第5編 ケーキ

1 湖


夕暮れに一人湖畔を散歩する。揺れない水面に落ちる雲。小石を一つ投げ入れて、途端に開く黒い口。



2 賢者の石


鉄を金に変えるもの。万病を、癒す薬を生み出すもの。誰もが欲してやまない秘宝。あるいは財布に眠る肖像画。



3 絆創膏


風呂上がりに気になって、それでもひたすら端の方まで追いやって。絶えず蝕むこの痛み、まだ色あせない映記憶。



4 紅茶


沸かしたて、湯気と香りに満ち足りて。一さじの砂糖の流れに身を任せ、耳に響くは弦と弓、浮かび上がるゴシック調。



5 0.5


書き綴る文字は崩れて醜くて、耐えられないほど苦しくて。上司の言葉を思い出す。夜遅くまで、頑張ってる。



6 天丼


素直に海老をかじるのか、まずは大葉を嗜むか。それともシイタケ、どうするか? 空の器を前にして、目を閉じ味の反響を舌の鼓膜で受け止める。。



7 忘れ物


引き出しの、奥に押し込みそのままの何かの記憶がフラッシュバック。浮かぶ思い出懐かしく、指で背表紙たどりゆく。



8 パラソル


白い砂地に突き立てた木陰にゆっくり腰降ろす。わずかな風を感じつつ。ひたすら水面を見つめると、恋しくなるのはレモンの刺激。



9 玄関


疲れ果てたどり着いたその先に、広がるはずの異世界感。何もかもが思うがままに。ひたすらアイスを掻き込むことも私自身が許すとき。



10 ケーキ


撃ちぬかれた私の心。とめどなくゆっくりゆっくり流れいく紅にほのかな不安あれ。舌鼓、皮が破れて三切れ半。慣れない独奏、閉幕へ。

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