第14話 聖女館のトイレ
「うおっ、すごいな。さすが聖女館のトイレだ」
渋る聖女様を大聖堂へ連れて行き夕の祈りの時間を済ませ、聖女館に戻ってきた俺はそのトイレに感動していた。女神様の恩寵を利用する技術の発展もあり水洗式は珍しくもなかったが、除菌や消臭、自動洗浄や便座をほのかに温かくする機能などが水、風、火、光の魔法を駆使して備え付けられており、しばしの間夢中になって仕組みを解析していた。決して、これから待ち受ける現実から逃避しようとしていたわけではない、多分。
「そろそろ、戻らないとまずいよなぁ……」
聖女館に着くとミアはキッチンで夕食の準備を始め、俺も手伝おうとしたのだが聖女館に住む初日ということもあり、「遠慮しないで休んでてよ」と言われてしまったのだ。ミアは気を遣ってくれたのだろうが、それは聖女様とリビングのソファで二人きりになってしまうということであり、どうにも居た堪れずにトイレに行く振りをして逃げてきたというわけだった。
だって仕方ないじゃん! 一度は納得したもののやっぱり聖女様と一緒に住むとか頭おかしいよ! 何話したらいいのかわっかんねぇよマジで!
うぅ、仕事中とか何か話す目的があればいいんだけど、こうしてプライベートでさぁ、何でも話していいですよってやられると途端に何を話せばいいのかわからなくなるな、しかも女の子と……。
「はぁ、でもあんまり席外してもわざとらしいし、体調悪いと思われるかもしれないし、行くしかないよなぁ」
景気付けに無駄に水を流し、魔法の微細なコントロールにわずかに心を癒され、やたら重く感じる扉を開けてリビングへと戻った。
リビングへと戻ると、そこにはさっきまでと同じ位置に聖女様が座っていた。少し離れたキッチンで忙しく立ち回っているミアに声をかけて、お茶を濁そうかという誘惑に駆られたが、
「…………」
無言で先ほどと同じ位置に、聖女様から近すぎず離れすぎてもいない微妙な位置のソファに腰かけた。これから一緒に暮らしていく以上、いつまでも逃げているわけにはいかないよな。
「…………」
まぁ、だからといって特に気の利いた会話とかが思い浮かぶわけではないんですけどね。どうしよう?どうしよう? と頭の中で情けなく狼狽しながら会話の糸口を見つけようとしていると、
「さ、先ほどは申し訳ありませんでした……」
少し気まずそうな様子で、聖女様が切り出す。混乱した頭では最初は何のことを言っているのかわからなかったが、すぐに祈りの時間を放棄して聖女館へ帰ろうとしていたことだと気付いた。
「いえ、全然。お気になさらないでください」
「すみません、私疲れているとよくわからないことをしちゃう時があって……」
確かにいつもの聖女様のイメージとは違う行動だったが、それも仕方のないことだと思う。
「聖女様は素晴らしい仕事をされているというのに理不尽に非難を受けて心労が絶えないのですから、少しくらいおかしなことをしてしまっても当然ですよ。それだけ責任の重い仕事をされているんですから」
恩寵の力によって国を支え、発展させた第一人者だというのにその凄すぎる力のせいで疎まれることも多いというのは何とも理不尽なことだと思う。聖女様を快く思っていない人も、必ずその御力の恩恵にあずかっているに違いないのだから。
「そう、でしょうか? いえ、ですが模範となる聖女としてそのような振る舞いをするわけには……」
いじらしく葛藤する聖女様は、こう言っては不敬かもしれないがとても可愛らしく庇護欲を掻き立てられるもので、俺はたまらずに立ち上がって叫ぶように宣言した。
「大丈夫ですよ、安心してください! 聖女様が何かおかしなことをなされそうになった時には、きっと私が止めて見せますから!」
「あら、いいこと聞いたわ。それじゃ、今度何かあったときは全部任せちゃおうかしら?」
「うおっ!? み、ミア!」
「仲良くしゃべってるときに邪魔してごめんね。お料理出来たわよー」
ちょっと格好つけたことを言ったタイミングでミアが呼びに来て恥ずかしい思いをしたが、聖女様はそんな俺を見て微笑んでくださった。そして、俺の手をそっと両手で包み込むように握った。
「その時はお願いしますね、約束ですよ?」
そう言って席を立つと、ミアが配膳しているキッチンのテーブルへと向かった。俺も聖女様に続いて立ち上がろうとしたが、心臓がうるさいくらいに鳴ってしばらくその場を動くことができなかった。
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