第2章13話「大翔、女の人と寝る」


「金を出せ!!」


 一瞬何があったのか分からなかった。

 その出来事を理解するにはあまりにも衝撃的で理解したくない出来事だった。

 紫花菜の父さんが人を殺した。紫花菜の父さんが人を撃った。


 紫花菜の父さんの手に銃があって、下に薬きょうが落ちている。 

 目の前が倒れている。

 目の前の人がけいれんを起こしている。心臓から血だまりが出来始めている。


「パパ?」


 紫花菜は笑った。

 緊張と恐怖から出る笑いだ。相手の機嫌をそこねないような笑い方だ。


 混乱していた。

 家族が人を殺したと理解出来なかった。

 紫花菜のこんな顔見たことがなかった。


 紫花菜は紫花菜の父さんに近づいて、この場に逃げようとした。

 だがその体を引き寄せそして持ち上げてきた


「何してるの、パ……」


 銃を紫花菜に向けた。

 紫花菜を人質に取ったのだ。


 借金が多いとは聞いていた。

 お小遣いが後でまとめて払うと紫花菜が言っていた。

 最近機嫌が悪いのも知っている。


 でもこんなことをするとは思わなかった。

 完全に様子がおかしい。


「金を出せ!!」


「パパ!!」


「携帯を使うな!!」


 紫花菜の父さんは更に撃った。

 逃げようとする人を撃ち、お金を出さなくて、蹲っている人を撃った。


「お父さん、やめて!!」


 紫花菜は暴れてどうにか止めようとした。でも全く力が足りない。


 その悲痛の声に大翔は頭のスイッチを入れ替えた。

 今は紫花菜の父さんの事情など考える暇がない。

 紫花菜を助けなければ。


 その使命感と思いに大翔は頭を回す。

 周りを見る。

 恐怖で怯えている物、逃げようとする物。


 そして拳銃を後ろで用意している人。


 ―――まずい。


 紫花菜の父さんとの距離。

 大翔が決断するのにそう時間はかからなかった。


「動くな!!」


 大翔は走った。

 そして足を曲げて跳び、標準をつけようとした大人を横から拳銃を奪う。


 重い。

 とてもじゃないけどまともに銃を構えて撃つなんて素人には出来ない。


 少なくとも素早く撃たないといけない状態で、紫花菜をそらして銃を撃つことなど出来るのか。


 大翔は銃を撃ったことがない。持ったはいいものもこれでどうにか出来るのか。


 だが何とかするしかないのだ。

 紫花菜の父さんは大翔に標準をつけた。

 銃を持って走り回っている自分に狙いを変えた。


 銃を持った。この状況を変えるのは大翔だけだ。


 これ以上の犠牲者を出さないようにするには大翔が何とかするしかない。

 紫花菜も、ここにいる人も、紫花菜の父さんも助けないといけない。


 急いで逆回転と体を低くして机から転げ落ちる。

 靴机に一発弾がめり込んだ。

 そのまま大翔は背中で衝撃を受けながらも寝転がって銃を構えた。


 その銃を持っている肩を撃つしかない。


 距離は10メートルくらいだろうか。

 紫花菜の父さんはたて続けに撃った。

 だが狙いをつけていない、片手でそれは大翔に当たらなかった。


 体が寒い。

 緊張と恐怖で手が震える。紫花菜の父さんは本気だ。

 分からない。紫花菜の父さんがこれからどうなるのか。


 何故こんなことをしているのか。

 でも今は照準をつけることを第一優先だ。


 背中と片足で体を固定しずれないようにする。

 そしてかかととくるぶしの間で膝を挟んで足を固定し、その足で銃を固定化する。


 これなら子供である大翔でも狙いをつけて撃つことが出来る。

 何より紫花菜に当たることはない。


 でももし外したり、相手がかわしたりしたら……


 絶対に当てなければならない。

 これ以上紫花菜の父さんに人殺しをさせるわけにはいかない。


 助けなければ。紫花菜は泣いている。

 ずっと父さんの体を叩いている。

 何とかして止めようとしている。


「はーくん!!」


 そして…………………


 

 体の感覚がなかった。

 余りの衝撃に脳が刺激を拒むようになったのか。


 でも徐々に感覚を取り戻し大翔の手に衝撃があることに気づいた。

 痛みもない。


「パパ?」


 何か倒れる音が聞こえた。

 悲鳴やそして何より叫んでいた紫花菜の父さんから痛みを上げることがなかった。


 目を開けると


「何で……?」


 紫花菜の父さんは倒れていた。頭から血を流れている。

 紫花菜は揺らして起こそうとしている。


 その目にあるのは悲しみと喪失感。

 それではまるで……


「おじさん……?」


 信じられなかった。

 紫花菜の父さんは動かなくなってしまった。


 まるで死んだかのように。


「救急車‼ 早く警察を中に入れろ!!」


「助かった!! 助かったぞ!!」


 周りの歓声が、警察の声が、自分がやってしまった事を、取り返しのつかないことを強く認識させる。


「あ、……」


 大翔は急いで紫花菜の父さんに近づいた。

 応急処置を。血を止めないと。

 

 近づく前に強い衝撃が加わる。

 紫花菜だ。紫花菜が大翔を押したのだ。


「何でお父さんを殺したの!!!」


 その憎しみの声に。

 憎しみの目に。

 

 そして殺したという声に。

 紫花菜の父さんは死んでしまったということに理解してしまった。


「起きて!! お父さん!!」


 その自分の手に着いた血に。

 衝撃をしびれた手に。薬莢の臭いに。


 誰が殺したか。それも理解してしまった。


「嫌!!!! お父さん!! 目を開けてよ!!!! いやあああ!!!!!!!!!!」


 紫花菜が泣き叫んだ。


 記憶が思い起こされていく。


 一緒にお風呂に入ったこと、一緒にご飯を食べたこと。一緒に遊園地に行ったこと。一緒に買い物に行ったこと。一緒に同じ部屋で寝……


「うわああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 意識が途切れた。


 //////////////////////////////////////////////////////////////////////////////


 紫花菜は騎士たちが寝泊まりしているスペースに入った。

 大翔にお礼を言えなかった。

 結局赤ちゃんが寝ついてから空間魔法で元の場所に戻された。

 見張りを続けないといけないためそのまま別の場所に移動して別れた。


 だがどこにいるのだろうか。

 大翔は英雄フラガリアの子供という。

 戦争を終わらし王様になって国をよく変えようとした、とても徳の高い人物の息子だと。


 おそらくかなりの好待遇を受けているはずだ。


 大翔は将来の王子様とか正直そんなことを言われても全く分からない。

 ただわかるのは、大翔は皆に讃えられている。皆に頼られている。


 ヒーロースーツを着て、皆の困りごとを積極的に助けようとしている。

 それを許される。そしてたびたびほめている兵士がいる。


 皆父さんのことを知らずに。

 心の中にずきずきと痛みが走る。


 大翔は紫花菜に会おうとしなかった。

 紫花菜も大翔に会う事はしなかった。


 その間に大翔は天使の子供として、そしてヒーローを名乗ることをした。

 

 流河が最初に大翔の事を言ってきてくれた。

 大翔に話し合うかどうかとアスハに言われたが断った。


 血を見て、死んでいく姿を見た後に大翔を見れば、もう心が耐えられないとそう思ったからだ。


 辞めよう、大翔にお礼を言いに来ただけなのだ。


 結局どこにいるのだろうか。

 どこか中枢や最も硬い所にいるはずなのだが、そこに紫花菜が入れるわけもない。


 何処か通る場所で待てばお礼を言えるだろうか。

 でもここの内部をすべて把握しているわけではない。


 誰か兵士にそう伝えるように言えばいいかなと、そう思っていた所流河に出くわした。

 兄弟である流河ならついていけば大翔に会えるかもしれない。

 そう思って声をかけた。


「流河さん」


「あ、あぁ!! どうしたんだ、こんなところに」


「その、昨日雨降っていた時に大翔君に助けてくれて。お礼をしたくて」


「大翔が?……分かった」


 流河は腹違いの兄弟として見回りに顔パスだった。

 これでようやく重い荷が解けると、そう思ったのだが。 


 そして大翔の部屋の前に付いた。


「大翔? あや……はああああ!!??」


 流河が甲高い声を上げた。

 紫花菜は何があったのだろうと大翔の部屋を見た。


 大翔は寝ていた。隣の女性に包み込まれるように。

 女性は大翔の頭に手に置き、胸の所まで引き寄せているように思えた。


 流河の声が大きかったのか大翔は目覚めた。

 女性ももぞもぞと意識を覚醒しだした。

 

 大翔は頭を振ってそして流河と紫花菜の視線を見て、その視線の先に女性を見て


「誰?」


 とそう最初に呟いた。


 /////////////////////////////////////////////////////////////////////


 最悪と最悪が重なった。


「すまないな」 


 そう大翔の横にいた女性から会話が始まる。


「私の名前はリリィ・トリキルティス・ラングレー。外国からこの日本に来たらしいな」


 そうリリィは欠神をしながら自己紹介をする。

 しかし、自己紹介など頭に入らない。


 憂いに自己紹介聞けなかったのではない。

 そのリリィの身体のスタイルに思わず釘付けになっていたからだ。

 ボン、キュ、ボンじゃない。


 BOOOOOOOOON,kyuu,BOOOON、だ。


 声にでていなかっただろうか。

 今までこんなスタイルの女性を見たことがない。

 しかもめちゃくちゃの美人だ。


 茶髪とその黒色の目は西洋系のお姉さん系を思わせる。

 どれだけネットを漁ってもこれだけの美貌とスタイルの人を見つけられないが流河の感想だ。


 しかも上はタンクトップだけだ。

 これだけでかいと寝ている間はきつくなるのかもしれない。視線が外そうにも外れない。 


 理性など、恥などそこに存在しなかった。

 見逃せなかった。

 二度とこんな機会ないなら、変態の烙印を押されても見たいとそう思ってしまった。


 というより意識せずとも、顔が止まらない。

 リリィを見れば毎回視線が下、その動きをすれば揺れる者に向いてしまう。


「で、何で僕の所にいたんですか」


 大翔はまっすぐリリィの目を見た。びっくりするほど目が下に行かない。

 流河は信じられないような目で大翔を見て、大翔は一瞬此方を見て何と言ってそうな顔をしたが、リリィの言葉にすぐにリリィに顔を向ける。


「それはよく覚えていない」


 そうはっきりとリリィは言い切った。

 ここまではっきり言われるとどうしようも出来ない。

 大翔はふと何か気づいたのか


「お酒の匂い」


 そう大翔は自身の唇をなめた。

 

「は?」


「これ、相当度数が高い奴ですよね。どっからとったんですか」


「大翔?」


「もしかして酔っ払ってここまで来たんですか」


 そういって大翔は原因を追究する。

 流河と紫花菜は驚いた。


 リリィがどうやって来たのか。そんなことどうでもいい。

 大翔の口からお酒の味がする。それはつまり


「お酒を飲んで酔っ払ってここまで来たのか……探検したかったのかもな」


「一応見回りがいたと思うんですけど……どうやって突破したんですか……」


「……さあな。酔っ払った戯言なら話せるが……しかし……」


 そうリリィは大翔に首に手を入れて顔を近づける。

 近い。一夜あったにしては余りにも密接した距離。


「でもそうなると私は君の唇を奪ったわけか。すまないな」


 そう大翔はキスされた。

 キスされたのにその反応は何だと言うのだ。

 照れるなら、年相応だ。だがその全く気にしない態度は。


「……ああ、別にいいですよ。慣れてますし」


 そう大翔は平然といった。

 紫花菜の前で。 


 それよりもと、大翔はそう前置きして


「僕は起きなかったんですか? ベッドに入ったのに寝ていたんですか?」


「さあ、酔っ払って分からなかったな」


「そう……ですか……」


 大翔は思案顔になる。何を思っているのだろうか。

 この状況で。紫花菜がいる状況で。

 

 何故紫花菜の事を考えないのだ。

 

「ごめんね。邪魔しちゃって」


 そう紫花菜は大翔に向けて話す。

 顔は極めて笑顔になっているという感じだ。完全に勘違いしている。

 流河はフォローしようとしたが


「昨日は助けてくれてありがとね」


 そう素早くいうと紫花菜は大翔から別れた。

 足は少し早く、止めようとした時にはかなりの距離が空いていた。


 これはむしろ進展的に下がったのではないだろうか。

 別の女性と寝ていたら、大翔は大丈夫なのだとそう思ってしまうだろう。


「君が天使フラガリアの子供か。それで君と君はどういう関係だ?」


 どうしようかと思うがリリィが大翔と流河に話しかけたので、もう止めようがなかった。

 リリィにそう質問され、流河は正直に答える。


「俺はこいつの家族ですよ」


「そうですけど、何か気になる事でもあるんですか」


 そう同時に答えると、リリィはほうほうと頷き、


「いや、天使と人間の違いが分からないなあって」


 そう大翔を近くからじろじろ見たり、手を触ったり、お腹を触ったり。


 大翔はなすがままだ。

 大翔は……違う。これは気にしていないやつだ。


 照れたり、恥ずかしくなったり、嬉しそうでもない。

 自分が触られようがどうでもいいという感じだ。


「何か興味があるんですか?」


「……私は民俗学が趣味だからな」


「民俗学?」


「色々な資料、家屋、歌謡から日常の暮らしと文化を明らかにする学問でしたっけ」


「そうだ。天使、もとい異世界の暮らしに興味はある」


「それで君は……君は普通の人間のように見えるが?」


「そうです。腹違いの兄弟……」


「腹違い?」


 そうリリィは言葉を反芻する。


「……そうか」


 意味深な返事は流河を困惑させる。

 大翔は思案顔のまま別れることになった。

 まだあるのだろうか。


 でも流河には想像がつかなく、そして忘れてしまうことになった。

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