第1章第17話「下水道を歩いた靴」
司令室の中でペルシダは戦いの準備をしている。
その横で流河は隅で泣きそうになっている。
大翔を助けてほしい。
でも悪魔相手に人を割かせば、その分だけ人が死ぬ。
その責任を背負うことは流河の心は耐えられなかった。
「まず外に出たら衛生所の周りにいる人の洗脳を解除してくれ」
「ロボットは大丈夫なんですか?」
「一般人が殺されるわけには行かない」
情けない話だ。
隣では人を助けるために話し合いが行われている。
そして流河はただ自分かわいさで泣いている。
何涙を流している。
ただ安全なところで自分の未熟さと力不足で泣いたとして大翔は何も救われない。
何も意味がない。何が兄だ。助けたい。死んでほしくない。いくらそれを願ったとしても大翔に何も与えられない。
でもこれが現実なのだ。
自分はただの人間なのだ。大翔のような強さも、勇気も何もかもない。
車花やここにいる軍人のように知識も度胸もない。
この中で誰よりも力がない。努力もない。何も力がない自分が何かしようと考えるのが間違っているのだ。
――今まで何もしてこなかった。
現実を変えようなどと思ったこともない。
何か人の為に自分を粉にして働いたこともない。
今もそしてこれからも隅で誰かに迷惑をかけて蹲っているのがお似合いなのだ。
胸の中の苦しみと恐怖が目もとに涙を押し上げる。
それすら醜く感じる。
何が兄なのだろうか。何が龍と虎なのだろうか。何が主人公だ。
足など怖くて一度も大翔の元へ向かおうとしていないというのに。
車花はまた腕を引っ張った。
「行くわよ」
「……え?」
「あなたが悪いわけじゃない。範囲が広すぎて助けられない人たちが沢山いる。今余裕がないから…」
「そんな…」
「避難所にだって何かあるか分からない。紫花菜達を守るんでしょ。私もやれることをするから」
車花は浮かない顔をしている。
助けを呼ぶといって逃げてしまったのは心にしこりを生まれるのか。
でも車花もできることもやった。
これ以上の話し合いは彼らの容量に無駄な負荷がかかり、作戦の支障と大翔を助ける確率が減る。
そうだ。自分はもう何もない。この場にいてもただ邪魔になるだけだ。
涙を流す弱さなど、強くない人がいても周りのノイズになるだけだ。
ペルシダもこっちを見ている。義信たちもだ。彼らの心構えの邪魔になるかもしれない。
義信に媚を売ろうとしても白い眼を見られるだけだ。それだったら戦場に行けばいいだろうと。
この数時間で何度も死にかけた。
あの恐怖をもう一度味わいに行くなど、少し考えただけで気分が悪くなり口の中で味を感じてしまう。
怖い思いをもうしたくないと。だから死の責任も負うことが出来ない。
紫花菜達の所に行き、敵の発見など出来ることはあるだろう。
大翔との約束も果たせる。
でも
「……嫌だ」
「嫌って、何を…」
なのに足は動かなかった。
それに抵抗するように強く足に入っていた。
頭ではわかっている。動くべきだとさっきまでそう分かっていた。怖い思いをすると分かっている。
でもできなかった。体は震えている。頭はやめろと言ってくる。
でも心は諦めていない。
大翔の命が危険なのだ。
焼きたてのパンに目を輝かせる大翔。
散歩が好きで、買い物を言わせないと散歩に行かない大翔。
寒くて震えた時には太ももに足先を入れてきた大翔。
沢山の思い出がある。
この大切で愛おしい記憶を思い出すたび、失った苦しみと悲しみを変わることをしたくない。
いつか幸せに笑う弟を見たいと願ったのに、こんなところで折る事なんてできない。
どんなに怖い思いをしてでも助けたい。
さっきもそう思ったはずなのに、あきらめようとするとその想いが強くなる。
ずっとそうだ。怖い。死にたくない。でも死んでほしくない。
その狭間に流河は抜け出せない。
「紫花菜達を守らないと……」
ふとその車花の言葉が頭の中で反芻する。
大翔と流河。二人の力を合わせれば何でもできると。支えあって生きて行けと父ちゃんがつけてくれた。
大翔が出来ないところを流河が補う。大翔
大翔にはできない所。大翔を支えられる所。
―――違うよ。紫花菜達を守ってほしい。多分僕はあの人と相手しないといけない。他にもまさに死の狭間に立たされている人もいる。助けないといけない人がたくさんいる。紫花菜やペルシダさん達を守る力が僕にはない。だから兄貴にお願いしたいんだ。
その時大翔が言った言葉を思い出した。
そうだ。大翔が周りを意識しないことがあるだろうか。ない。
洗脳によって人が列になって歩いている姿は確認している。
あれだけの爆発力なら巻き込まれないはずがない。近くにいれば確実に巻き込まれる。
上空に上がるか回避することなく受け止めるか。
周りに気を使って攻撃して余計に魔力を消費する羽目になる。
魔力詰まりも起きやすくなるかもしれない。
そうでなくても単純に周りに意識を割かないといけない時点で苦しまないといけない。
何か閃きそうになる。
「あの、私も大翔を助けるべきだと思います」
「ペルシダ?」
その声に、車花もその顔を見てしまう。
ペルシダは震えながら司令官の顔を見て話した。
「大翔は異能持ちです。相手の魔法を学習して、そして建物で見えないこの衛生所を発見しました。大翔がいれば瓦礫に埋まった民間人を助けられるかもしれません」
「それは本当か?」
その話を聞いた瞬間司令官は目の色を変えた。そしてジェイドの声もだ。
それは助ける価値が上がるのだろうか。考える価値になるのか。
今大翔を助けると、大勢の人の命が死ぬ。
でも異能で揺らぐということは価値があるという事。
助ける意欲がわくかもしれない。
でもそれだけでは足りない。
彼らが住民を守らないといけないのならば、その障害を取り除けることをしなければならない。
それを抗議して無視することは出来ない。
流河もそんな選択肢は出来ない。だったらその時間を短縮させるしかない。
じゃないと大翔を助けられない。
体の中の熱が上がる。でもこの熱は今までとは違う。出来ると。やり遂げられると
そう自信を持って動ける。
―――やれる。
変えれるかもしれない。嫌、変えるしかないのだとは思う。
でも変えることなど流河には出来ないのかもしれない。
今の流河では変えないといけない状況でも変える力がない。
それでもやれるとそう思えた。
大翔を失いたくない。また大翔の顔が見たい。
でも責任を負うことはできない。死を抱え込むことが出来ない。
そのどちらかを選ぶしかないというのなら。
どちらか一つを選ぶことが嫌であるならば真っ向から否定するしかない。
大翔を支え、住民を助け出す。
「車花、ありがとう」
そういって手を放す。車花は気を紛らわすために言ったのだろう。
後悔が少しでも薄まるようにと。その心遣いに感謝しつつも司令官の前に立った。
こちらを睨みつけて何を言うのかと。
「俺の話を聞いてください!!」
頭を地につけ、お腹の中から声を大きく出した。
土下座した。
しかし司令官は無視した。
土下座位では聞いてはくれない。
でもそう無視してくれたところで流河は止まらない。
司令官に既に近づいている。
司令官は大勢の人を救うため、戦況の確認と指示にいっぱいだ。
周りを見ていないくらい、真剣に取り組んでいる。
だから体を縮めこませて、下に這いつくばる流河の行動に気づけない。
―――できるなら下水に浸かっていないといいな。
流河はその靴の足先を舐めた。
「な!!」
司令官はそう反応した。
そしてこちらを怒りの顔で見る。
靴までなめてそこまでして願いをかなえてほしいのかと。
口の中が気持ち悪い。
これは異物だと脳が理解しているからだ。
嫌いなものを口にしたときに吐き気をすると同じこと。
味を感じればきっとこれから話が出来なくなる。
下水の部分は土魔法で塞がれていたが、この司令官がどういう道先でここに来たのか分からない。
下水道の仕組みは分からない。
でもこれだけ戦闘があるのだ。歩くスペースに汚水が浸っていてもおかしくない。
暗くて濡れているのか、どうかは分からない。
雨の中歩けば靴先が濡れている事がある。その部分を流河は舐めてしまった。
ペルシダもまた、流河が靴を舐めているを見てしまったのだろう。
女の子の前で見せる姿ではない。
権威も相手を言い負かす説得力もないことがばれてしまった。
惨めな人だと思われただろう。気持ち悪いと思われただろう。
でもためらいはなかった。
元々屈辱など今日で何度も受けた。
ペルシダが死にそうなのに吐いていたことの方がよっぽど恥だ。
それに大翔の事を覚えば、こんなの屈辱とも恥だとも思わなかった。
―――ペルシダとはもう仲良くなれないなのは少し残念だけど。
「何を……」
司令官は流河にそう話しかけてきた。
流石に靴舐めをしたら、相手は反応をしてきた。
流河に目を向け、発言権を与えたのだ。
「俺の考えを聞いてください!! これから一生、自分が出来ることであなたたちを尽くします。だから今まで何もしなかった自分の、俺の愚考を聞いてください!! お願いします!!」
そう土下座で大声を上げる。
司令官は止めなかった。
「この後も戦いは続く。守ってもらわないとみんな死ぬ。なら大翔も俺もあなたたちの下に入ります。あなたたちが一生懸命考えて、今まで何もしなかった自分が口を挟むのは悪いことは分かっています。でも…」
流河は大翔をこれからも助けなければいけない。
きっと紫花菜達がいる以上、いや誰であっても死が隣にある以上大翔は絶対に戦う。そういう正義感がある弟なのだ。
あの騎士のように戦う力を大翔は手に入れる必要がある。そのためには教えてもらわなければならない。
そうでなくても、大翔たちを守るなら今この人たちを味方に取り入れなければならない。
ならその傘下に入るしか流河の願いを、大翔の生存を取るためにはそれしかない。
大翔の目が建物を透けて見える力を持っているなら、情報戦においてその力は絶対に必要だ。
見回りや、物資の確保。人的資源を訓練や休息など回せる。
相手がどこにいるのか、何人で一組になって攻めているのか。
これからの未来のために大翔は絶対に必要だ。
それは司令官たちにも分かっているはずだ。
だが色々あるのだろう。
想定外の事、これだけの民間人を救出の対応は難しいのだろう。
戦力を動かせない。手を助けたい意思はあるかもしれないが、戦況が許さない。
なら……
「もしかしたら両方を助けるかもしれない。もし自分の考えが間違っていたと何にも影響にはならない!!ペルシダを、仲間を俺に貸してください。靴でも何でもなめる。戦いでも何でもする。弟を助けるために力を貸してください!!」
だから提案する作戦は、渋る理由もない作戦だ。
何も力がない流河が考えた作戦、嫌愚策だ。
戦況を大いにプラスにもマイナスにも変わるか分からないもの。
ただほんの一味、料理に塩をひとつまみ加える程度の事。
でも大翔のほんの少し手助けになるかもしれない。
大翔ならそのほんの少しの手助けでも何かチャンスを生み出す。
もしほんの塩を一つまみ加えるだけで味が大化けするくらい上手くいけば大翔を助けになることが出来るかもしれない。
「……聞こう」
そうして話に真剣に聞いてくれた。
全て聞き少し考える時間が生まれた。空白の時間が生まれる。
焦りで汗が出てくる。早く、決断をと。
そして司令官は
「……分かった」
「あ、ありがとうございます!!」
と許可が出してくれた。
ペルシダを貸してくれる。その許可が自信になって力になる。
部屋を出る。目的地は紫花菜の所ではない。
「車花。空間魔法って4つ同時に出せるか?」
「え?」
「あと、モレクみたいに空中を跳ぶことは出来るか? 嫌……ごめん、俺に巻き込まれてほしい。いざとなったら俺を捨てていいから」
「……あなた、戦場に出るの?」
「……やるしかねえだろ」
皆必死で余力がない。どこからも手を貸せないなら新しい人を呼ぶしかない。
他の人に責任を渡すことはできない。
大翔のことを思えば、許可を貰った責任を考えれば囮くらいならなんとかなるはずだ。
でも車花は驚いた。
さっきまで戦場で怖がっていたからか。情けない姿を沢山見せたからか。
自分もそう思う。でも目的を具体化したからか、作戦を行う責任からか怖さは消えた。
「私たちも同行させてもらえないだろうか」
そう後ろから声が聞こえる。義信たちだ。
「いいんですか?」
「君たちが命を救ってくれた。私たちも君たちを助けたいんだ」
皆真剣な目だ。何年も訓練し続けて、力を蓄えていた人たち。
その流河が持っていない目を持った人ちが流河についてこようとしている。
体の震えが消えていく。
「あ、ありがとうございます!!」
「……はあ。いいわ、分かった。私も手伝うわ」
車花も手を貸してくれる。
人が集まっていく。
大翔を助けられるかもしれない。
助けに行ける。
だから……
死なないでくれと。そう流河は願うしかなかった。
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男の子は壁に持たれかけていた。微塵も動く気配はない。
モレクは大満足のようだ。
これほどまでもなく上機嫌だ。
「なあ、どんな気持ちなんだ? なあ?」
バルバドはあまり現状に満足していなかった。
しぶとかった。
相手は魔法を使えない状態になった。なのに思ったよりほか倒れなかった。
体の中にたまった疲れを息とともに吐き出す。どうしてこんな相手に疲れてしまうのか。
魔法が使えた時は拮抗していた。それもモレクと手を組んででもだ。
もし魔法を完全に扱えるようになっていれば、結果は変わっていたのかもしれない。
それが、戦いが終わったことにしこりを生む。
「ち……」
舌打ちをするしかこの感情を吐き出すしか出来なかった。
髪の毛を引っ張られ、子供は顔を上げられた。
生の執着心が見られなかった。顔に生気がない。もう魔法も体も何もかもつかえないのだろう。
相手は声が出ないほど衰弱している。下手したら死んでしまうくらいだ。
目もモレクたちに合っていない。
腕は結晶で埋め尽くされ、足も切り刻まれているのだ。
血も足りなくなっているだろう。
ここから生きる希望を見出す方が難しいだろう。
変に抵抗すればこれ以上の苦しみが続くと理解したのだろうか。
どうしてここまで倒すのに時間がかかってしまったのだ。
それが頭に何度も反芻する。
時間がかかりすぎだ。長らく戦いがなかったせいで体がなまってしまっているのか。
この子供に時間を稼がれたせいで戦局がどうなったのか分からない。
全く参加することが出来ていなかった。
屈辱だ。
こんな子供に苦しむ自分が。役目を果たせなかった自分が。
この子供のせいで何もかも自分が思うように動けていない。
自分には力があるはずなのに、その力で何も統べることが出来ていない。
一度外を確認するために上に上がろうとしたそのときだ。
「俺の名前ははる……カーハルだ!!」
電子音声だ。耳に響くキーンとした不快な音が耳に入ってくる。
男の声だ。だいぶ遠くから聞こえる。
耳に残るその声に不快感が走る。
どこにいるのか分かりやすい。戦場で自分の位置を示して何をするつもりなのか。
「異世界から来たカーハルだ!!」
だが感じたのは不快よりも怒りだった。
バルバドは手に力を入れ、怒りを体から出すしかこの怒りを抑えきれなかった。
子供と戦っていたせいで、戦っている人に恐怖を味わわせることが出来なかった。
バルバドがいるという恐怖がこの場に伝わっていない。
でなければこんな大きな声を出すはずがない。
というより存在自体認識されていないのかもしれない。
自分より先に存在をこの戦場に轟かせた。
屈辱が更に重ねられた。
子供に時間を稼がれ、別の子供に大きな声を出されている。
支配されようとしている。
自分たちが無力だと、自分たちはいた所で脅威とは思っていないと。
それは許されない。今すぐその声を消して、調子を載らせないようにしなければいけない。
「俺は魔法でここを支配してやる!!」
殺気が体から漏れ出てくるくらいにいら立ってしまっている。
それはモレクも同じだ。
「あのガキめ……」
考えることは同じだ。
この戦況を変える。命がある限り殺し続け、その存在を示さなければならない。
悪魔という存在を。
とにかく子供を早く捕まえて行動を開始しなければならない。
そうやって子供に近づいた時。
突然、何かが地面に突き刺さり土ぼこりが舞った。
モレクと共には後ろに下がった。
土ぼこりから光魔法が襲ってきた。
二人は防御魔法をしてその攻撃を受け止めた。
その出力は今までの比にならない。
「何だ!?」
あの土埃の中にいるのはたった一人だけなのだ。
両手に魔石の結晶が出来たあの子供しかいない。
モレクは血を流していた。少し間に合わなかった。
バルバドは前を見る。
煙で子供の姿が見えない。でもまた煙から光が…
「良かったね。二対一の間にぼこぼこにできて。少しは気持ちよくなった?」
光魔法が二人を襲った。
大きな音と共に光の束が横なぎに来て避けるほかない。
聞こえるのはさっきぼろぼろにした子供の声だ。
後ろの建物が崩れた。
もう魔法は使えないはずなのに。この出力は。何が起きている。
そして土ぼこりが晴れ、見えたのは…
さっきの子供は立っていた。
ありえない。あんなに攻撃を当てたのに。もう立ち上がれる様子はなかった。
なのにその顔は初めて顔を合わせた時、それよりも顔が明るくなっていた。
その子供は手に力を入れいつのまにか地面に刺さっていた剣を、白い剣を引き抜いていく。
「その剣は…!!!」
その剣に二人は反射的に敵意をむき出しにした。
その神々しさに殺意が溢れた。
その剣を見た途端、白金の髪をした一人の女を思い出した。
悪魔を蹂躙した天使の名前を。
バルバドを殺すことなく捕まえ、尊厳を奪ったその顔を。
アドラメイクの首を打ち取ったという報告と共に憐れみを見せてきたその顔を。
そしてバルバドを殺さず、その剣をこちらの首に向けるあの忌々しい記憶を。
そしてその女性が持っていた剣を、今子供の手にあるのだ。
どうしてその剣を持っているのか。
どうして今まで使わなかったのか分からない。
だが今すぐ回収しなければ。回収すればアドラメイク様も大喜びするはずだ。
モレクが削っていてよかった。あの剣があるだけで防御力は格段に上がる。
相手も限界だ。
長時間意識を保つことなど出来ない。あの剣を持ったまま逃げ切れることはない。
だがこの圧はなんだ。
モレクを圧倒する圧の強さ。
この子供にさっきまでの子供から想像できないほどの力を感じる。
「お前は何なんだ!」
バルバドはそう叫んだ。
それは、この子供の正体を、その謎深さに近づいてきているからだ。
その素性、その心を認識することで脅威度が知覚されていく。
顔には憔悴が残っている。
あれだけ、痛みを与えれば回復魔法を当てても精神的に疲れたのだろう。
それでもこの圧倒される圧は何なのだろうか。
あんなに苦しい思いをしたはずなのに。あんなに傷つけたのに。
その目には戦いの目をしていた。
何故戦うのだ。一度諦めたはずだ。
何が彼の心を焚きつけたというのだ。
それにこの子供は一体何なのだろうか。あの天使が持っていた剣を持っている。
かといって魔法を使ったことのない。魔力の調整が出来ていないのはつまりこの子供は今まで魔法を使ったことがない。
だが魔法を扱っている。そしてその目。あれはおそらく異能だ。
そんな条件に当てはまる子供など地球側にも異世界側にも当てはまるものなどいない。
頭の中に様々な疑問がよぎる。
そもそもあの女はどこに行った。
異世界の情勢が全くバルバドにない。
なぜこれだけ魔法使いや騎士がこの世界にいる。
アドラメイク様は今誰と戦っている。
この子供は一体何者なのだ。
頭を振って、目の前の子供に集中する。
アドラメイク様の忠誠を誓った。アドラメイク様の剣となった。アドラメイク様を疑うことなどあってはならない。
ならやるのは戦うこと。
今までと変わらない。ただ相手を蹂躙する。それだけを考える。
「ありがとう、兄貴」
「何を言っている?」
「……分からないの?」
その態度だ。さっきは剣のことで気づかなかったが……笑っている。
疲れているのに笑っている。
そしてこちらの質問を答えず、何か言ったかと思えば、その言葉だ。
「何が言いたい?」
「あぁ……ふっ」
少年は笑った。間違えなくバルバドに対して笑ったのだ。
何だ、その態度は。その顔に今まで怖がっていた感情は消えていた。
まるでこの子供はバルバド達を……
「7位だっけ?」
「それがどうした?」
「通りで下の方だ」
「なんだ…と?」
「子供一人に勝つことが出来ない。子供一人に大局を取られる。今までなにを、どうやって生きたらこんなことになるの? ほんと、見苦しすぎるんだよ、お前ら」
ここまでぼろぼろになって、拷問にも等しい痛みを与えたはずなのに。
腕は魔石があってほとんど動かせない。
魔法だって撃てていなかったはずなのに。
大翔はバルバド達に人差し指を下に向けた。
「面汚しだよ。面汚し。親衛隊の名もアドラメイクの面も汚すって頭すらない。いつまでたっても失敗を続けて、周りに迷惑かけて、泥を塗って。相手を見上げて、へこへこ頭を下げるしかないのがお前らにお似合いだって言ってんだよ」
その最後まで聞くことが出来なかった。
バルバドは一気に詰め寄った。
今まで頭によぎっていたことが全て忘れ去られた。
あの女性の事も。
正体を明かした電子音声の男も。
そしてアドラメイク様の事すらも。
この子供を殺すと。
ただそれだけが体を動かし、バルバドは剣を振った。
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