第2章10話「お祭り」

 流河は手押しの台車をがらがらと転がしていた。

 今日何回この台車を押して外を歩き回ったのだろうか。


「ファンタジーなら、こんなところ楽にしてくれてもいいだろ……」


 そう愚痴を吐いたところで何も変わることはなく、流河は身体を動かすほかなかった。


 空間魔法があるとはいえ何でもかんでも魔法を使ってはいけないらしい。


 魔法というのは、どうしても失敗はつきもので、火や水といったものの変換時に変換できなかったもの、出来たものもあまり魔力を込めることが出来ず、すぐに元に戻るものが残留子となって空気に流れる。


 それを探知する魔法があるので、それに追跡され空間魔法を使うとこちらの生活スペースが明らかになるという。


 流河達がロボットに対して追いかけられたものその理由だ。

 

 どんなに魔力の無駄を少なく抑えようとも相手の探知魔法の精度と、集中力、複数のタスクを同時に行う時、魔法の難易度、負傷して脳の働きが落ちている時は精度が荒くなってしまい、また残留子を消すことが出来ないため下手に使えないのだという。


 空間魔法は難易度が高く、どうしても粗が出て残留子が出来てしまうのだという。


 流河達は地下で寝泊まりしている。

 そこで荷物を運ぶのにいちいち魔法を使っていたら、相手に寝床がどこにあるのか探知され、いざという時に空間魔法で直ぐに飛ぶことが出来るだろうと。


 そのため訓練は遠く離れたところで行っているし、洗濯物もいちいち別の場所に運んで行う。

 だがもう少し距離を短くしてほしい。

 このままだと疲れて、いざっていう時逃げることが難しくなる。

 

 せめて運ぶようにバイクでもつかわせてくれたらいいのに。

 

 というより今度頼もう。大翔に何とか言ってもらおうと。

 

 これでこの疲れは最後だと気合を入れて流河は台車を押す。


 そうやって台車を運んでいると、甲高い声が聞こえ始めた。

 流河は子供たちが遊んでいるのを見る。


 おそらくケイドロなのだろうか。

 じっとしている子供が走ってくる子供に手を差し伸べ、タッチをした瞬間大きな声を上げて走り始めた。

 そして大和が子供を追いかけ、脇に手を入れて子供を高く抱き上げている。


 紫花菜、あすはは基本的に乳幼児の保育を担当している。

 大和はそこに遊びに行っている。

 

 最初は大和に誘われたが、夜間の保育もあるといわれたのもあって、今の流河には無理なのでためらってしまった。


 だがこうやって外で笑いながら駆け回っている大和をみると、ただ荷物運びをするだけの作業がとてもしんどく感じる。

 洗濯や荷物運びなどの雑用で使い走りにされるのがきつい。


 といっても、たまに子供相手にするといたずらされまくりでそれもそれで大変なのだが。

 こうやって黄色い夕日に陰で、遊びあっているのが美しく癒される光景なのだろう。

 少なくとも服の中に砂を入れられるのを見ても誰も癒されはしない。


 流河はその輪の中に台車を入れた。


「はい、これ。ミルクとかおもちゃとか入ってくるから」


「ありがとうございます」


 そういって頭を下げたのは紫花菜だ。

 だっこひもに赤子を抱きかかえ大和と遊んでいる子供たちよりも、一回り小さな子供を手でつないでいる。

 流河は一瞬手を放そうとしたが、自分は台車で運んでいるだけなのに、いくら何でも二人抱えた紫花菜にやらせるわけにはいかない。


「どこまで運ぼうか?」


「いいんですか?」


 紫花菜は手を台車に伸ばしていた。その顔は友好的だ。流河に怯えも、引きも感じない。

 あるいは耐えているだけなのか。


「いいよ。大変だったろ?」


 そういって無理やり台車を力強く握った。

 またガラガラと台車を押して、地下施設の中へと歩み始めた。


「じゃあお願いします」


 そういって紫花菜は丁寧に頭を下げて、流河と同じように歩き始めた。


 流河は紫花菜と並んで養護施設の中に入る。

 アスハがケイドロで子供を追いかけ遠く離れたので、紫花菜が付き添うことになった。


 自分から紫花菜の横に並ぶのは少し気まずかったが、紫花菜の手を握っていた子供が急に背中に乗ってきた。


「台車押しているんだから乗るな!!」


「兄ちゃん!! 俺大きくなったよ」


「重いからって大きくなったわけじゃないからな!? 重いって言わせたいだけだろ!!」


 歩くスピードは重くなり、また子供は注意を聞かず紫花菜に話しかけているので、自然と横になった。

 だがそのおかげで話はしやすくなった。


「…はぁ、子供たちの調子はどう?」


「心に傷を負った人は夜泣きとかいきなり泣いたりしてますね。周りとの落差に攻撃的になる子も、中にはいて……」


 確かに今抱っこしている子供、前に見た時は両親を失ったとずっとかげで泣いていた気がする。その子供がしっかり紫花菜の服を両手でつかんでいる。


 子供慣れをしている。

 紫花菜とアスハは児童養護施設にいて、普段から小さな子供を世話しているからなのか、大和と比べても子供の扱いに慣れている。

 怒る時はしっかり怒っていたし、子供たちがたくさん寄りかかってきてもそれを受け止める心の強さがある。


 それに加えて紫花菜たちはご飯の用意も担当している。

 アレルギーの人たちのご飯を作るのは別個にしないと、周らないらしくそれに気を付けないといけないのは子供だ。

 なので子供たちを世話する紫花菜たちが担当することになった。


 大勢の人たちのご飯を用意するのは大変だ。

 いくら力があるとはいえかなり疲れるだろう。

 だが文句を言わずに日々笑顔になれるように紫花菜は毎日頑張っている。


 本当に強い子だ。

 紫花菜だって死という恐怖、流血の嫌悪感があるに違いない。

 

 それを隠して子供たちに安心を与えている。流河には絶対に無理だ。

 紫花菜の内心を測ることは難しいが、本当に素晴らしい人物だと思う。

 

 こういった状況下だからこそ見れた一面だ。

 今までなら決して見ることも感じることも絶対になかった。


 大翔は知っているのだろうか。


「流河さん…」


「ん?」


「……何でもないです」


 そういって手を振るが、体はうつむいている。

 それに子供が気づいて、心配そうに紫花菜を見る。


 何が言いたいのかすぐにわかった。

 

「別に大翔の事なんて気にしなくてもいいよ。無視したいなら無視しとけって思ってる」


「……」


 紫花菜は面食らって声も出せなかった。


「大翔は君が嫌な気持ちを抱えたらきっと傷つくから。嫌かもしれないけど大翔は無理してほしくないっていうから」


「そう、ですか……」


「ごめん。大翔の立場にたって」


「いえいえ、大丈夫ですよ」


 紫花菜は平静を装っているように見えた。

 

 流河の今の発言は大翔の株を立たせている。

 あまりいい気がしないだろう。でも紫花菜の悩みを解決させる方がいいと思っていしまった。


 非常にデリケートな問題だが、流河は、二人の仲を無理やり動かしたい。

 

 今しかないのだ。

 大翔と紫花菜がこうやって話を出来るのは今しかない。この特殊な状況下でしか紫花菜は大翔を見てくれない。

 

 この機会を逃せば一生大翔は前を向けない。


 これも長い時間が必要だ。

 でも次の戦いまでだ。

 そうなれば二人は別れてしまう。その間に二人が、二人の間に繋ぐ何かが出来ればいいのだが。


「流河にいちゃんにあげない」


 そう紫花菜が抱っこしていた子供が急に叩いてきた。

 痛みはないが、またストレスによるものなのか、それともただの癇癪なのか。


「あげないって…俺なんしてないだろ?」


「紫花菜ねえちゃんとったもん」


 子供が急に大声で流河を攻撃してきた。

 もっと紫花菜と話せればよかったが、あやすのと注意するのに時間を取ってしまい、そうしているうちに皆の前に集まった。


 流河は大翔の言われたことを皆に伝えた。


「皆でお祭りに行かないか?」


「お祭り?」


 大和が食いついた。

 

 その目は輝かせている。

 誰かひとり食いつけば他も食いつく。

 特に子供は何をするのか次々と質問攻めてくる。

 紫花菜にも大翔がどれだけ頑張っているか、分かるし、いいことだろう。


「いいですね。子供たちを連れて行っても大丈夫なんですか?」


「むしろ子供たちに来て、盛り上げってもらった方がいい。どんどん来てくれ」


「道真と車花とか誘そうか」


「あぁそうだな。後はペル……」


 思わずでた言葉を飲み込む。

 大和の前でその話題を出してしまったら、


「あ!! そういえば聞くの忘れた!! お前ペルシダさんに告ったのか?」


 何故か速攻でばれてしまった。

 どうして大和といい、道真といい、流河の恋愛事情を直ぐにばれてしまうのだ。


「知ってんだろ!! 広げるな!!」


 その話に紫花菜とアスハは見逃してくれなかった。


「あ、そうなんですか?」


「じゃあ、誘うの辞めた方がいいですかね」


「やめて!! そんな勇気ないから!!」


「流河兄ちゃん好きな人いるんだって~」


「絶対に無理だよ」


「広めるな!! 嫌な事言うな!! おい、大和!! 収拾つかなくなったじゃねえか!!」 


 子どもたちまで入ってきて、皆に無理だの顔が普通だのさんざん言われて皆に泣きそうになった。


 //////////////////////////////////////////////////////////////////////////////


 そして祭り当日。


 市街地のある部分で祭りが行われた。

 大きなドームで囲われていた。中に何があるか分からない。

 中に入るとそこは幻想的な世界だった。


 魔法で作られた結晶と氷のオブジェが何体も設置されている。

 また別のエリアではビルが氷に覆われ空を飛んだり、魔法を使ってみたり。

 それだけでは終わらない。


 空中には光でイラストが描かれている。

 ドローンなのか分からないが、イルミネーションやライトアップを魔法と組み合わせてとってもきれいなものになっていた。


 でも決して派手でもない。慎ましやかに行うといっていたが。

 ここまでやれたことに驚きだ。


 そして何処から調達できたのか分からないがたくさんの屋台だ。

 フランクフルトに綿あめ、かき氷といった定番のものから

 それだけなく海外のものなのか見たことのない物も売られていた。

 

「ちょっとちゃんと固まって!!」


「頼むのは俺達だからなちゃんと待てって」


 流河達は子供と一緒にこのお祭りに来た。

 ペルシダも来て、また車花も来てくれた。


 道真は、絵を描くからと断ってきた。

 こんな状況で燃えるかもしれないのに、よくかけるなと


 ペルシダは綿菓子を不思議そうに見ている。


「これ甘いの?」


「食べたらわかるよ」


 ペルシダは流河の言葉を聞いて素直に大きく口を開けて綿菓子を食べると甘さなのか、美味しそうに綿菓子を食べていく。


 屋台だけでなく回っている間色々な見世物があって、単純な祭りでは楽しめなかったであったかもしれない部分を補おうとしていた。


 皆の顔も少しずつ明るくなっている。

 ここの暗い雰囲気の人はいない。


「義信さんたちも誘っておけば良かったな」


「いっても連絡手段ねえからな。また今度なんかイベントするときに誘えばいいだろ」


「……そうだな」


 同じ生死をかけたもの同士誘っておけば良かった。

 お礼も言ったが、それ以来会うことが出来ない。

 

 でも大和の言う通りだ。一度切りなはずがない。

 また今度会いにいって、そして誘おうと思いつつ今は祭りを楽しむことにした。


「あれ、大島じゃん」


 そういって学校のクラスメイトとばったり会った。

 皆思い思いに楽しんでいるようだ。手には様々食べ物を手に取っていた。


「流河!! このそばっていうのまだつかみきれないから食べ……」


「何、この子? かわいい」


 そういってクラスメイトの女子たちは流河に目をくれずペルシダを囲んだ。

 ペルシダは一瞬で囲まれて動けなくなってしまう。


「髪つやつや~」


「肌もちもち。やば~」


「名前なんて言うの?」


「は、流河?」


「大丈夫。害はないから」


 知らない人たちとの合流に思わずペルシダは流河に助けを求めるが、

 流河は遠目で見ておくことにした。


 ペルシダがこれで楽しんでくれたらと。

 ペルシダも流河の言うことを信じてくれたのか、クラスメイトと話し合っている。

 

「大島。名前で呼ばせてるの?」


「てか、今焼きそば食べさせてって…」


 そう冷たい視線と軽蔑。

 波にのまれるのは流河も同じだった。


「ペルシダちゃん、こんな獣といたらペルシダちゃんの身が危ないから一緒にいよう」


「一緒に喋りたいのは分かったけど、俺のイメージを下げてまでやるのは性格悪いぞ」


「イメージを下げてまで自分の思い通りにするなんて人聞き悪いよ? 私たちは未然に犯罪を防ぐ善りょ......」


「もっと人聞きが悪いだろ!! 俺が何をした!!」


「なにやってんの?」


 車花は子供を手に連れてこっちに来た。

 車花がここにいることにクラスメイトは驚いた。


「車花も回るの? 先生なのに?」


「誘われたから来ただけよ。本当は訓練したかったのに、子供まで使って......」


 そう車花がため息をつく。


 最初は車花は断ってきた。

 だが、紫花菜達の留守の間を小さい子を頼むという話にまんまとのっかかり、仲良くしないと子供たちが泣いちゃうからと紫花菜と子供たちを合わせた。子どもたちと遊ばせることで子供たちとの仲を発展させることで車花もついていくようにしたのだ。


 車花はなんだかんだ面倒見がいい。

 子供たちの琴線に触れたのか、子どもたちの前でもう一度頼んだところ、車花が断った瞬間子供たちが泣いてしまい、車花はしぶしぶ受け入れたのだ。


「子供たちの泣き声に慌てふためる顔はなかなかの傑作だった」


「へー、車花って意外と優しいのね」


「そうそう、車花の事が分かってくれて俺も嬉し......痛!!!!! 足が!! 足が!!!!」


 車花の蹴りによって、足は痛みで立ち上がらなくなってしまった。

 車花は見捨て、ペルシダも少しの間離れることになってしまった。


 足の痛みが引いていき、やっと回れるようになって流河はペルシダ達と合流し、屋台を回る。

 

「かけ放題のかき氷か……ちょっと買ってくる」


「俺も食べるわ。ペルシダも食べる?」


 大和もそう言いながらかき氷屋にならんだ。

 ペルシダは遠目から中を確認する。


「かき氷って氷なのよね......イチゴ? メロン?」


「果実の風味と味をこなごなにしてふわふわした氷にかけて食べるんだ。 食ってみる?」


「ええ。挑戦したみたい」


 ペルシダは今の所屋台にあるものがすべて美味しかったのか、直ぐに決めた。

 大和が並んでくれることになり、席を確保していた流河とペルシダにかき氷が届く。


「あざっす......て何だこの量......」


 かき氷は一面練乳で埋もれていた。

 それならいい。

 でもそれは下にどろどろとした練乳が溜まっていた。


「あぁ、賞味期限が切れたからかけまくってもいいって。二度とないだろうし試してみたんだ。ペルシダ一口どう?」


「じゃあ、いただきま...... 甘い!! 舌が!!」


 ペルシダは甘すぎたのか、直ぐに買っていたお茶を飲む。

 あのペルシダが甘すぎて水を飲むくらい甘ったるいのだ。


「お前これ俺に食えと......」


「ちゃんと下にはイチゴとかメロンとかいろいろかけていたから飽きないと思うぜ」


「もしかして......二人分これにしたのか?」


「ああ、ペルシダの分だけ普通に楽しめるようにした。どうする?」


「……」


 ……


「気持ち悪い..……」


「大丈夫?」


「大丈夫......ペルシダは楽しんでくれ」


「くそ……せっかくのお祭りが……」


「お前のせいだろ!!」



 そんなこともありながらも祭りを楽しんだ。

 色々楽しませてもらった。


 見世物も面白かったし、屋台にあるものはどれも美味しかったし満足だ。

 

 「ペルシダ、楽しかったか」


「ええ」


 ペルシダは笑った。流河が惚れてしまったあの笑顔のように、世界を輝かせるような笑顔だった。

 どうやらクラスメイトとも楽しめたらしい。


 結果は大成功だ。

 ペルシダもそしてここにいる人たちも皆笑顔だった。


「流河も楽しかった?」


「そうだな!! 皆と一緒に長く回れ......回れたか?」


 クラスメイトに不当な事を言われ、車花に蹴られて祭りを少しの間離脱してしまった。

 そして大和のかき氷によって、更に長期間離脱してまった。


「まだ足りない。 まだ全然足りてない。ペルシダ!! もうちょっとま……」


「駄目よ。子供たちはもう帰るのに……流河の方が聞き分けの悪い子供じゃない」


「嫌だ!! 俺は!! 俺はもっと祭りを楽しむんだぁ!!!!」


「駄目よ」


 祭りの方に戻ろうとするが、車花に引っ張られてだんだんと離れてしまう。


 流河の必死の叫びを子どもたち全員に笑われた。

 ペルシダも今度は噴き出すように笑った。

 また初めて見る笑顔に流河は少しだけ救われる結果になった。

 これだけで祭りが来たかいがあったとそう思えた。


 世界が変わった初めての祭りはそんな結末になった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る