第5話 王様

「あ、そんなにかしこまらなくていいからね、そこまで正式な式典ってわけじゃないから。ただ、聖女様のお付きとなると色々あってね、任命状とか渡すだけだから気楽にね」

「……は、はい!」


 聖女様のお付きとして働く事になった初日、俺は豊かなひげを貯えた気さくなおじいさんと向かい合っていた。街のそこらの店の気のいいおっちゃんみたいなことを言うその人は――国王様だった。


 教会の施設より先に朝一番で王城へ行くということに少し疑問は持ったが、せいぜいちょっとした手続きや関係者との顔見せくらいだろうとたかをくくっていたら、いきなり国王様に謁見することになってちびりかけた。


 あまり上下関係が厳しい国ではないので跪いたりはせずに直立のままうわの空で話を聞いているのだが、変に緊張するからむしろ跪いて目線を合わせない方がよかったなぁ……。


「ほら、国としては基本教会に関わることは干渉しないようにしてるけど、一応ルミエール国教会ってことになってるからさ、一応やっとかないといけないのよ、一応ね」

「は、はぁ」


 この世界で一番広まっている女神様を信仰する宗教アピス教は、総本山フルクトゥアトとそれぞれの国の国教会があり、独立して運営しながらも総本山には敬意を払い、それほど多くはないが儀礼として一定の額を納めることになっている。その国の政府と国教会の関係はどちらが強いかは国によってまちまちだが、ルミエールではほぼ同等で政府は国教会のことについてはあまり干渉しないようにしているようだ。


「では、ジャン・ルクレール、前へ」

「は、はい」


 地位の高そうな役人に促され、ふらふらとどこか夢のような気持ちで王の前へと進み出る。王の座る玉座の位置は特に高く作られているわけでもなく俺と同じ高さ、少し離れた両脇に護衛の兵は居るものの特にピリピリとはしていない。ルミエールのお国柄と王の人柄が現れているような造りだった。

 王は立ち上がるとにっこりと笑い、任命状を差し出した。


「ジャン・ルクレール君。よろしく頼んだよ」

「はい!」


 俺は精一杯声を張り上げ、震える手で任命状を受け取った。緊張は凄かったがそれに勝る興味で、伏せた顔からそっと国王様の顔色を窺った。一点の曇りもない笑顔だったが、それが逆に怖かった。


 国王様はとても気さくで人柄もよく国民から愛されてはいるが、その政治的手腕を疑問視する声もある。人が良すぎて貴族や役人の愚かな提案や私腹を肥やすための提案を疑いもせずに通してしまうところがあり、そのせいで度々国に小さな混乱が起こることがあった。


 しかし、それでも国民に愛されているのは人柄もさることながら、国家にとって重要な案件については決して間違えないということだろう。死活的に重要な事柄については不思議と勘が働くのかはたまた偶然が、必ず正解を選び国を発展させてきたのだ。直近では反対意見も多かった中、前代の聖女様の提言を受ける形で特例として聖女の地位を現聖女様へと禅譲されたことがあり、国教会の独立と王の権限を考えると微妙なラインだったがどうにか丸く収め、結果として今のルミエールの繁栄がある。


 人によって名君だ、運と人が良いだけの男だと毀誉褒貶が激しいこの王様が気になって、ついじろじろと眺めてしまう。そんな俺を国王様は愛嬌のある瞳をくりくりさせながら、不思議そうに見つめ返してきた。


「ジャン・ルクレール、下がって」

「は、はい」


 どうにか国王様の胸の内がわからないものかと思ったが、若輩者の自分には土台無理な話だった。もやもやしたものを抱えつつ、出口へと向かう。


 名残惜しさにふと振り返り王を見ると、自分の目を疑った。穏やかながらも威厳に満ちた微笑を浮かべていて、過去のどんな賢王も敵わないほどの風格を漂わせているではないか!

 だが、慌てて二度見するころには、すっかりいつもと同じ親しみやすい王様に戻っていた。何なら笑顔で手まで振っていた。軽く会釈を返す。


「……見間違えかなぁ……」


 どこか腑に落ちない気持ちで、王城を後にするのだった。

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