第2章8話「胎児の魔石」
「ごめんね……」
パケットはそう大翔に謝った。
収めることが出来なかったことに謝っているのだろう。
「仕方ないですよ。体の調子も良くなってきましたし、ちょっと暇を持て余してこっちも申し訳なかったですから。前にも言いましたけど頑張りましょう」
「そ……そうだね……」
そういってパケットは更に落ち込んだ。
その言葉も本当はパケットが大翔に言いたかったのだろうに言われてしまったからだろうか。
大翔の顔に怒りはなく、仕事が増えることに不満を持った顔ではなかった。
負担がかなり大翔に寄ってしまっている。本当は改善しなければいけない。
大翔の力に甘えてはいけない。
このままではだめだと頭では分かっているはずなのに。
なのにどこか頼ってしまう自分がいた。
そうやってみんなを纏め上げようとする大翔を見ると心が湧き踊ってしまう。
フラガリアを見た時のような希望を大翔から感じてしまっているのだ。
ジェイドの心はそれを邪魔したくないという気持ちがある。
「大翔。此方で出来る範囲は君の負担を減らせるようにする。だからこれについては任せてもいいか?」
見回りは一番効率性の悪い仕事だ。
ただ浪費するだけで、それに対する成果はあまりにも小さい。
命を守れるというのは立派だが、生産性があまりにもない。
大翔の異能でカバーできるなら他の事に任せられることも休息を入れることが出来る。
見回りをする人数は出来るだけ減らすにこしたことはない。
「ありがとうございます。すぐに確認しますね」
この声に心配の心は籠っていただろうか。期待の心が入ってはいないだろうか。
大翔に心配だと伝えられただろうか。
霧島が出ていった後、皆が大翔の前に集まった。
医療班であるチェリア。
自衛隊の指揮をしている壱城。
戦闘訓練であるプーバとタンドレス。
民間人の状況をまとめるハルバートとパケット。
ジェイドがフラガリアを助けると言った時に最初についてくれた5人とそしてフラガリアの子供である大翔、そして味方である中で地位が高い壱城。
その8人が集まった。
「どうだった?」
さっきまでは霧島もいて、大翔は笑みを浮かべたりしたが、大翔の顔からも笑みは完全に消え去っていた。
皆の目は大翔のその目に焦点を合わせていた。
視線の先には白色と黒色の魔石が一つずつ置いていた。
そして大翔のその目。その目で答えは分かってしまった。
「はい。魔石の9割以上がクローンだと思います」
そう大翔は確定させた。
クローン。
自分の遺伝子情報を元に同じ個体を生み出す。
此方の世界では人の研究を行っていて、人の病気、構造、精神について科学という観点から研究している。
そして人の体は遺伝子から作られ、それを複製し増殖することが出来れば同じ人を複製することが出来ると発見した。
魔力の量を見るにこれらクローンの年齢は生後でもない胎児ぐらいだろうか。
なのに精神魔力もある程度ある。
人から作る魔石は魔力の魔石とだいぶ違う。
魔力の魔石は作る際に空気に流れていき、効率は人から作るより少し効率は悪い。
何より人から作る魔石は魔石から魔法を撃てる。
魔力を込めた魔石では威力の増幅にしかならない。
人は同時に魔法を二つしか撃てないのを、人の身体を作ったからか魔石でも魔法を撃てるのだ。
つまり相手の択は魔石の数によって3つ、4つと増やすことが出来る。
だが天使や魔人、それも英雄や魔王となると胎児でも聖級並みの身体魔力を持っている可能性は高い。
幾らこの世界には70億以上の人がいるので精神魔力は集めることは出来るとはいえ、その体を支える身体魔力を一般人から取るのは難しい。
だが天使や魔人のクローンなら、むしろこちらの方が簡単に身体魔力を取ることは出来る。
自分のクローンを作り、それを魔石に変えたのだ。
それに個体差もある。聖級以下の魔力量も中にはあった。逆にいえば…
しかもこの胎児の状態で魔石を変えることに思わず唇を噛んでしまう。
理由は何となく察せられる。
アドラメイクは量産することにした。
人を作るのだからそれまで育てる時間と資源を考えたのだろう。
戦いにおいてはセンスと訓練が必要だ。それがいつ実るか人の状態だと未確定が多い。
一度魔石にすれば食べるところも寝るところもいらない。
次々と胎児を作り、魔石に変換したほうが効率はいい。
胎児のまま魔石に変換され何年もどこかに詰め込まれて、必要になったときに日の元に現れ、そして魔力を絞り出される。
これが心を持った人物がやることなのだろうか。
「こんなこと……」
正気ではない。
人の命を簡単に弄ぶアドラメイクに嫌悪を抱かずに入られなかった。
パケットやチェリアもも似たような表情だ。
そしてタンドレスと壱城はこちらを見る。
これからどうするのかと。
だが実際厳しいのはこちらだ。
人を増やす手段があるなら、どれだけ魔石を壊そうがあまりアドラメイクにとっては変わらないのかもしれない。
今回の戦いでクローンの魔石は数百はくだらないぐらいの数だった。
事実のひとつひとつに重みが重なっていく。
ロボットの存在が、相手の存在が自分をちっぽけに感じさせる。
ロボットの中には多くの魔石がある。
地球側の人間とクローンの魔石が挟まっていたのだろう。
クローンでは足りない精神魔力を地球側の人間で補ったのだろう。
10年以上だ。
アドラメイクがいつから始めたのか分からない。
だが世界を支配し、世界中の技術を集め、土地も人も資金も全て思いのままに操ることが出来るなら。
「次はこれの倍の数の魔石があるだろうな」
その壱城の言葉に誰も反論することは出来なかった。
初手の戦いで多くの魔石が使った。
でも民間人を殺すために、あぶりだすために相手は戦いに来た以上魔石もそこまでではないはずだ。
少なくとも次はもっと魔石を持たせているし、そして自衛用に魔石もある程度残すはずだ。
こちらも10年以上かけて少しづつ魔石を貯めてきたとはいえだ。
だが戦力差に見直しが必要かもしれない。
あのロボットは王級以上の魔力量を持っている。
それに本腰を上げるなら、一般兵にも魔石を持たせるかもしれない。
その倒し方はいろいろな案が立てているもの、あまりにもリスクが高い。
親衛隊の悪魔を2人が倒した。相手も油断せず魔石を持って戦うはずだ。
皆は言葉を出さない。
どうするべきか。これを伝えてしまうのか。
今士気は非常に高まっている。
そんな中にこの情報が渡れば確実に影響を与える。
それにその情報が民間人に渡ればどうなる。
相手一人一人がこちらより魔力が高いことを。
相手一人一人が魔力量で言えば王級以上であることを。
それを言うべきだろうか。
誰も真剣だったからこその一瞬の迷いが、その後の想定が誰も声を上げなかった。
「言った所でどうなるんですか?」
その声は大翔だった。皆の目がその言葉を言った本人に向く。
大翔はそれに動じなかった。
「事実を持って恐怖と戦うのと、何も知らずに無知のせいで死ぬか。これはそういう話ですよね?」
声に震えはなかった。
極めて冷静だった。
そしてその発言。その言い方はまるで…
「脅威が上がっただけで、皆訓練もしているし、恐怖を感じる基準は達しているはずです。やることはいつもと変わりません」
「黙るつもりか? 民間人にも仲間にも」
ハルバートはそうジェイドが聞きたかったことを問いただす。
タンドレスは大翔を睨みつける。でもその目は査定している目だ。
チェリアとパケットは驚き、フォローするべきかどうか迷いながら大翔を見ている。
プーパと壱城は大翔を推し量るように見ていた。
ジェイドはどちらの立場にも行けない。
一般人ならまだしも、仲間の中には違和感を持つ人もいるだろう。
前回のようにいかない。
まさしく死闘だ。
皆の命をかけることになる。
なのにその情報を伏せて、戦いに行かせるというのか。
それでも黙るのかとそうハルバートは訴える。
事前に伝えて、辞めるかどうか決めさせるべきではないかと。
「自分よりも魔力が高い人が毎日襲ってくるかもしれない。相手は最悪10年以上クローンを作って魔石を量産している。それとも空間魔法を一人一人が使えるとそう言うんですか?」
その言葉にハルバートは言葉を出せなかった。
確かにそうだ。
魔石を多く持てばそれだけ魔力総量は高くなり、また空間魔法の最大の弱点である、戦闘能力の低下とそしてその後の隙がない。
空間魔法は全ての属性を掛け合わせた先に生まれるものだ。
だがアドラメイクとフラガリアの魔石があるならそれも出来るかもしれない
アドラメイクがいつクローンを利用するという計画を立てていたのか分からない。
「それに楽観視するわけではありませんが、10年以上あったんですよね? もし成功しているならもっと早く行動を起こすはずです。思いのほか上手くいっていない可能性だってある」
「そうだな。魔力量の低い母体から魔力量の多い赤子生まれるということはあるのか?」
「それは分からないですね……その母に素質があるかどうかなど下層の人だと判別できませんから」
確かに天使や魔人といった子を地球人の母体で育てることは可能なのだろうか。
必要な食事摂取基準は地球人とこちらの人々でかなりの差がある。
地球人に合わせた栄養の補給ならば魔人や天使の赤子は間違えなく栄養失調で死んでしまうだろう。
人工子宮まで考えられるともう推測は妄想の類になってしまう以上何が正しいのか分からない。
10年という歳月をかけているのに、アドラメイクは特に行動を起こさない。思いのほかクローンを作って魔石を変えるのは進んでいないのかもしれない。
だからこそ胎児の状態でないといけなかったという可能性も残っているが。
思いのほか進んでいないとしても、相手は魔人のクローンを作る技術はあるのだ。
それに次は今回以上に魔石の数はあるに違いない。
そしてそれ以上の魔石をアドラメイクは保有している可能性はある。
それについてはどうするか。
その事実は諦めを生むかもしれない。
それならば、秘密のまま戦った方が結果的に生き残るということもあるかもしれないとそういうのか。
だがそんな幻で叶う相手なのだろうか。。
「それは……」
だが仲間にその危険を伝えなくていいのか。
少なくとも初級の魔法使いや剣士などはほとんど勝ち目がない。
もし、怖気ついて戦いに参加したくないのならちゃんと確認しなければならない。
「意思が強い人なら言っても構いません。共に戦ってきた仲間に黙るのがつらいというのもまた別に問題がありますから。それに魔力総量が高くなっても扱う人次第です。戦うことは出来ます。やりようはある」
「何か考えがあるの?」
そうチェリアの言葉に大翔はためらいもせず頷いた。
「もう少し詰めないといけませんが、やり方はあります」
そう大翔ははっきりと答えた。力強く、皆に聞こえるようにはっきりと。
それにチェリアが聞いたように、ジェイドは団長であることを忘れてただ言葉に意識が飲まれていた。
「それに戦いに勝てば一般人をいなくなってこの事実は追い風になる。この事実は後になって公表してもいい」
勝つことが出来れば確かに士気はどのみち上がる。
上がった先が同じであるのなら下に下げる必要はないと大翔は言うのか。
クローンで魔人や天使の魔石を作っている事を大翔は、フラガリアを助ける為に頑張ってくれた人を事実を隠して、扇動の起爆剤にするというのか。
「アドラメイクは10年以上異世界の人間をさらい魔石にした。その数は予想以上に多い。魔石を貯蓄している。これだけなら説明を求められても厳しい戦いになるだけしか思われません。逆に魔石の種類が分からない此方側なら警戒心を高めるだけになるはずです」
「でもそれじゃ、一般人に不安を与えるのは変わらない。相手は魔石を持っている事は確実に不安を持つことになる」
民間人にも、使う機会があるかもしれないと魔石の存在は教えてしまった。
クローンの魔石かどうかはともかく、魔石が多いことが民間人に分かれば不安をあおることになる。
どうするつもりなのか。
ジェイドは受け身であることを自覚しながらもそう問いただす。
「さっき言っていたじゃないですか。ラジオを使うって。なら使わせてもらいましょう」
そういって大翔は不適な表情をしていた。
その顔はまるで、全てを統べることが出来ると。
そんな自信を持った顔をしていた。
対規模な戦闘になると、死闘になると。
大勢の人が死ぬことを認識しているのだろうか。
ジェイドはその顔に思わず危うさを感じてしまった。
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