓子の包装の裏紙だし字もグチャグチャだし。絶対これ作ったやつの部屋とかすごい汚いし、夏休みの宿題は冬休みまでやらないやつですよ、絶対」
「へ、へぇ~、そ、そうなんですか、それは嫌なやつですね、へぇ~……」
あまりに低クオリティの爆弾に、聖女様も若干引いているようだった。そこまで危険な相手ではないのかもしれないと少し安堵しながら爆弾を詳しく解析していたのだが――無い。このようなタイプの魔導具には必ずあるはずの物が無かった。
「……このゴミ箱みたいな爆弾を作ったやつは、この酷い造りとは裏腹に相当強い魔力を持った魔法使いかもしれません」
「ご、ゴミ箱……。あ、えっと、どうしてですか?」
「このような魔導具には通常魔力を貯める核になるような物が必要なはずです。魔力を貯めた水晶や宝石、もしくは魔物の体の一部などですが、この爆弾にはそれがありません。その代わりに、これです。この子供の落書きみたいなきったない字と図形の書かれた魔法回路の紙、この文字自体に魔力が込められています。そんな芸当ができるのは、少なくとも上級魔法使い以上でなければ無理でしょうね……」
もしかしたら特級魔法使いクラスかも――、喉から出かかった言葉を飲み込んだ。憶測で話しても聖女様を不安にさせるだけだろう。
「そうでしょうそうでしょう。色々引っかかるところはありましたが、きっとすごい魔法使いに違いありません!」
だが、聖女様は気丈に振る舞い、むしろ嬉しそうにさえ見えた。俺に心配をかけまいと明るく振る舞う聖女様を見ていると、胸が苦しくなる。
「とにかく、枢機卿と国王に連絡しましょう。魔法回路も作りかけでこのままでは爆弾として使えるようなものではなく脅しの類でしょうが、これがエスカレートすれば聖女様の身にも危険が及びかねません」
「えっ? いやーっ、それは大げさじゃないでしょうか? ほらほら、私の女神様の加護の力があればどんな爆弾だろうと傷一つ付けられないでしょうし、そこまで大事にしなくても……」
「はっ? な、何を言ってるんですか、聖女様! そういう問題じゃありません! わが国でも一番の重要人物と言っても過言ではない聖女様に爆弾が仕掛けられたんですよ?」
「いやいやー、私なんてそんな大物じゃないですし! それに、ほら、あんまり大事にすると犯人が改心して名乗り出て来辛くなるかもしれないですし! ……また怒られるのも嫌ですし」
何てことだ、聖女様は優しすぎる……。俺は思わず頭を抱えた。それに、自己評価が低すぎる。自分を大物じゃないとか、犯人のことまで心配するだなんて。
その後は何を言っているのかよく聞こえなかったが、おそらく犯人を気遣う言葉だろう。聖女様の人格の素晴らしさは重々承知しているつもりだったが、まさかここまで慈悲深いとは……。
あまりに慈愛溢れる聖女様をどのように説得すればいいのか困り果てていると、玄関の方から声が聞こえた。
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