第1章21話「別世界」

 大翔の宣言とペルシダ達への質問、そして今後について少し話し合いして解散となった。


 流河は大翔達から離れ、炊き出し所に来た。

 お腹がすいた。


 朝ごはんを食べてから何も食っていないのに加え、体の栄養を奪われた。

 回復魔法を与えてくれたおかげで、気分は普通で逆にお腹が減ってしまった。


 大翔はジェイド達とこれからのことについて話し合い、大和達はどこにいるか分からず、流河は一人で食うことになってしまった。


 誰かといれば再会の喜びや、苦労を語り合えた。

 それによって暗い気持ちにはならなかったはずだ。


「……」

 

 皆暗い顔だ。

 自分も気分が悪くなって喉に通らくなるぐらい暗い。


 皆、まだ気持ちの整理が着いていないはずだ。

 理由もわからず、気がつけば街は半壊して家族が亡くなっている。


 家族は死んで喉に物が通らないくらい悲しいのであれば現実を受けれずにいる。

 

 でもお腹は減ってしまった人はどうなるのだろうか。

 それがここは現実だと知覚させるのだ。夢でも、VRの世界でもない。

 もう過去に戻ることも、覚めることのない現実だと。


 並んでいる中離脱する人も多い。


「くそ……」


 どっちにしろ最悪だった。


 その暗い空気から少し離れた所で流河はご飯を食べる。

 大翔と後で会うのにこの暗いままだと、また心配をかけてしまう。

 

 出されたのは雑煮だった。中には牛肉が入っていた。

 最初はお腹がすいて流し込むように食べていたが、痛むものから食っているのかとそう思った時には、肉の味を出来るだけ噛みしめるように食べ始めていた。



 そうやっている所炊き出し所にジェイドが現れた。

 空間魔法だ。

 

 ジェイドが一般人に対して声明を発表するといっていた。

 それをここでするのだろう。


 炊き出し所の後ろ側から現れると、さやに入れた剣を地面に突き刺し、地面が盛り上がって大きな台上が出来る。


 上空に光の球が現れ、ジェイドの周りが照らされる。皆が驚きの声を上げる。


 皆の目線が注目する。

 マントを羽織った青年がマイクを持って何をいうのかと。

 マイクのスイッチが入り、電子音が響いた。

 

 誰も来てほしいと言ったわけでもないが大勢の人たちが集まる。

 皆の落ち着きを待って、ジェイドはマイクに声を吹き込む。


 流河はその様子を固唾をのんで見守ることしかできなかった。


「私の名はジェイド・ヴァル・ロワシーだ。皆にとって、異世界である国から、この世界にやってきた」


 光の球が大きくなる。

 台上が更に照らされた。そこには何もなかった。


 だが空間に穴があいた。

 黒い穴が開きそしてそこから人が現れた。マントをつけ、槍を持った騎士が現れる。

 

 皆がざわざわと声が出る。

 魔法が、非科学的な現象に皆目を疑っている。


「誰もが信じられないと思う。魔法。異世界。洗脳。そして虐殺。全て起きてしまったことだ。そしてそれらはこれからも続いていくだろう」


 虐殺。洗脳。その言葉に皆が静まる。

 カタカタと食器とスプーンを揺らす音も聞こえた。

 皆色々なことが起きた。それもまだ半日も経っていないから。


 流河もその光景を思い出して少し震えた。


「魔王アドラメイク。皆も覚えがあるだろう。あの悪魔が世界全ての人に洗脳をかけ、罪なき人を殺し、罪なき人の手を血で染めた。そして私たちの国をも今侵略しつつある。私たちは国に仇を成すアドアメイクを討つつもりだ」


 討つ。それは聴衆に僅かな希望を与える。

 この状況が打開できるのかと。


 でもこれだけの民間人がいるということは


「だがおそらく相手は先に攻撃を行うだろう。皆さんを安全な場所に運ぶことはできない」


 攻撃しようがしまいが相手は攻めてくる。

 こちらは守るために戦力を割き、そして相手を撃退しなければならない。

 

 それも洗脳された罪なき人を相手にだ。

 漫画のように順々に相手の強さが強くなっていくわけではない。

 相手は守るべき土地も、守るべき人も、敵もいない。


 全勢力を挙げてこちらを攻撃してくる可能性がある。

 流河達は耐えねばならなかった。現実に対して耐えて受け入れなければならなかった。

 また騒がしくなった。何故今ここで現実を突きつけるのかと。


「私たちの指示を聞いてほしい。私たちはあなたたちを守る準備が出来ている。ただそれを行うためには皆さんの協力が必要だ」


 ジェイドはまっすぐだ。

 一度も視線を外さず、こちらに目線を向けている。


「次の攻撃をしのげば皆を安全な場所まで運ぶことが出来る。だからこそ指示を……」


「それは本当なのか?」


 その質問にジェイドは黙る。皆の声が次々と大きくなる。

 どうするつもりなのだろうか。流河はジェイドを見る。



「なら今すぐ説明してくれ!!」


「本当に私たちは助かるの!!?」


 そのタイミングで司令官が空間魔法でジェイドの前に立った。

 騎士の格好と現代軍人の格好をした人。その二人が並んでいる。

 皆に動揺が走る。


「私は自衛隊の壱城一等陸佐だ。質問はこちらで引き受けよう」


 そういって司令官に視線が集まる。

 それだけではない。騒ぎを聞きつけた人たちが続々と集まっていく。 

 皆の目が疑いへと変わる。


「どうなっているんですか?」


「私たちはどうして狙われているんですか!!?」


「私たちはどうなるんですか!!?」


「何故相手が攻めてきたのか。現在調査中だ」


 司令官はそう伝える。

 だが信用などない状態でその発言は更に信用が無くなってしまう。


「あんたらがいるから、こんなことになったんじゃないか!!?」


 そうジェイドに向かってそう大声で叫んだ。

 周りも同じように理由を求め、声は更に大きくなる。


 それは確かに分からない。

 民間人を急に殺した理由。

 訳も分からず避難生活をされた理由。


 ジェイド達もそれは分からないといった。

 ここまで過剰反応するのは初めてだという。


 そもそも異世界に逃げたのにどうして忠臣を囚われの身から解放したのか。

 そのまま平穏な生活だって送ることも可能だったはずだと。


 モレクを見る限り、悪魔のような人は支配することで自分の存在意義を確かめているように思われる。

 だから今アドラメイクは攻めない。この状態で戦いに来ても勝つことが分かるから。

 勝つか負けるかはある程度均衡した状態じゃないと気分が盛り上がらないと。


 流河はそう考えるが実際は分からない。

 その最大の疑問が解消されずにいたままだ。


「どうやってお前たちを信じろっていうんだ!!」


「元の生活に戻して!!」


 洗脳されたと知らなければこちらはテロを行っていたのかもしれない存在だ。


 民間人を守ろうと大翔を優先しなかったくらいの正義の心を持った人物だ。

 しかし事情がわからなければ彼らは人質にされるかと、洗脳されたままの方がいいんじゃないかとそう思ってしまうだろう。


「東京にいる人口は1000万人を超えている」


 そう切り出したのは司令官だ。

 その声に流河はひゅっと声が出てしまった。

 恐怖が心を締め付けた。


「私は信じろとは言えない。こちらの事情に巻き込むなといわれても仕方がない。理解することも、分かりあうことも今は難しいかもしれない」


 司令官はそう目の前にいる人たちに寄り添うような話し方だ。

 だからこそ声を発する人が少なくなり、声も小さくなる。


 その手は目の前の人たちを手で包み込むように感じた。

 だがその包み込む手がなくなったらどうなるか。


「今回攻撃されたのは24区の西部、千代田区を除く都心、副都心の計16区を攻撃された」


「覚えていないかもしれないが、洗脳され誰も避難しなかった。私たちはその一割すらも助けることが出来なかった」


 その声にぴたっと声がやんだ。非難も嘆願も全て。

 そのくらい司令官の言葉には破壊力があった。


「今自衛隊は7万人、異世界から来てくれた兵士の数も私達より多くはない」


「口に出せる範囲ならいくらでも質問に答えよう。ここから出ていきたいというのなら、出て行ってもいい。巻き込まれたくないというのなら、場所も食料も分け与えよう」


 司令官ははっきりと事実を言った。

 事実。


 それは流河たちの心を容赦なく抉った。


「命の保障などできない。私達はただ最善を尽くすとしか言えない。皆さんも最善を考えてほしい。こちら側に残るか、どこか離れた場所に移動するか、もしくは虐殺する相手の元につくのか」


 誰も止めることなど出来なかった。

 彼らは考えるしか、従うしか二つしかないのだから。


「何が一番安全か皆で考える。どんな選択肢でも私たちは受け止めることしかできない」


 司令官はそういうとマイクのスイッチを切った。

 

 //////////////////////////////////////////////////////////////////////////////


 ジェイド達の演説が終わり流河はハルバートに大翔の居場所を聞いた。


 演説に対する反応は多々だ。

 涙を流すもの。

 どこかで吐いている人もいた。


 理由もわからず彼らは命の保証をうしなった。

 ジェイドと司令官はたて続けに質問を受けている。


 流河はその質問の答えを気にすることは出来なかった。

 この暗い空気の中士気を上げるのは大翔という。

 天使の子供として大翔はあんな感じで攻められるのだろうか。

 

 非難されることは、まだこれからもある。

 気負わずにいられるのだろうか。


 大翔は個室を与えられた。

 戦士となったからだ。


 さすがに天使の子供を他の人たちと同室など出来ないと個室を与えられた。


 自分にも個室をと言われたが、遠慮した。

 大翔たちと違って自衛手段がない自分には個室を与えられたらその分誰かに負担になってしまう。それを甘んじて受けるつもりはない。

 

 でも兄弟なら同室でもいいんじゃないかと選択肢を検討していると


「うわあああ!!」


 ドアを開けた途端声を出してしまった。裸の人が出てきた。

 白金の髪は湯によってペタンとしている。

 かすかに感じる熱気。シャワーでも浴びたのだろうか。


 肌がすべすべだった。

 真っ白な体で筋肉質ではなく、脂肪が体をまとっている。

 かといって太っているわけでもなく、いい肉の乗り方をしている。


「ごめんなさい、間違えて聞かされて、わざとじゃ……」


「何で目開けないの?」


「……大翔か?」


 目を開けると厳しい目がこちらを睨みつけている。

 こほんと咳を払い、何でもないと追求と振り払った。


 大翔の髪の色は白金になった。つい忘れて別人だと思ってしまう。


 絶妙な間に流河は視線を散らすと床は水浸しになっているし、タオルはない。


 そう思うと、大翔は空間魔法なのか黒い穴からタオルを取った。


 それをまとうと、風魔法でささっと床は乾いた。

 おおと、驚きによって思わず声がでてしまった。

 本当に魔法が使えるのだ。


「結晶ができないように普段から魔法を使っとけってさ」


「あの結晶って魔石なのか? 色が違うように見えたけど」


 見せられた魔石は真っ黒で何も見えなかったでも大翔の腕から出ていた魔石はもうちょっとクリスタルぽい感じがしたが。


「それは分かんない。また後で聞いてみるよ」


 今も真っ暗だ。

 そう思うと周りに何もない。

 大翔が光の球を宙に投げ、全体図が見えたが電球すらないのだ。


 ベッドと簡易な机と椅子しか家具がない。


 更にその上もノートとペンしかなく、タオルや服すら置いていない。

 これから色々なものもこの部屋に置いていくのだろう。


 大翔は離れ、風魔法で頭を乾かしている。

 下を向いて顔は見えない。


 少し距離感がある気がする。


 いつも通りといえばそうなのかもしれない。でも生きて帰れたのにあまりにも淡泊ではないだろうか。

 大翔がいくら疲れているとはいえ、疲れたら本心が出るものではないか。

 自分と大翔は血が半分繋がっていない。それを気にしているのだろうか。

 それともその重みに余裕が無くなっているのだろうか。


「……なあ」


「……どうしたの?」


 大翔の顔に近づける。

 そのイケメン顔をまっすぐ見た。

 大翔の目は一瞬それるがちゃんと合わしてくれる。


 それたのは気にしないでおいた。


「あの目ってなんなの?」


「……目ってこれのこと?」


 そういうと大翔の片方の目が緑色に変化した。


「うわ、マジじゃん!! かっけえな!!」


 結膜は白、虹彩は緑色と黄色がうまい具合に混ざっている。

 紋様とかは何もないが虹彩模様が消えて瞳孔が黒であるだけで十分かっこいい。


「光消して見せろよ。それ光ってるよな? というかそれ目光ったらどうなるんだ」


 流河が小学生の時、目が変わる系のキャラが好きだった。

 ごっこ遊びとかでよく開眼していた。


 大体は全く変わらないのだが、たとえそうだとしても開眼し続けていた。

 光を消すと、かすかに大翔の目は明かりを照らしていた。


 能力の詳細に流河は思わず心が踊ってしまう。


「え~と、なんていうか、全て知りたいものを知れるみたいな」


「じゃあ、未来とか相手の考えていることとかわかるってことか?」


「それは分からないけど、物体を透過したり、相手の筋肉の動きとか、魔力の流れとか動きから相手の魔法をコピーしたりとか…」


「相手の動きとかは先読みできるのか!!?」


「まあ、出来ないことは……ないかな」


「かっこよすぎるだろ!!」


 先読みして攻撃を回避する。

 漫画とかで強キャラが使う技だ。

 ゲームでジャスト回避とかオンラインで出来たら楽しいやつじゃないか。


「いいよな。なんかいいよな。こう男の子の心が燃えるっていうかさ」


「っぷ」


 大翔は笑った。

 そしてこちらを見つめる。その表情は少しほぐれているように見えた。


「変わらないね」


 そういうとこちらの顔をまっすぐ見て少し時間が空く。

 何の間かと思っていたら、柔らかい表情のまま


「……ねえ、兄貴はペルシダさんのこと好きなの?」


「はあぁ!!?」


 顔に見合わない突然の質問に思わず唾を吐いてしまうほど驚いてしまった。

 こんな状況で家族と恋バナをするとは思わなかった。


「違うの?」


「ちょっと待て!! 何でそんなこと急に……」


「ペルシダさんって兄貴が言う好きな人の外見と同じだから」


 大翔はタオルを取り、下着を手に取る。

 腰を下げているので顔は見えない。


 でも流河の顔を見ないということは確信しているのだ。


「外見っていうな!! あのな。好きになるのはそれだけじゃないから!!」


 だからこそ力強く返事をした。

 外見で好き嫌いを選ぶなどありえない。


 兄をどんな風に思っているのか、一度問いたださなければならない。


「そうなの?」


「そうなの? じゃねえ!!」


 

 本当に理解しているのだろうか。


 兄を何だと思っているのか。大翔は顔で恋すると面食いだと思っているのか。


 外見ももちろん好みの一つにはある。でも性格が合う方が断然いい。

 正直自分に言えたことではないが、両方あればと思うのが人間の性だろう。


 でもそれだけで判断すると思われていることになんというか、自分が下げられている感覚になる。


 というより、どうして弟に恋愛について聞かれているのだろう。


「でも告白するなら早めにした方がいいよ」


「早めって……」


 どうしてそこまで押してくるのだろうか。

 普段も……そう思うとかなり恋人が出来たらいいねとかなり手伝ってくれた。

 

 大翔は寝間着をベットの上に投げて、ベットに座る。

 ズボンを履こうとしていた。


「僕が起きた時もペルシダさんずっと手握っていたよ」


「ま、マジで?」


 それは知らなかった。

 あの時は顔を合わせてくれなかったのに。

 確かに過呼吸を起こしていた時助けてもらった。

 嫌われているわけでもないのだろうか。


 感謝はしているけど、引かれているのは何故か。

 一度起きた時に何かしてしまったのだろうか。傍にペルシダにいたのは覚えている。


 でも何があったのか正直覚えていない。

 ペルシダがいたなというくらいだ。記憶が混濁している。


 もし抱き着いていたのなら。

 理性は残っていただろうか。


 そういえば手を握ってくれていたのではないだろうか。

 あんな美少女に手を握って看病されていたのだ。

 それだけでなんか嬉しい気持ちになる。

 多分苦しんでいる流河が思わず握ってしまったのだろう。


 それをペルシダは離さないでいてくれたのだ。

 だとするとやっぱり何かしてしまったのではないだろうか。


 嬉しさと不安が交互に来る。

 そしてだんだん心配になってくる。


 それを顔に出してしまったのか。


「やっぱり気になってる」


 大翔はそう笑う。

 確かにタイプではあるが、恋愛まで発展するなどありえるのだろうか。

 

 嫌付き合いたいとか考えたことがあるが、それは何というか違う。

 でもあの笑顔を大切にしたいと思ったのは事実だ。


 だが気になってしまうのは当たり前ではないだろうか。

 あんな美少女に手を握ってもらえることなどあるのだろうか。

 能動的に握るのといつ手放してもいい手を握ってもらう都では明確な差がある。


 このような経験二度とないだろう。


「せっかく好感度稼いだのに、家を与えるというポイントが消えちゃったから他の人に情が移ってしまうかもしれないよ?」


「で、でも仮に俺がペルシダの事好きになったとしても、恋愛ってそんな一日で勝負かけるもんじゃないだろ?」


「そうかもしれないけどさ。別れって結構苦しいよ?」


 大翔はそうさらっと口に出した。

 その言葉に言葉が詰まる。


 大翔は普段の言動からいきなり重いことを言う。

 弟にそう言われるからこそ、強く心に響く。


 だから話が持っていかれる。

 自分がちっぽけな存在で大翔は自分が心配しなくても大丈夫なんじゃないかと、大翔は強いから大丈夫だと思わせるものがある。


「それも気になるけど……なあ、大翔」


 無理やり大翔の肩を持ち、話を切り替えることにした。


「お前、大丈夫なのか?」


「うん、大丈夫だよ。体もほら元通りだし」


 そういって大翔は腕を見せた。

 確かにつるつるで、もちもちしているように見える。


 傷跡もない。


「そうじゃなくて……」


 大翔は話をそらされた気がする。

 大丈夫なのかと、自分は聞きたかったのに聞く能力がない。

 そんな自分がとまどっているところを大翔は見透かされてしまう。


「確かに人を纏めるのは難しいと思うよ」


「難しいと思うよって、そんな簡単に……」


 簡単ではないことが分かっている。

 でも命を背負うのだ。


 大翔の今の言葉には全く命の重みが入っていない。

 でもその心はずっと命の重みを感じている。

 

 それを見せない強さがある。その目は流河に見せないようにしてくれた目だった。


 だからこそ余計に不安になる

 一人で抱え込むんじゃないかと。


「社会経験もまともにしていないし、戦いの経験も全くないからね」


 それだけではない。

 大翔にとって命の重みは自分が思っている命の重みの倍以上重さが違う。

 

 なのにペルシダの事を話して、大丈夫だというそう笑って言ってくる。


「でも頑張らないと。誰かが死ぬのはもう、見たくない」


 そういうと大翔はこちらを見た。

 その顔は悪魔から助けてくれた顔と同じ顔だ。


「……兄貴」


「な、なんだ?」


 大翔はそういうと抱きしめてきた。頭を腕と胸で抱きしめられる。 

 押し倒された。ベットに挟まれ大翔以外は何も見えない。


 感情が追いつかない。何が起きているのだ。

 

 その顔がよく見える。

 まるで愛しい子供を抱きしめたかのように大翔は柔らかい表情だった。


「怪我禁止」


「え?」


「僕の事じゃなくて自分の事ちゃんと考えて」


「ちょっと……」


「恋愛の事も考えてね」

 

「おま……」


 何言ってんだという声は大翔の強い抱きしめによって消される。


「いっぱい食べて」


「いっぱい寝て」


「いつものようにいて」


「ずっと笑って」


「大翔……」


「頼らせて」


 頼らせて。

 

 大翔の身体は暖かく、柔らかい。

 でもその体は震えていた。


 流河を想って言っているのか。

 それとも願いがあるのか。


 いつものようにいて。日常を無くさないでほしいと。大翔は戦士になったから、それは出来ない。


 二人は戦場の中へと入りこんでしまった。もう日常に戻れない。

 二人とも抱え込んでしまったら、二人は暗い気持ちになってしまったら、そこから立ち直れるのは時間がかかる。


 だから片方は抱え込まず、いざという時に支える役割をやってほしいと。


 だから大翔は自分に日常に戻ってほしいとそう願っているのだろうか。 

 何も背負わず容量を開けてほしいと。


 おそらくどちらもだろう。

 頼りたいという気持ちと流河が平穏な生活を送ってほしいという気持ちはどちらも本音なのだ。


 本当を言うなら逆の立場がいい。

 でも抱えることは大翔にしかできない。


 自分はどうやっても車花やペルシダ、大翔に、天使の子供になれないのだから。


 大翔の目は不安げになった。きっとこれで嫌だといっても何も生まれない。

 

 何も気負わせないようにするためには。せめて自分の分だけ、少しでもその負担を減らすようにするためには。


「分かった」


 そういって大翔の肩を掴み自分の顔をより頭を上に挙げた。

 身長通りに。年齢通りに。兄と弟になる様に。


「お前が言ったこと全部やる。お前は絶対俺が救ってみせるから」


 楽しいと思うことを、全部やろう。

 それもいつもと同じだ。友達を作って、一緒に遊ぶ。当たり前で難しいこと。

 それで大翔の心が浮かばれるのなら自分がやろう。


 そのうえで大翔が辛そうにしていたら自分が助けるのだ。


 大翔は何があっても絶対に助ける。

 きっと自分自身の事を大事にしない。

 だから兄である自分が大翔をものすごく大事にしよう。

 

 そして示さなければならない。


 大翔が死んだら立ち直れない人がいるっていうことを。

 そう覚悟を決めた時チャイムが鳴った。確かこのチャイムは


「就寝時間だね」


 人数確認をするためだ。

 空間魔法でいつ相手がこちらを攻撃してもおかしくない。

 敵の襲撃を確認し、また人を固めて守りやすくするためだ。


「送ってあげようか?」


「いや、ちょっと歩きたい気分だからいいや」


 まだ布団に入っても寝れる気配がない。

 怪我で結構寝ていたというものもあるが、命を奪うという行為に参加し、そして今大翔の願いを受け入れたからこそ余計に心が静まらない。


 今日のことを頭の中で消化しないとずっと心の中で残り続けることになる


「分かった」


 大翔の返事を聞いて、流河はベッドから降りて部屋を出ようとした。


「兄貴」


「ん?」


 後ろを振り返ると大翔は微笑んで


「おやすみ」


「あぁ、おやすみ」


 そう少し大翔の本音が聞けたのを感じつつもドアを閉じた。


 //////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

 

 流河は大翔と話し終え、与えられた部屋に移動することにした。

 これから知らない誰かと夜を過ごすことになる。


 家には帰ることが出来ない。


 同じ部屋に出来るだけ人を詰め込んで一緒に寝ることになる。


 プライベートも何もない。


 これから相手の攻撃をしのげたとしてもあの家に戻れるのだろうか。

 家を直して、住めるようになるまであとどのくらい月日がいるのだろう。


 ベットから出て、朝ごはんを作って、家から出て学校に行く。

 そんな生活が出来るのはもっと、もっと時間がかかるだろう。


 ふと上を向いた。通路に穴が空き外の光が見えたからだ。

 相変わらずのきれいな空だ。


「マジで変わったんだな」


 これから何度も思うのだろう。

 日常の終わり。


 世界の一変を一番近くで見た。

 戦火と血、死体。今まででは考えられない事が多く起きた。


 それともいつかこの景色も慣れるのだろうか。あの日常を忘れられるのだろうか。


 ―――いつか星が見えない生活に戻ることが、そんな世界で生きることは出来るのだろうか。


 そう物思いにふけていながらの帰り道。

 ペルシダに鉢合わせた。ペルシダは目を開く。


 大翔が言ってくれた。手を握っていてくれたと。

 でもさっき目を合わせてくれなかった。


「ごめんなさい。そ、そんなに痛かった?」


 ペルシダは会うや否や頭を下げた。

 やっぱり何かあったらしい。


「い、いや別に大丈夫よ? 体もほら完璧だし。か、顔上げて」


 いたたまれない気持ちになる。

 なんで自分はこんなかわいい子を謝らせているのか。


 せっかく再会できたのだ、ゆっくり話したいというのに。


「本当?」


 顔を覗き込む。その覗き込む顔が可愛い。

 そうペルシダは可愛かった。


「本当、本当だって」


「でも……足で蹴飛ばして、家に上がり込ませてくれて、それに命を救ってくれたのに気絶するぐらい抱きしめて痛みつけて……」


「気にしてない、気にしてないって!!」


 何故ペルシダが目を背けるのか理由は分かった。

 ペルシダは感極まって流河を抱きしめてくれたのだ。

 ただ地球人である俺はその力に耐えきれなかっただけで。


 事情が分かって出てきた心は、嬉しい。

 ただその一言だけ。


 ペルシダは流河を抱きしめてくれるほど信頼してくれたのだ。

 でも……


「顔、背けているけど……」


「お、俺もペルシダにこうやって再会して話せるの嬉しいし!! ほら、え~と……」


 きょどってしまっている。

 そもそも可愛い女の子をまじかに話す機会がなかった。


 しかも相手はペルシダだ。

 まともな表情が出来ているわけでもなく、顔をそらして、目もあっていない。

 大翔に恋心があるんじゃないかと言われ。そして今は夜だ。

 そしてペルシダに抱きしめられたと分かった今。


 顔を下に向けてしまう邪な感情がある。

 ペルシダは信用してもらえるわけがないだろう。


 かといってアピールするものがない。


 大翔には抱きしめた。だが当然、ペルシダになんてできるはずがない。


 握手はもちろん変だ。気持ち悪がられるかもしれないし第一そういったことでもないかもしれない。

 借りを仇に返してしまったみたいな感じなだけで、再会を喜び合うとかそういうものではないかもしれない。


 ハイタッチも分かるどうか知らないし、他にペルシダを安心させられて、相手の気持ちを損なわせない方法はないだろうか。


「殴ったら許してくれるの?」


 流河の手にペルシダは身を引いてしまうも体に力がいれて拳を耐える体勢を取る。思いついた方法で勝手に手が出してしまった。


「違うわ!! 手出して。同じグーの形で」


「こ、こう?」


 ペルシダは流河と同じ手を出してくれた。

 ペルシダが出してくれた拳に、流河はこつんと拳を合わせる。


「これ、なに?」


「何か上手くいったときとか、まあ、久しぶりにあった友達と再会した時の握手代わりにな」


 これならまあ許容範囲だろう。

 こうやって気持ち悪くないか、気持ち悪いか考えていること。

 それ自体に気持ち悪さがあるのかもしれないが、今の自分にはこれが限界だった。


「ありがとうな。ペルシダがいなかったら大翔と会う事は出来なかった。ペルシダがいてくれてよかったよ」


 やっと本音を言えた。

 

 ペルシダがいなかったら作戦が成功せず、大翔を助けられなかった。

 ペルシダがいてくれたから罪悪感も抱かずに済めた。

 

 そもそもだ。ペルシダが居なかったら今頃モレクによって死んでいた。命を張ってくれたおかげで大翔と話すことが出来た。


 感謝の気持ちがだんだんと強くなる。

 やっと顔を合わせることが出来た。


 何が恋だ。

 恩人に誠意とお礼を向けることあっても下心を向けるなどあってはいけない。

 それに流河が恋を向けた所でペルシダにメリットなどないではないか。


 流河はただの一般人で。人を幸せに出来るような力はない。

 なのに恋をされても迷惑なだけだろう。


「流河って変だよね」


「変!!?」


 思わず声が大きくなってしまった。

 どうして今流河は傷ついた。

 

 別に変だと言われてもいいのに。

 友達に言われたらなんでだよと、突っ込むだけなのに。


 これは絶対、大翔にいらないことを言われたからだ。

 好きだなんて。確かにものすごくかわいいし、性格も合わないわけではないと思う。


 でもこれは違う。

 決して恋などではない。

 こんなかわいい子を付き合えるはずがない。

 そんな高望みなど出来るわけがない。


 どちらかというと有名人と付き合えたらなという憧れの感覚だ。

 命を助けてくれて、具合が悪ければ大丈夫と声をかけてくれて。そして気さくに話しかけてくれる。

 そんな心優しい所も確かに引かれる。推し度が強くなるのは分かるし、強くなる。


 けど今ペルシダの心に心が傷ついたのは何故だ。

 自分よりステータスが高い人はもう最初からあきらめた方が、心の痛みは減って相手も嫌な気持ちはしないと分かっているのに。


 割れる心など何もないはずなのに。

 

 なのにどうして自分は落ち込んでいるのだろうか。


 あぁ、そうだ。

 ペルシダの前で土下座したのだ。相手の膝にすがりつくような姿勢を見せた。

 というより相手の靴を舐めた。

 ペルシダが死にそうなとき、怖くて吐いてしまって何もしなかった。

 ペルシダが命を張るなら、流河も命を張ると言ったのにだ。


 家を貸すというポイントが仮にあったとしてもそれを勝るマイナスポイントだ。

 だから何も考えず普通にすればいいのに。


 手のひらが温かい。

 いつのまにかペルシダは流河の手を取り、そして手のひらを両手で触れていたのだ。


 そう触れているとだんだんペルシダの顔が柔らかくなった。

 まるで安心しているかのように。


「あったかい」


 その指と指の隙間を合わせて。にぎにぎとやわやわと握られる。


 息が止まる。

 こんな握り方今まで流河は誰ともしたことがない。


 そしてペルシダは流河の手を自身の顔に近づけた。

 ペルシダの頬に手が触れた。


「良かった。生きていてくれて」


 そういってペルシダは安堵したのか、流河に笑いかけてくれる。

 そんなペルシダの顔に流河の心は完全に落ちた。


 ―――好きだ。


 そう知覚して一度目を閉じてからペルシダを見ると、まるでペルシダの周りが光が輝いて見えた。


 一秒見るごとに心がポカポカしていく。

 恐怖が消えてなくなるほど心が温かくなる。


 愛おしいと、この笑顔を守りたいと。

 ペルシダにもっと幸せになってほしいと。そしてその笑顔を自分に向けてほしいと。



 まるで世界が変わったかのように世界が輝いて見えたのだ。


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