第2章9話「大翔、異世界の友人が出来る」

 流河は席に座って大翔に声をかける。

 ペルシダの事について少し聞いてみたくなった。 

 ペルシダはこの生活を満足しているのだろうか。


 何かペルシダに出来ることはないだろうか。

 自分は何かしてあげることはないだろうかと。


「どうしたらいいと思う?」


 その流河の声に大翔は反応を示さなかった。

 大翔は珍しく流河に気づかなかったのだ。

 本を熱中していて反応を示さない。もしこれで流河が敵なら大翔は一瞬にして殺されるくらい本に熱中している。


 いつもはどんな時でも流河に手を振っていたのに。

 流河はその本をあげて表紙を見る。


「あ、兄貴?」


「英語?」


 大翔の驚いている間に表紙をじっくりと見る。

 おそらく論文なのだろう、多分。

 一面をパッと見たが直ぐに見る気が失せた。


「デべろっぴめんたる、パ、パスぃ......ってそんな熱中する内容か?」


「………あ、えっと、医学の本だね」


「なんで医学の本なんか読んでんだよ」


 確かにウイルスや菌は回復魔法では治せないという。

 でもそんなものは医者がいればよく、医官も大勢いるので大翔が学ぶ必要もない。


「洗脳されている間、生物学とか歴史とかとっていないでしょ?」


「いわれてみれば確かに、進路が決まっていたような……」


 将来の道は工学系の大学だったような気がする。

 他の人も機械だったり、ITだったりと医者や生物学者になりたいという人物はいなかった。


「どうやら、洗脳で教育に制限がかけられているらしいんだ」


「?」


 それは意外な事実だ。

 

 洗脳を受けている間と洗脳の影響化がないときとでほとんど心変わりはない感じだった。

 好み、娯楽への熱意、好きな漫画など洗脳後とあまり変わらない。

 道真も見るに欲求も洗脳の間に変わった感じはしない。


 体に不自然な様子もないし、健全に成長していると思う。

 心を縛られていたわけでもない。


 紫花菜やアスハを見る限り特定の条件になると意思が奪われ、体を操られると思っていたが。


 そもそも洗脳自体がよく分からない。

 どうやら異世界の魔法は火、水、土、風、光、闇の6種類に分けられていて、一人につき一つの属性の魔法ということではないらしい。


 なら洗脳というのはそれも異能なのだろうか。


「そういえば……確かに全員工学系か化学系だったような…」


 だが教育にテコを入れられていたとは意外だ。


 確かに図書館を行って思っていたのだが、生物や地質、歴史や心理学などいろいろな学科が大学にあったのだ。でも流河達は工学系か化学系にしか進路を考えなかった。

 流河もその影響化を受けていると考えると少なくとも2年前以上から教育に手を入れられている。

 

 でも洗脳によって何故勉学に制限を入れる必要があるのだろうか。

 内容によって魔力が消費されるなら、わざわざ無駄な魔力を払う必要があるのは何故だろうか。


「分からないけど、あまり外に出なかったからこの機会に色々見てみようかなって」


「それって毎日じゃないよな?」


「戦いで燃えるかもしれないのに?」


「まじかよ、お前……」


 さすがにこんな状況下で雑学を勉強しようとは思わない。

 大翔もまた忙しい。

 

 英雄である母さんの子供として重圧がある。

 みんなを守るために訓練を重ねて、見張りをして、そして余った時間を勉強に時間を費やす。

 自分では絶対に出来ない。


「なかなか面白いよ。これ以外にもいろいろ本とか論文があって。さすが大学の図書館だね」


「異能があれば本に中身なんて全部見れるだろ?」


「あんまり異能を使いすぎるのも疲れるし、それに……」


「そういえば、紙めくる音が好きなんだっけ。それとペンで書く音も」


「そうだね」


 大翔は学校に行っていない間暇だったのか。

 本を読んでは気になることは覚えておきたいものはノートにまとめていた。

 だからこそインプットとアウトプットを効率良く繰り返しているのだろう。


「だから英単語が分からないんじゃない?」


「はぁ!? 絶対最後のやつ学校で使わねえから!!」


「それでなに? またペルシダさんのこと?」


 おちょくられたことを怒る前に話をすり替えられた。

 大翔は本を閉じて、こちらに目を合わせてきたので、もう聞き流すことはするつもりはないのだろう。


 そうだ。

 そんな英単語がどうとかどうでもいいのだ。今はペルシダの方が大事だ。

 結局大翔の邪魔になるが、気分転換になるとそう思うことにして口を開こうとした。

 だが恋愛話を持っていくということは


「それはそうなんだけどなあ……」


「そうなんだけどなあ、ねぇ。また僕に聞きたいことがあるの?」


「そうです。聞きたいことがあるんです……」


 大翔の指摘に流河は頷くしかなかった。

 そう、恋愛話となると大翔がどうしても流河よりも上の立場になってしまう。

 流河は頼み込むしかできないからだ。

 

 相談できる相手と言えば大和と車花、そして大翔だ。


 大和は多分今すぐ告れというだろう。

 ペルシダは戦士となった。

 そうでなくとも次の戦いで生き残れるか分からない。

 気持ちだけでも伝えた方がいいんじゃないかと。

 

 でも違う。今のままいけば、間違えなく流河はペルシダに玉砕する。

 それに何か大きな間違えを引き起こす気がする。

 その間違いが何なのかは分からないが。


 車花は間違えなく聞く耳を持たない。

 軽蔑されそうな気がする。


 その点まだ自分のペースで進ませてくれる大翔に相談することが多い。


 つまり弱みを握られているようなものだ。

 自分一人では何も変えることが出来ない以上、自然と立場は大翔の方が上だ。

 大翔に頼み込むことは大翔に負担をかけているようで何か嫌なのだがこればっかりは他の人に頼むことが出来なかった。。

 

「なあ、アインスっていつもどうしてるんだ?」


 同じ異世界転生組であるアインスはどういった行動をしているのか気になった。

 どっちの派閥にいるのか。


「アインス? ああ、なるほどね。アインスは基本的に僕と一緒だよ。今も」


「え、どこにいるんだ?」


「こんにちは」


「うわ!」


 突然目の前にアインスが現れた。

 驚きと同時にいつも通りの彼で安心する。

 

 アインスは神出鬼没だ。

 

 ただ挨拶しているだけなのに気配がなさ過ぎて、毎回驚いてしまう。

 でもこれもお決まりのようになっていて、流河がリアクションしてもアインスも謝らないし、こちらも特に注意することがなかった。


 アインスは何というかギャップを感じる。

 顔は大翔よりもクールさはある青年だが言動に落着きがないというか、子供のように感じてしまう。

 

 顔も美少年よりの顔なので余計だ。

 身長も流河よりも高いのに、どこか子供のように感じるのはきっとアインスの印象だろう。

 一つにまとめられた黒髪がふわふわしているのが髪のセットを嫌がる子供ぽっさに拍車をかけている。


 ポジティブなのか、笑みを絶やしていないを見たことがない。

 それに少し救われているので、それも相まって驚かされても嫌な気持ちにはならなかいが。


「それで僕に何か聞きたいことでも?」


「アインスは普段誰かと一緒にいるのか?」


「僕はタンドレスさん、後ハルバートさんとかですかね。まあご飯を食べる時とか、普段は大翔の傍にいさせてもらってますよ」


「え、そうなのか?」


 大翔が誰かとつるむのは意外だ。

 

 仕事の関係ならまだしも、プライベートの時に誰かと絡むとは思ってもいなかった。

 おそらくアインスがぐいぐい来るので、断り切れないのか。


「一緒にいたら駄目なんですか?」


「いや、それだったら別にいいんだ。むしろ、いい。仲良くしてくれてありがとな」


 そういうとアインスは嬉しそうな顔をした。

 思わずこっちもきゅんとしそうな笑顔だ。

 

 大翔に友達が出来て嫌なことなどない。

 むしろ喜ばしいことだ。


 

 大翔に友達が出来た。

 

 何年も気にしていたことが一つ解消されたのだ。

 大翔は不登校で引きこもりになっていた。

 

 大翔の方が分かりやすく相手と膜を張っていた。

 その膜を破って、まさか一緒にご飯を食べるくらい発展した友達関係になる人がいてくれるとは。

 

「そうか、そうか。友達か……!!」


 大翔とご飯を一緒に食べてくれるアインスとその事実に心は温かくなる。

 アインスに何かしてあげたいくらいだ。

 それだけなら嬉しいが大翔の冷たい目で心の温度はとんとんになったが。


 大翔の冷たい目に聞きたかったことを思い出した。

 アインスは地球人の人とどうしているのだろうかと。 


「アインスは他の人とはどうなんだ。地球側の人間とかさ」


「地球人の人とはあまり友達になれてませんよ。せっかく大翔と仲良くなれたんですし。あ、でも女の子には割と好印象のような気はしますけど」


「そうか。でもアインス割とオープンだからか友達になろうとしたらいけんのか?」


 となると本人の気質だろうか。


 そういえばペルシダに教える以外で遊びに誘われたことがないような気がする。

 速いとは言えばそうだが、ご飯もまだ一緒に食べたことがない。

 ペルシダから何かしたいという提案を受けたことがない。


 何処かペルシダには、他人に自分の間に膜を張っている気がする。

 その膜は流河も選択肢を間違えれば張られてしまいそうで。

 だからなのだろうか。ペルシダの周りに人がいないのは。


「あんまりペルシダさんは友達をつくろうとしていないじゃない?」


 確かにそうかもしれない。一人が好きな人もいる。

 もしかしたら流河とも友達にすらになりたくないのかもしれない。


 それはいったん置いておこう。そこまで考えたら自信が無くなりそうでペルシダの前で顔に出てしまいそうだ。

 

「アピールし放題でいいんじゃない?」


「でもさ、それってやったら駄目というか……自分が嫌なんかな」


 それで、もし結ばれたら流河は嬉しい。嬉しいけど不安だ。

 もしペルシダが他にいいなと思う男を見つけてしまったら。

 後悔してしまうじゃないかと思ってしまう。


 自身に自信がないのだ。

 自分だったら幸せにできるとか自分だったらペルシダを支えることができるとかそういう自信がない。

 自信などモレクによって全て失ってしまった。

 自分の力では誰かひとりすら支えることなど出来ない男だと。


 だからペルシダに頼ってしまう。


 ペルシダが選んでほしい。そういった気持ちがあるのだろうか。

 だからペルシダが後悔しないように、苦しまないようにしてあげたい。

 それともただ大勢の人がいる中で流河が選ばれたら嬉しいという気持ちがあるのか。

 相手の弱みを見つけて攻撃しているみたいなのが嫌なのか。

 断りにくい空気を出しているのが卑怯だと思ってしまうのか。 

 それとも大好きだから、もっと幸せになってほしいだけなのか。

 

 何が自分の心なのか分からない。


「まあゆっくりと考えればいいんじゃない。ゆっくりしすぎるのも問題だけど時間は作れるようにみんな頑張っているんだし。でも何かともあれ仲良くするっていうのはいいと思うよ」


「となると……仲良くするにはイベントか?」


 学校では球技大会、体育祭に文化祭など人と話す機会を増やせば自然と仲良くなれるはずだ。

 

 全体で何か行事の手伝いをして、打ち上げでお互いの苦労をねぎらう。

 今の状況では難しいかもしれない。暗い雰囲気だとお互いの欠点ばかりが目立ってしまう。

 何か楽しいことをすればお互いの良さが見つかって、ペルシダも誰かと仲良くなれるかもしれない。


「イベントをしてほしいって僕が打診したらいいと」


「やってくれるのか?」


 そう、大翔のこの空間の立場はかなり上だ。

 英雄の息子として、またその目がかなり意見を通す力がある。

 

 そして流河が大翔に頭を上げることが出来ない大きな理由だ。

 大翔以外権力を持った人に流河は頼れないのだ。


「まあ、もともとやるつもりだったし別にいいんだけどね」


「そうなのか?」


「やっぱり空気が悪いからね。何か明るいことをしようとは前々から思っていたんだ」


「やっぱりそう思うのか?」


「この状況が続けば、心に傷を持っていない人でも神経が磨り減るよ。せめてその人たちだけでも、なんだけどね」


 あまり良くない手段なのだろう。

 嫌っていない人を身内に囲むような行為だ。反対側にとっては嬉しくない事実だろう。


「それ本当に大丈夫なのか?」


「あんまりよくはないけど、それよりも正しい判断をする人がいないからね」


「正しい判断が出来ない?」


「もし異常事態になったときに誰かが指示して逃げることを促すようにしないといけない。地震の後の津波で避難するか判断が取れなくて逃げられなかったことが昔あったんだ」


「そんなのがあるんだ」


「正常性バイアスと同調バイアスっていうんだけどね。だからカリスマ性のある人を作り上げないといけないってなったんだよ。その人が指示して周りが動けば同調性バイアスで心に傷を負った人も逃げる人が増えるかもしれない」


「…色々考えてんだな」


 ペルシダの事に少しずつしか進んでいない間に、大翔はどれだけ色々進めているのだろうか。その進歩の差にしこりが生まれる。

 心の中のしこりを出来るだけ隠して、短く区切ってしまった。


「催しをするときに出そうとは思っているんだけど……兄貴もちょっと手助けしてほしんだ。当日一人で僕の所に来てほしい」


 そう大翔は少し申し訳なさそうな顔をして流河を見る。

 あの大翔が流河に頼むような事なんて、何があるのだろうか。

 何故一人でないといけないのだろうかと。

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