第1章20話「世界を変える」
赤ちゃんの泣き声が部屋を木霊する。
大きな声だ。耳を塞ぎたい。
流河は耳が痛くなりそうなのを我慢して、赤ちゃんを産湯につけ首を支える。
それを18歳になった流河が見ている。
これは夢だ。
昔どう思っていたか、幼き時の記憶に流れていく。
幼い時の流河が目の前にいる。
頑張ったとその当時思っていた。
父ちゃんの言うことを聞いて頑張った。
ぶよぶよして、体が柔らかく、少し力を加えるだけで壊れてしまうくらい弱弱しい。
産湯につけて、首が折れないように全力で赤ちゃんを支えようとしていた。
ただ言われたことを一生懸命やる。
そのこと以外は何も考えないようにした。
それをすれば何か欲しいものを買ってもらえると父ちゃんに言われた。
でもそんなことに頭はなかった。
失敗しては駄目だと子供ながらそう思っていた。
父ちゃんは血の付いた手袋をとって、自分から赤ちゃんを抱きあげおくるみをつけて白金の髪の女性に渡す。
女性は布団の中でその赤ちゃんを優しく、抱き上げた。
「可愛い……」
赤子は大きな声で泣き続ける。
顔は真っ赤で自分が生まれてきたことを示すかのような大きな声だった。
女性は目から涙を流して赤ちゃんを見つめていた。
「本当に良かった……元気に生まれて……」
優しく、けど力強く、その子供を感じるように深く抱きしめる。
流河にはどうしてかわからなかった。
その女性も、父ちゃんも泣いている理由が。
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流河が目を開けるとそのすぐそばには横にはうつぶせで寝ている大翔がいた。
服はぼろぼろで血だらけで半裸の状態だった。
腕は大きな黒い結晶で見えない。
でも黒い結晶はクリスタルのように内部が見えた。
内部は赤と黒でいっぱいだった。
そして憔悴しきった顔。
かなり考えたくないような状況だ。
「大翔!!」
その声に大翔はぴくっと体を動かした。
目覚めてはくれなかったが、生きている。
呼吸は荒いものも頭や体から血が出ていない。
とりあえず峠は越えているように見えた。
ほっと息をついた。
生きていてくれた。
そういえば流河は腹を貫かれて、切られていたがどうなったのだろうか。
腸が出ていた。
かなりの量の血が出て、口から血が溢れていた。
直ぐに意識を失った。
そのままショック死だってあり得る話だが、まさか地縛霊に鳴ったりしていないだろうか。
「痛ぁ」
痛みはあることを知覚した。
そっと下を見ると、包帯が蒔かれていた。
少し血がにじんでいる。切り傷が包帯から顔をのぞかせていた。
「あ~~」
声も出ている。
痛い。痛い、痛い、痛い。
意識もある。
考えることが出来る。
手を動かせる。
手で顔を抱えることが出来る。
生きのびることができたのだ。
「ここは……」
周りを見ると怒声や叫び声が聞こえる。
ここは医務所なのだろうか。
横目で見ると奥の方で忙しそうにまた、簡易ベッドが置かれている。
爆発の音は聞こえない。
それに騎士が血で汚れてもいいようにエプロンと手袋を使っている。
戦いは終わったのだろうか。
確認が取りたくても痛くて取れない。
それにたとえ今戦いが終わってもまだ相手の攻撃だってある。
初めて衛生所に来た時大勢の負傷者がいた。
ビルも大勢破壊されていた。
しかも東京で行われたのだ。
戦闘が終わり、生還者を救助されれば治療人数も守る人数も馬鹿ならない。
流河の傷が包帯で巻かれているのもそうだ。
回復魔法を使うことが出来ないくらい切羽詰まっているのだろう。
他の人も包帯を巻かれている。
流河お腹は後ろまで貫通していた。
でも後ろ側に痛みも、濡れている感覚もない。
致命傷の部分は直してくれたということなのだろう。
自分の体の状態を確認したところで大翔の状態をちゃんと観察しようと立ち上がろうとした時だ。
手に柔らかい感触がする。
その柔らかく暖かい感触がするものが手を包んでいた。
どこかなじみのある手。
反対側を向くと
「ペルシダ?」
ペルシダは座って寝ていた。
首がこくりこくりと動いていて非常に可愛い。
ペルシダもまた生きていたのだ。
思わず頭をなでたくなる可愛さだ。
してはいけないとは思う。でも疲れて切った頭に理性など残らず、ただその頭を撫でてあげたいと手を出していた。
だがペルシダはその声に反応して、流河の手が頭に触れる前に目を開けた。
目が合った。
ペルシダは突然嬉しそうな顔をして
「流河!!」
ペルシダが思いっきり抱きしめてきた。
こちらが異世界の人の体なら抱きしめ返して、喜び会えたかもしれない。
だが、流河は流河。
普通の人間ではペルシダの力に耐えられることがなかった。
再開の喜びの感情はすぐさまエマージェンシーを挙げた。
「ぎゃああああ!!」
「流河!!?」
急激な痛みのショックなのか、意識はまた暗闇の中へと落ちていった。
―――星だ。
そしてまた目が覚めたら辺り一面星だった。
今度は芝生で雑魚寝にされていた。
周りはまっくらだ。電気もついていないので、逆に星がきれいだった。
自分の体を見る。
腰の痛みが少しあるが、包帯は取られていた。
一度起きた気がするが記憶があいまいだ。確かものすごい痛みで……
ふと横を見ると、そこには白金の髪の色をした男の子がいた。
男の子は三角座りで顔を腕で囲っていた。
恐怖から自分を守る子供のように。
「大翔?」
その声に男の子はびくりと震えた。
首が動き口を開く。腕と髪でほとんど見えなかったがその声は
「そうだよ。……兄貴」
大翔の声だ。
生きていてくれた。流河に会いに来てくれた。
立ち上がって大翔の顔をちゃんと顔を見たい。ちゃんと見て安心したい。
でも流河に背中をあげる力がなかった。
流河は力を入れるのを諦めると、少し大翔の目が赤くなっていたことに気づいた。
泣いていたのだろうか。
さっき見た大翔の腕には結晶がない。
かわりに包帯でぐるぐるにまいている。治療されているようには見える。
だけど体の震えが止まっていない。
「大丈夫か!!」
体に力が入り、大翔と正面から向き合う。
そのつもりだったが体のバランスが崩れた。
まずい、そう思う前に大翔は直ぐに助けてくれた。
腕で流河の身体を支える。
そして大翔の口からうめき声が出た。
そして顔はしかめた。
こんなしかめた顔を見るのは珍しい。
「腕、痛いのか!!?」
「大丈夫じゃないよ……」
大翔は流河を支えるとすぐに離れた。
――もしかして、避けられてる?
大翔は疲れているのだろうか、体から覇気がない。
流河に遠ざかった。
もしかして今少し嫌がられているのか。
せっかく再会できたというのに。
大翔はため息をついた。
「麻酔なしで腕にドリルを入れて石の摘出されたんだよ…………まともじゃない」
「そ、それは痛そうだな」
それは考えるだけで血の気が引きそうな内容だ。
頭を振り、その妄想をやめることにした。
大翔だ。白金の色をした髪はともかく黒い目に憎たらしいイケメンの大翔だ。
自分たちのために悪魔に立ち向かってくれた大翔だ。
「兄貴も大丈夫なの?」
「あぁ、平気、平気。痛みはねえよ」
「……そうなんだ。みんなは?」
「全員衛生所の中に連れて行って、そのあと戦場にでたから分からないけど、たぶん大丈夫だと思う……元気かは分からないけど」
「そっか……」
会話は途切れた。大翔は夢うつつの状態だ。
服のぼろぼろさを見るに激しい戦いだったのだろう。
体から出てきた結晶に大きな痛みを伴ったのだろう。
体から気力を感じなかったのは気が抜けているのだろう。
だから抵抗はなかった。
「良かった……」
良く生きて帰ってくれた。
流河は思わず抱きしめてしまった。
大翔の頭を手で自分の肩に押し付ける。
頭も体全て抱きしめれた。
熱が伝わってくる。生きているのだ。
思わず力を入れて、大翔の身体を強く抱きしめる。
その存在を心でも体でもちゃんといるのだと感じれるように。
「良かった……まじで良かった……」
「……あ……」
声もその体も大翔だ。
涙が出てきた。涙は止まらず大翔の肩を濡らしてしまう。
本当に、本当に良かった。
何度も死にかけた。
何度も命を狙われた。
でも生き残ることが出来た。
大翔は生きていてくれた。生きて帰ってきてくれた。
家は壊された。でも大翔が生きていてくれる。
ただ大翔が生き残ってくれて、ただそれだけが嬉しくて、感謝の気持ちがいっぱいで。安堵の気持ちと共に死にそうだったことを思い出す。
恐怖を思い出した。
悪魔に殺されそうになった恐怖。
ロボットに立ち向かった恐怖。
それらは安堵に変わっていっている。
全て過去になっていくのだと感じた。
まだ無力感や不甲斐なさは心の中にあるが、恐怖は少し安堵に変わっていきつつある。
いろんな感情で心がぐちゃぐちゃになる。
でもこうやって抱きしめていると、ただ生きている事にただ喜びをあふれ出した。
家族が生きて話すことが出来る。こんなに幸せなことはないとそう初めて知覚出来た。
「ふざけるな!!」
子供の声が聞こえる。
大翔をしばらく抱きしめようとしていたら怒声が大きくなる。
何かトラブルがあったのだろうか。
すると大翔はそっと流河の体を押した。
頭に手を回し、寝転がらせる。
突然の事に体は動かなくなる。
「え?」
「行ってくるよ」
「は?」
「止めてくるよ……。また……後で」
そうして流河は熱を失った。
大翔はとぼとぼとその怒声を上げているところに行く。
呆気を取られた。声も出せなかった。
今の状況で自分は捨てられたのだ。
そうして流河は家族との再会を終えた。
喜びも家族と会えて話す幸せを流河は失った。
でも、
「ふ、はは」
ふざけるなとそう大翔に思ってしまった。
でも、らしいと言えばそうだとも思えた。
大翔は人が困っていたら見過ごせない人だ。
いつもの日常がなくなってしまったが、人の根っこは変わらない。
さっきもそうだ。
流河だけが勢い余って大翔に引かれた。
少しくらい許してもいいと思うが。
でも抱き着くのが気持ち悪いくらいの方がちょうどいい。
そうだ、どんなに状況が変わったとしても変わらないところがある。
「綺麗な星空だ」
前を向くと星が目一杯見ることが出来た。
顔を横にする。ライトがあるあたり電灯はつけてはいけないことになっているのだろう。
東京でこんな星空が見られるとは思わなかった。
怒声交じりのこの星空を見る。
戦いは終ったのだと心から思えた。
戦いが終わった。
いろんなことがありすぎた。本当にいろいろとだ。
変わってしまった。
もうあの星空が見えない日常に流河は戻れるのだろうか。
星空を寝転がって見ることが出来る機会はまた訪れるのか。
学校の友達は、近所の人。まだ確認できていないことは山ほどある。
不安や心配事はたくさんある。
でも今だけは戦いの終わりだということを、星空を見ることで浸ることが出来た。
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星空を眺めていると車花に起こされて、再び下水道に通ることとなった。
正直戦いも終わったことにしばらくは浸りたかったが、気になることもあるので車花についていくことにしたのだ。
「学校の人たちはどうなんだ?」
「商業施設、駅、部活の人たちは助けやすいから……ほとんど無事よ」
「……そう、なんだ」
話が重くなる話だと分かり直ぐに話を終わらせた。
流河も聞きたくなってしまったが、聞くだけの余裕がない。
でも学校の人たちはほとんど無事なのだ。
それだけでもわかって良かった。
「しかし、お前マジで異世界の人なんだな?」
となると今気になって、気楽に聞けることはそれだ。
あれほど魔法を使っていたので、当たり前といえばそうなのだが、改め隣にいた人が実は異世界からきていたとは思わなかった。
今にして車花を見ると、かなりの日系よりの顔つきだ。
だから学校にも
よく生き残っていたなと改めて車花という人物との出会いを再確認した。
「それはこっちのセリフよ。あんたは魔法使えないの?」
「俺が魔法を使えるなら、今頃捕まっているよ」
「確かにそうね。聞いた私がばかだったわ」
そうやって、流河を貶すところも変わらない。
普段なら怒るところだったが、不思議と落ち着いてしまった。
車花は服を着替えていた。
騎士の服とは思いきや、レジャー施設で遊ぶアウトドアの服だ。
騎士や戦士の格好ではないのかと思っていると、通る道には騎士の服や闘士を思わせるような服を着ていた人が大勢いた。
警護のためだろうか。
「ペルシダといい、異世界の人きすぎじゃね? どこでもドアでもあんのか?」
もし全員死んでここにきたのならブッタも地球人全体がびっくりするほどの死者転生だ。
死んでここに来る以外に考えられるのは空間魔法か、後考えられるのは魔道具と言っていたやつか。
「基本的には空間魔法で来たのよ。多分私とペルシダが例外」
「ん?」
確かに車花と会ったのは小学生の頃からだ。最低でも10歳を車花はここにきた。
どうして車花はペルシダのように誰かに頼らないといけないと思ったのだろう。
異世界の人がどこでもドアのように来るのなら、隣に頼れる人がいるというのに。
「ついたわ」
車花の謎を考えていたらさっきいた場所についてしまった。
司令官がいる場所。おそらくもっとも中核になる場所だ。
何にも準備していないのはまずい。
「それで魔法が使えない一般人枠の俺に何の用だよ?」
頭を振り、車花にそう問いだす。
車花の謎については一旦後だ。
どう考えてもここに入る資格などない。
おそらくこれからの話し合いについて時間がものすごくかかるはずだ。
そこに流河が何を割り込むのか。
「あんたの弟とその母親の事よ」
その言葉に身が引き締まった。
そうだ。まだまだ気になることは山ほどある。
大翔の事。
なぜこんなにも多く異世界からなぜ来たのか。
どうして世界は洗脳され、支配されているのか。
それらを聞くことが出来る。
それに母親のこともだ。
大翔の目は黒色だった。
そして父ちゃんは母ちゃんと死別してしまった。
そして大翔が魔法を使えるというのなら母親も異世界人だ。
どういった理由で父ちゃんと会い、そして消えてしまったのか。
知りたい。
大翔のことを、まだ何も知らない。
今日一日寝られないだろう。
そして気になることが増え続ける。そういう意味ではものすごく助かる。
「でも、俺が入っていいのか?」
「ジェイドさんが聞いてほしいって。お礼と、そしてこれからのことを」
これからのこと。
それは一般人の流河も気になることだ。
戦いはいつ終わるのか。そして大翔はどうするつもりなのか。
車花が扉を開いた。
流河は背筋を伸ばし、深呼吸して首を上げる。
話し合いの時間だ。
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改めて見ると大きなスペースだ。
雨が来ても大丈夫なように作られたスペースを使っているのだろう。
そこにはリーダーであろう騎士の格好をした人。その傍に二人の戦士の格好をした人。
司令官、ペルシダ、そして大翔と知らない男の子がいる。
黒髪に黒目の男の子。あんなに小さな子が戦士なのだろうか。
でもそれはないと確信する。
その男の子は大翔のそばにいた。どこか友好的で幼いとそう感じた。
目つきはとても優しく無邪気だ。まだまだその男の子は子供だ。
なら二人の関係は何なのだろうか。
ペルシダと目を合わした。 ペルシダもお礼の為に呼ばれているのだろうか。
顔見知りがいたことと、ちゃんと生きているのかと安堵感が増す。
もし意識が落ちている間に怪我をしていたら、後悔してもしきれない。
一度見た記憶があるが、意識を失ってしまい
ペルシダに近づいて、話しかけようと目を合わせたらペルシダは申し訳なさそうに流河の視線を外した。
その姿に心に謎の罪悪感が現れる。
それはペルシダが美少女なのからか。何も記憶がないのに悪いのは自分なのだと思ってしまう。
流河は意識を失っている間に何かしてしまったのだろうか。
気を失っている間にペルシダの胸をもんだりしてしまったのだろうか。
大翔に助けを呼ぼうとしたが、大翔はこちらに目を合わせるも、すぐに頭を下げた。さっきから無気力だ。
喜びや嬉しさといった感情を持っていない。
せっかく生きて会うことが出来たというのに。
その男の子の対応もおざなりなのを見ると、本当に疲れてはいるのだとは思うが。
少し不満が心の中で出てくるが、些細な事だ。
疲れるのも無理もない。早く寝たいという気持ちもあるのだろう。
子供を産んだ女性が安堵で一杯になって直ぐ眠ってしまうのと同じだ。
あるいは死というものに心が一杯一杯になったのか。
だから後で話そう。
また幾らでも話し合うことは出来るのだから。
そう心の中で決め、不満を心の中で解消させる。
そして決意が決まったとき、大翔のとなりにいた隣の男の子がこちらに視線に気づいたのか目の前に近づいてきた。
「もしかして大翔のお兄さんですか?」
「そうだけど……」
そうやって返事すると男の子は顔をぱあっと輝かせる。
満面の笑みというわけでないが、顔は親愛を示した。
「僕の名前はアインスです。よろしくお願いします」
ものすごくにこやかな顔でアインスという名の男の子が手を差し出してきた。
反射的にその手に握手を返そうとした。
でもその手を振れた瞬間、その感触に体が震えた。
体中から汗が、体が、本能がアインスから逃れようとする。
「ひっ……」
強引にアインスの手をはがして、後ろに逃げるものも、足元もおぼつかず倒れてしまう。
「おい、大丈夫か?」
「!!」
初対面の人も対して悲鳴声を上げてしまった。
体が震えている。怖い。
それだけが心を支配される。心臓がありえないほど動いてくる。
手を伸ばしてくる。逃れたいのに、足も腰も動かない。
目をつぶった。体は倒れて後ずさりしてしまった。
手が流河に迫ってきている。
「すいません。悪魔によって殺されそうになったんです」
目を開けると、車花がその手を止めていた。
「あぁ、それは悪かったな」
そういうと、男は自分から離れる。
アインスも男に続いて自ら引き下がる。
でも怖いという感情を制御することが出来なかった。
感じるのは死の恐怖だ。
めまいがする。頭がぐらぐらする。体がしびれて頭が痛くなる。
呼吸が荒くなって、皆が会話を出来なくなる。
「ゆっくり呼吸して」
「大丈夫?」
車花とペルシダが腰を下ろして傍についてくれた。
言う通り呼吸をゆっくりしようとする。
口に袋を被せてもらった。
ペルシダが背中を撫でてくれる。手だけなのに、その心と温もりが流河を落ち着かせてくれた。
何とかめまいやしびれは治まった。
まだ本調子ではなく、気分は気持ち悪いが周りを見る余裕は生まれた。
「車花。ペルシダ……ありがとう」
「ええ」
「……うん、良かった」
見るとみんな静かになっていた。
時間を取らせてしまった
「すいません……」
謝ることしか出来ない。
だが誰も何も言わなかった。
数秒間沈黙が流れる。
顔を上げるとロボットから助けてくれた騎士が首を振る。
確か名前はジェイドだったか。
「いや。謝るのはこちらの方だ。申し訳なかった」
ジェイドがそう許してくれた。
声はとてもやさしい声だ。
その目は罪悪感を抱いているように傷ついているような表情だった。
話し合いを邪魔しているのは自分なのに。
流河も何と返していいのか分からず、戸惑っていると車花が肩を叩いた。
ジェイドは車花に目を向けると、車花は目でジェイドに何か送っている。
ジェイドは頷き
「4人とも本当にありがとう」
そうこちらに向けて頭を下げた。
「君たちの尽力してくれたおかげで、大勢の人を助けることが出来た」
その中にお世辞も入っていると流河は思うが。
ジェイドがそうやって大翔たちに向けて頭を下げるのを見て最初に、綺麗な所作だとそう感心してしまった。
挨拶だけでこれだけ綺麗と思わせるものがある。
それは騎士としての礼儀というものが携わっていた。
そして大翔に目をむけた。
「まだ自己紹介が済んでいなかったな。私の名前はジェイド。ジェイド・ヴァル・ロワシーだ。ここで団長として任されている。こちらは…ハルバート、そして彼女はタンドレス、こちらにいられるのが私たちの協力者である壱城一佐だ」
「大島 大翔です。よろしくお願いします」
大翔は軽く会釈する。やはり気分が良くなさそうだ。
顔を合わせず、頭だけ下げた。体はふらふらして力が入っていない。
「疲れているとは思う。だが聞いてほしいことがある。この世界の事、そして君の事について」
そうジェイドが言うと、大翔は深呼吸した。
背筋を延ばし体に力を入れる。
「僕も聞きたいです。この世界で何が起きているか」
大翔はそういって軍服を着ている司令官に少し目を向けていた。
違うエンブレムに注視した。
大翔の言葉にジェイドは頷く。
「まずは君のこと、そして私たちの目的から話すのがいいだろう」
大翔は頷き、顔つきを変わった。
だが直ぐに驚きの顔に変わる。
ジェイドは膝を下げ、大翔よりも下の目線から話しかけてきたのだ。
「君のその髪の色、その顔。そして君が持っていた剣。間違えない。君は天使フラガリア様の子供だ」
そうやってジェイドは敬愛の表情で大翔を見つめたのだ。
大翔は面食らっている。言葉が出てこないようだ。
「天使?」
間抜けた返事をしたのは流河だった。
大翔が天使の子供。想像外の答えだった。
「天使って、あの白い翼で輪っかを頭につけたあの?」
「白い翼もわっかもない。でも人とは違う種族だ」
大翔は微妙な反応をしている。
確かにそんなことを言われてもといった感じだ。
大翔とは家族として接してきた。それを他人から違うといわれているようなものだ。
それにいきなり知らない人に君の親は誰といわれても困るのだろう。
でも、
「それは白金の色をした髪で薄い青色の目をした人ですか?」
「兄貴?」
そう自分の言葉にジェイドは頷く。
大翔は白金の色をした髪だ。その色感。そして名前。フラガリアがもし女性の名前なら。
「かすかだけど、記憶がある。大翔が白金の髪の色の女性から生まれた記憶の時だ。間違いないと思う」
なぜ今まで思い出さなかったのか。
というより思い出すきっかけがないのだろう。
洗脳された。
大翔もまた洗脳をかけられそうやって生まれた時の話をしなかった。
そうして子供の頃の記憶を失ってきたのだろう。
おそらくペルシダに蹴られて走馬灯から記憶が掘り起こされたのだろうか。
思えばその時にも何か夢を見た気がする。違和感を感じたのは恐らく
「そう、なんだ……」
大翔は顔をうつむき続けていた。
というより、どう反応したらいいのか分からないのだろう。
流河はちらっと周りを見た。特別視されている。
あまり人付き合いもされていないのに加えて、大翔はジェイドに敬われている。
大人にそうやって、下に下がられることに違和感でしかないだろう。
「フラガリア様は王になるべき人だ。でもアドラメイクによって捕らわれてしまった。フラガリア様をアドラメイクから奪還し王にさせなければ、私たちの国の未来はない」
そうジェイドは顔を引き締め自分の目的を話した。
まだ点と点が繋がっていないところもある。
でもジェイドの目を見ればそれがどれだけ大切な事か、真剣なことはわかる。
「その……僕の母さんは、そのあなたたちの何なのですか?」
「英雄。そうフラガリア様は呼ばれている。私たちの国を変え、洗脳を終わらせた救世主と」
救世主、その単語に意識を引っ張られた。
英雄。国を変えた人。
それが大翔の母であると。
「17年前まで私たちの国とアドラメイクは戦争をしていた。その戦争はとても激しく、現国王は服従しようと決断した。それに反発し、アドラメイクを倒した。戦争を終わらせ、アドラメイクの支配下であった魔人を従えさせた。君のお母さんはそんな立派な人であった」
確かにそれは英雄だ。そんな英雄で天使の子供が大翔。
また大翔と遠ざかっている。
兄弟だとそう思ったとしても、やっぱり他の人からはそう思われていない。
大翔と流河ではこの人たちの見向きが違ってくる。
少し目が変わって大翔を見ている。ジェイドも、その傍にいる人も、司令官も、ペルシダさえもだ。
「現国王はその蜜を吸おうとした。今の国王は目先の利益しか考えない。だから現政権を打倒してフラガリア様を王に立てるつもりだった。名声も、実績もあるからこそ新しい国王が出来たと思ったが……」
「けど、アドラメイクは生きていた」
「そう、アドラメイクは転生して生き延びた。この世界を洗脳にかけた。空間魔法で私たちの国で捕らえていたアドラメイクの忠臣を解放した。フラガリア様はアドラメイクが再び私たちの国をおびやかすと考え、アドラメイクを撃ちにいった。それが16年前。そして連絡は途切れた。そして、私たちはこの世界に来ることとなった」
ジェイドは一度息を吸い宣言した。臆することも震えることもなくはっきりと
「フラガリア様を救い、現国王を打破し、今度こそアドラメイクを討つ。これが私たちの目的だ」
とそう言い切った。
ジェイド達の事が全て本当になるのだとしたら。
この世界を変えるということになる。
アドラメイクを殺すことによって洗脳した世界を開放するのだ。
まだ不明点はあるが、それより一つだけ気になる単語があった。
それは魔人だ。流河を落ち着かせようとした男とアインスからはモレクと同じ雰囲気を感じていた。
「その、もしかして魔人と悪魔は……」
「ああ、そうだ。元は同じ種族。考え方が違うだけだ。悪かったな」
「いえ、こちらこそ。その……すいません」
例え種族が一時的にも悪魔だと思ってしまったのだ。
この人がモレクと同じなはずはないのに。悪いものと認識してしまった。
怖がってしまった。
知らなかったとはいえ、一方的に判断し相手を差別化したのはこちらなのだ。
流河は直ぐにハルバートと呼ばれる男の人に謝った。
この人をモレクと同じように扱ってしまったのだ。
「いや、いいさ。仕方ないだろ」
とハルバートは笑ってくれながら謝罪を受け入れてくれた。
確かに体からはさっきと同じ悪寒を感じる。でも心は温かった。
あの恐怖はまだ残っている。
それはきっと解消することは出来ないだろう。
でも乗り越えなければこの人に対して失礼だ。
「アインスもごめん」
「大丈夫。気にしてないよ」
アインスもにこりと笑みを返してくれた。
ほっと息を吐いて、恐れを出して安堵を体に取り込ませる。
二人が許してくれたところでジェイドが話を戻した。
「私たちも気になることがある。どうやって、君はここに来た。ペルシダ、君もどうやって来たか覚えているか」
ジェイドがペルシダとアインスを見る。それが二人をここに入れた理由なのだろうか。
それだったらここに呼ぶ理由はないだろう。
後でもいい話だ。
また何かあるのだろうか。
「私は馬車に飛ばされて、それで流河と大翔の家に」
「僕は逆ですね。車が横転して頭打ち付けてしまったんです」
「では、転生は今回が初めてか?」
「はい」「そうです」
「そうか……」
要は二人とも死んだからここに来たのだろう。
アドラメイクも殺したというからには、死んだら異世界転生が起きるということなのだろうか。
でも全員が異世界転生できるわけではないはずだ。
どういった仕組みで死んだら異世界転生が出来るか分からない。
ジェイド達にとってすれば気になるのは転生は何度出来るかの問題なのだろう。
それで二人が呼ばれたのだろうか。
例え殺そうとしても何度も転生するなら、殺す以外の手段を取らなければならない。
しかし、アインスも異世界転生者とは。
これほどまでに異世界転生者がここに集まるものだろうか。
ジェイド達も悩みどころだろう。異世界転生というフィクションに立ち向かわないといけないのだから。
大翔は考え込んでいる。そして目線は司令官の元に向けられていた。
「どうしてあなた方はジェイドさん達と協力を?」
「アドラメイクは世界の人々を洗脳している。私たちはそれを解放したい」
「アドラメイクという方はあなたたちにとってそこまでひどい人なんですか?」
「そんなの、こんな」
ハルバートは驚く。
一気に皆が大翔に視線を向ける。
大翔はそれに動じなかった。
「それは分かっています。でもジェイドさんの話は、そちらにとって真実かどうかそちらは分からないですよね。でもこれだけの人数を揃えるには数年以上かかる。どうして世界を統一したことに反対したんですか? 自由意志もある程度あったはずです。アドラメイクを野放しにするのは洗脳された人たちと戦う以上に何かデメリットがあるんですか?」
大翔の言うことは分かる。
この人たちにとってジェイド達がどうなろうが関係ない話だ。
要はアドラメイクの政策に反発しているということだ。
武器を取り、人を撃つことになったとしてもだ。
此方側の世界の人がどうしてアドラメイクに反発するのか。
でもその聞き方はないと思うのは自分も同じなのだが。
疲れているとはいえ、説明不足だ。
でも人が死ぬのが嫌いだからだろう。
罪のない人間を殺すことになったとしてもジェイド達に協力する地球の人は一体何を考えているか。
その理由を大翔は知りたいのだ。
「悪魔の寿命は400年以上といわれている。その間洗脳されている人は何も考えることが出来ない。大事な決断も出来ず、関係と経験が作れない状態だ。魔法を使える人間と地球の人との子供も増えていくだろう」
魔法を撃てる地球人が生まれる。
炎を撃ったり、水で出したり、瞬間移動できる人がこの世界に、地球人として生まれるということ。
「もし寿命がもっと短ければ、元に戻せるというのならそれもまた受け入れることも考えたかもしれない。でも悪魔と言っても所詮は人と同じ、病気にかかること、老衰は避けられない。まともな思考が出来なければ、洗脳を解けなければどうなるか。400年後洗脳が解けた時、魔法という非科学的なものにどう対処するのか。人々をまとめることをしなかった人たちが地球連邦という大きな枠組みを保つことなど無理だ。大きな混乱が起きる可能性は高い。どれだけ犠牲を出したとしてもアドラメイクは絶対に殺さないといけない。そして私たちの未来は私達で決めなければいけない。そう思っている」
「それに民間人をアドラメイクは殺し続けている」
ジェイドは司令官に続き、手から結晶が取り出す。
黒色のそれは何かオーラを感じる。何というか人がそこにあるような……
「これは魔石といって、体にある魔力を持ち主は自由に扱うことが出来る。そして、これには人が入っている」
「人……まさか……」
「捕虜や略奪された領土の人間を魔石に変え、全て自らの力に変える。それがアドラメイクの戦い方だ」
「そう、何ですか……」
大翔は驚きの後数秒、考えるかのように黙り込む。
長く長く長考していた。
母さんの事。アドラメイクの事。大勢の人々。そして自分の事。
大翔が迷っているように、不安がっているように見えた。
「僕は母さんのことが分からないです」
そう大翔はぽつりとつぶやいた。
「だからあなたにその子供だと言われても分からないし、何かを望まれてもそれが出来るかは……」
そう自信なさげに答えた。
流河もほとんど記憶にないフラガリアという女性。
大翔なんて生まれた直後に別れてしまった。
そして大翔は今まで一般人として生きていた。
なのに母親は英雄で王となる人だと。
全く立場の異なる人が母親だと言われても、じゃあ自分は英雄の子供なのかとはならないはずだ。
ジェイド達は大翔にも戦ってほしいのだろう。
戦力としても悪魔と戦うことが出来て、そして何よりフラガリアに子供がいたとなればそれは大きな希望になる。
そして流河は約束してしまった。
大翔は戦って紫花菜達を守ろうとすると思ったからだ。
でもあれほどひどい状態になるとは思ってもなかった。
腕全体が結晶に覆われていて、肉の部分がほとんど見えなかった。
服はぼろぼろで、血が服に多く染みついていた。
それなのに戦いに加えさせて、更に英雄の子供としてふるまわなければいけないというのか。
「君は別に戦わなくてもいい」
その言葉に流河も大翔も驚く。
ジェイドは体を上げて大翔を今度は上から見た。
そうして頭をポンと撫でた。
「君は今まで戦いのない生活をしてきた。きっとそうなってほしいと君に魔力を吸い取る魔道具と剣を君にお使いになった。おそらく戸籍を得ようとフラガリア様も尽力になさったはずだ。フラガリア様の願いを踏みにじって戦いをやれとは…」
「本気で言っているのか?」
司令官がジェイドの言葉を遮る。
その目は厳しい表情だ。
司令官は大翔に聞こえるかのように大声でそう告げた。
「私たちはこのままでは勝てない。民間人もろとも全滅するぞ」
「え?」
また声を上げてしまった。
大丈夫だとそう思っていた。
ここは安全地帯だと。
章が終わってセーブポイントに入ったと。
ここから動かなければ物語は進まないと。
でもそうだ。相手は世界を洗脳している。
今まさに攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない。
ここも安全じゃない。
そのことに考えると体にまた汗が出てくる。
またあの恐怖がいつか来るのかと。
「相手の魔石の量が想定の倍以上多い。あのでかい兵器だけで私たちよりも魔力の量は多い。物量戦で終わるというくらいは皆分かっているはずだ」
物量戦で死ぬ。
戦いが終わったと思ったのに。
それに民間人もいる。
むしろジェイド達はここからさらに厳しい戦いが待っている。
まだこの地獄は終わっていない。
「この子供は相手の悪魔と同等の戦力だ。それに異能持ちで……この子はフラガリアの子供だ。士気も、このよどみ上がった空気も上がる」
「強制させるのは違う。彼はまだ子供だ」
「だったら、どうやって天使を救う。君の悲願なのだろう」
「私たちの目的はフラガリアの救出だ。私は死んでもそれをやり遂げればいい」
ジェイドの目はもう変えることのない芯を感じた。
死んでもいい。その言葉にきゅっと胸が締まる。
その覚悟に自分は弱いとそう思ってしまった。
「それと今は話が別だ」
「天使と魔人が人と違うのは、最低でも聖級以上の魔力量を持つ。そして異能が発現する可能性があるといったな。ペルシダのことについてはまだ分からないが、その目は全てを見通すことが出来るのだろう?」
司令官は目を大翔に向ける。
大翔はびくっと体が震えた。戦うか、戦わないのか大翔は迷っている。
どうすればいい。
相手ももっと強くなるだろう。
大翔はあれ以上の傷を負うことになるかもしれない。
大翔は戦うと決めれば、どれだけ傷を負うとしても戦おうとするだろう。
だが今大翔は怖がった。怖いのだ。
流河はそう司令官に約束づけてしまった。
どうすればいい。
「……はい」
「手を貸してくれないか?」
「………」
大翔は黙りこくってしまった。
これ以上は駄目だ。流河は頭を回して何とか戦わせないように考える。
今の大翔が正しい判断が出来るとは思えない。
戦場を知ってしまった。
恐怖を知り、そして天使の子供という重い責任を逃れようと思えない。
想定外だった。
まさか大翔が戦いだけでなく天使の子供として振る舞わないといけないとは思ってもいなかった。
自分のミスだ。
大翔の前に立とうとした。
しかし力が加わり、流河は動けなかった。
その力は誰が加えたか。それは一人しかいない。
「大翔……」
「大丈夫」
大翔は深呼吸した。
その目はさっきと違って覚悟を決めた目だ。
「……戦わせてください」
とそう言い切った。
その目は不安やだるけをぬぐい取り熱意にあふれていた。
恐怖は影すら見えなくなるほど今の大翔にはない。
「母さんのことは分かりません。だからその子供だと言われても、その役割を果たせるか分かりません。でも助けがいる人がいる。母さんも、ここにいる人達も、そして異世界の人たちも、僕が戦うことで助けになるのなら。僕は戦います。やらせてください」
そう大翔は力強く、胸を張ってジェイド達にそう宣言する。
「…そうか。君は本当にフラガリア様に似ているよ」
そうジェイドは微笑む。
その目は希望を、未来を見つけたかのような顔だった。
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