第22話 ズル
というわけで、改めて俺は聖女様と向き合うことになった。破滅的な行為を嬉々としてするヤバい聖女様ではあるが、それでもこの国に多大な貢献をしている素晴らしい方であることには違いない。これからはそういう意味でも全力でお支えしようと、やる気満々で早起きしたのだが、
「聖女様、聖女様! ……駄目だな、返事してくれない」
「はぁー、本性がバレたらすぐ逆戻りかー。仕方ない、起こすだけ起こしてみましょ」
聖女様の部屋の前、返事がないと見るやすかさずマスターキーを取り出して鍵を開けるミア。プライバシーとかセキュリティの観点から色々と頭に疑問がよぎったが、こんな滅茶苦茶な状況なんだ、もう考えたら負けだと思い言葉を飲み込んだ。
「セシル―、起きてるー? 今日は行けそうなのー?」
「むにゃむにゃ、断固として無理ぃ……」
ベッドの上には寝間着姿で掛け布団を跳ね飛ばし、すやすやとだらしない格好で眠る聖女様が居た。聖女様の自室での寝姿という、本来とても興奮するシチュエーションのはずなのだが、なんだろう? 全然ピンと来ない、おばあちゃんのお見舞いに来たみたいな感覚だ。
「しょーがないわねー、行きましょジャン」
「えっ? でも、聖女様が居ないと……」
「大丈夫大丈夫、行けばわかるから」
「……行ってらっしゃーい」
寝ぼけながら手を振る聖女様に見送られ、本当に大丈夫なのか不安に思いながらも大聖堂へと向かった。
「あれ、聖女様? どうしてここに……」
大聖堂に着くと、そこには聖女様が居た。聖女様は俺に微笑むと、無言で朝の祈りへと向かっていった。
急いで先回りでもしたのだろうか? わざわざそんなことをするくらいなら普通に起きて、一緒に大聖堂に来ればよかったのに。何となく腑に落ちずミアを見ると、ミアは何も言わずに聖女様が通っていった扉を指差した。
とりあえず、朝の祈りを一緒に見ましょうということだろうか? こっそりと物陰で聖女様と朝の祈りに訪れた信徒たちを見守った。月初めのオルガン作りの日とは違い、日々の祈りの時間は公開で行われているため人は多かったが大聖堂内は不自然なくらいの静寂に包まれていた。それだけ、人々が真摯に信仰を捧げてくれているということだろう。オルガンの音色の、その特に響きの美しいところや女神様の恩寵の光が飛んでいくところなどで多少の熱狂はあったものの、朝の祈りは総じて厳かな雰囲気で執り行われた。あの寝ぼけた様子からは想像もつかないくらい、聖女様もしゃんとしていた。
「さすがです、聖女様。眠そうな様子なんて全く感じられませんでしたよ」
控えの間にはけてきた聖女様に興奮気味で話しかけるが、聖女様は微笑みながらも何も言わずに素っ気なく俺の前を通り過ぎた。えっ、怒ってる? 褒めたつもりだったんだけど、嫌味だと思われた? 俺が全然話してくれない聖女様に困惑していると、ミアが聖女様の前に進み出た。そして、何をするかと思えばいきなり、
「チョーップ」
有言実行。まさに言葉通り聖女様の頭にチョップした。……って、いやいや駄目だろ!
「おい! いくら仲がいいからってこんな公の場で聖女様にチョップはさすがに――あれ?」
慌てて止めに入ろうとしたところで異変に気付いた。ミアの放った手刀は聖女様の頭をすり抜けていた。固まる俺をあざ笑うかのように、ミアはぶんぶんと聖女様の頭目がけてすかすかと手刀を振り回し、追い打ちとばかりにポケットから四角い箱のような魔導具を取り出すと、スイッチを切って見せた。聖女様が消えた。さすがにそこで気が付いた。
「り、立体映像だったのか……」
「そーよ、朝の祈りの時間になかなか起きてこなくて、仕方ないからララに頼んで作ってもらったのよ。最近はちゃんと出てたから使うのは久しぶりだけどね」
「そうなのか、あっ、本人が居なくて恩寵の力は大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。オルガンに恩寵の力は貯めておけるし、セシルの力なら月初めに一回やれば来月また作り直すまで持つレベルだからねー」
「さ、さすが聖女様だな……。じゃあ、一回さえちゃんとやれば残りは全部立体映像でもいいってことか?」
「そうね、出来ないことはないけれど、さすがにそれはサボり過ぎでしょってことでなるべく出席させるようにはしてるのよ? 一応ね」
「なるほど」
聖女様の力の規格外さをもってすれば、一々祈りの時間に恩寵の力を作りに来る必要もないわけだ。ズルと言えばズルかも知れないが、日々多忙な聖女様だ。このくらいは許されてしかるべきだろう。うん、そう思ってたんだけど――
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