第2章18話「侵攻開始」


「ガ、車花?」


 そう車花を目の前にして疑問形で名前を呼んでしまった。

 車花とは偽名ということになる。

 それを知ってしまった以上、何と呼べばいいのか。


「が?」


 車花は流河の顔を見て怪しんだ。

 思わず目をそらしてしまう。


 自分の過去など言われたくないことだろう。

 踏み込んだ方がいいのか、踏み込まない方がいいのか。


「もしかして団長から聞いた? 私の過去のこと」


「ぎ……なんのことですか?」


「とぼけるの下手すぎ。そうなのね」


「……なんでわかったんだよ」


 団長からということまで分かっていたのだ。

 何をもってそう判断したのか。


「団長が心配していたんじゃないの。それであなたを……」


 そういって車花の顔が少し影を差した。

 車花は今回後方を担当することになった。

 車花の戦闘技術力とそして魔量量を考えたら後方に回されるのは妥当だ。


 でも車花は反論した。私も前線に出たいと。


「俺が聞き出したんだよ。そういや、お前って小学生の時からいたよなって。それで、ガーベラって言ったらいいのか?」


「車花のままでいいわ。そっちの方が呼びやすいんでしょ」


「そうか……分かった」


「なに。あなたも私は力がないっていうの?」


「……答えたくないっていうならそれでいいけど、家族に何か嫌味でも言われたのか?」


「家族はみんな優しかったわ。でも周りから没落するんじゃないかって噂の種になっていたわ」


 子供をだしにしたのか。

 異世界の事は分からないが、子供が努力をしているのに苦しむような仕打ちは会っていいのか。

 思わず同情の言葉を出しそうになったがぐっとこらえた。


「何でだよ。お前は十分すげえよ」


「慰めるつもり?」


 そういう車花の目は厳しくなる。

 怒りが少しこちらに向けられているような気がした。


 車花もそうなのだろう。


「まあ、気持ちは分かるわ。そういう時に家族に優しいこと言われたら惨めな気持ちになるよな」


 触れないでほしい。

 いちいち声にされる方がメンタルに来る。

 分かっているからこそ、傷ついているからこそ他の人に言われると更に傷つく。


 流河も4年前までそうだった。

 大翔がいるからこそ、自分の力不足に感じていた。

 流河は大翔に触れないようにすることで解決していた。


「俺を見ろ。お前が10だとして、お前の家族がどれくらいか分からないけど。俺なんか1以下で努力なんてしてないんだから」


 車花が自身を蔑むなら、流河なんてもっと軽蔑の対象だ。

 それはぜひともやめてほしいし、実際車花は努力し続けてすごいとは思う。


「だから、車花はすごい人物だと思う。けど一言いうとすればだ」


 だからこそ成果を挙げようとしているのだとジェイドは言っていた。

 多くの敵と戦い武勲を上げようとするためか。


 それに関しては少し言っておかなければならない。


「何?」


「全力で戦うのと必死で戦うのは全然違うからな?」


「……」


「勝手だけど、異世界に行ったらお前と遊びたいんだよ。というよりお前がいないと異世界で遊びにくいし。金はあるから危険だらけだ」


 働いた分だけ異世界に行った時に給費されるといっていた。

 少なくとも住居と、それなりの給料の仕事は貰えるはずだ。


 わんちゃん、母さんからお小遣いをもらえる可能性もある。


「国のお金を私欲に使おうとするの? 最低ね」


「いいだろ? まずは大和と道真、お前に借り一個じゃすまさないほどにご飯を奢る」


 それくらいやっても罰は当たらないはずだ。


「だから義兄王子として、お前は俺の護衛をやってもらう。 断ったら首だから」


 首に手を入れると、車花はごみを見るような目でこちらを見てきた。

 でもその目は自身の責めは無くなったような気がする。


「ちょっとは調子が出てきたか?」


「そうね。あり……」


「あれ? いつも通りか?」


 そういえばいつも不機嫌だった。

 他人に対して矢印を向けていたが、それが自分に向けただけだ。


「痛!!」


 そう思い返していると、突然腹を刺された。

 手刀で腹をえぐってきたのだ。


「……本当お前らは俺への態度の変えないよな」


 大和といい道真といい、流河は王子様の義兄になったのに誰もそれを忘れているかのように流河を接してくる。


 そっちの方がありがたいが、とはいってもほんの少しだけ気にしてほしいというのも悲しい性だった。


「そうね。弟の権力で女を捕まえようとしているし、逆に下がったのかも」


「やばい!! 言い返すことが出来ない!!」


 そう反応すると、車花は言い返せたと言わんばかりの勝ち誇った笑顔をした。


 こうやって言い返してくるあたり、とりあえず車花は大丈夫だろう。


 戦いが始まる時間は刻一刻と迫ってきている。

 また流河に出来ることをやらなければ。


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 そうして時は来た。


 周りはあわただしい。皆深呼吸したり装備の確認をしていたり。


 大翔の異能により、敵に更に動きがあったことが伝えられた。

 皆避難をして、戦闘態勢をいつでも整えられるようにと。


 ピリピリしている。

 戦前で皆気を張っている。流河は少しこの空気が苦手だ。

 民間人である自分は皆とは違う。自分がここにいるのが場違いだと思ってしまう。

 こんな中に入ってしまうと、自分のせいで気が乱れてしまうのではないかと思ってしまう。


 でも話を聞きたい人が、会いたい人がこの中にいた。

 騎士や剣士の間をぶつかりながらも走って、あたりを探し回ってやっと見つけた。


「ペルシダ!!」


「流河?」


 何とかペルシダを見つけることが出来た。

 間に合わないかもと思った。

 ペルシダは驚いた顔をしている。


「来てくれたの?」


「そりゃ来るだろ!!」


 ペルシダは前線に出る。

 もう避難民である流河と別れて配置に着くところだ。


 確かにペルシダの能力なら前線に挙げた方がいい。

 ロボットを簡単に倒せる。


 でも知っている人物が戦場に出るのはやっぱり嫌だ。

 何もすることが出来ない。

 

 流河は足手まといで、それなのに役割があるのだ。

 皆が生き残るに、二人は別れなければならない。


「ペルシダも一杯一杯かもしれんけど、紫花菜ちゃんも大和達も心配してたし、ちょっとは会いに来てくれても良かっただろ……」


 いざ戦うていう時に後方守ってもらう立場の人に会っても苛立ちが募るだけなのかもしれないが。

 会いに来てくれなかったことのショックと人ごみと空気に大きくため息をつく。


「えっと、怒ってるよね。ごめんね?」


 ペルシダは焦りだした。流河は首を振る。


「怒ってるっていうか、そうなんだけど……今はどうでもいい。ちゃんと生きて帰ってくれよ」

 

 何を思っているのか分からないが、とりあえずそうお願いした。


「来てくれてありがとう」


 そういってペルシダは嬉しそうにお礼を言った。

 思いはちゃんと伝わったようなら、ほんの少しは緊張がほぐれたようなら良かった。


 二人の間に時間が流れる。

 正直抱きしめたい。

 でもこの気持ちをどう抑えるかだ。


 ペルシダは大翔と同じ大事な人だ。

 でも家族と友達。当然触れ合うことは出来ない。


 これが外国なら普通に抱きしめることが出来るかもしれない。

 だがペルシダは女性で異世界から来た人間なのだ。

 

 異世界はどのくらいおおらかなのか分からない。


「何してるの?」


「不安な気持ちを解消してる。察してくれ」


 腕が震えている。

 それだけでない。腕を広げて下げてを繰り返している。

 手のひらをペルシダに、下に向けるのを繰り返している。


「無理しなくていいからな」


「うん」


「死にそうだったら逃げて」


 やっぱり不安だ。

 繋ぎとめるものがない。


 でもこれは流河の気持ちで。流河の不安が解消できないだけで。

 どうしたらいいのかと思っていた。


「ぺ、ペルシダ?」


 ペルシダが抱きしめてくれた。

 ペルシダの顔が流河の顔の横にあり、ペルシダの熱が流河に伝わる。

 抱きしめてくれたと


「お……」


 胸が当たっている。

 腕と体で強く押し付けられる。

 女の子に抱きしめられたのは初めてだった。


 頭の中は煩、悩で支配される。

 その大きな膨らみを感じ、不安や心配など直ぐに消え去ってしまった。

 頭の中にあるのは、こんなに柔らかいんだということだけ。


 腕も動かさせなかった。

 こんな非常時に、せっかくハグが求められるのに。


「ねえ、流河。 私も流河の事が好きよ」


「え!?」


「流河が好きでいてくれるから、私ものすごく力を貰っているの」


 そういってペルシダは流河をぎゅっと抱きしめる。


 そうだ。流河は好きだと言ってしまった。

 あの後返事がない時点で何となく予想はついていたが、勘違いされている。


 異性ではなく、ただ人として好きだと。

 それだけでもものすごく嬉しいことなのだが。


 やっぱり伝わっていなかった。

 あんな告白で振られるのは更にショックなのでいいのだが。


 というより事前に友達と言ったのは流河だから勘違いという言葉も適切ではない。


 ナンパ相手に見る限り、恋愛ごとはあまり興味がないのだろうか。

 こんな非常時だから、そんなこと考えられないのだろうか。


 むしろこれは恋愛関係など余計に無理になったのではないかと思う。


「戦いが終わったら車花や大和君たちと一緒に遊びに行こうね」


 ペルシダは顔を見て流河は邪念が消えた。


 ペルシダは震えていた。

 ずっと耐えていたのだ。

 お守りを上げただけではき得ないほどの怖さから耐えていたのだ。


 頭の中の邪な気持ちが完全に消える。

 頭を軽くなでて、背中に腕を回した。


 今から後ろに下がる流河に頭を撫でても安心感など抱かないかもしれないが。


 そうして落ち着いたペルシダと別れる。

 流河は地下に移動した。



「大翔」


 流河の声に大翔は顔を上げたのか、緑色の光が流河を少し照らした。

 地下は真っ暗だ。戦闘の影響で水が下に落ちて跳ねる音が断続的に流れる。

 そこに大翔は魔剣を抱きしめていた。

 おそらく戦闘に向けて精神統一をしていたのか。


 多分地下が真っ暗な方が有利なのだろう。


「兄貴、来てくれたの?」


「当たり前だろ」


 本当ペルシダといい大翔と言い自分を大事だと思ってくれる人がいないと思ってしまうのか。

 まだ大翔の方が何年も一緒にいたのに、なぜわからない。


「お前、その格好で行くのか?」


 大翔は赤いヒーローのスーツを着ていた。

 間違えなく目立つ。

 そしてその魔剣と母さんに似た顔。


 プルプラスとの戦闘でかなり目立っただろうに。


「異能もあるし出来るだけ相手とエンカウントしないといけないからね」


 そう軽々しく言う大翔を見てやっぱり不安になる。

 心配だ。やっぱり大翔は他人の死について怖がっている。

 自分をないがしろにしても他人を助けようとしている。

 

 怖い。

 ペルシダよりも大翔の方が死にそうに感じてしまう。


 そこまで他人のために自分を身の粉にするとは知らなかった。

 こんな冷静に自分より作戦を大事にするとは思わなかった。


 結局紫花菜と大翔の繋がりも作ることが出来なかった

 生活面で支えるといって、全部大翔が支えていた。

 これで、大翔の事が大切だとちゃんと伝えられただろうか。 


 流河は大翔を抱きしめた。

 もう大翔に出来るのは何もない。


 こうやって自分から行くのはただ自分が不安を解消させたいだけなのだろうか。 

 大翔に重荷を背負わせたくない。

 かといってこの重荷を背負って帰ってきてほしいという気持ちもある。


 色々考えてみたが結局分からないままだ。


「……大丈夫だよ。だから泣かないで」


 そういって大翔が指を頬に伸ばして触れてきた。


 涙が出てきたのだ。

 喉が震えて、呼吸が正しく行えない。


 怖い。

 この熱を失うことが。


「……頼む。頼むから絶対に死ぬなよ」


「大丈夫だよ。お守りもあるし」


 そういって流河が作ったお守りを見せるがペルシダと違って、全然不安が解消されない。


 大翔から少し危険な臭いがする。

 何か失うような気がする。大翔に何かありそうな気がするのだ。

 どうしても不安が取り消せない。


 涙が止まらない。


「もう、しょうがないな」


 そういって大翔は流河の頭を抱えた。

 大翔の手が頭を撫でてくれる。


 大翔の心臓の音が聞こえる。

 ただそれだけなのに安心感が出てきた。


 「いい加減、ペルシダさんの胸を借りれるようにしないと駄目だよ」


「こんな恥ずかしいこと、誰にもされたくない。けど後10回くらい貸して」


「……はいはい、分かったよ」


 そういう大翔の声はほんの少しだけ高くなったような気がしたのは気のせいだろうか。


 何か大翔が生きて帰らないとと思うようにしなければ。


「指切り……しないか?」


「どうしたの、急に?」


「落ち着いたら大翔の飯食いたい」


「……わかった」


「俺の大好物だぞ」


「しょうがないな……じゃあ、兄貴もちゃんと手伝ってね」


「あぁ絶対、約束だからな」


「……兄貴も、紫花菜達の事頼むね」


「分かっている。絶対に守るよ。……でもお前が守ってくれなかったら俺は守らないから」


「……だったらちゃんと約束守らないといけないね」


 その小さな脅しに大翔は笑ってくれた。

 紫花菜を口にしたら少しだけ安心した。とっさに思いついたがこれで大翔も生き残ってくれそうな気がした。


 紫花菜に申し訳なさを感じつつ、大翔と別れた。


 流河も自分の役割を果たさなければならない。

 子供や紫花菜達がいる所に走っていった。


「準備はいい?」


 車花の声に流河は大きく深呼吸した。


 覚悟は決まった。


「あぁ。やろうぜ、車花」


 ///////////////////////////////////////////////////////////////////


 男は剣を強く握る。周りもそれぞれ意思を固める。

 アドラメイク様の命令だ。東京16区を支配する。

 一般人は処刑し、魔力の高い人物を捕まえろと。


 そのための魔石を渡してくれた。魔法が撃てる魔石をだ。

 魔石も魔力量が聖級並みにあってしかも数も一人一人に配置されている。

 相手がかわいそうだと同情するくらいだ。

 どう頑張っても勝つことは出来ないだろう。


 しかも相手を早く処刑するためには出来るだけ相手を恐怖で屈服させなければならない。


 男は広げられた穴に入る。空間移動魔法の気配はない。

 体が吸い込まれるような感覚が終わり、目を開けるとそこは地下に繋がっていた。

 男は息をひそめる、周りはすぐに散らばった。


 魔力反応はない。このまま突き進む。

 意識しないといけないのは罠や魔石、そして狙撃銃などの兵器だ。

 魔力を感知できないものを警戒しなければならない。


 

 暗い。

 明かりが全くなく、そしてまた殺意を感じない。


 嫌誰かいる。


 そこには一人の男の子がいた。

 まずは一人。そう思った時だ。


「な!!!!」


 全身が金属で包まれた。

 動けない。

 他の人も同様だ。通信で叫び声が聞こえる。

 探知魔法が魔法を検知した。

 

 その場所は全て味方がいたところだ。味方がいる所に魔法が放たれたのだ。

 そして目の前の男の子の剣から高い魔法の残粒子が出ている。


 つまり味方全員この子供によってやられたというのか。

 

 まさかこの子供から放たれたというのか。

 この金属の濁流を。

 私たち全員を。それぞれ空間移動魔法から足で移動したのに。

 壁もあるというのに。


 体に何かが入ってきた。

 それは意識を混濁させ、意識が消えてしまいそうになった。


 その男の子の閉じられた瞼から緑色の瞳が現れる。

 それが男の最後に見た光景だった。



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