第2章7話「折り合い」

 ジェイドは地下のある部屋の中に入る。

 今後について話し合いをするためだ。

 

 時間前に来たが中で話し合いに聞こえる。

 そこには民間人の状況をまとめるハルバートとパケット、そして大翔と……


「それでどうするつもりですか?」


「霧島さん」


 スーツを着ている女性が目の前のパケットを睨みつけていた。

 

 霧島と呼ばれる女性は都議員として選出されている。

 といっても議員は洗脳前と洗脳されていた時では仕事量は全然違う。


 あまり政治を霧島はしたことがない。経験が少ないのだ。

 洗脳前にやっていた議員も区長だったものもほとんどが死んでしまった。

 そんな中担ぎ上げられ、まとめ役とやっている。


「あまりにも一方的に物事を決めすぎじゃありませんか。大勢の人が不満を漏らしてこちらも歯止めが出来ないほどです」


「それは……」


 そんな彼女だが民間人に不満があれば彼女に意見を通して、それをまとめて意見をしに来てくれる。


 新しい生活に変わってやはりいざこざは絶えることない。


 隣に知らない人がいて落ち着かない。赤ちゃんの泣き声で寝ることが出来ず心が休まらないと。

 どれだけ潰しても、次の日にはまた新たな問題が出てくる。


 それを見て見ぬふりをすれば、やがて不満は肥大化し亀裂を生む。

 見つけたら即潰す方が全体的に楽になるので、出来るだけ早く不満は潰しているがそれでもきりがなかった。


「この世界が洗脳されていることも、私たちは知識がないことも分かります。あなたたちは助けてくれていることも。でももう少しこちらに寄ってはくれませんか」


「寄ってくれませんかって言われても…」


 パケットは押されている。

 ハルバートも大翔も様子見でパケットを見ている。

 まだ割り込める状況ではない最初の質問に霧島は最初に一番若い大人であるパケットを攻めてきた。


「こちらに決定権がない。それに説明不足です」


「……要望はできるだけ答えているはずです」


 パケットはぐっと体に力を入れて力強く反論した。

 確かに不満点が多いのは分かる。ジェイドたち自身あまりうまくやっているとは言えない。


 でもこれはすり合わせで。

 こちらとしてもアドラメイクにばれてしまった以上、拠点は欲しい。

 かといって民間人の要望を全て守るほどの余力もないし、義務もない。

 こちらとしても事情がある。


「ならどうしてあなたたちの国に渡ったら駄目なんです?」


「まず子どもたちだけでもすら運ぶことが出来ません…仮にしたとしてもその後の面倒はぼ……私たちでは見ることが出来ません」


 言葉遣いを丁寧に、胸を張り背筋を伸ばしてパケットはそう答える。


「今の王政は不安が大きい。もし連れて行っても捨てられたりということがあります」


「小さな子供でも駄目なんですか」


「子供だからといって通用するわけではありません。それに急に異世界に行って病気になってしまえば治療できない。今は異世界で暮らせるための物資を集めるのが先です」


 霧島の言葉にははっきりと否定する。

 空間移動魔法でここからジェイド達がいた世界に転移する。

 おおよその魔力量は分かるが、ジェイド一人でも運ぼうとすればかなりの無茶を強いることになる。そしてその魔力量を回復するのにかなりの時間がかかる。

 それを一度してしまえば戦力は大幅に下がってしまう。

 

 やるなら相手の突撃兵を全て倒して、こちらから攻撃しない限り相手も攻めてこないようにするまでだ。


 だが霧島は折れることはなかった。


「じゃあ、どうして相手はいきなり都市部を攻撃したんですか」


「それは……」


 パケットは言葉が詰まる。周りを見たいのか目が少し泳ぐ。

 ハルバートが素早く間に入る。


「そのことについては分からない。本当に突然だったんだ」


 そうハルバートが言い切った。

 10年以上この世界に住み続けてきたが、本当に突然だった。

 今までこれだけの大勢の人を殺すことなどなかった。

 地球人であっても無駄に人を殺すことなど考えられなかった。

 

 例え栄養失調の子供でも敵でも利用しつくすのがアドラメイクだ。

 今までもそれで何回かやられたことがある。


 それが今回の大虐殺だ。

 もっと小さくことを済ませることなど

 

 ペルシダが来たから攻撃したのか。

 それともフラガリアを助ける為に来ると予想していたのか。

 フラガリアはその時の保険なのか。 

 反抗の目を確実に潰すために虐殺したのか。


 何が要因でアドラメイクがこれだけの虐殺を行なったのか分からないままだ。


「そのことより生活を整え、訓練などに時間を取らせてもらっている。それでは駄目か?」


 そういって望むなら要望に当てていると暗に示して、ハルバートはけん制する。

 自分たちはずっとあなたたちのために動いているとそう含みを持たせて。

 だがそれでも霧島の心は折れなかった。


「そうですか。でも違うんですよ。その王に話そうしてくれない。説明もしてくれない。これじゃ洗脳からただ解放されただけで、支配されているのは同じじゃないですか」


「だから今そこに時間を取れないと……」


 ハルバートも言い返すが強くいえない。

 洗脳された世界と今の状況はそこまで変わらないのかもしれない。


 民間人ではなく何者かが全て決める。

 民間人が主権でなくその人が主権になる。

 民間人はただ従うことしかできず、反発することが出来ない。

 

 ジェイドたちに従わなければそれは死だからだ。

 民間人がいくら文句を言おうがこちらの手を切られた瞬間命の保証は完全に失う。 

 

 そしてそれが不満の最大限の要因になっている。

 その命綱をジェイド達が握っているからだ。

 命綱を握っているのに、その力を入れずにいる状態でフラガリアの命綱を引っ張ろうとしている状態だ。


「あなたたちの目的はフラガリアという方を救う。なのにこちらの行動を縛るのは少しちぐはぐなんじゃないですか?」


 だからこそ彼らに反発心が生まれてしまう。

 

 王との交渉を行う気はない。

 王に会うとするならジェイドだけだろう。

 だが魔力の消費とここを空くことになる。

 出来ないと分かっている事を魔力を消費は出来ない。またいざという時に指揮を取れない。

 

 霧島はこの中で一番力が弱い。でも怖気付かずその心は力強かった。

 その心の強さは今この中で一番なのかもしれない。


 皆の願いを背負って物怖じせずにこちらに強く言葉を訴えかけてくる。


「何も理由もわからず、意見を言う前に既に規制が貼られている。この場所は行っては駄目。情報は何も教えてくれず命を守るためとだけです。プライベートも自由も何もない。何かするならまず先に議論を挟みほしい。あなたたちはそれがない。私たちは何も選択することが出来ず、何も決めることが出来ない」


 そう言って霧島議員はジェイドを見る。

 最高責任者であるジェイドに。

 

 霧島議員の言っていることは全て事実だ。

 だがそれをする余裕はこちらに持ち合わせていないというのも事実だ。


 元々はフラガリアを助けるために危険を冒してこの世界に飛び込んできた。

 少しずつ協力する人を集め、地球の文化を研究し、訓練を重ねた。


 今まで10年以上かけてきた。だがかけても全然足りない。

 仲間たちも訓練をする時間を見回りに時間をかけている。

 民間人の不満を仲間たちに預けてしまっている。

 

 フラガリアを助ける前に、民間人を守るために何人死ぬのか。

 何もかも見通しが立っていない。


 仲間にも不満が挙がっている。

 どうしようにも出来ないからこそ皆怒りが溜まる。

 これ以上自由を与えたら、訓練に時間を当てられず、また制限を食らうのは仲間の方だ。

 

ジェイドとしても長くジェイドのわがままのようなものに付き合わせてしまった。

 これ以上ジェイドのわがままに付き合ってもらうことは出来ない。

 民間人を見捨てた方がこちらにとっていいんじゃないかという声も大きい。


 目的を違えるなと。自国の民を守るためにここに来たのだろうと。


 とはいえ出来るなら助けてあげたいというのがジェイドの心だった。

 大勢の人が傷つき失った。

 明日があるか、これから何のために生きるのか分からない。

 手足を失い、家族を失い何もかも崩れ去る。 

 日常が終わり、いつ戦いから解放されるのか。

 

 それを見て何もないとは言えなかった。

 罪のない人たちが死んでいくのは見て居られなかった。


 やらなければ良かったと後悔することはない。

 笑みや幸せはまだ絶えていない。

 赤子の笑い声や子供たちが遊んでいる姿を見るとやってよかったとは思っている。


 ジェイド自身まだ折り合いはついていない。


 だがアドラメイクがいつ襲ってくるか分からない。

 いつここを襲ってくるか分からない。

 そしてジェイドの国にもいつ襲うか分からない。

 国を、そしてこの人たちを守るためにもフラガリアを助けることが必須だと、民間人に協力するために何かストレスを解消させる方法を探そうと、そう伝えようとした。


「なら僕がやりますよ」


 パケットに代ろうとする前にそこに第三者が入った。

 そう言ったのは大翔だ。


「でも君は……」


「みんなの意見を聞くのも王子の仕事ですし、幸い都合のいい異能もありますしね」


 そう大翔は答えた。

 余裕があるといわんばかりの口調だ。


 大翔は全体のサポートをしてもらっている。

 体調が悪い人がいれば異能でその原因の個所を見つけることが出来る。

 自衛隊にも最新鋭の武器の設計方法を伝えることが出来る。

 それに大翔一人見回りに回るだけでかなりの人員を別のことに割くことが出来る。

 他にも建物の状況や食材の腐り具合などやってもらっていることがたくさんある。


 元々民間人の生活の向上のために色々やっているとはいえ更に仕事を加えても大丈夫なのだろうか。


 本来なら休息と訓練だけが彼の仕事なのだ。

 戦いから生き残る力を身に着けてほしいのに。


「本当に行けるの?」


「はい、任せてください」


 そう大翔は力強く返事した。

 幾ら異能持ちだとはいえ体に限界がある。

 とはいえこの場を丸く押さえるのは大翔が1番適任だ。

 ジェイドが収めるところでそれはぶつかり合いだ。


 だが霧島の仲間であり、こちらの味方でもある大翔なら。

 大翔は霧島の方を見る。


「制限をいくつか緩めるようにします。だから人をくれませんか」


「人?」


「市役所の人や、都庁の人、空いている専門家の人と一緒にこれから行う案や行っている規制を一緒に見ましょう。後で言われるより、先に済ませた方がお互い気分が悪くならないはずです」


 大翔は避難民の能力を適材適所に割り当てるつもりだ。

 避難民の人はほとんど雑業をやってもらっている。

 役員だろうと弁護士の人だろうとだ。

 誰がどんな職業をやっているかの区別はまだついていない。

 精々飲食店の人にはご飯を作ってもらっている程度だ。

 

 その人が持っている能力を活かせば生活の向上させようということだ。


 霧島議員はその提案に言葉が詰まった。

 それはぜひとも進めたい話なはずだ。

 

 だが今すぐ認めるわけにはいかない。

 認めてしまえば大翔に権利を譲ることになってしまう。

 その隙に大翔は更に話を進める。


「数日中に今までの事や規制とか、ラジオも繋げて説明します。資料を作って素早く説明を出来るように事前に渡しておきます」


 霧島議員は押されている。

 それを自覚しているからこそ簡単に言い返せない。


「後お詫びといっても何ですが、お祭りをやりませんか」


「祭り……ですか」


 霧島議員は更に迷いを見せた。それは期待の目だ。

 彼女も疲弊しているだろう。

 皆の怒りを受け止めるにも限度があるだろう。


 民間人もジェイド達がいないと更に理不尽なことを受けていると分かっているからか、霧島に矛先を向ける人も何人かいるはずだ。


 どうしてお前はやってくれないんだと。


 彼女にもやらなければいけないこと、やりたいこと、休みたいときがある。

 怒りを減らしてくれれば彼女も余裕が出来る。


「難しくてお互いを支えられなくなる時もあるでしょう。力を貸して下さい」


 そういって大翔は頭を下げた。

 霧島議員はもう何も言えなかった。


「ならもう少し居住空間を広げてくれますか?」


「…分かりました。出来るだけ直ぐに調節します」


「本当に頼みますからね」


「はい。任されました」


 霧島議員はため息をつきながらも矛を収めた。


「必要な食料の量とそれを作るための面積です。渡しておきますから」


「すまない。あなたは色々背負わせすぎている」


 こうして意見をぶつけてくれる時もあるが、戦いが終わった後の起こりうる想定やその対策や何をするかの予定を立ててくれている。


 しかも資料もよくまとめられていた。

 彼女がいなかったらきっと誰かがその負担をしなければならない。


 地球との交流は自衛隊の人たちしかいなかったので、様々な観点から意見してくれる霧島にはありがたい気持ちでいる。

 少なくとも何も意見を言わずただ横になっている人よりもずっと心はましだ。


「では、私はこれで」


 霧島議員は帰る途中立ち止まった。


「あなた方は見捨てる選択肢だってあった。なのに助けてくれた。良かれと思って、危険がないようにしてくれているのも分かります。でも私たちはずっと流されたままです」


「………」


「もともとそうだったのかもしれない。でも今ほとんどの人は抗うこともできない。私たちに生がないんですよ」


「不安なんです。生きることがこの先がどうなるか分からない。洗脳されていたままの方が、死んだ方がましだって思わせないでください」


 そういって、霧島は出て行った。

 

 皆必死にやっている。皆努力してより良い未来を作ろうとしている。

 霧島は立派な人だ。


 被害者であるのに更に不満の声を聴いて動き回っている。

 そんな彼女が力不足と、不甲斐なさを感じている。


 その顔がジェイドにとって一番心苦しいものとなった。

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