第3話 引いてダメなら押してみろ
「姉様」
駆けてくる姿に手を上げる。
「本当に仲がいいのね〜」
ピンク髪は短く切りそられている。
ミラ曰く、貴族令嬢らしくとか自分に合わない。せめて髪型だけは反発してやる!と令嬢らしからぬショートヘアを貫いている。
「可愛いものよ、弟って。根暗陰キャとか最初は生い先真っ暗と思ったけど、とにかく陽の下で走り回らせていたら、元気溌剌な好少年に育ってくれて良かったわ」
ミラに聞いたロデアーノのキャラデザは細身の美少年だったようだが、今の弟は中肉中背、多少の日焼けも健康的なザ男の子だ。
「私はロリショタ趣味じゃないからロデルートは未攻略だったのよね。ちなみに推しはアレクシス!」
「敬称を付けなさいよ。今の貴女は推し活女子じゃなく伯爵令嬢なんだから」
庭のガゼボは鍛錬をしているロデアーノ以外の人影はない。
それでも誰かの耳に入ったら大変だ。
「いよいよゲーム開始の年になったわね」
あっちの義務教育期間は家庭教師、高校からこちらでは学校スタートって良いようで、どうなのって思うわ。
社会性は幼少期が大事って聞いてて、その幼少期に外部と関わらないから貴族ってちょっとアレなんじゃないって。
貴族の社会って現代ほど複雑じゃないから何とかはなるんだろうけど。
「王立学園入学かぁ…。私的にはスチル回収って楽しみでしかないけど、メリルは悪役令嬢回避だもんね」
メリルは令嬢らしからぬ、足を組んだ姿勢でティーカップに口をつける。
「誰が悪役令嬢回避って?」
「え、なになに違うの?」
こちらもテーブルに肘を立て、手のひらに顎乗せで話すマナーの悪さ。
「回避するのは断罪ルート!むしろ悪役令嬢上等だわ」
この3年、色々頑張ってはみたのだ。わざと出来が悪い振りをしたり、虚弱体質を演出したりと。
しかし、そのどれもがことごとく失敗。中身は前世と合わせて今の母親以上の歳月を積み重ねてきただけに、子どもっぽく振る舞えば振る舞うほど精神的に追い詰められてしまった。
それより先手必勝、愚かな両親を手玉に取るよう立ち回る方が向いていた。
今や両親に黙って利用されるような愚図な娘ではなく、侯爵家の威光を体現するかのように、パプリコット家のメリルは立てば芍薬な淑女と世間には認識されている。
ゲームでのメリルは、悪役が付いただけの世間知らずで幼稚な女の子だ。
むしろアラサー前世な私からすれば、可愛いいとさえ感じた。
ただ自分ならもっと頭を使うし、地位を上手く利用する。
「黙って3年過ごしはしなかったわよ。打てる布石は全て打った。ただ…肝心の婚約解消はね、上手くいかなかったわ」
アレクシスからの婚約破棄を狙って好感度が下がるような言動を試しても駄目、物理的に距離を置いても無駄だった。
アレクシスから破棄の気配は今まで一切ない。
そう、今この時もガゼボに近づく悠々とした足取りの婚約者は、3年の時を経て上背はふた回り以上成長して、中性的な顔は端正なまま魅力的な男性になっている。
そして足を組んだメリルが見えてるだろうに、崩さぬ微笑みが食えなさ具合のレベルアップを表している。
ちなみにミラはアレクシスの姿に気づいた瞬間、姿勢を正している。
令嬢らしくは嫌といいながらも、彼女も16年で叩き込まれた貴族マナーは脊髄反射なみに発動されるらしい。
「やぁ。楽しそうで何よりだね」
「殿下…突然の来訪は困りますわね」
開口1番の苦言にも「すまないね」のひと言。
ミラは私の態度に驚いているけど、これがもう2人の間で定着していた。
気を使っても、気を使わなくても変わらないなら、気を使わないことにしたのだ。
公の時に出さなければ、この態度を咎める人間はいない。
「親しいとは聞いていたけど、これ程までとはね」
ミラを眺めて興味深げに呟く。
「気心が知れた仲なのです」
アレクシスに席を勧めることもなく紅茶をひと口、しかし勝手に横に腰下ろされてしまうのだけれども。
「へぇ、私たちみたいに?」
ベンチ椅子なので隣のメリルとの距離をアレクシスが詰め、その隙間はほぼ無い。
「気心が知れたことなどありましたかしら」
「おや、つれないね」
ミラの視線はキョロキョロ、忙しなく口に運ばれるケーキはあっという間になくなった。
「わたくしは、そろそろお暇しますわ」
ススッと裾を引き、見本のようなカーテシーをしてミラは去っていく。
「はぁ、せっかく入学の話をしていたのに」
このおじゃま虫め!
「なんだ、それなら私とすれば良いではないか」
「殿下が女性なら異論はございませんよ」
「あぁ、美しさは女性に負けないのだけれど、残念ながら付いているものを取れはしないしなぁ」
「下品な話題は結構!」
「下品かな?ゆくゆくは子を成すにメリルにとっても必要なものだろう」
むっか〜!バシン!
思いっきり肩を叩かれたのに、アレクシスは愉快とばかりに笑っている。
「ほら、不敬罪で婚約破棄なさって頂いて構いませんわよ」
「これは恋人同士の戯れだ」
メリルは、はぁ…とため息をつく。
暖簾に腕押しとはこのこと、こういうやり取りも今や漫才の掛け合いほどにしかならない。
「平民出身の生徒が入学してくると耳にしました」
「あぁ、聖魔法が使えるからと教会が入学許可を取り付けた特待生だな」
この世界では聖魔法使いは、聖女として保護の名のもと教会の管理下に置かれる。
「王家としても親しくして損はありませんよね」
聖女は平和と信仰の対象、これまでも王族との政略結婚がされたり、繋がりは切っても切れない関係になるだろう。
「別に親しくするつもりはないよ」
「え?」
「だって私には婚約者がいるわけだし、婚約者がいる者は異性と安易に2人きりになったりしてはならない、だろ?」
したり顔がまた腹立たしい。
「メリルが王立学園規範の見直しに関わっているのを、私が知らないとでも?」
「別に直接関わったわけではありませんことよ」
そう、たまたまメリルの家庭教師が王立学園の教師になって、たまたまその人が規範の裁定に関わっていただけのこと。
「時代が変わって平民にも門戸が開かれるようになりつつあるのに、規範が前時代から変わっていない。お互いの常識や権利、犯すべきでないマナーなどは平民にも周知されるべきだ、とは良い意見だな」
『たとえば先生、平民出身の女生徒が貴族の男子生徒と2人きりで過ごしたとしましょう。貴族子息には婚約者がいます。私たち貴族令嬢は、婚約者がいる異性と2人きりになることは避けるよう教えられていますよね。しかし平民出身の女生徒はそれを知りません。もし子息の婚約者が女生徒を責めてたとして、それは貴族令嬢が嫌がらせでした虐めと取られたりはしませんか?また子息も平民がその教えを受けてないことを知らず、女生徒から好意を抱かれ積極的に2人きりになったのだ、と勘違いする恐れはありませんか?』
王立学園の教師もまた貴族、その点で常識が貴族側に偏りすぎだと、メリルの問いは結果的に家庭教師にそれを気づかせることになった。
貴族の美点でもある言わずもがなは、常識を同じくする者の上でこそ成り立つ。わざわざ貴族のマナーや仕来りについて、知っていて当然とされることは学園の規範に書き記されてなかったのだ。
平民出身者の主人公には知らなかったこと、それのお陰もあり恋愛ルートに進むきっかけになっただろうが、メリルには邪魔なだけ。
そもそも婚約者がいる男性に、親密な態度を取るべきでないのは現代でも一緒だ。
つまりは書かなきゃ分からない空気読めないちゃん、が主人公なのだろう。
だったら書けばいい、読ませればいいのだ。
「今年の首席入学者が私の婚約者とは鼻が高いよ」
それも死ぬほど頑張った。
本来の首席入学者はアレクシスで、そして優秀な生徒であるアレクシスが学長に主人公を助けるよう頼まれるストーリーを変えるために。
変えれる展開は変えてみせる、断罪ルート回避のために。
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