第1章19話「秘められた大翔の力」


 

 大翔は再びバルバドとモレクを相対することになった。


 傷口が治り、ふさぐことはした。

 腕の痛みも回復魔法を回し続ければましになった。

 さっきの痛みに比べれば痛みなどないようなものだ。

 大翔は二人に体を向ける。


 この剣は魔力を自分の体から引き取ってくれる。

 そして魔法をこの剣から撃てる。

 これなら戦える。

 

 間違えなく異世界にある剣なのだろう。

 二人のその目は殺意が籠っていた。それは自分に対して誰かにだ。


 この剣といい魔力を吸い取ってくれる魔道具といい、自分の体は、自分の体に、いったい何があるのか。相変わらず疑問だらけだ。

 だが毎度毎度のことながら今は戦闘中だ。目の前の事に集中しなければならない。


 いい加減疑問が増えないようになってほしいが。


「またその目か……」


 目も問題なく使える。

 回復魔法で脳の疲れもすべて吹き飛んだ。


 これで未来まで全て分かれば少しは戦いに集中できるのだが、この目は全てを教えてくれない。


 ただこの戦闘で釣り合いを保てるには十分だ。


 血を流しすぎた。

 体がくらくらしかけているし、頭痛も倦怠感も貧血の症状のせいか全て続いている。

 正直今もほとんど気力で立っているだけだ。速い所決着をつけなければ、今度こそ立ち上がられない。


「生きている事を後悔させてやる!!」


 今度はこっちから二人に突っ込んだ。

 おそらくまともな一発を食らえばもう戦えない。

 体から魔法は使えない。魔法を使えるのは魔力を吸うこの剣だけ。

 

 それに腕も結晶によってまともに力を入れることは出来ない。剣の唾競り合いになったら勝つことはできない。


 全力で剣を振れるのはいけて一度だけだ。手で魔法を撃つことも、殴ることもできない。


「どうやって勝つつもりだ、あぁ!!?」 「殺すだけでは済まなさんぞ!!!」


 モレクとバルバドが光魔法を撃ってくる。

 そして再び近接攻撃で近距離から攻撃魔法を撃ってきた。

 

 大翔は勝機を確信している。


 相手は多くの選択ミスを犯している。

 近接戦闘で仕掛けてきたのだ。

 魔法は追い詰めるために使い、あくまで近接攻撃を主体で攻撃している。

 

 相手のプライドが許さなかったのだろう。

 もしくは剣を振れないことに勝機を感じているのか。

 魔法を撃つより殴る方が、気分がいいからか。

 空中に浮いて遠距離戦で戦えばこちらはなす術はなかった。

 

 本当に自分を殺したいなら人質を連れて遠距離戦で攻めるべきだった。

 だが相手が選んだのは近距離戦だ。

 

 相手はプライドが高い。

 流河の声に目に見えて分かるほど殺意を抱いていたし、挑発にも簡単に乗る。それはおそらく自身の力を見せつけたいからだ。

 

 それは同じ仲間同士でもだ。モレクという悪魔はバルバドに従順しているとは言えなかった。憎しみを抱き、怒りをこっちに向けてきた。

 他者よりも強くあり、他者を支配する。それがこの二人の心の中にあることだ。


 だから相手が一番プライドをへし折りそうな言葉を探したらあれが出た。

 嫌な言葉だ。

 

 心だけではなく、頭さえも醜いというのか。

 ……それに付いても後だ。


 相手のプライドに付け込めば勝機は必ず出来る。


「周りに誰もいない」


「何だと?」


 遠くに人がいないか、見る為に目に力を入れるのを緩めた。

 それに従って周りを見る範囲が狭まり、負担が一気に減った。

 

 さっきの鼻血はおそらく情報を脳に入れすぎによるものだ。

 見る範囲を狭めればさっきみたいなことにはならない。


 目を、意識を回避に集中させることができる。

 場所移動をしてもそこまで被害はない。


 流河のおかげだ。


 周りを気にせず戦える。

 ただ目の前の悪魔だけに集中できる。

 爆発もビルで相手を追い詰めることも何でもできる。


 何より攻撃を避けるだけで済む。

 相手に上を取られても気にしなくてもいい。

 射線の管理をしなくていい。


 流河は力がない。でも頑張ってくれている。

 やれることを、やってほしいところをやってくれている。

 

 それがこんなにも力を分け与えてくれる。大翔が足りないところを全て補ってくれている。


「あんな大きい声上げて……」


 相当、嫌だいぶ無茶してくれる。

 

 速く終わらして手伝わないといけない。


 死ぬわけにはいかない。

 足はまだ使える。体も、頭もだ。ならまだ戦える。


「勝ち筋位いくらでも思いつくよ」


 そう二人に向けて勝つと宣言した。


 流河の言葉がなければきっと諦めていた。

 流河の頑張りがなければ自分はもう頑張ることは出来なかった。


 怖かったはずだ。

 皆の注目を集めて。ロボットも寄ってくるだろう。それでもあんな大声で叫んでいる。


 流河の支えがある。

 自分がいることでみんなの助けになっている。そしてこの剣がある。

 もう何も怖くない。恐れも何もない。

 

 大翔にはまだやるべきことが、やれることがあるのだ。

 生き残らなければならない。生きていたい。

 そう思うと体に力がわいてきた。


「舐めやがってぇぇぇ!!!」


 相手は強い。弱点がない。

 かといって強い所もないのだ。

 

 相手は様々な攻撃をやってくるが、その一つ一つは大したことがない。

 確かに組み合わされるときつくなるが、それでも一つ一つ分けていくと、危険を感じたことがないのだ。

 

 そして相手ができないことがある。自分にしか出来ないことがある。

 それをちゃんと出せば勝ちを狙える。


 大翔は力強く一歩を踏み二人に立ち向かった。


 //////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

 

 傷だらけで腕は魔石によって魔法を使えない子供。

 その子供はかつて天使が持っていた剣を使い、バルバド達に立ち向かってきた。


「何なんだお前は!!」


 バルバトは子供に戸惑い、焦りすら感じていた。

 さっきよりキレが違う。迷いがない。

 あんなに体をぼろぼろにしたのに、前より動きが機敏だ。

 その原因は分かっている。


 空中移動魔法だ。


 この子供は地面すれすれで上下左右の移動をしているのだ。


 こちらが剣を振れば距離を取り、魔法を放とうとすれば近づいてくる。

 どれだけ踏み込もうがその踏み込み先から横にずれる。

 そしてまた剣を振れば今度はその攻撃を回避して、反撃を当ててくる。

 近づいて、遠ざかって、隙をついて。その読み合いの勝負に全て負けている


「空中移動魔法をこんな!!」


 モレクも攻撃するが一向に当たらずそう叫んでしまうくらい異常だった。


 子供は空中移動魔法を地すれすれで使用しているのだ。

 その使い方は加減を間違えれば、もろ刃の刃になるというのに相手はためらいがない。

 攻撃魔法は加減を間違えたとしても、大抵は威力に影響があるくらいだが、空中に飛ぶ魔法は加減を間違えれば体勢が崩れるし、地面に足を取られる。


 空中移動魔法を体と地面の距離に合わせて魔力の出力を変えないといけないため難易度が極めて高い。


 仮に習得出来たとしても実戦では全く違う。

 瓦礫や常に周囲を見なければならない。

 一人と対峙したとしても他の人の攻撃にどう対応するのか。

 処理が間に合わなければ空中移動魔法など簡単に軌道を読まれ、隙が出来て攻撃される。

 

 その時の対応が難しい。

 魔法は一度に二つしか使えない。例外の方が多いが、それでも今の状況なら空中移動魔法を使えばこちらは4つ同時に魔法を撃つことが出来る。


 だからこそ基本的には防御用に魔法を直ぐに発動できる状態の方がいい。

 特に子供は剣でしか魔法を使えないため、地面すれすれの空中移動魔法を使っていると防御魔法を使えない。

 特に相手が範囲攻撃を仕掛けるなら空間魔法で躱さない限り、止めて防御魔法をしないといけない。


 そしてその後の対応がどうしても後手に回ってしまう。

 空中魔法から防御魔法を変えるなら壁や地面にぶつからないように、着地に意識しないといけない。


 一対一ならまだしも、今のように複数人と戦うとなればその難易度も更に倍増される。


 少しでも失敗すればすべてが崩れる。

 空中戦はないことはないが、大抵はお互いが自然に下に降りる。

 そもそもある程度制御が失敗してもいいようある程度高度を上げるものだ。


 意識が分散されて一度の戦いに気力を消費され、戦闘持続力もないなど、利点もあるにはあるが欠点の方が多くからこそ誰も練習しないし、やろうとしない。

 それなら剣術や戦い方に磨きをかけた方が生き残りやすい。


 そもそもそれを教える人などいない。


「くそ!!」


 追いつこうと足に身体魔力をかけて跳躍するが、相手はこちらを見てバルバドと逆に方向転換した。


 ほとんどの人が身体強化魔法で移動する。

 地に足をつけ、相手の攻撃に合わせて足を使う。

 着地という概念もなく足に自重に乗せ、全身の力を剣に乗せた方がその分相手に攻撃が通りやすい。

 踏み込みに身体強化魔法を使えば剣に入る力も強くなる。

 自分の筋力以上に飛び上がることは基本的にないので少なくとも怪我がなければ事故ることもなく、防御もとりやすいので攻守に隙がない。


「どこ狙っているんですか?」


 だからこそ子供の戦いに異質さを感じる。

 魔法を撃とうしたら腰を下ろしながらずれて、射線から逃れ、こちらが修正する前に加速してそのまま体当たりをしてきた。


 防御魔法を張れば横にずれ、またこちらに近づいて攻撃を仕掛けてくる。


 速度が速すぎればある程度が予測は出来る。そう思い偏差で撃とうした瞬間こっちが近づいてきた。

 肩を掴んで勢いを殺して、直線運動を回転運動に変えて背中が蹴られた。


 どれだけ攻撃魔法を行っても、当たらない。

 子供は空中に浮かんでいるので、動きの予測が付きにくい。

 

 常に逆方向に移動できるようにある程度余力を持って使っているのだろう。

 そんな単純な読みで反撃をモレクが食らっている。


 だがその余力を残した移動でもかなり速い。

 加速と減速を完璧に行っているせいでどれだけ攻撃を合わしたつもりでも攻撃が当たることもない。


 何よりもこちらの攻撃に対する読みが余りにも強すぎる。

 こちらに攻撃に対して必ず有効な行動をとってくる。

 見逃したり、遅れがない。少しの判断ミスがあれば一気に掴んだり、張り付いたりできるのだが、それがない。

 こんなの人でも、悪魔でも出来ない。その位異常だった。


 相手は足の移動に低空中移動の2つの移動手段がある。

 こちらは

 移動と読みの組み合わせに勝てない。


 防御魔法すら使わず、制しているのだ。

 体重移動や姿勢制御を空中移動魔法で行っている以上、どんな体勢になろうが体が崩れることもない。

 


「こんな奴に!!」


「今までさんざんぶってくれたなだっけ。いつになったら殴るの?」


「うるさい!!」


 ただ相手は空中移動魔法で飛んでいるだけだ。

 絶対に殺されることもない。


 そう分かっているはずなのだ。だがその攻撃は俊敏だ。


 モレクはその攻撃をほとんど防ぐことが出来ず、まともに食らっていた。

 体全身で防御魔法を使えば、簡単に防ぐことが出来るだろう。


 だがそれをしてしまえば大きな隙を作ることになるのだ。


 戦場では全身に防御魔法を張ることなどしない。

 基本、魔法を使った戦いでは部分的に防御魔法を張り、攻撃を防ぐ。 

 貫通能力が高い攻撃をされたら全身に防御魔法をしてしまうと、出力が足りず防御しきれない。


 その腕がどうなったのか分からないのだ。血は止まっている。

 もし全身に防御魔法を張ったときその剣で、攻撃されたら受け止めることが出来ないかもしれない。


 それも相まって、防御に遅れが出る。

 何が致命傷になるか、ここまで連続で攻撃されると、どれが駄目か分からなくなり、攻撃回数が落ちていった。


「恐れているのか、この私が? こんな奴に?」


 足からの攻撃に間に合わない。

 部分的に防御魔法を張る。

 この子供はそれに反応して、別の所に攻撃を仕掛けるのだ。

 もし全身に防御魔法を張ろうとしまえば一瞬のタイムラグができる。

 

 その間に攻撃が通ってしまう。

 空中移動魔法を使っているせいでどの体勢からでも攻撃はかなり痛みが走るのが厄介だ。


 この子供は今まで魔力の消費をしたこともない。

 それは魔石が出来ているから分かる。

 戦い方、剣の構え、何より人を殺すという覚悟。子供には何一つ持っていない。

 何もかも未熟で、経験も全てこちらが上回っている。


 腕は使えない。

 子供は一度も腕を使って攻撃をしてこない。その腕からはまだ血が流れ続けている。

 体中をぼろぼろして気力をごっそり奪えた。拷問に近いことをやった。一度生を諦めるまで追い込んだ。


「悪魔ってこんなもんなの?」


 何故勝てない。バルバドは剣を子供に何度も振り続けた。

 攻撃が当たらなかった。どれだけ魔法を放っても、剣を振っても、攻撃が当たらない。

 

 勝てない。


 背中にあるその剣に手を触れる。

 バルバドは後ろに距離を取る。


 相手がただかわすだけなら、それだけならまだ戦えていた。

 

 光魔法が襲う。

 細い光の糸が防御魔法を取る前に表面を焦がす。さっきより速度が速い。


 どうなっているのというのだ。子供の魔力量は尽きる気配がない。

 モレクを倒し、戦場に参戦した。そしてバルバドとモレク二人同時に戦って魔石も体の中に生まれている。

 なのにこの魔力量、一体どれだけの魔力をこの子供は持っているのというのだ。一度たりとも魔法を使ったことがないはずだ。

 一度たりとも魔力量を高める鍛えを行なっていないはずだ。


 子供はモレクに攻撃を仕掛けてきた。

 バルバドが援護に入るが、射線状にはモレクがいる。

 上からの攻撃は横移動で回避される。

 相手の追い詰めるなら後ろから攻めたほうがいい。

 

 相手が視認できない場所から撃てば……


 だが結果は、子供は平然とかわし、モレクに魔法に当たりそうになった。

 一度たりともこちらを見なかった。だが全てかわされた。

 

 それだけでなくモレクの動きを阻害してしまった。


 バルバドは手を出すことが出来ない。子供がモレクを利用しているのだ。

 空間認識能力も高い。だからこそ空中移動魔法を自在に操り、挟み撃ちにしている状態を一対一の状態にしている。


 モレク事撃とうとしたが、その瞬間に今度はバルバドにまとわりついてきた。


「撃ってみなよ」


 そうモレクに向かっていわれるが何もやり返さない。

 ただ怒りを貯めることになっただけだ。


 横なぎで切ろうとするが、足で動かそうとする腕を抑えられる。追撃は爆発魔法で潰される。

 腕は子供の飛び台となり、また足に力が入るためその場に押さえつけることになりバルバドは食らってモレクを衝撃に巻き込んでしまった。


 これは天賦の差だと。そう理解が心でされた。

 魔力の消費をしたことのない子供が完璧に空中移動魔法を扱っている。


 こちらの攻撃に空中移動魔法の出力を変えて、回避する。

 むしろこちらの攻撃を利用してモレクかバルバドが2対1の状況で立ち回らないといけなくなる。


 一度も制御を失敗しない。ここに来たら嫌だと思うところにいる。

 空中移動魔法の利点を最大に活かし、その目とこちらのいる位置と魔剣を最大限に使ってこの戦いに優位性とそして絶望を与えるのだ。


 今までの努力も積み重ねもすべてこの子供には無意味だとそう思わせる力があった。


「くそ、くそ!! 何で当たらない!!」


「戦いの才能がないんじゃない」


 モレクはその言葉に血管が浮かび上がる。

 むやみに剣を振れば距離を取られる。ただ疲労を重ねただけとなる。

 

 それでもモレクが両手に剣を持って振り回し続けた。

 

 子供はかわし続けた。そして光魔法を撃つ。


 モレクは防御魔法でいなして子供に近づく。

 子供は様々な方向に撃ってきたがモレクは次々と防ぐ。


 好機だ。

 子供は魔法を一個しか使えない。その一個を光魔法に当てている。

 速度が落ち地面に足がつこうとしている。

 

 距離を縮める機会、そして攻撃する機会だとそうモレクは踏んだのだろう。

 だが子供は風魔法で着地を先に取った。

 

 更に跳んでモレクとの距離を離す。


 モレクは撃たれた。

 風魔法を撃った直ぐに光魔法を撃ち、光魔法を分散させた。

 風魔法に対して防御魔法を張っていたので範囲を広げる前に光魔法はモレクの四肢を焼いた。


「があ!!?」


 子供はモレクに接近する。

 モレクは痛みをこらえながらも光魔法を両手で撃ち続けるが、回避してくる。


 子供は脚を使った。

 着地点と軌道が変わり、軌道を更に読めない。

 足と空中移動魔法、それに強弱をつけて左右に動き続けた。


 そして子供とモレクの距離は縮んでいく。

 近接戦に持ち込んだ。

 

 モレクは突きを選んだ。だが子供は跳躍して身体を前に1回転する。モレクは突きの体勢から次の攻撃を持っていけてない。


 対して子供は足の射程範囲にちゃんとモレクが入っていた。そして体はモレクの横にあり、腕が完全に伸びていて、防御が間に合わない。


 モレクの頬に足が入る。

 更に頭を足の甲の部分で蹴られた。


「だっさ」


 モレクは頭を蹴られて脳が揺れたのか、動けなくなった。

 バルバドはいつの間にか歯ぎしりしていた。


 子供は笑っていた。

 そして攻撃と攻撃の合間に煽ってくる。

 そんな攻撃と煽りが続くたびに怒りと屈辱に犯され、攻撃に精細さを欠ける。

 相手の動きに対して頭が支配される。自信が崩れていく。


 相手の腕に、相手の動きに、その相手の表情に目が追ってしまう。

 体が、本能がこの子供に支配されているのだ。


 バルバドはそれに関わらず、剣を振り続けた。

 遠距離戦は当たる気がしない。そこに余力を使うべきではない。

 回復、そして体の強化と防御に当てないとだめだ。

 

 攻撃魔法を飛ばせば剣での攻撃にキレが小さくなる。

 剣での攻撃に集中して相手に挑んだ。相手はかわし、反撃もある。

 痛みがあるが我慢するしかない。

 いずれモレクが返ってくる。


「いい加減分かった? どっちが下なのか」


「!!!」


 仲間がいないと勝てない。そう思ってしまった。

 その衝撃が体に命令を出せなかった。

 

 それを子供は見逃さなかった。

 

 胸に蹴りが入った。

 火によって乾燥した地面の埃が服にくっきりと足裏の形をして残ってしまう。


「くそがぁぁ!!!」


 剣に風魔法をまとわせ、斬撃と共に風の刃が飛ぶようにした。

 剣に魔法をまとわせ、威力の強化とともに例え相手が攻撃を下がって回避しようとしても追撃し続けるようにする。


 相手の回避の種類を少しでも減らす。

 

 この場所はどこにでも建物がある。

 相手に空中移動魔法しか使わせないようにして、追い詰めたときが勝負だ。


 そして詰められるタイミング。

 バルバドは空間断裂魔法を使った。

 黒い魔力が剣を包む。

 光魔法を子供が撃つが空間断裂魔法によって全て消えてしまった。

 子供はそれでもこちらに突っ込んだ。

 

 そこでバルバドは更に剣に魔力を込める。

 魔力は大きな剣となり、子供を襲う。


「な!!!?」


 だが子供はそこで姿勢を低くしてバルバドの剣を背中の剣で受け流した。

 防御魔法を展開し、攻撃を受け流しながら近づいてきた。

 懐に入られる。

 

 そのまま足で体を起き上がって、そして頭で鼻を叩きつけられた。


 血が出てきた。

 痛みを最小限にするために後ろに下がる。


 更にそこに膝で顎を蹴られた。

 頭が揺れる。体が思ったように動けない。

 

 子供はさらに近づいてきた。

 足を頭に振ってきたと思えば、目の前で一回転して両足で腹を蹴られた。

 内臓が飛び跳ね、胃液が飛び出しそうになる。

 

 頭が揺れ、判断能力が低下したバルバドは防御魔法を使うことが出来なかった。


 吐き気がした。口の中で味がする。

 下に顔を向けて逆流物を抑える。


 子供は近づいた。

 かわすことも追い出すことも出来ず、子供の脚によって地面に這い躓る。

 地面は何かの拍子で水浸しになっていたのか、ぬかるみ、地面は泥となって顔が沈む。


 逆流物を抑えるために呼吸を抑える必要があり口を押えることが出来ず、泥が口の中に入る。


 土の味がした。


「引きこもりの僕がいいことを教えてあげますよ。 報連相って大事なんですよ?」


 そう頭をぐりぐりと押してきながら、見下すような言葉を使ってくる。

 言い返したいのに、吐き気と口がふさがれ何も言えない。


 更に追撃が来るかと思えば、モレクが子供に挑んだ。


「殺してやる!!!!!!!」


 子供は頭を蹴って、モレクに近づく。

 頭が揺れ、立ち上がることが出来なくなった。


  体は倒れうつ伏せになる。


 横目にモレクと子供の戦いを見るしか出来なかった。


「よくも!!」


「そんな泥だらけで切れても何も威厳がありませんよ、親衛隊の何位さん」


「黙れ!! 私はモレクだぞ!!」


 子供は蹴りを入れるもモレクは剣で受け止め、そして追い払った。

 先ほどはかわされた。だがモレクはもう一度剣を振りまわす。


「私は支配しなければならないのだ!! 力を示し続けなければならないのだ!! 親衛隊として!! アドラメイク様の為に!!」


 子供がそれに反応を返さず蒸気を出した。

 姿が見えなくなる。

 

 だが剣がモレクの後ろ下にある。

 そのまま足を切るつもりか。先ほどバルバドにしたことと同じだ。

 だがモレクは気づいて直ぐに攻撃した。

 バルバドも光魔法で相手が避けられないように援護に入る。

 だがそこには子供はいなかった。

 

 あったのは魔剣だけ。


「な……」


 子供はモレクの後ろにいて抱き着いた。

 そしてモレクの頸動脈を噛みつく。肉は歯によってうちに食い込んでいき、そして皮膚が破かれ貫いた。


  モレクは防ぐことが間に合わず、子供の口から血が溢れだした。


「ああああ!!!」


 その痛みにモレクは反応に遅れた。

 単純に噛まれた痛みと状況の理解に体が反応しなかったのか。

 あるいは隙を見せたのか分からない。だが直ぐに子供を反撃することも、下ろさない時点でモレクの負けは決まっていた。

 

 子供は魔力を糸状にして、剣に繋いでいるのだ。

 剣が光る。モレクが気づくもその時点でもう遅い。

 そして魔法の糸が動き、腕を、両足を切りさいた。


 子供は残った手も踏みつぶして使えなくする。

 負けた。モレクは倒れ、そのまま動かなくなった。

 戦闘不能になってしまった。


 子供は口に入った血を吐く。歯は血で赤く染まっていた。

 

 モレクが倒された。こんなぼろぼろの相手に。バルバトもいたのに関わらずだ。


「後はあなただけだ」


 そういってバルバドに体を向ける。

 事態は悪い方向に進んでしまった。


 子供は剣を手に持った。

 モレクがいない以上一発なら使えるかもしれない。


 バルバドは子供に向けて剣を向けた。

 屈辱だ。


 力不足だと自覚された。

 本当はもっと苦しみを与えてやりたい。

 こいつの家族も大勢の人も目の前で惨殺してから殺してやりたい。

 

 でもそれは出来ない。一撃に全てかける。

 これ以外の勝ち筋が見えない。


 子供の焦燥顔はまだとれていない。ギリギリの状態なのだ。

 そんな状態に負けたという自分に唇をかむしかないが、でも早いとこ決着をつけたいはずだ。


 バルバドの予想通り子供は剣を構え足に力を入れて一撃対決になった。

 魔力勝負だ。魔力は歳を重ねるほど増えていく傾向がある。

 相手はまだ子供だ。少なくとも10年以上歳の差がある。何よりあの腕では唾競り合いなど出来ない。バルバド以下の魔力しか子供が使えなかったらその時点で勝ちなのだ。


 これで勝てなかったら本当に自分は……


 二人は最大出力で撃つ。バルバドは空間断裂魔法を使った。

 相手も同じように空間断裂魔法を剣にまとわせた。

 

 お互い同時に接近した。

 

  バルバドは剣の角度、体の向き、手の震え、魔力操作全てを整える。

 この生涯戦いに費やした。その費やしたものを全て子供に向けて剣を向けた。

  

 魔剣とバルバドの剣が交わる。

 

 闇が戦場を包むのだと。

 魔力が暴れ、制御が出来なかったのだと。


 そう思っていた。


「な…ぜ」


 バルバドの剣が折れた。 

 力の押し合いに負けたのだ。

 一瞬で勝負がついた。

 魔力さえも勝てないというのか。

 今までの努力は


 魔剣はバルバドの身体を通る。

 

 死を覚悟した。だが足が両断された。

 肩も切られる。

 そう知覚することが出来た。


 //////////////////////////////////////////////////////////////////////////////


 モレクは大翔に向かって大きく叫んだ。


「どうして殺さない!!」


「……なんであなたたちを殺す必要があるんですか」


「ふざけるな!! お前に生き恥をさらすなら殺された方がましだ!!」


「何を言おうが人に危害を加えようとしている時点で生き恥ですよ……いくらあなたたちに罪があろうが、僕はあなたたちを殺したくない。罪を償ってちゃんと謝罪をすれば……少しはましになると思いますよ」


 体を切った。魔力もだいぶ放出させた。

 もう彼らは戦闘に関わることもできないだろう。


「早く助けないと」


 大翔は何とか体を立たせた。両方が結晶で固定化されている。

 剣を放しておいて正解だった。


 まだみんなが戦っている。助けないといけない。

 剣が魔力を放出してくれる。後は体を持たせるだけだ。

 嫌、体が立ってくれなくても魔法があれば囮くらいにはなれる。


 自分の気の持ちようなのだ。


 流河達を助けないと。


 瞼が重い。

 それでも何とか空中移動魔法を発動させた。


 だが途中で途切れた。

 頭から地面に突っ込む。体が倒れた。何度も体を立たそうとしてももう体は動けなかった。

 それに魔法の制御が出来ない。意識が保てない。体が倒れてそのまま眠りそうだった。

 それだけなら良かった。


 結晶が出来た。痛みで大翔はうめき声が出てしまった。

 魔法が使えず、そして体を動かせない。


 そんな姿を敵に見せてしまった。

 まずい。これでは力関係が逆転される。


「よくも、よくもやってくれたな……」


 予想通りバルバドはこちらに向けて魔法を撃とうとする。

 

 腕や足を切っているのにがあるのに近づいてきた。

 体に力を入れられない。逃げることもできない。


「こんな奴に!!」


 バルバドは剣を上に持ち上げる。

 それを避けることが出来ない。


 ―――死にたくない。


 だが、剣は届くことがなかった。

 黒く光った剣がバルバドに突き刺さったのだ。


「何故」


 バルバドは心臓を貫かれて、体が倒れる。


「何故だぁ…」


 その言葉は最後まで聞くことが出来なかった。

 

 絶命した。

 そして目の前に一人の男の子が立った。


「誰?」


 服にゴムの素材がない。

 シャツに長ズボンを布で止めて、昔の庶民の動きやすそうな服装をしていた。

 ペルシダの服に酷似している。黒い髪に黒い目。体は細身だが力強く感じる。

 そして顔は安堵の表情だ。


「間に合ってよかった」


 その男の子はもう後ろを向かなかった。

  その理由は分かる。その目で二人の命が消えうせたのを確認した。

 

 心の中でしこりが残る。死んでしまった。また目の前で死んでしまった。

 

 だがこの男の子がいなければ自分が死んでいた。

 そして生存を望むのであれば戦うのはこの男の子だ。戦いを強いるほど傲慢ではない。

 助けてもらった自分が命の生存を求めるのは間違っている。


「…ありがとう……でも、助けないと」


 語彙がおかしい。視界が二重になる。

 支えがないと立てない。

 剣を地面に立てて何とか立ち上がろうとする。でも腕は結晶化で固定されている以上剣は地面に突き刺さることもなく、前に倒れそうになった。

 

 だが目の前の男の子が優しく抱きしめてくれた。人の熱が伝わり、肉が大翔を包み込む。


「大丈夫。君の守りたいものは僕が守るよ」


 そうやって、男の子は頭の上でそう囁いた。


 その声と熱にどこか安心感があって。

 大翔は目を閉じた。

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