第4話 養父は英雄
「どうだ、俺の言った通りだっただろう?」
「……うん、納得はできないけど」
後日、合格を告げる手紙を読みながら俺は渋々と頷いていた。小さな教会に併設され神父が住まう司祭館の一室、テーブル越しに話しているのは養父であり神父の師匠でもある二コラ・ルクレールだ。大柄ではないものの、齢60を超える老齢ながらまくった祭服から覗く節くれ立った腕は大木のような存在感があり、歴戦の戦士であったことが覗える。黒髪の俺とは似ても似つかない綺麗な金色の髪は、乱雑に切られてはいたがそれでもまだ上品さを失ってはいないように見えた。
「もしかして、試験の内容知ってた?」
「おいおい、俺がそんなことをする人間だと思うのか? 義理の息子よ」
「うん、おじさんはそんな印象しかないけど」
「……」
養子になったのが物心ついてからということもあり、二人の関係は実の親子というよりは親戚のおじさんという感じだ。気遣いのできる人なので、俺と亡くなった実の両親のことを気にしてあえてそのように振る舞っているのかもしれない。優しい人なのだ、かなり変わった人ではあるけど……。
なにせ、実家を勘当された元貴族ながら実力で魔法省内で出世し、女神様が現れる前の混沌の時代から人々に
「いやいや、元職場のことだぜ? そりゃある程度は見当がつくってもんよ」
「ふーん……」
「こ、コーヒーでも飲むか?」
おじさんが立ち上がり台所へと向かうと、床がゴトゴトと鈍い音を立てた。おじさんはテネブルとの死闘で右目と左足を失った。あの凶悪なモンスターと戦って命があっただけマシだとはいえるが、それでも右目の眼帯と左足の義足は痛々しくて最初は見ているのが辛かった。だがおじさんはその傷を誇りに思っているらしく、「名誉の負傷だ!」と言っては豪快に笑った。
因縁のある相手だったらしいテネブルを討伐した後は落ち着いたのか、英雄として用意された魔法省での役職を蹴り神父の道へと進もうとしたらしいが、そこで前職での腕を買われて神父になるため学びながら聖女の警護責任者の任に就いたらしい。
「――ってことは、試験前に訓練したあんなことが必要になる職場だっていうの? 聖女様はそこまで悪いやつらに狙われているの? さすがに予防的なものじゃないの?」
コーヒーをすすりながら、おじさんの過去に思いを巡らせているとそんな恐ろしい考えにぶつかった。魔法を使った爆発物、毒物、罠などなど……。聖女様といえば教会からも国からも何重にも厳重に、そして丁重に守られているというイメージだったが、実際は常に危険と隣り合わせの立場なのだろうか? さすがにただの訓練で、実際に使うことはまずないとは思いたいが。
「あーっと、まぁ、何というか必要といえば必要というか……。いや、必要だけどまぁ、聖女に危険は及ばないというか何というか」
「女神様の加護があるから大丈夫ってこと?」
「そういうことだな、うん、大体そう」
「……」
歯切れの悪い返答にもやもやする。いわゆる聖女が司る女神様の加護の力は特に守備の方面で凄まじく、あまり能力の高くない聖女でもどんな高位のモンスターの攻撃や大魔法使いの魔法も一切通さないくらい強力だ。ましてや世界最高といわれる我が国の聖女様なら、どんな攻撃を受けようと本人は傷一つつくことはないだろう。
なら、どうしてそんな訓練をさせるのだろうか? 周りの被害を防ぐため? 確かに筋は通っているが、でもどこか引っかかるような……。
「ねぇ、おじさん」
「いや、待て待て。俺はもうこれ以上話さないぞ。いいかい、ジャン? 何事も憶測は良くないぞ? 今ここでいろいろと話してしまったら、お前に妙な先入観をを持たせてしまうかもしれない。お前にはもっとフラットな視点で現場を見てもらいたいんだ。なんせそれが、組織に新しい人間を入れる理由の一つなんだからな」
「うっ……」
急に神妙な顔をするおじさんを見て、次の言葉に詰まってしまう。普段ふざけたところがあるものの、混沌種討伐の英雄であり、元魔法省と教会の重鎮だ。真面目な顔をした時の迫力といったら、青二才の自分では全く歯が立ちそうもなかった。
「どうせすぐ直接目にすることになるんだ、今考えていてもしょうがない。それにどんな状況になろうと対処できるように、今まで育ててきたんだからな」
「うん……」
じっと自分の手を見つめる、見習い神父の司祭にしては武骨な手だ。幼少期から養父には身体の鍛錬や魔法、今回の試験で使ったような特殊技能を徹底的に叩き込まれてきた。水害によって家族を失い、一人取り残された自分を励ましその力で村の復興に尽力してくださった前聖女様に会ってからというもの、聖女様に仕える従者になるのが夢だった。すごい力を持った聖女様をサポートすることができれば、それが過去の自分のように苦しむ人々を救うことになるのだと信じてきた。
聖職者には相応しくないと、疑問だった訓練の数々もそのおかげで選ばれたのなら感謝しかない。
「これは餞別だ、持っていきなさい」
おじさんが渡してくれたのは、まるで絹のように上質な素材で織られた祭服と黒い一振りのナイフだった。シンプルで無骨だが精密な細工が施されたそれは驚くほど手に馴染み、鞘から引き抜くと刀身は闇夜を映し取ったかのように真っ黒だった。無言でおじさんを見つめる。
「それはそういうものなんだよ」
おじさんは何とも言えない顔でそう言った。嘘か本当かはたまた違う意味かは知らないが言葉を飲み込んで、新しく渡された祭服の隠しポケットを探る。傍から見ても目立たずすぐに取り出せる位置にあるそのポケットは、今着ている祭服と寸分違わぬ位置にあった。そっと、暗殺用に刀身を黒く塗られたナイフを仕舞う。
「ありがとう、おじさん」
持たせてくれた装備に身が引き締まる。きっと、そういうことなのだろう。これから待つ任務の過酷さに身震いしながらも、不思議な高揚感があった。やっと自分が目指していたところ、聖女様をお助けしてお守りするということができるのだと。
「まぁ、頑張れや。だが、なぁ、お前はあんまり女の子が得意じゃないからなぁ……」
「な、何だよ急に」
厳めしい雰囲気から、いきなり孫の恋路を心配するお爺ちゃんみたいになって困惑する。
「べ、別にいいだろそんなこと。確かにあんまり女の子と話したりとかしたことなかったし、付き合ったりしたこととかないけど別にそういうんじゃないんだし……、あくまで聖女様のサポートをするだけなんだから!」
「ああそうだ、確かにそうだ。この国ルミエールを世界屈指の大国にし、世界最高ともいわれる力を持った偉大な聖女様だ。だがな、そんな彼女も又ただの一人の女の子なんだ。それを忘れちゃいけないよ?」
「えっ? うん、そりゃあそうだろうけど……」
そんな当たり前のことを言うおじさんに困惑していると、「まったく、わかってるんだかわかってないんだか……」とつぶやきながら部屋を出て行った。そろそろ昼の休憩の時間も終わりだ、自分も教会に戻ろうと席を立つ。
「ジャン兄ちゃん! どっか行っちゃうの?」
司祭館を出たところで、いきなり大声にぶつかった。どこからか話を聞きつけて来たのか、それは教会に礼拝(もとい遊び)に来ている子供たちだった。
「行かないでよ兄ちゃん!」
「そうだよ、もっと遊んでよ!」
子どもたちが泣きながら祭服にしがみついてくる。そんなに慕われていたのかと嬉しさが込み上げてくる一方で、神父見習いではなく遊び相手としか思われていないのでは? という疑問も湧いたが……、まぁ、いいや!
「ごめんなみんな、俺は行かなくちゃいけないんだよ。聖女様をお助けする大事な仕事なんだ」
「せ、聖女様を!?」
「すごい、ジャン兄ちゃん!」
聖女様のために働くと聞いて、子どもたちの目の色が変わる。やはり子どもたちの間でも聖女様は憧れの存在のようだ。よし、名残惜しさはあるがこの勢いでポジティブにまとめよう。
「俺頑張ってくるから、みんなも寂しいかもしれないけど応援しててくれよな」
「うん、わかった! 頑張ってねお兄ちゃん!」
「お土産よろしくね!」
「わたし聖女様の髪の毛が欲しい!」
「ぼくは聖女様の何らかの私物!」
「……」
髪の毛が欲しいというのは聖人の身体の一部が欲しいという信仰心的なものなのか、それともフェチ的なものなのか……。いや、とりあえず完全に私物はダメだろ……。
子供たちの将来に一抹の不安を感じながらも、この慣れ親しんだ小さな教会を後にする俺だった。
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