第2章2話「はじめての魔法」
流河は動けなかった。
誰かに捕まれていたからだ。
その手の感触は覚えている。
忘れるはずもない。この手はモレクの手だ
「死ね」
そういってモレクの声に合わせて手に光り始めた。
顔がだんだん熱くなり、頬が熱で溶ける。目が焼けて何も見えなくなる。
顔が骨ごと熱によって溶ける。指が顔の内部に入り込んで……
「あああぁああ!!!」
流河は大声を上げた。
手で顔を確認する。顔のパーツがあるのか、どこか溶けていないのか。
顔がある。目も見える。
震えが止まらない。
モレクに殺されそうなときの光景が夢に出てきた。
もし一秒でも大和が、ペルシダが遅れていたらああなってしまったのだ。
今度はどうなる。
前は顔を溶かされそうになって、腹が貫かれた。
胴を真っ二つに割かれた女性。顔が半分銃弾で飛ばされた男の顔。上半身が瓦礫で潰れて、足が少しだけ上がっていた子供の遺体。
自分もあんなことになるのだろうか。
胃の中のものが逆流しそうになった。
恐怖が心を内臓を締め上げる。
「はぁ……はぁ……」
大きく呼吸して心を落ち着かせたかったが、直ぐに口を閉めた。
周りは誰も流河を見なかった。
部屋は真っ暗だ。外の光がかすかに見えるから明け方くらいだろうか。
―――……寝れねえ。
大翔に頼らせてといわれた。
流河も大翔に心配かけたくないくらいにはなりたい。
でもまだ立ち直れていない。
今の姿を大翔に見られてしまえばどう思うだろうか。
前に進んで毎日訓練を頑張っている大翔が見れば。
それに迷惑をかけてしまった。
複数の人が寝ているこの中で朝から叫び声を挙げてしまった。
流河もたまに誰かの叫び声で起きたことがある。
その時に誰かが舌打ちすることも聞いたことがある。
今誰かはしたのだろうか。
分からない。
やらかしたのに、堂々と寝入ることも出来なかったというのもある。
でも何より目をつぶるのは怖い。
またあの夢を見てしまう気がする。
情けなさと申し訳なさ、そして体のだるさと心のしんどさを抱えて流河は外に出た。
目覚めが最悪だ。
正直日があるところで少し座って眠りたい。
でもそれをしてしまったら何か元に戻れなくなりそうで出来なかった。
だるい体を無理やり動かして、流河は前に進む。
なんとなく角を曲がってみるとそこには車花がいた。
服の面積が最小限だ。ハーフトップにハーフズボン、そしてパーカーと全身黒ずくめで剣を振っていた。
へそが出ている。服の材質から見るにおそらくスポーツウェアだろう。
異世界の人でもやはり現代の服というのは機能性がいいと感じているのだろうか。
車花は、基本的に身なりはきっちりしている。
でもこうやって肌を露出した服を着ているということはおそらく毎日ここに誰も来る人はいないということなのだろう。
それとも単純に気にしないタイプなのか。
車花にこちらに気づいたのか車花からは「珍しいわね」と言われた。
「いつもこんな早くに体動かしているのか」
「私ショートスリーパーだから。むしろもっと体動かしていないと寝れないのよ」
「そういえばお前もそうだったな。でも、すげえよ。俺なら時間があるってゲームとか動画を見ている所だ」
例え眠れないとしても、それで自分の身体を律しようと思わない。
遊ぶ時間が増えて、やったとしか思わない。
流河はすごいとはそう思うが、車花はそれを受け取らず
「別にすごくないわよ」
そういって車花は首を向けた。
そういえば少し音が聞こえる。
隔てていた建物の先に流河が行くと
「何やってんの?」
車花が歩くと、そこには大翔は逆立ちになっていた。
しかも近くには風や氷、炎が明日の方向に向かって放出されていた。
「早いね、兄貴。見ての通り筋トレだよ」
「まじか~。これが筋トレか~」
トラックの下に大翔がいた。
逆立ちになって魔法を放ちながらトラックを錘に筋トレをしていた。
「今まで力をかける機会もなかったし無意識にセーブをかけていたから、初めてやったときはびっくりしたよ。筋肉があれば、魔力づまりになってももっと負傷しないで済んだかもしれなかったしね」
「え、あの結晶って、戦いの終わりにでてきたものじゃないのか?」
「あぁ、うん。そうだよ」
「そうだよって……お前フィジカルで勝ったのか?」
思わず大翔に一歩引いてしまった。
あの怖い悪魔を魔法も使わず、それも肉に意思が食い込んでいる中フィジカルで勝ったのはそれはそれでドン引きする。
「いや、背中につけている剣があるでしょ。あの剣は魔力を吸って魔法が撃つことが出来る魔剣なんだ」
大翔は背中に確かに変な剣を背負っていた。
ジェイドや他の剣士や騎士の剣を見るが、こんな漫画のようなデザインの剣を持っている所を見たことがない。
「え?」
「だからこの剣は魔力を吸って魔法を使える仕組みがあるからそれでなんとか……」
「ちょっと、ちょっと待て……」
眠気で動けそうになった頭が勢いよく回転する。
興奮によってだるさも眠気も心の恐怖も全て消し飛んだ。
そして一つの仮説が出来た。
「じゃあ、俺も魔法を使えるのか!!」
「あ、ちょっと……危ないって」
大翔は体がよろける。
トラックが揺れて潰れてしまうじゃないかという不安は全く考えられなかった。
冷え切った熱が一気に熱くなり、他の事など頭の片隅になかった。
「俺も魔法を撃てんのか!! アニメとか漫画のキャラみたいに!!」
「あ~~まあ、使えないことは……ないんじゃないかな……」
「やらせて!!」
「いいけど……なんでそんなにハイなの?」
「お前こそなんで興奮しないんだよ!! 魔法だぞ!! 風を飛ばしたり空を飛べたり出来るんだぞ!! なあ、車花もそう思うだろ!!?」
「別に……」
「そんな状況じゃなかったし……」
二人とも反応が希薄だ。
夢がない。
魔法とは人々に夢を与えるものだというのに。
それを楽しめない二人がかわいそうだと思うくらいだ。
「それで何がしたいわけ?」
「じゃあ、土の塊を生やしてみたい!! 漫画のキャラみたいに!!」
頭の中で思いつくのは長髪の金髪のキャラだ。合唱をした後地面に手を置くことで土の柱がでるやつだ。
あれも土なのか、鉄なのかよくわからない。
だがそんなことはどうでもいい。
数々の漫画のキャラが使ったであろう、柱や壁を作る。
足からビルぐらいの大きさの氷の塊を出すキャラもいた。
スケールがちいさくてもいいからあんな感じのものを一度やってみたい。
後は空だ。この大都会を空で飛んでみる。
でもそれは大翔に頼もう。自分一人で制御するのはあまりにも怖すぎる。
「そこまで鼻息荒くなる? まあ、いいよ。じゃあ、はい」
大翔から魔剣を貰い、流河は剣を構えた。
軽い。身体魔力を纏っているのか剣は見た目よりも軽かった。
「じゃあ魔力を貯めてくれるか」
「いやいらないよ。もともとこの剣は信頼関係を結んだ相手の魔力を貰うのがこの剣なんだ。僕は魔力詰まりするからこの剣に移動させて撃つけど。元々は強敵相手に仲間の魔力を貰って強力な魔法を撃つことがこの剣の使用方法なんだって」
「そうなのか。じゃあ早くやってくれ」
話の内容にはついていけなかったが流河の言葉に大翔はため息をして頷いた。
そして剣が震えた。
重く、脈を打って血液が流れるように大翔から魔力を受け取っている。
魔法を撃つことができない流河でもそれを感じることは出来た。
「魔法って言うのはどう打つんだ?」
「イメージでいいわよ」
「でも、授業で詠唱がどうとか言ってなかったか? 詠唱を教えてくれないと」
流河は魔法を使えないことにショックで、全てを身に入りきれなかったが覚えている事はある。
魔法とは詠唱によって発動するものだと。
「それは実践的な考え方ね。魔法を撃つだけなら基本的に詠唱はいらないわ」
「そうなのか?」
それは意外な事実だ。戦闘訓練というのを見させてもらったが、詠唱する人がほとんどだ。
車花は無詠唱で魔法を撃っていたので、車花は特別なのかと思っていたが、以外とそうでもないのだろうか。
「詠唱はイメージしたものを言葉に紐づけているの」
「というと?」
「魔法を撃つときは基本的にその時に起きる光景をパラパラ漫画で色までつけて描くのを頭の中でイメージするのがいいわ」
そういうと車花は岩石を出す。
それを前に飛ばして岩石は地面にぶつかり砕け散った。
「例えばこれは初級魔法だけど、岩を飛ばすパラパラ漫画を描くなら簡単に描けるでしょ?」
「ああ」
流河は頭の中で車花がやったことをパラパラ漫画でイメージする。
一ページにどれくらい進めるか、角度、大きさ、威力。太陽による影から、その速さに空気が切れる情景が思い浮かべる。
それは直ぐに終わった。
「流河がやりたい岩の柱を出すのは上級魔法。じゃあこれをパラパラ漫画で描くとなると今だったら行けるけど、戦いの最中だとどう?」
「時間がかかるな」
パラパラ漫画でやると、岩石を飛ばすより描くものが大きい。
それを、射出速度や、大きさなど描くのはとても時間がかかる
「まあ、簡単に言えば無詠唱は才能のない人なら時間がかかるけど形は魔力を入れる限り自由に威力や形をいじれる。詠唱すれば形や軌道は変えられないけど、そうやって形や威力を考える時間は無くなって戦いに集中できるってことね」
「ああ、なんとなくわかったかも」
詠唱とは固定化させて反復できるようにしているのだ。
コピペのようにいちいち打つのがめんどくさいから機械に覚えさせて反復させるのを人の頭でやっているということなのだろう。
民間人に詠唱で覚えさせるのは、何か危険があればそれを唱えるだけでいいからだ。
わざわざイメージしないといけないというより、詠唱すれば身の安全を保障できるといった方が流河達民間人には使いやすいだろう。
そして授業で詠唱や無詠唱の違いを教えるまでもない。
「じゃあ、中身は全く同じ魔法でも別名があるってこと?」
「そうよ。といっても大抵は先人のものが流用させるわね」
「なるほどな」
ファイアボールが、火弾でもあるいはフジカワと叫んでも火の玉が飛んでいけばなんでもいいということか。
意外と魔法は自由だ。
戦いに重きに置いていると考えられるだろうか。
大翔が好みそうな考えだ。
「話を戻すけど今は命中することとか強度とか考える必要はないから、あなたがイメージすればいいのよ」
「でもイメージって言われても魔力をどう使えばいいんだよ」
魔力はなんとなく感じる。
でも全くここからイメージが湧くことが出来ない。
魔法は失敗するといっていた。もし変に撃てば失敗してしまうかもしれない。
「剣の中の魔力を分けて感じるの。精神魔力は乾いた粘土。身体魔力は水。水を混ぜた粘土を取って自分が望むものを形づけるようにすれば撃てるはずよ」
「分かった」
流河は目を閉じた。確かに二つある。
精神魔力と身体魔力を分け、形を整える。
ようは幼稚園の工作と同じだ。
ただそれが粘土から魔力になっただけなのだ。
頭の中のイメージが、魔力を岩の形に変化する。
望んだ方向に土柱が出てきた。
「やべえええええ!!」
岩が崩れる音がした。
でもそれはちゃんと魔力で形成できていないからだろう。
動いた。
形を変えて針にすることも、自分の足に大きな岩柱を立てると、視点が高くなり、大翔の頭の位置に自分の足があった。
大翔が氷の的を作ってくれた。
氷の的は全て一定の速度で飛んでいく。
流河はそれを予測して、狙い打った。
氷は見事に飛び散り、下に落ちる。
砕け散った音がとてもここちよく、鼻を膨らませる刺激だった。
と思ったら足場が少し崩れ、足の一部が宙に浮いた。
「今岩が崩れたけど詠唱はそういった魔力を自動的に引っ張ってくれるから安定の側面もあるから戦いでは詠唱を使うことが多いの」
流河は足場である岩を崩して、ゆっくりと地に付いた。
そしてすぐに車花に近づいて、興奮のあまり車花の肩を掴んでしまった
「お前、前から思っていたけど教え方が上手いよな!! マジ、教えてくれてありがとな!!」
車花のおかげで魔法を撃つことが出来た。
気分はかなり良くなり、むしろ楽しさを感じることが出来た。
そういえば勉強の時も車花は教え方が上手かった。
大翔に教えてもらうよりも何故か車花の方に教えてもらった所が頭に残りやすい。
それに車花は驚き、それから何か思うことがあるのか少し顔に影が入った。
「はあ、これくらい熱意があればいいのに……」
車花のため息まじりにそんな言葉が出た。
それに大翔が反応する。
「そういえば学校はどうなんですか?」
「みんなあまりやる気がないわね。せめて防御魔法でも教えてあげればいいんだけど」
「……大変そうですね」
「でも私が選ばれたもの。ちゃんとやらないと」
その顔は憂いの表情だ。
まだ18歳だ。威厳も出ないし、また出せない。
叱るといったストレスを与える行為をあまりできないのだろう。
「なるほど、そうですか……」
と大翔は何か考え込んでいる。
でも今の流河は全く気にならなかった。
「他にも魔法教えてくれよ!!」
空を飛ぶことは出来ないかもしれないが、宙に浮かぶことは出来るかもしれない。
いつか海にいけたら、海の上なら飛ぶことも出来るかもしれない。
空を飛ばなくても、色々魔法が使えるなら一度は試してみたい。
詠唱での魔法も一度やってみたい。大翔は知らないだろうし、車花に教えてもらうしか他がない。
「いやよ、私これから今日の授業の準備をしないといけないの」
「じゃあ、授業終わってからは」
「小テストの採点と他の授業の進み具合などの会議があるわ」
「じゃあ…」
「訓練の時間」
「冷たすぎない!!?」
せっかくのチャンス、岩だけでなく他にも魔法を撃ってみたいのに。
かっこいい魔法と、魔法名があるなら一度唱えてみたい。
「私は、自分の与えられた仕事をこなさないといけないの」
「……僕にも魔法教えてくれませんか?」
そう大翔が言った。
「…何でよ?」
「ちょっと気になることがあるんです」
そういって大翔は、緑色の目を光らせて車花を見ていた。
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