第1章16話「浸食」
避難所に入ってやっと一息つけると、もう戦わなくていいとそう安堵していた。
だが車花のその言葉に体が震える。
「魔力詰まりってなんなんだ?」
その車花の言葉を流河は恐怖や震えが止まった。
気づいたら大きな声を上げて、司令官より先に問いただしていた。
魔力が詰まる。聞く限り最悪な言葉だ。
「魔力は体の中で常に増え続けます。普通の人は日常的に消費するのですが、孤児など魔力の発散方法を知らない人は魔力を消費しないと体内で結晶ができてしまうのです」
聞く限りまずい症状だ。
それでさっきの質問をしたのか。確かに大翔は条件に当てはまっている。
心拍数が上がる。大翔は大丈夫なのだろうか。
もし大翔が魔法を使えなくなってしまったら。
魔力詰まりになってしまえば大翔はこの状況では確実に殺されてしまう。
「その子は私の知人です。魔法の存在を知らない生き方をしていました。今まで気づきませんでしたが魔道具を使って今まで魔力を外部に放出していました。それでも体に入りきれなかった魔力が放出されただけかもしれません。それに彼は急激に魔力を消費した。悪魔二人に魔力消費は確実に多くなる。今まで魔力を消費したことのない体が勘違いして不必要に魔力を作ってしまう可能性があります」
「本当です!!」
腹から大きな声を出して、自分の存在を通信相手まで示すように力強く、噛まずに言わないといけない。
弟を助けないと、その焦燥が声を大きくさせる。
司令官はこちらに目を向ける。
「大翔っていうんです!! 俺の弟であいつが生まれた時から一緒でしたけど、魔法なんて撃ったことがないんです!!」
魔法が使えないなら自分と同じ、ましてやそれ以下の状態であの悪魔を二人同時に戦うことになる。
逃げることすらできない。
早く助けに行かなければならない。
「彼を失えば悪魔によって戦線は崩壊してしまいます。魔力詰まりが起きる可能性が高い以上協力して悪魔を留めなければ戦況は悪化してします」
「……事情は分かった」
その声はジェイドと車花が言っていた人物だ。
人間の声ではない。通信で機械音声となっているのだ。
異世界の人が通信を行っていることは気になることだが今はそんな場合じゃない。
「だが助けることはできない」
その人は冷静に淡々とこちらの要求を拒んだ。
また熱が上がる。その喉に熱がかかった。
「どうしてなんですか!!」
その返答に思わず声が大きく激しくなった。
大翔がどこにいるのか分からない。
今どんな状態になっているのか分からない。
焦りが、怖さがむしばんでくる。
「ここにいる住民が先だからだ」
「どういう意味です…!!」
この間にも大翔は傷ついているかもしれない。死に近づいているかもしれないのに。
じれったい気持ちになる。焦りが怒りとなって、熱がふつふつと沸いてくる。
「洗脳された人々想定以上に多い。見通しがいい場所にを向かって歩き続けていて殺しやすくされている。だが個人差がある。デパートや駅の付近では列になって進んでいる。裏道に来ている人もいるだろう。だが敵はまばらに目の前にいた人を攻撃してくるので守ることが出来ない」
「だからって大翔が後なんですか!!? 今死ぬかもしれないのに!!」
「私たちはそういう取引をしている。私たちの目的に協力する代わりに民間人を助ける。そういう取引をしている。殺されないよう守らなければならない」
「大翔だってそうだ!! 何も知らない子供が皆のために戦って殺されそうになっているんだぞ!!」
思わず敬語も使わずそう怒鳴り散らしてしまった。大翔はみんなのために戦っているのだ。
こちらを見捨てて逃げることもできる。
今だってそうだ。逃げようと思ったらここに来ればいいのだ。魔法を使って逃げることもできる。
大翔は魔法を使えなくなったら死ぬかもしれないのに。なのに見捨てるというのか。
何も知らず、皆の為に戦っているかもしれない大翔に苦痛と恐怖を与えるというのか。
「確かにそうだ。彼が耐えてくれるなら、それだけの住民を助けてその子を助けることができる」
それだけの住民。
その言葉に口が止まった。さっき車で走っていた時見捨ててしまったのを思い出す。
「だが彼が助ければ当然大勢の人は見捨てることになる。君は、君の弟はそれでもいいというのか?」
その言葉に体の中の熱が急激に冷める。言葉をつむげなかった。
そして少し冷静になって周りの目線に気づいた。
ペルシダは流河を心配そうに見えている。あるいは憐れみだろうか、
車花や義信たちもだ。同情はしているものもあちら側の立場だ。
上の命令を聞かないといけない。
そして司令官達だ。その目は厳しい。
少なくとも言えるのは戦うのは彼らだ。
流河は何も知らない。魔法とは何か、悪魔とは何なのか。
どうして取引を、そのジェイドという人物は一体何のためにここにきて戦っているのか。
偉そうに言えるわけがない。さっきだってそうだ、何を怒って言える立場なのか。
何も力がないくせに。
自分はお願いする立場だというのに相手に怒るのは筋違いだ。
もし怒って助けてくれなかったら、どうするつもりだったのか。
相手が理性的で、こちらは怒りに任せて攻撃してしまった。
無責任に大勢の人を見捨てる選択肢をとろうとした。
司令官も厳しい目になるはずだ。
自分の浅はかさに嫌気が増す一方で。
「そんなの……」
それにもし流河が逆の立場なら。それを知ってしまったら。
あの子供と別れた大人たちは何を思うのだろうか。もしそれで大人たちが死んでしまったら子供はどう思うか。
自分の家族を助けてほしいと。
死という恐怖を味わう。
目の前が暗くなり、だんだんと皮膚が焦げるような熱さ。
身体と心の言うことが効かなくなって、恐怖に耐えることしか選択肢がない状況。
いろんな死にざまを見た。
体を貫かれ、失血死を待つのみなのか、その前に死ねるのか。
崩れる建物から逃げることが出来ず、内臓が飛び出るのを止めることが出来ない。
どうすることもできない。ただ死を待つことしか、目を瞑るしかできない辛さ。死すら自分でも制御できない。
回復魔法で直したものも、あの時に爪に立てられた痛みはまだ覚えている。
あの恐怖を、あれ以上の痛みを誰かに押し付けることになるのだろうか。
それに大翔は……
その罪悪感を抱えながら生きていく。
これから永遠に。
そんなこと自分は耐えられない。
でも嫌だ。嫌に決まっている。
大翔が死んでしまう。
いつも見送りに来てくれて。いつも帰ったら出迎えてくれて、一緒にご飯を食べて。
一緒にゲームをしたり、映画を見たり。
少し悩んだことがあったら、すぐに察知してくれて、どうしようもなかったときはアドバイスをくれたりして。
自分の中には大翔で大部分が構成されている。
逃がしてくれた。笑顔で任せてと言ってくれた。怖かったはずだ。
もう会えなくなる。もう遊ぶことも話し合うこともできない。
家も失って、更に家族も失うことなど。
無くなってしまう。日常が奪われてしまう。家族が奪われる。
まだ大翔に何も出来ていない。何も返せていない。
たった一人自分のそばにいてくれた家族なのに、何も出来ない。
「………」
話は途切れた。再びペルシダをどこに置くか考えられる。
ただ願うだけではだめだ。
考えないと。どうすればいい。大翔が死んでしまう。
目がぼやけてくる。
鼻の奥に痛みが生まれとしてきて、声が漏れそうになる。
どうすればいい。どうすればいいのだろうか。
その問いに誰も答えてくれる人はいなかった。
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大翔はバルバドとモレク、悪魔二人と戦って、まだまだ時間を稼がないといけない。大勢の人を助けに行かない。でも予想外の事が起きた。
一度目を閉じた。
信じられなかった。
でも目を開いてもそこにあるのは結晶が内部に侵食している姿だった。それを知覚してしまったせいなのか急激に痛みが走る。
「ああぁあああああ!!」
体が止まりうめき声をあげた。
――――痛い、痛い、痛い!!
腕に治癒魔法をかける。この結晶の取り除き方は分からない。
とにかく傷ついた血管を直し、できるだけ痛みを取り除かなければ。
これでは相手の剣を受け止めることなどできるはずがない。
腕の痛みは一瞬にして引いた。
ホッとするのもつかの間結晶は逆に増え、痛みが倍増する。
またうめき声をあげた。さっきよりも痛みはないからか叫ぶ声量も少なかった。
だがこれはアドレナリンだ。回復魔法によるものではない。
呼吸が荒くなる。そして頭の中に最悪の事実に気づいてしまう。
魔法を使うと結晶が増える。
どうして、なぜこんなことになっているのか。
わからないが、分かることはある。
腕を動かすどころか魔法が使えなくなってしまったら、こんな状態では間違えなく相手に勝つことなどできない。
何が原因だ。
相手にそのような魔法をされたのか。この目を見る限りそんなこともなかった。
嫌、この目だって信じられない。
情報がない。どうしたらこの結晶を体から取り除ける。
二人はこちらを見ている。何故か怒りの表情で、その眼光でこちらを殺せそうだ。
「お前こんな奴に負けたのか」
「すいません……今やらせてください」
「いい。俺も同じだ。あの目は異常だ。早く終わらして捕まえるぞ」
「……」
「返事は?」
「……はい」
その表情が何を刺しているのか分からない。
ともかく二人とも力を加減するつもりはない。
どうすればいい。
防御魔法は張れるのか。こんな状態でつば競り合いなどできるはずがない。
二人とも狙いを変えないことに少しの安堵と大きな絶望がある。
周りに迷惑はかけないが二人は死ぬまで狙い続けるつもりだろう。
一瞬だけ魔法を使って飛び上がった。
腕に痛みが走るが、我慢してビルに上がる。
「痛っっぅぅ……」
痛みをこらえようとするが出来なかった。
相手は攻撃を再開する。
要所要所で空中を移動したり風魔法や体が強化される魔法を使い自分を弾き飛ばして躱すしか選択肢はなかった。
魔法には出力がある。
逃げようとしても、痛みで相手よりも機動力が落ちる。
どれだけ逃げようとしても攻撃の時間を遅らせているだけになっている。
それでも結晶が腕の中で広がっているのを感じる。
その結晶の広がり方は不規則だ。急に広がったと思えば、魔法を使っても結晶が広がらないときがある。
これはいったい何なのだ。
同じ魔力の消費でも何が違う。
おそらく相手側何かやっていたわけではない。
だとするなら問題はこちら側なのだろうか。
それを解決しなければ、すぐにやられてしまう。
出来る幅が少なくなると一気に形成が不利になる。
攻撃が出来ない以上相手は攻撃をし続ける、体制が崩れ、周りを見る余裕がなくなる。
そして相手の攻撃をかわそうとした時だ
相手の攻撃の射線上に人がいる。
防御魔法を張った。
攻撃は受け止めたものも、高火力の攻撃には結晶の侵食が広がる。
「う、うぅ…」
神経が切れていないのだけまだましだ。
でも腕は結晶で半分以上は見えない。
痛い。体が拒絶反応を示している。はやく逃げろと。
まだ結晶が腕から外に出るのは気持ち的には耐えられる。
だが内部に進行してしまったら。
もし神経がこの結晶で傷ついてしまったら。
魔法どころか一生腕を動かすことはできない。
神経は魔法で治るのか今分からない。
腕が使えなくなる。
ご飯を作ることも、本を読むことも何もかもできなくなるかもしれない。
そもそもここを絶対に生き残ることが出来ない。
魔法が使えなかったら直ぐに追いついてくる。
ただ殺されるだけではすまされない。
それはあまり想像したくない。
逃げたい。
誰かに預けることはできないのだろうか。
誰かこの悪魔たちより強い人を見つけて助けを求めてはだめなのだろうか。
吹き飛ばされた。
大翔はビルを何度も何度も突き破り、壁に何度もぶつけることで何とか止まることが出来た。
すぐ横には子供がいた。洗脳されていうことも聞いてくれないだろう。
「ちょこまかとしやがって……」
「もういいだろ。お前は勝てない。さっさと拘束された方が楽だぞ。その結晶も外して…」
バルバドの声は子供の泣き声にかき消された。
その子供は涙を流していた。
その近くには大人の手が瓦礫から出ている。
バルバドはその子供を邪魔だと思ったのか光魔法で殺そうとした。
爆発して埋もれていたであろう大人は爆発によって跡形もなく消えてしまっただろう。
相手は驚いた。子供が大翔の傍にいるから。
「確かに悪魔は恐ろしい生き物だ。ねえモレクさん」
大翔は子供の手を掴んだ。
腕に痛みを走るも空間移動魔法で地下に逃がす。また結晶が増えた。
もう逃げられなくなるだろう。
「けがをしている戦闘能力のない子供を二人で必死に追いかける。あぁ、本当に恐怖で寿命が縮みそうだ」
大翔は戦いから逃げるわけにはいかない。
足に力を入れて構える。
モレクはその言葉に怒りを、バルバドは溜息を吐いた。
「お前を連れ帰る。だがその状態が何であろうときっと気にしないのだろうな」
目を使える。
どうして魔法は使えてこの目は使えるのかわからないがとにかくこれしか自分の生命を維持できない。
とにかく走り回って逃げるしかなかった。
攻撃が見える。避けられないと分かった。足が削られる。歯を食いしばり、目を瞑る。
そして痛みが足に走った。
攻撃を避けられない。少しずつ削られていく。
それを理解して、次の攻撃に備えないといけない。
幸い相手は徹底的に攻撃するがその一つ一つの威力はさっきよりましだ。
重体になる攻撃というよりは重傷を狙ってくる。
後ろから爆発魔法を食らった。でも前よりも背中の方がましだ。その攻撃を受けた。
腹を切り裂こうとした。魔力を腹の部分に広げその攻撃を受けた。表面が切り裂かれるも致命傷は避けられた。内臓が傷つけるよりはましだ。
相手の攻撃に防御魔法を合わせる。そこに高出力の光魔法を放ってきた。心臓の部分が狙われ、避けられない。防御魔法を強力なものは張れない。表面が焦げる程度まで防御魔法の出力を下げる。その攻撃を受けた。でも直撃するよりはましだ。
「あ、うう……」
声を上げて痛みを感じないようにした。だがそれでも痛みは止まらない。
結晶が広がっていき、魔法の出力も下がって、また難しい魔法が撃てなくなっていった。
なんとか時間を稼ごうとするもでもそんなことも出来ない。
息が吸いにくい。液体のようなものを感じ、鼻で呼吸すると喉が詰まってしまう。
そう感じたと同時に鼻から血が出てきた。
頭が熱い。まるで熱が出ているかのように考えることが出来ない。
目に力が入らない。
「あ……」
でも頭の中で思いうかんだことがある。
大翔はビルから飛び降りて、自由落下で少し距離を取る。着
地をしてそのまま四つん這いになって体の息を整える。
後ろから爆発音がした。ビルが爆破されて二人の姿が見える。
相手を直接見るしか出来なかった。
今までが異常だったのだ。建物が透けて見え魔法を使って空を飛ぶなど。
今まで夢だったのだ。
大翔は脚しか移動手段はなく、目に入る光しか視認できない。
大翔はみっともなく走り逃げた。
悪魔が空中を飛び襲ってくる。
建物が壊され今まで何度も来た日常が黒い煙と炎に包まれている。
でも機動力が全く違う。
逃げることなど無理だった。相手は近接攻撃を選んできた。
バルバドに足を捕まれた。
大翔は回転し、そのまま投げ飛ばされた。
制御ができないまま、今度はモレクにかかとで腰を蹴られた。
受け身をとれずに砕けた岩が腹をえぐる。
体勢を崩された。立て直さなければ。立ち上がって周りを確認する。
上から来たモレクはそのまま膝で頭をぶった。
口の中が切れ、アスファルトの味と血の味を感じた。
足音が聞こえる。
「今までさんざんぶってくれたな?」
モレクが大翔の前に立ち、片足で手首を抑えられ手をもう別の片足で押される。
指が折れた。鈍い音と共に痛みで体が揺れる。
そして顎を足で蹴飛ばされる。
防戦一方とは言えなかった。
なぶられ続けた。
結晶は思ったよりも防御力が悪く、すぐに粉々に砕ける。
その衝撃で傷口がただ広がっただけだ。
何も追いついていない。
痛みから立ち上がれる前に痛みで体が動かなくなる。
腕が動かない。足も体も動かなくなった。
そして剣で貫かれた。
それも熱で赤く光った剣に。
動くことが出来なかった。痛みで動いてしまえばその分傷口は広がる。
叫んでその痛みを乗り切ることしか大翔はできなかった。
「やりすぎだ」
「まだまだですよ。こんなもの。私が受けたもの」
そういってモレクは剣を横に振る。
熱によって体は簡単に穴が出来て大翔は熱の剣から攻撃を逃れることが出来た。
「…………」
「尊厳も屈辱を全て奪われた」
「腕の一本くらいなくても構わないでしょう?」」
二人が何か話し込んでいる。
その間に匍匐で建物の中に入る。
逃げなければ。死ぬ。死んでしまう。
「回復魔法……」
だが魔法を使うと痛みが増える。
それでもかけ続けた。そうでないと死んでしまう。
建物が爆発し、大翔は吹き飛ばされる。
回復魔法を使うことすら出来ない。
意識が落ちてしまいそうだ。頭がくらくらして何も考えることが出来ない。視界がぼやける。
またあの二人が前に立った。
周りには何もない。大翔と悪魔が二人、その三人しかいない。
髪の毛を引っ張り立たされた。
何か話しかけられている。
何も見えない。声もはっきりと聞こえない。
これは死ぬ。怖いとか、嫌だとかそう思えなかった。苦しい。眠い。
このままどうなるか考えることが出来ない。他の人の安全を見ることも出来ない。
でも頑張ったのではないだろうか。初めての戦闘にしてはよく頑張った。
時間も稼げた。
大翔は正しい行いをちゃんとできた。ならもういいのではないだろうか。
心残りなどもう……
「俺は異世界からきたカーハルだ!!!!」
意識が消えかかるその直前、そう大事な家族の声が聞こえた。
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