第2章17話「ジェイドとのお話」

 色々なことが話し合われた。

 流河はそれに対してまだまとめ切れていないが、本格的な作戦の概要が話し合われた。

 本当に戦いが始まるのだ。


 会議が終わり、皆が元の持ち場に戻ろうとした。

 流河も部屋に戻って、身も心も引き締めようと考えながら帰り道を歩いていた。

 すると男の人に声をかけられた。


「少し時間を貰ってもよろしいでしょうか」


「ジェイドさん」


 ジェイドは後ろから追いつき、そして流河を止めた。

 異世界の人は歩きも速い。


 二人は近くにあったベンチに座ることにした。

 流河は少し緊張してしまう。


 その座る所作も美しい。すべての行動に見栄えがいい。

 ジェイドはかなりの端正な顔だ。

 しかも異世界組の中で最上位だ。それも相まって何か行動すれば優雅に感じる。


 学校や雑用で働いている時に周りの声を聴くが、ジェイドと大翔がかなり女子の中で人気だ。

 

 そんなジェイドが一体何の用なのだろうか。


「貴方と二人きりで話すのは久しぶりですね。ご壮健であられますか?」


「そ、そういえば、そうですね。はい、大丈夫です」


 それは二人があまりにかけ離れているからだろう。

 ジェイドは毎日皆をまとめ上げる頂点の人物に対して流河はただの雑用だ。


 だから目の前にいる人物をあまり知らない。

 大翔から近衛騎士とは聞いているが情報量は少ない。

 こんな状況下で戦闘訓練を行い、皆をまとめ上げて次のために行動し、一般人に配慮や対応をするだけでとてもすごい人物だとは思うが、奥まで入り込めていない。

 

 本当はもっと話したかったが、忙しい身なのに流河に時間を取られるのも疲れるかなと遠慮するくらいだ。


 思わずその口調に心が苦しくなる。

 思えば初日はもっと態度が目上に置かれていた気がした。

 

「その敬語はやめてほしいです。ほんと、心苦しいので」


 皆の為に戦って、この場を纏めているすごい人に敬語で話されるのは流石に気が引いた。

 どちらかというとこちらの方が目上に置かないといけないのに、敬語などホトンで使っていないので、稚拙さがあって余計に心苦しい。


「……そうか。では仕事の調子はどうだろうか」


「はい。何とかやれています」


 ただ腹違いの兄弟で流河は本当に何にも持っていない一般人だ。

 皆に敬われるような徳の高いことも、皆まとめ上げるような力も何もない。


 敬語がやっとなくなったと思うと、さっきの会議の事を思い出した。

 ジェイドは大翔に敬語を使っていなかった。


「大翔には敬語じゃないんですか」


 そういえば最初にジェイドと大翔が話していた時も敬語ではなかった。

 母さんの子供と分かっていた後でもだ。


 ジェイドは姿勢を正し流河の疑問に返す。


「彼に敬語を使ってしまえば、彼が一番上の立場になってしまうからな。あまり重荷を持たせるわけにはいかない。でも言葉遣いだけになっているじゃないかと思うくらい大翔は良く働いてくれているよ」


 その気遣いもありがたいことだ。

 そう団長の人が思ってくれるなら安心できる。

 

「大翔はどうなんですか。戦いは見ていたんですけど」


 流河は気になることを尋ねた。

 大翔がもう一番上の立場を狙えるとは思わなかった。

 ああやっていくら母さんの息子とはいえ今まで何にもしてこなかったのにもうそこまで影響があるのか。


「さすが……いや大翔は才能がある。私も助かっているよ」


 確かに大翔はすごい。

 戦いの事については技術を知らないので詳しいことは分からないが、大翔の影響は学校まで及んだ。

 電気信号魔法。


「学校でもかなり変わりましたよ」


 学校では授業が一気に進んだ。

 今まで車花が手取り足取り教えていたが、電気信号魔法で簡単な魔法

 

 大翔は魔法、教育に関して革新を与えている。


 皆も魔法という非現実的なものに実感して少しずつ魔法が現実だと認識させている。


「そうか。私たちの所も多いに変わっているよ」


 ジェイドが言うには空間魔法と瞬間移動魔法を無詠唱で使えるようになったという。

 それは騎士や魔法使いだけでなく、魔法の才能がなかった剣士や闘士が使えるようになったのだと。

 

 特に瞬間移動が可能になったという点は大きい。

 空間に黒い穴を空けて壁があってもどこにでも移動できる空間移動魔法。

 壁がなければ、黒い穴を開けなくても、すぐさま何処にでも自身の身体を移動することができる瞬間移動魔法。

 

 魔力の量によって距離が決まり、制御をミスれば死ぬかもしれない。 

 緊急脱出が出来るという点はすごく大きい。

 消費魔力量はやはり大きいが、生存率はかなり上がるという。


 大翔が言う電気信号魔法で魔石を相手から作り出すことが出来るなら、どれだけ魔力消費をしようが戦い続けることが出来る。

 そして瞬間移動魔法を覚えることが出来れば、生存率は上がり魔石を扱う人も増えて戦力を強く、そして崩れないようにしている。

 

 魔術師の戦闘持続力も上がった。


「そんなすごいことになっているんですね」


「だがその力もあって彼には多くの重荷を持たせすぎてしまっている」


 確かに大翔はどこにでも力を発揮することが出来る。

 そのような異能があるからだろうか。

 それとも大翔の頭がいいからだろうか。


 大翔は流河と違って皆に求められている。

 ここ最近会える日が短い。 

 相手が攻めてくると分かって対応に忙しいのだ。


「なかなか大翔自身に聞き出すことも出来ず、君に聞きたかったんだ」


 ジェイドも大翔を心配しているのだ。

 忙しいはずなのにありがたい話だ。

 流河も心配しているが、大翔がどのくらい疲れているのか分からない。


「俺も最近会えていません。でも大翔は、色々あって取りこぼしたくないんだと思います」


 紫花菜の父さんを死なせてしまった。

 だから無理してでも全部掴もうとする。

 自分より他人の命を優先する。

 自分のせいで他人が死ぬことにひどく拒絶する。


 流河が少しでも戦闘面で負担を下げれることが出来ればいいのだが。

 そんなこと一般人の流河は何も出来ない。


 ならジェイドなら。


「あの聞いてもらえませんか? 大翔の過去について」


 ジェイドにそのことを話した。

 大翔と紫花菜の事。そして大翔は紫花菜のお父さんを撃ってしまったということを。

 ジェイドは驚き、そして納得した。


「そうか……」


 そして見せたのは後悔の表情だ。

 不甲斐なさを感じているように見えた。

 

「すまない。そんな事情があったのに戦いを、殺すことを強要させようとして」


 それは仕方のないことだろう。

 流河は返事をせず「ですから」とそういってジェイドを向き合った。


「大翔を頼んでもいいですか?」


 そう頭を下げた。

 流河は他の人にお願いすることしかできない。

 

 ジェイドは忙しい。

 でも流河にいない場所に、ジェイドのいる場所に大翔はとどまり続けている。

 そしてそこにいて、周りを動かせる頼りになるのはジェイドしかいないのだ。

 

 そうやって頭を下げる流河の肩にぽんとジェイドは触った。


「あぁ。任された」


 その声は流河を安心させてくれる。

 そんな安心を感じさせる声だった。



 気になることと言えばもう一つある。


「後本当に何で俺なんですか?」


 流河は避難の時に自衛隊や異世界人のサポーターとなった。

 簡単に言えば口出しが出来るということだ。


 自分の立場が分かっているのであまり口出しはするつもりがないが、 もし何か気づいたことがあれば相談することが出来る。

 その相談に対して対応してくれるといった感じだろう。


 だが流河は戦術も戦略も何もかも知らない。

 流河がやるくらいなら一般兵の方が絶対にいいと思うのだが。


「君の発想は素晴らしかった。それにその前でも色々やってくれたとガーベラが言っていたよ。悪態をつきながらね」


「ガーベラ?」


 知らない名前が出てきた。流河は聞き返す。

 発想といえば異世界人と偽る作戦だろうか。

 そして名前から間違えなく異世界人だろうか。

 

 戦いのプロである人からそんなことを言われるなんて光栄なことだ。

 ジェイドは流河の顔に得心がいって


「あ、あぁそうだったな。ガーベラは車花のことだよ」


「え……あ、あぁ、ああぁ!!!!!」


 流河は大きな声が叫んでしまった。

 頭の奥隅に合った疑問がやっと晴れた。


 そうだ。車花だ。

 異世界から来たのに漢字である車花に違和感が湧いていたのだ。

 

 車花の本当の名前を聞いたことで疑問はたくさん出てきた。


「車花ってどうしてここに来たんですか?」


 車花は子供の時からいた。

 小学生の時からここにいたのだ。

 そんな子供を、大翔を子供だから守らなければならないといったジェイドが連れて来るはずがない。


 ふと車花が言っていた言葉を思い出す。

 私とペルシダが例外だと。

 ここに来た予想はつく。


 ジェイドの答えは予想通りでそうでなかった。


「彼女は賊に殺されたと言っていたよ」


 殺された。つまり死んでこの世界に異世界転生したのだ。

 やはり、車花もペルシダと同じ方法でこの世界で来たのだ。


「彼女は魔法一家の娘でね。彼女の家に生まれた子は高い魔力を持つことで有名な貴族だったんだ。悪魔との戦いにおいても大いに力を発揮してもらった。そんな一家の彼女を見つけた時は直ぐに保護して帰そうと思っていたが、帰るための魔力が足りないのと彼女自身が拒んでこの世界にいることになったんだ」


 話を聞いて逆に疑問点が増えた。

 

 この世界に来てジェイドに拾われたこと自体奇跡だ。ジェイドに拾わなければアドラメイクに何されたか分かったものじゃない。


 それをいえばこの10年で二人も異世界転移自体がもっと奇跡と思うのだが。

 しかし貴族なら、しかも魔法一家という自信が戦いに強そうなら賊に襲われても殺されることないはずだ。


 どうして子供なのに何にも分からない世界で帰ることを拒むのか。

 ジェイドはそれに察して話をつづけた。


「彼女には魔力が少ないんだ」


「魔力って身体魔力が?」


「嫌両方ともかなり少ないな」


 基本的には身体魔力は精神魔力と違って先天的に決まっている。

 そう車花に最初の授業で教えてもらった。

 身体魔力は基本的に生まれた時から一日に作れる身体魔力量は決まっていて、成長により、伸びることはあるがそれも先天的に決まっているものだと。

 伸びることもあるが何かすれば伸びるということはない。


 それに対して精神魔力は年齢を重ね色んなことを学んでいくことで勝手に伸びる。


 地球側と異世界側では基本的に精神魔力がそこまで差がないとも教えられた。

 だが車花も身体魔力が少ないとは思わなかった。

 

 それに精神魔力も少ないってどういうことなのだろうか。


「教えればすぐに吸収し、自分のものに出来た。魔法の使い方も、体の使い方もものすごく上手い。だが身体魔力がないせいで戦いを続けることが難しい。精神魔力というのは心の持ちようだ。幸せや喜びが増えれば精神魔力も大きくなり、悲しみや苦しみを抱えるほど精神魔力はなくなっていく。今のガーベラは精神状態があまり良くない」


「それって大丈夫なんですか。大翔みたいに……」


 大翔は身体魔力が多すぎて魔石が体の内部に出来てしまう。

 あまり魔力について分からないが精神魔力より身体魔力が多いって大丈夫なのだろうか。


「精神魔力より身体魔力の方が多いというのは結構いるんだ。プーパもそうだし、アインスも身体魔力より精神魔力の方が少ない」


 魔力詰まりに関しては杞憂でよかったが、また別の心配が出てきた。

 

 車花は魔力が少ないのを分かっているのに悪魔と戦い、ロボット相手に流河達を守り、一人で戦おうとしていた。

 車花は大丈夫なのだろうか。死ぬことを恐れない節がある。

 悪魔相手であろうと、ロボットに何体囲まれていようとも死ぬ最後まで戦い抜く気がする。


「彼女の場合は先天性の悩みで精神性もあまり良くない。精神魔力も身体魔力とほとんど差がないせいで、魔法と身体強化魔法を使えば精神魔力が足りなくなっても戦いには問題ないからと言って聞かなくてね。休むようにいったんだが、今度は身体魔力で補える武術や剣術まで手を出して…」


「強くなって成果を上げようと……」


 そこまで言われたらもうわかる。

 流河もそうだった。身内にとても強い人がいる。

 車花はそれだけでなく家としての立場がある。


 流河は早々に諦めた。

 だが車花は諦めず毎日訓練を重ねていたのだ。


「家族の邪魔になるからと、何か成果を上げるまで帰らないと言ったんだ」


 しかし車花にそんな過去があるとは思わなかった。

 思えば車花のことを異世界の来る前や本当の車花を知らない。


「学校に行って同じ子供と付き合って考え方を変えてほしかったが、余計に責任を持つようになった」


「責任?」


「自分は地球の人の面倒を見るって。地球の文化を学んで、いざこざがあっても中立に立てるように頑張っていたんだよ」


 ジェイドはため息をついた。

 どうしてこんなに自分でやりたがる子供がいるのかね、とそう息が伝えている。


 悩んでいることは同じだ。

 少し親近感がわいてしまった。

 ジェイドも同じ自分より小さな子が手を広げるのをどうにかしたいのだろう。


「すまない。いろいろ喋ってしまったな」


 そんなことも思っていたらジェイドは立ち上がった。

 もう準備を始めないといけない時間だ。


 ジェイドも団長として色々抱えなければならない。


 戦争の準備から、個人のメンタルまで色々と。

 でも口に吐き出してくれて楽になるならいくらでも聞くことは出来るし、そんなこと大したこともない。


「いろいろ聞けて良かったです。俺でいいなら愚痴でも何でも言ってください。大翔の恥ずかしい秘密も知っていますから」


 車花の事を聞けて良かった。

 大翔の事頼むだけ頼むのは少しいいのか不安だったので、何か自分に話して気が楽になるなら、こちらとしても嬉しいことだ。


 それに友達がそんな事情を抱えているなら、聞けて良かった。


「そうか、そういってくれて助かるよ」


 そういって微笑むジェイドは男でもある流河でもドキッとされるほどの美貌だった。

 これが人を引き付ける人徳なのだ。

 ジェイドとの話で最後に得た内容はその結論だった。



 流河はジェイドと別れ、元の持ち場に移動した。

 少し車花と話をしたくなった。

 流石にジェイドから聞いた話を出来るわけではないが、車花の。

 まだ時間はあるだろうか。


「よし」


 流河も準備を始めなければならない。

 探しに行かなければならない人が、話をしなければいけない人がたくさんいるのだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る