第2章31話「選択」

「速く行って。私はあの悪魔相手にあなたたちを守る事なんてできないから」


 そういってチェリアはベルブに杖を構える。

 また誰かを犠牲にしてしまっている。


「流河」


 そう流河をチェリアは呼びかけた。

 その顔は不適な顔を浮かべている。


「私はお酒が好き。今大翔に止められて、全然進んでないから。終わったらフラガリアの子供としていっぱい持ってきて」


「え……」


「お酒をいっぱい飲んで、この世界のお酒を全て知るの。それで死んでいった仲間に一番おいしいと思うお酒を持っていて、一緒に飲むの。だから協力してね」


「……はい!!」


 そうチェリアは流河に押し出した。


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 チェリアにベルブを押し付け、また流河達は走り続けた。

 後何度流河達は戦ってくれる人たちに背を向けないといけないのか。


 前から突然魔法が流河達に逃げ場を失わせた。


 もう何度も見た光景。

 また悪魔が目の前に現れた。


「お前は……」


 その顔、忘れるはずもない。

 親衛隊第4位のプルプラスだ。


 ベルブと同じくらいの圧を感じた。

 その圧に皆も震えている。


「ち……」


 そうプルプラスはつまらなそうにこちらを見る。

 相手にやる気は感じられない。


 がこちらには車花しない。

 相手は親衛隊4位。親衛隊10位に敵わなかった相手に守ることなど出来ないだろう。


 この状況どうするべきか。

 増援が来るも皆その悪魔に体を震わせている。


 それほどまでにプルプラスはやはり強力なのだろう。

 これ以上犠牲者を増やしたくない。


 増援が足止めして殺されてそれの繰り返しが起きている。


 何もない自分が出来るもの。

 皆の不安を解消させることも何もかも出来ていないのだ。


 大翔なら何を思いつくのだろうか。

 大翔ならプルプラスと戦える。紫花菜達を守れる。

 大翔なら……


 その時一つだけ可能性を見つけた。

 流河にあるもの。


「何だ、お前は?」


 気づけば流河は悪魔の前に出た。

 流河しか持っていない。


「俺はフラガリアの義息子だ」


 その言葉は車花や騎士達の、そして悪魔の注意を引き付けた。

 悪魔はそう流河を不思議そうに見る。


「義息子?」


「義息子がいるってことは反応で分かるんじゃないか」


 そう流河は相手を車花の顔に向けさせる。


 大翔の存在はおそらく認知されている。

 だとするなら様々な憶測が立つはずだ。


 車花や周りの増援からして、義息子がいるのは確定させたはず

 だがその正体は誰なのか分からない。

 ここで兵士に聞いたところで真実などたどり着くことが出来ない。

 どっちが聞きやすいかは相手も分かるはずだ。


 魔力のない一般人がその情報を知っているということに相手は違和感を覚えるかもしれない。


「ここにいる人たちと俺。どっちが追うべきかそれくらいは分かるよな?」


 友人関係、本人、そもそもそんなものはいないのか。

 相手は少し迷っている。


 だが相手に選択肢は与えない。

 そういって流河はさっきまで通ってきた道を引き返す。


「車花!! 北に真っ直ぐだ!!」


 相手は動かなかった。

 というより動かなくても考える時間は沢山あるからだ。


 流河の逃げる速度など簡単に追いつくことが出来る。


 でも車花達に向かってプルプラスは魔法を使わなかった。


 予想通り悪魔は流河の元に来た。


 後はどれだけ時間を稼げるかだ。

 もう一個だけ流河には武器がある。


 余りにも使い道がなかったものも、同じ地球人用に渡された拳銃が。

 避難者達をサポートするにあたって最低限の自衛用にと魔石と一緒に渡されたものだ。


 だから練習期間も一日ぐらいかどうかだ。

 だがないよりかはましだ。

 弾はマガジンも合わせて20発くらいだろうか。


 セーフティを解除し、再びベルトの中に深く入れる。

 そのタイミングで悪魔は流河を捕まえた。

 首を絞められ、上に持ち上げられる。


「ひ……」


 そう声にならない叫び声を上げてしまった。

 体が震えて、ズボンを濡らしてしまうのではないかという恐怖。


 あの時のように殺されてしまうのではないだろうかと。

 でも、醜くても抗わないといけない時がある。


「お前の名前は?」


「大島……流河だ」


 苦しい気持ちを抑えて足で顔を蹴ろうとする。

 だが悪魔には届かない。


 悪魔はそんな流河の顔を見て、何か思案顔になっていた。


 それもそうだろう。

 何も力がない。蹴ろうとしても届かないし、届いても大した痛みではないだろう。


 これで痛みを与えて吐かせるとかだったら最悪だった。


 おかげで完全に隙が出来ている。


 足を出したおかげで相手の視界には拳銃が出すところが見れない。

 流河は撃てる限りの弾を発射した。


 近距離なので狙う必要もない。

 流河はその顔に向けて銃口を向ける。


 死なないとは分かっている。

 だが人に銃口を向けるのはあんまりいい気分ではない。


 相手は防御魔法を発動することもなく、目に弾が入った。

 本能的に流河を手から落とし両手を顔に出して回復魔法を当てている。


 その間に出来るだけ流河は距離を離す。

 そして流河は流河たちを助けに来てくれた増援の人たちの死体を見る。


 その顔を目の当たりにする。

 死という絶望を現した顔だ。

 痛みで叫びながらそのまま絶命したもの。


「ごめんなさい」


 その手に必死に握っていたものを力で振りほどいて魔石を取り出す。


 最初に防御魔法を張っていた時に使っていたやつだ。

 軍人の人や兵士の魔石が徐々に持つことが出来ているのだろう。


 これで一時的にだが魔法は使うことが出来る。

 これから相手はビルを破壊する可能性がある。


 爆発されて跡形もなくなるのか。

 それとも破壊されたビルで潰されるのか。

 埋めることも目を閉じられることも出来ない。


 流河は直ぐにビルの中に入った。


 息を押し殺してとにかく移動する。


 出来るだけ上に上がらなければいけない。

 だが流河がいざ階段に向かおうとすると爆発音と崩れる音がした。


 ビルの一階が崩れたのだ。

 流河は巻き込まれた。

 流河は落下に歯を食いしばって舌を噛まない様にする。

 ただ身体強化魔法で痛みはない。


 一発目は耐えられた。

 だが流河は一番下に来てしまった。

 次の攻撃には耐えられない。


 流河は出来るだけ出口へと向かった。

 だが相手は当然待つわけもなく、爆発魔法で辺り一帯のビルを全て破壊した。


 それで前に飛ばされたのは幸いだった。

 狙った場所も流河の場所よりも遠く防御魔法を出せば瓦礫に呑まれることもなく、魔力を抑えることが出来た。


 だが、その青い光に相手の位置がばれてしまう。


「よくもやってくれたな……」


 そういってプルプラスは剣を取り出す。

 その顔は怒りだ。

 小賢しいことをして顔に傷を負ったのは許しがたいことだったのだろう。

 顔は元通りになっている。


 銃を撃とうとするが、剣で手ごと銃は切られた。

 思わず叫び声を上げて、血が溢れる手を抑える。


 そしてその剣が脚を突き刺そうとしてくる。

 その剣を何か弾き飛ばした。


「車花!!」


 そこには赤い髪をした女の子、

 どうしてここに来た。


「何が必死と全力は違うからな、よ……あなただって……」


 そう車花は睨みつけるような目でこちらを向ける。

 でも流河はこの現状に見て、車花の言っている事が頭に入らない。


「お前はじゃ……」


 でもさっき魔力を消費したばかりだ。

 その状態でおそらく親衛隊の悪魔で上から4番目の相手に勝てるのか


「それ以上は言わないで!!」


 そう車花が叫ぶ。


「一度死んだ身だわ。今更死ぬのは怖くない」


 そういって車花はプルプラスを体を構える。

 その目は覚悟のある目だった。


「あなたは逃げなさい。一応……大翔の兄なんだから」


 車花は流河の前に立って対峙する。


 逃げ出したい。逃げ出せるかもしれない。

 これがきっと逃げ出せる最後のチャンスだ。


 だがその肩を掴んで流河は車花の横に並んだ。


「距離が空いたら空間魔法で一発だ。それだったら戦って救援を待つ方がいい」


 時々通信で聞こえていた。悪魔を倒す報告がちらほら上がっている。

 そのうちに悪魔の魔石を持った仲間が来るはずだ。


 車花も時間を稼ぐ自信がないらしい。

 流河の提案を拒否しなかった。


 流河と車花はプルプラスに対峙する。

 その戦いの始まりは大きな光魔法が悪魔を襲ったことで始まった。


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「くそ!!」


 大翔は生まれて初めてこんな悪態を口に出してしまった。

 アインスに悪魔を押し付けてしまった。


 正に突然だった。

 悪魔一人と洗脳された兵士を大方片付け終えたと思ったその時、いきなり空間魔法で相手が避難民を攻撃して始めたのだ。


 そして救援に行こうにもアインスを置いておくことは出来ない。

 この区間を任せるか。

 アインスにそんな役割をやらせていいのか。


 どうすればいい。


 アインスに任せるか。もし強い悪魔と争わなければいけなくなったら。


 流河達を救ってとそう言ってしまって。

 アインスの力では守り切れなくなった時はどうすればいい。


「行って」


 そうアインスが大翔に言った。


「悪魔一人なら僕でも抑えられる。だから行って」


 そう力強く押された大翔は流河達に助けに向かった。


 大翔は空間魔法で移動し、腕から出す風魔法で移動し、民間人で襲うであろう相手を次々と無力化する。


 マスクをかぶり、そして皆に指示する。

 とにかく相手と鉢合わせることがないようにした。


 だがその間にも人は死んでいく。

 前と同じだ。どれだけ頑張ろうが人は死んでいく状況。


 大翔は力を制限している。

 もし、力を制限しなかったら、この場を変えることが出来るのだろうか。


 異能で周りを見る。親衛隊の悪魔だ。

 しかも3位のベルブと4位プルプラスがいる。


 プルプラスは流河達の所に近づいている。

 早く助けなければいけない。


 でもチェリアだ。

 チェリアは動けなくなっている。


 このままでは死んでしまう。


 大翔は空間移動魔法で直ぐに飛び、ベルブの攻撃を切る。

 どうしてチェリアが遠距離戦で負けている。


 この悪魔から魔力の残滓が見えない。

 異能で何かしたのだ。


 魔法であればその魔法で作られたものは崩れるはずだ。なのに崩れない。

 チェリアに突き刺さっている。


 大翔はチェリアを見る。

 肉が抉れ、その肉片が地面に飛び散っていた。


 大翔は目の異能を見て、その状態を確認する。

 そして患部に手をかざして、王級回復魔法を当てる。

 貫かれた部分を修復する。


 生きている。

 どこにも異変はない。まだ貫かれた直後なので体に異常をきたしているところはない。


「チェリアさん!! 起きてください!!」


 だがチェリアは意識を失ったままだ。

 怪我をしている人を起こすのは忍びないが、体は元に戻した。

 今誰にも預けられる状況じゃない。申し訳ないが動いてもらうしかない。


 だが大翔は無理やり起こすしか選択肢がない。

 チェリアの力が今必要だ。

 大翔一人でベルブとプルプラスを退け、流河達を安全運ぶことは出来ない。


 チェリアが流河達についてくれれば、安心して二人と戦うことが出来る。

 大翔の声にチェリアは目覚める。


「大……翔?」


「ごめんなさい。チェリアさんがいないとここを切り抜けられないんです」


 4位の人が流河の所に向かった。

 このままいけば間違えなく全滅する。


「チェリアさん。あの人は僕が抑えます!! 流河たちの援護を…」


「駄目よ!!」


 そういってチェリアは声を上げた。

 今までのチェリアなら想像できないような大人の声だった。


「……子供を一番強い相手に当てさせるわけにはいかないわ」


「……駄目です。チェリアさんなら負けてしまいます」


「これくらいへっちゃら……でもないけど、一度見たからもう大丈夫よ」


 そういってチェリアは立つ。


「大人に頼りなさい」


 そういってチェリアは笑って、大翔の頭を強引に撫でた。


 押し問答すればその間に流河達に危険な目に合う。

 大翔は進む道を選んだ。

 大翔は前に進まないといけなくなり、後悔を残したまま進む。更に無情にも分かれ道がある。


 流河がプルプラスを引き付けたのだ。

 そんな選択させてしまったことに悔やみがある。


 だがロボットはまだ紫花菜たちの所に迫ろうとしている。

 増援達の魔力量は魔石を合わせてもロボットには勝てない。


 流河を助けるか。紫花菜たちの命を最優先にすべきか。

 流河を特別扱いするのか、より多い命を守るために兄弟を見捨てるのか。

 選択という天秤が価値という錘を勝手に置いていく。


 流河、支え、思い出、被害者。

 子供、紫花菜、被害者。

 様々な記憶がよみがえり、天秤が流河の方に傾いたり、紫花菜たちに傾いたりしている。


 どうしてこんなことを考えているのだ。

 そんなことを一瞬でも考える暇があったら戦えばいい。そうすればきっと……


 大翔はまずは光魔法をプルプラスに放つ。最速、高威力の光魔法だ。

 魔力量は王級に達したそれは、プルプラスを呑み込むことが出来た。


 相手がこちらに引き寄せてくれたら一番いいが、今は流河たちがこちらに寄ってくるのを願うしかない。


 流河たちを回収すれば紫花菜たちに戻す必要があり、それは少しリスクがある。

 三分。三分でこの地域を制圧する。そして流河たちを助けるしかない。


 紫花菜たちを空間魔法で救護所に移動させるのはなしだ。

 プルプラスにばれてしまう可能性がある。プルプラスがそこで暴れてしまえば消費魔力が大きくなってしまい、大勢の人にその位置がばれてしまう。


 相手にとって一番いいのが民間人を巻き込むこと。

 ならそれよりも全て無効化し、紫花菜たち自身が逃げてくれた方が魔力の消費も少なくて済む。


 紫花菜たちを観測している相手を倒し、そして彩名たちを別の地域に避難させる。それしか両方を救う手立てはない。


 その考えに至ったその時、ロボットが紫花菜たちを捉えた。

 その大きなライフルで紫花菜たちを狙っている。

 大翔は空間断裂魔法でそのロボットの腕を切った。


「皆!! こっちの方角に早く逃げて!!」


 大翔はマスクをかぶって皆にそういった。


 叫びとが上がる。

 まずは安全な道をたどってもらい、そしてその範囲にあるものを倒していくしかない。


 自分を囮にして襲ってくる相手を即、無力化する。

 魔力消費、自分の体など考えずただ相手を倒すことだけにリソースをかける。


 早くと。焦燥感が大翔を駆り立てる。

 流河達を救って、チェリアを救って。そして皆を…………

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