『東京23区西部防衛戦」
第2章1話「日常days」
「起立!!」
少年に合わせて流河たちは席を立ち上がる。
大きな教室で100人以上が一斉に立ち上がり大きな音が教室に響いた。
「礼!」
高校になってからいつしかやらなくなったこの挨拶。
目の前にはセーラー服を着た中学生の女の子やランドセルを机の横にかけて座っていた男の子がいる。
これが流河達の新しい
非日常な毎日、常に非ずな毎日を過ごしている。
「次は魔法の授業だったな」
そういって先生は車花に向かってチョークを渡した。
車花はそれを受け取り、そして黒板けしを青い光で宙に浮かして黒板に書かれていた文字を消す。
それを見て周りが驚くこともなく友達と談笑や、席で寝ている人もいた。
もう最初の時のようにいちいち魔法を使うたびに驚く人はこの中にもういない。
流河もまたそうだ。普通にあくびをしてしまった。
あの戦いから3週間が立った。
悲しみに呑まれることはあっても生きていくために行動しなければならない。
食料の調達、生活用品の運搬など生きるための労働をしなければならない。
そしてその間にジェイド達は様々な取り組みが行われた。
食料や衣服の配付はもちろん、民間人を守るために規制や規律が引かれた。
かなりの移動制限が含まれている。
何日もそれが続くのはかなりのストレスだろうが、守るためにはそうするしかないのが現状だ。
ただジェイド達は寄生するだけでなく、元にあった生活を厳しい状況の中戻してくれたのだ。
まず学校を再開した。
学校を置くことで様々な利点をあるからだろう。
生き残るための知識や規律を教えるため。また避難のしやすさがあるからか。
人が固まっていれば指示が通りやすく、保護も行いやすい。
子どもの命を確実に守る。
その約束が何よりも学校を認められた原因だ。
また学校が再開出来るほどの余裕があるというアピールになると大翔は言っていた。
でもやはり変化は大きい。
校舎は大学の校舎になった。教室の許容人数が多いからだろう。
学校での授業は基本的に体育が毎日二時間目に入っている。
もちろん体を動かすためだ。
授業も同じ授業が二時間続くことが多くなった。
また物理をやっていた先生が別の先生に変わったり、他校の先生が教壇にたって自己紹介を始めた。
やっていた教科の時間割が始まり、自己紹介から始まるのが流河は嫌だった。
同じクラスメイドも何十人も見なくなった。
学校も複式学校になっていて小学生や中学生がクラスの中に入れ混じっている。
授業も基本的にプリントと貸し出されたポータブルプレイヤーやタブレットに記録されている授業を再生する仕組みになってしまった。
常駐している先生が見回りに来て生徒の質問を答える形式で何とか授業を回している。
「では魔法学を始めます」
そして一番変わったことと言えば魔法について勉強していることだろうか。
協力していた自衛達の人たちに魔法を教えた所、戦闘には使えないが、日常生活や生き残る確率を上げれるくらいには使えることが分かった。
まず水を作り出すこと。
水といっても飲み水を作り出すのはまだ流河たちには早く、使うことが出来ないという。
水を作った所で、維持できなくなると残滓となって消えていく。
飲み水を作るにはまた別の特別な工程がいるらしい。
だが洗濯物を洗ったり、傷口を洗ったり、体を清めたり、トイレの水を流せるだけでも全然役に立つ魔法だ。
「今回は前に行っていた通り身体魔力の使い方を学んでもらいます」
そしてもう一つは身体魔力の使い方。
流れ弾や上空から破片でも大きな脅威だ。また血止めも出来る。
また身体強化魔法を使えるようになれば荷物持ちも少しは楽になるだろうか。
というのを身体魔力操作と共に事前に車花に教えてもらった。
授業で教えるのに何故か先に教えてくれたのだ。
学校が始めるより前に車花に直接言われた。
「何で俺だけ先に…」
「魔力量を上げてもらうためよ。魔法を毎日使えばほんの少しずつだけど伸びたらしいの」
自衛隊の人に試した所、ほんのわずかだが身体魔力が上がるという。
しかし、一カ月二カ月で変わるものだろうかと。
それに関しては未だに疑問がある。
前の授業は魔力と魔法の教えだけで終わった。
自己紹介もそうだが、魔法学の意味と魔法の紹介で大半時間が取られてしまったからだ。
驚いたのは魔力には二種類あるということ。
・一つに身体魔力。
魔力障壁とは一番初、ヘリが家に襲ってきた時に使った魔法らしい。
流河は防御魔法かと思っていたが、また別物らしい。
身体魔力は身体に常に流れている。
魔法の適性は身体魔力の量で決まると言われている。
・もう一つに精神魔力がある。
身体魔力とは違って常に脳辺りに留まっている。
これ自体に威力はないという。
ただ身体魔力と精神魔力を掛け合わせることで炎や水が扱えるようになるという。
「身体魔力を扱えることによって4つの魔法が使えます」
流河は生き残るためにも車花の授業を真面目に聞こうとした。
聞こうとしたが出来なかった。
何やら空気が悪い。
真面目に聞くという空気ではなかった。
命に関わる授業だというのに、何故こんな空気になっているのだろうか。
「まず一つ目が身体強化魔法。これはその名の通り体の力を強化するものです。血が出て止まらない時、瓦礫をどかさないといけない時に使います」
授業を聞く気のない人が多い。寝ていたり、スマホを触ったり。
今までなら寝ていようが、スマホを触っていようが気にしなかった。
「二つ目は防御魔法。これは瓦礫が落ちてきた時に使います。身体強化魔法と違って、面を作ることや、協力して大きな壁を作ることも可能です」
でもこの状況で、車花が教壇に立ってみんなの前で話している以上どうしても気になってしまう。
命に関わる事に真面目に聞かないのかと。
「三つめは探知魔法。これは相手が魔法を発動すればそこにどこにいるのか確認できます。相手を避けて移動することが可能になります」
「まずは魔力を見て、触れることで魔力を感じてください」
「できない」
そう言ったのは流河の前にいた人だ。
空気が静かになる。皆の目がその人に注目される。
流河は動けなかった。動くことなど出来なかった。
「無理があるだろ……」
10代の男の子だった。
流河が一年の時のクラスメイトだった男の子だ。
名前が思い出せない。
それは何故否定したかに関して頭が回ってしまったから。
でもこの男の子に関して思い出したことがある。
確か部活は……
「無理という話じゃないわ。身を守るために学んでほしいの」
「それで身を守ってその後どうなるんだ?」
そういって車花の傍に近寄る。
近寄るたびに教室に地面を突く音が聞こえる。
そのクラスメイトは杖を使っていた。
杖の下には片足が途中で途切れていた。
その音と、そして部活の事思い出した流河は動けなかった。
彼の心情を思うとなんと声を掛けたらいいのか分からなかったからだ。
「俺水泳でインターハイ狙っていたんだ」
「人生奪われて、夢奪われて。そもそもなんでインターハイに行きたいか分からない」
そういってそのクラスメイトは車花の前に立った。
その目にあるのは怒りもある。でもそれよりも諦観が強い。
それが顔全体に、体さえからも出ているのだ。
「お前が悪いやつじゃないのはずっと前から分かっている。でもこれ以上俺たちを縛るのはもうやめてくれないか」
「………」
「もう少し考えさせてくれ……」
その言葉に車花は返す言葉がなかった。
流河も何も出来ない。
その諦めに自分の心も当てられた。
まだ誰もが立ち直っていない。
部活も再開された。
だが半数以上が参加できていない。
何かを目標を持っていた人からしたらその目標が消え、このまま大学に行って、就職してというレールに乗っていたもの達はレールから外された。
メンタルケアが必要だという人が後を絶たない。
そのメンタルケアをする人すら戦災で心を痛めている。
そして、ここでもまだましなのだ。
ここにいる人たちはほとんど家族が無事だったもの、比較的メンタルが安定している者達だった。
ジェイド達が演説していた時のあの暗い空気よりも、ここはもっと軽い。
男の子は教室から抜けた。他の人たちも抜ける人が続いていく。
授業は続いた。
でも空気は最悪で、流河も何とか車花の授業についていけたくらいだ。
車花は魔法を教えるも、皆気が入っていないのかほとんど失敗に終わった。
これからどうなるか。周りが洗脳されていて助けは来ない。
民間人を犠牲にジェイド達を表に引っ張り出したのだ。
今、ジェイド達にデバフを与えることは何か。
それは民間人を保護してもらうことだ。
民間人が減れば守る人が少なくなり、その分攻撃に回る。
ならジェイド達の戦力を減らすためには、相手は民間人をジェイド達に押し付けることが正解だ。
だから相手もそこまでして攻めなかったのかもしれない。
親衛隊の悪魔二人で止めたのも、ジェイド達が民間人を諦めて引き籠ったら面倒くさいから。そう言った理由もあるかもしれない。
もし洗脳された場所に民間人が入ってしまえば、見せしめに殺されるかもしれない。
自分たちは殺してもいい存在だと相手に見られていて、乞うことも出来ない。
一つ向こうに行けば平和な生活があるのに、そこに行くことは出来ない。
もし洗脳されていない人がそこに行けばどうなるか分からないから。
行こうとするものはいる。
だがそれがどうなっているのかは流河も知ることが出来なかった。
明日が来るのかすら分からず、かといって魔法という世界では何も変えることが出来ない。徒党を組んでデモをしようが相手には格好の的になるだけだ。
未来は失われて、これから自分は何のために生きていったらいいのか分からない。
そもそも生き残れるのかどうかすら分からない。
皆これからの将来の憂いに、車花の言葉に耳を傾けようと思う人はこの場にいなかった。
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