第1話 赤い稲妻 ― 逃走③

 がりくねったみち障害物しょうがいぶつけながら、三兄弟さんきょうだいはげしいカーチェイスをひろげるチビ。じりじりと距離きょりめられ、つかまるのは時間じかん問題もんだいのようにおもえた。


「……まだだ。えろ」

 それでも、チビはあきらめずに大通おおどおりへぬけけるみちしている。

 アクセルとブレーキを交互こうごきざみ、必死ひっしおもいでハンドルをさばいて、後方こうほうにピタリとつける三兄弟さんきょうだい追跡ついせき見事みごとしのぐ。


「……ここだ!」

 チビがハンドルをり、最後さいごのカーブをすべつぎ瞬間しゅんかん

 

 視界しかいひらけ、まえ大通おおどおりがひろがった。


「やった‼」

 

 このマシンのエンジンには、ニトロを推進剤すいしんざいとした加速装置かそくそうちいている。チビはその加速かそく必殺技ひっさつわざとして『インフィニット・バーン』と名付なづけていた。


 すかさずギアをげたチビは、アクセルをみ、加速点火かそくてんかスイッチにゆびわす。

「これでる!」

 まりにまった鬱憤うっぷんらすかのように「インフィニット ―― 」とさけび、スイッチをそうとした瞬間しゅんかん不気味ぶきみ風切かざきおんともに、鉄筋てっきんあめ上空じょうくうからそそぐ。

 棒状ぼうじょう一群いちぐんにぶ衝撃音しょうげきおんてながら、次々つぎつぎ地面じめんへとさり、チビの前方ぜんぽう完全かんぜんふさいでしまった。

「うそだろ!?」

 咄嗟とっさにブレーキをかけ、ハンドルをはげしくる。

 強引ごういん急旋回きゅうせんかい車体しゃたいおおきくかたむくも、地面じめんからびる鉄筋てっきんをギリギリ回避かいひ

 そのままがったさきにある横道よこみちんだ。

 

 なんとかことなきをたチビは、安堵あんどむねろす。しかし、それもつか後方こうほうからひびわた三兄弟さんきょうだいのマフラーおんが、んだ路地ろじひろげるカーチェイスの再開さいかいげていた。



 

 コングはふたた大量たいりょう鉄筋てっきんき、片手かたて軽々かるがるげると、からだおおきくひねりしならせて、全身ぜんしんのバネをむようにりかぶった。のぼ砂煙すなけむりと、マフラーの特徴的とくちょうてき排気音はいきおんたよりに、チビの位置いち的確てきかくとらえれば ―― うで筋肉きんにく一気いっき怒張どちょうさせ、ためんだエネルギーをはなつように、すさまじいいきおいで鉄筋てっきんはなつ。

 はなたれた鉄筋てっきんは、にもまらぬ速度そくどくうき、並々なみなみならぬ衝撃しょうげきとも地面じめん着弾ちゃくだんする。着弾ちゃくだんした棒状ぼうじょう金属きんぞくは、進路しんろふさ鉄柵てっさくってわり、チビを無理むりやりひがしへと誘導ゆうどうしていく。




 鉄筋てっきんあめ不気味ぶきみ風切かざきおとてるなか、ビットは建物たてものから建物たてものへとうつり、少女しょうじょあとっていた。

 ぶたびにかわいた空気くうきが白い被毛ひもうをはためかせ、着地ちゃくちするたびにすなぼこりが足元あしもとがる。レンガづくりの建物たてもの屋上おくじょうにはいたところにひびがはしり、くずれた瓦礫がれき足場あしば不安定ふあんていにしていた。

 まえにいる少女しょうじょは、いきみだすことなく前方ぜんぽう屋根やね見据みすえ、次々つぎつぎえていく。たかかろやかに建物たてものあいだえるその背中せなかには、記憶きおくなかにあるおさなころ面影おもかげは、どこにものこっていなかった。おも現実げんじつとのギャップに戸惑とまどい、こころおくでざわめく不確ふたしかな感情かんじょうかされて、ビットはさけぶ。

て! イヴ! おれだ、ビットだ!」

 何度なんどびかけてもこえとどかない。少女しょうじょかえることなく、疾風しっぷうのようにけてく。

 りしきる鉄筋てっきんあめちかくで着弾ちゃくだんすると、少女しょうじょはそれにみみてて反応はんのうした。

 そして、きゅう建物たてものはしまったかとおもうと ―― 突然とつぜん、ビットのほういた。

 ビットもまり、するどひかむらさきひとみ見詰みつかえす。

「イヴ……」

「そのぶな、あたしはアムだ」

 しずかにひびくそのこえは、ビットのむねまれたはじめての感情かんじょうつよゆささぶった。

「…………アムってなんだ……? なにがあったんだ?」

「イヴはもういない」

 むらさきひとみかげふかふかんで、そのそこねむ得体えたいれないなにかが、ビットを圧倒あっとうだまらせる。


「あたしはアムだ」


 少女しょうじょひどめたこえでそううと、建物たてものふちからたおように ―― げた。


「イヴ!」

 あおざめるビットはあわててり、して建物たてものしたのぞむ。


 少女しょうじょは ―― チビが操縦そうじゅうするマシンのうえかろやかに着地ちゃくちし、猛烈もうれつなスピードではしってく。

 

 ここが、目的地もくてきちのイーストどおりだった。

 

 安堵あんど困惑こんわく相反あいはんする感情かんじょうをそのままに、ビットはとおざかる少女しょうじょふたたはじめた。

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