第1話 赤い稲妻 ― 窮地③

 ときすこさかのぼる ―― ジーが前方ぜんぽう目掛めがけてはししたそのとき


 後方こうほうかってバイクを疾走しっそうさせるチンとパン。

 チンが先行せんこうしてねずみれにむと、続けざまにアクセルをひらいて、前輪ぜんりんじくにバイクを急旋回きゅうせんかいさせるパワースライドをめた。るように回転かいてんするてつかたまりひる鼠人そじんたちは、近寄ちかよることができずに後退こうたいするしかなかった。

  

 パンはそのすきいて、はしにあるトラックに突進とっしん。バイクをウィリーさせ、フロントガラスに前輪ぜんりんたたける。瞬時しゅんじはし蜘蛛くもじょうのヒビにおののき、運転席うんてんせきにいた鼠人そじんあわててそとした。


 パンはたおれようとするバイクのハンドルに素早すばやあしけ、トラックの屋根やね両手りょうていた。そして、そのいきおいのまま逆立さかだちになり、あしおおきくげる。バイクが地面じめんたおれると同時どうじに、パンはいきおいよくあしもどし、全体重ぜんたいじゅうせてフロントガラスに両膝りょうひざたたんだ。渾身こんしん一撃いちげきでガラスは粉々こなごなくだけ、破片はへん一緒いっしょに、パンはそのまま運転席うんてんせきへとすべむ。


 トラックにんだパンは、素早すばやくサイドブレーキを解除かいじょし、アクセルをんだ。ハンドルをいきおいよくり、となりのトラックを退けて、チビたち逃走経路とうそうけいろ確保かくほしようと奮闘ふんとうする。しかし、壁際かべぎわ車半分くるまはんぶんほどのスペースが出来できたところで、運転席うんてんせき鼠人達そじんたちうつり、パンを妨害ぼうがいはじめる。


 当初とうしょ、その妨害ぼうがいはいらないように、チンがバイクで鼠人そじん蹴散けちらし、パンのるトラックからとおざけていた。だが、そんなかれ進路しんろはばむように、マウがちはだかる。

「どけよ、すぞ」

「こいよ、引導いんどうをくれてやる」

 チンと相対あいたいするマウは、煙草たばこくわえたまま親指おやゆびかたなつかかるして、鯉口こいくちった。そして、重心じゅうしんをわずかにとしてぐに相手あいて見据みすえると、けむりくゆらせながらつかに手をける ―― その一連いちれんの仕草には一切いっさいりきみがく、いのちのやりりをしているとはおもえないほどうつしくしずかなただずまいだった。

 

 チンはアクセルを全開ぜんかいにして爆音ばくおんとどろかせると、バイクの前輪ぜんりんげて、つぶいきおいではしす。

 

 たいしてマウはながれるようなあしさばきで、バイクのはらもぐむようにすすめる。煙草たぼこけむりのこしろ軌跡きせきは、途切とぎれることなくなめらかにびていく。

にさらせ!」とチンがさけぶと、マウはそれをはなわらった。

 そして、バイクのとすかげがマウをおおい、二人ふたりかげかさなったその刹那せつな ―― 正確無比せいかくむひ瞬息しゅんそくなる一太刀ひとたちが、バイクのレギュレータを車体しゃたいごとる。

 

 あまりにもはやいマウの抜刀ばっとうは、するど金属音きんぞくおんみみのこすだけで、だれにもまることはなかった。実際じっさい周囲しゅうい手下達てしたたちにしたのは、チンとのすれちがざまに、刀身とうしんさやおさめんとするマウの姿すがただった。


 レギュレータへの一刀いっとうは、エンジンを制御せいぎょする配線はいせん寸断すんだん意味いみする。唐突とうとつ途絶とだえた制御信号せいぎょしんごうが、エンジンを緊急停止きんきゅうていしさせると、チンはバランスをくずして転倒てんとうし、そのはずみでされてしまった。 

 あるじうしなったバイクは、地面じめんけずおとてながら、かべちかくまでころがりすべってく。


 マウは何事なにごともなかったように、煙草たばこくわえたままけむりくゆらせ、小太こぶとりの鼠人そじんかたなあずけた。それから「あとはおおまえらで片付かたづけろ」と冷淡れいたんのこすと、かえることなくもといたくるまかってあるいてく。


「くそったれ!」とてて、チンが片膝かたひざいてがる。即座そくざ周囲しゅうい見渡みわたすが、ときすでにおそく、陰湿いんしつみをうかかべる鼠人達そじんたちが、みちふさぐようにかこんでいた。

 

 バイクをうしなかこまれ、なくまれたチン。

 次々つぎつぎ鼠人そじんむらがり、徐々じょじょ身動みうごきがれなくなりつつあるパン。


 ジーはその光景こうけいたりにしたのである。

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