第1章15話「戦いは終わらない」

 流河達はなんとかして避難所に付くことが出来た。


「……」


 あんなにはしゃいでいた子供がもうはしゃぐこともせず、ただ黙って下を見てい。。


 衛生所の中にはどこもかしこも血を流した人が横たわっていた。

 涙を流して叫び声を上げている者。生の願いを何度も叫ぶ者。

 今まさに力尽いて握っていた手が地面に落ちていく人を何度も見る。

 

 こちらは怪我人がいないのでできるだけ奥に行き、空いたスペースに行くことになった。

 子供たちは軍人やこちらのことを見ている。


 今どのような状況にあるのかと。

 どうしてそのような暗い空気なのかと。

 

 でもそれを説明できるような気力も周りの配慮も今は出来ない。


 流河は座り込む。

 紫花菜たちはおそらく大丈夫だろう。


 もう何も背負うことはない。もう何もすることはない。

 ただうずくまって周りの勧告をしっかりと聞き、邪魔にならないようするのが最低ラインだ。

 変に騒いだりする必要はない。


 車花も上手いこと大翔の救援を打診してくれるだろう。


「くそ…」


 子供たちをなだめる力があればそうしたかもしれないが、この無力感と恐怖が抜けない自分が子供に接すれば逆効果になるだけだろう。それに


「ねえ、お母さんは?」


「お父さん今どうなっているの?」


 彼らにどう説明したらいいのか。流河には分からなかった。


 子どもたちは大人である地球連邦軍の人にそう質問している。

 地球連邦軍の人は運転手の人が対応していた。


 義信と女の人ともう一人もかなりしんどそうだ。


 結局戦いはなかった。

 子どもたちを確実に守るとはいえ、結果としてあの時変わっていれば……


 そんな顔をしていた。


 紫花菜も厳しい状況だ。下を見て何も見ないようにしている。

 あすはが抱きしめて落ち着かせている。


 流河は何も出来ない。絶対に紫花菜に近づくことは許されないし、無理やり近づいても逆にお互い暗くなるだけだろう。


 さっきの戦いで分かった。

 体も心も余りにも未熟で、熟したとしても車花達にはたどり着けない。

 

 迷惑をかけるだけだから後は影響を与えないように隅で小さくうずくまるぐらいが今は一番なはずだ。

 体も疲労がたまって頭も回らない状態で何かしても無用な働き者になってしまう。


 本当は何かしたい。でも誰かに迷惑をかけたくない。

 せめて休憩をしたい。大翔は今も多々がっているだろうが。


 車花がいつの間にか目の前にいて、手を握ってきた。

 そしていきなり引っ張られる。


「義信さん達とペルシダは私についてきてください。司令官にあってほしいんです」


「司令官……分かった」


「何で俺が……」


「いいから来なさい」


 ペルシダは分かる。でも自分はなぜ呼ばれているのか。

 分からないが、車花を煩わせないたために素直に従うこととした。


 そうして着いたのは下水道のマンホールだ。

 マンホールのふたを車花は軽々と開け、その下に跳んだ。

 

 流河は当然できないので 一歩ずつおり、ペルシダも下にとび降りる。 

 

 口で息を吸ってもすごい臭いだ。周りもそうかと思ったが、武重たちは軍人だからだろうか、気にしていないしペルシダと車花は鼻と口青いもので被せているか、ペルシダは最初にあった可愛い反応がない。


 おそらく魔法だろう。でも怒る気にもなれない。


 下水道の水につかると思いきや、下は土で覆われていて足がつかることなく車花は前に急ぎ足で進む。


 そうしてしばらく前に進むと人の声や電子音声が聞こえる。

 あそこで指令をしているのだろう。つまり司令室ということだ。


 曲がったところにその人はいた。

 

 軍服を着て日本の国旗をつけている。

 そこには複数の人が椅子に座っていた。


 その目の圧に帰りたいと流河は思わず一歩後ろに足を置いた。


「大s…一等陸佐…壱城一等陸佐ですか?」


「君達は知らない人たちだ。ここに来たのは…洗脳が解けたということか」


「指揮官ってあの人なのか?」


 車花が頷く。


 司令官。

 一等陸佐は分からないが大佐と聞く限りかなり高い階級だ。


 どうしてそんな人が異世界の人たちと交流があるのか。

 司令官の周りは剣や槍を構えている人たちがいた。

 それだけではなく軍服を着た人たちがいったい何が起きているのだろう。


「それでこの子達は?」


「この男に関しては気にしないでください。この子はペルシダ。魔法を無効化する異能が持っています」


「本当か?」


 司令官の眼の色が変わる。

 異能とは言うが何が魔法で何が異能なのか、良く分からない。

 でもこの状況で聞けるはずもなく我慢することにした。


「彼女がロボットに触れれば自重でロボットは無力化できます。それにこちらの世界の人を解除する分だけの魔力を失わなくて済むはずです」


「……なるほどな………」


 司令官はペルシダに体を合わせた。

 遠い所にいる自分でもその圧を感じるくらいだ。

 ペルシダの方が力は強いはずだ。

 でもその圧に少し怯えたかのように頭だけでなく体も上に向けて、頭は少し後ろに下がったように見える。


 あの圧の強さは本人の気質が大きいでもそれだけではなかった。

 

 それに自分の弱さが加わって更に圧がかかってくるのだ。

 この人たちが人助けをしているから。自分にはそんな勇気がない。何もしていない。


 劣っている。

 そう思ってしまうからこそ目の前の人物に威圧感を覚えてしまう。


「君はこの世界とは関係ない。君が命を懸けるほどの理由もない。今報酬を渡せるほど余裕もない。君がここから逃げたいのなら私たちはそれを受け入れよう。君は何も悪くない」


 そう司令官はペルシダに逃げる理由を与えた。

 それは肯定だった。


「でも今大勢の人が死が訪れようとしている。私たちはそれを止めたい。力を貸してほしい」


 そうやって頭を下げる司令官にペルシダは悩ましそうにした。

 

 流河は弱い。

 だからそう思ってしまった。


 ペルシダも流河と同じように思っているのだろうかと。

 戦う必要がない、と。

 戦いたくない、と。

 

 でも直ぐにペルシダは頷き


「……やらせてください」


 大きな声でやる気のある声でそう答えた。

 

 流河は喉元が詰まり呼吸が苦しくなる。

 

 その目は覚悟が決まった眼をしていた。

 そのやる気に流河は取り残されている気がした。


 自分だけだ。この場に戦う意思がないのは。

 自衛隊の人たち、義信達だってあれだけの力の差があるのに、でも必死になって戦場に足を踏み入れている。


「…感謝する。では地図で戦闘箇所を教える」


 そうしてペルシダがそばから離れた時に車花が首を腕に回し、周りから避けてきた。

 力が強くて、従うしかない。


 車花はペルシダに一度視線を向けた後耳に小さな声で囁いた。


「ペルシダが来た時の状況を教えて欲しいの」


「何の意味があるんだよ」


 思わず冷たい態度を取ってしまう。

 他人の質問に答えられるほど余裕がなかったからだ。

 速く大翔の救援を行なってほしい。


 早くこの空気から逃れたい。

 紫花菜達をここまで送り届けたのだ。もう自分がすることなど何もないはずなのに。


「あの子の情報が必要なの。報告するときにそこもあったほうがいいでしょ。それが終わったらもう何もしなくていいから」


 何もしなくてもいい。それは甘くそして痛みを発する言葉だった。


 役目はそれで終わり。

 大した貢献ではないが紫花菜を守って避難所まで戻ることが出来た。


 大翔が言う足りない部分は埋めることは出来ただろう。


 むしろ思った以上にやれたのではないだろうか。

 今の流河には避難所に回って何かを運ぶ役割が皆に貢献できる最大限の行いだ。

 

 何かを運ぶことを卑下するつもりはない。立派で尊い行いだ。


 でもそれは主人公のする行為ではない。


 危険な場所で命を懸けている人がいる中で、安全な場所で雑用をしているのは自身が思う理想の主人公像ではない。

 ペルシダを別れて戦っている中、ただ自分は出来ることをやったと言い張るためだけの物運びなど皆の憧れる主人公だと、皆に荷物を届ける人の態度ではない。


 だが流河は主人公ではないのだ。

 思い知らされた。何も力がない。周りに頼って、すがりついて、体を縮こませて。

 車花の言葉を魅力的に思っている。そんな自分が恥ずかしい。


 だから頷くことも否定することも出来なかった。


「それに……大翔のことも気になるのよ」


「気になるって知っていることは全部言ったぞ」


「あの子一度も魔法なんて使ったことないわよね?」


 車花はそう一度言ったであろうことに対して確認を取った。


 その顔は真剣だ。意味が分からない。そんなの分かっているはずだ。

 そんなこと知っていたらペルシダに聞くことなんてしない。


「少なくとも見たことはねえよ」


 あったら皆に言いふらすし、今頃生きているはずがない。

 魔法は異世界の人間しか使えない。

 事情は分からないがもし使えているならもう当たり前の事で質問する意味などないはずだ。


 車花がその返答に押し黙った。


「悪魔二体はどうするんだ?」


「親衛隊14位と親衛隊7位の悪魔相手に一人で戦っている。あの子は誰だ?」


 その報告に車花は頭を上げる。流河も思わずその話をした人に顔を向けた。

 

 悪魔。

 悪魔が二体もいる。

 あんなの二人、アドラメイクを含めるとおそらくもっと悪魔はいるだろう。


「今黒いパーカーの子供が戦っている。あの子はいったい何なんだ?」


 黒いパーカ―の子供。それは大翔だ。

 生きている。


 生きて悪魔相手二人に大翔は戦っているのか。

 自分とは大違いだ。悪魔、にロボット一体だけにあれだけ怯えていたのに。


 悪魔と戦って、もう一人。モレクは親衛隊14位と車花聞いているのでモレクよりも強い人物相手に。 

 モレクとその悪魔、二人に向かって立ち向かって戦うことが出来るのだ。


 救援なんていらないのではないだろうか。


 ふと周りを見る。そして軍人や騎士たちの目を見た。

 

 凄い目だ。改めて見るとその覚悟が表情でものすごく分かる。


 ここにいる人たちは皆かっこよかった。

 漫画の登場人物にいるような心の持ち主で。

 死を屈することなく人の為に動けている。尊い行為だと心の底からそう思う。

 

 流河には無理だ。


 きっと大翔もそうだろう。

 突然力に目覚めて、悪と戦うヒーロー。

 物語にあるような話じゃないか。

 物語はまだ始まったばかりで、彼らが死ぬようなことなど絶対あるはずが……


「今すぐ援護してください」


 車花は大きな声を出した。

 その声はものすごく緊迫した声だ。


 まだ子供である彼女は力も大翔ほどでもない。

 そして司令官やジェイドの対応を見る限り偉い立場ではないのだろう。


 作戦の指揮にも入っていないはずだ。

 だからこそ、そんな車花が大きな声を上げることに驚いた。


「どういうことだ?」


 救援を頼むとは言ったが、何もここまで緊迫した声は嘘のように……



「その子は今まで魔法を撃ったことのない……が起きるかもしれません」



 車花はそう大声で言い切った。


 それを聞いた瞬間恐れも不安も今まであった感情がすべて消え去る。

 頭の中がその意味を理解しようと使わなかった脳を動かす。

 

 熱が入った。


「なんなんだ、それは?」


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 大翔は戦場に加わり無力化することを続けていた。

 戦闘が続いている。

 東京の西部で戦いが起きているのだ。


 戦いはそう簡単に終わらない。


 光魔法の威力を低くして数を増やす。

 相手を貫通せず、せいぜい表面が焼ける、かつ攻撃の持続時間が数秒程度の物を魔力で作る。


 そうしてそれを人に向ける。

 つば競り合いになった相手は攻撃を食らい、あるいは後ろを振り返って防御魔法を放った人は戦っていた人に無力化される。


 前に進み続けた。


 進めば進むほど助けられなかった人が見えていく。

 ただ唇をかみしめて我慢するしかない自分に嫌気がさす。

 

 もっとやれることがあったんじゃないかと、その後悔を抱えながらも真っ直ぐ進んでいった。

 とにかく一人でも多くの人を助け、多くの人が殺さないようにしなければ。


 拾った剣を鞘に納め、両手の魔力をその剣に込める。

 そして返り血がついたマントを羽織った人にめがけて剣を振った。

 

 相手の防御魔法を破り、相手のろっ骨を折る。


 大翔はそのまま相手の関節部分を折れるまで足で踏みつぶした。

 骨が折れる感覚が足に伝わってくる。


 魔法は手を使って撃つ。

 痛みで制御できなくなるほどになればおそらく魔法を撃つことが出来ないはずだ。

 

 でもこの人もおそらく……


 大翔はそこまで考えを留めてすぐに次のところに助けようとした。

 

 見つけたのは戦士だ。命に危機に立っている。

 

 両足を切り放され、目から涙を流し、叫び声をあげている。


 そしてもう一人が剣を逆さに持ち心臓を突きをしようとしていた。

 瞬間移動魔法で近づき、剣を足で弾き飛ばし、手で腕をつかみ一回転させて投げ飛ばした。


 本当は倒したかったが、この人の治療が必要だ。

 

 骨ごと切られている。

 脚を止血しないと痛みで動きが取れなくなる。

 

 魔法があれば脚がなくても最悪動ける。とにかく離脱できるくらいの力を取り戻さないと。


 ―――今回復魔法を。



 それは突然来た。

 吹き飛ばされた。風を感じ、まずいと感じ体勢を立て直そうとするときにはもう遅かった。

 

 壁に打ち付けられ、肺の空気を吐き出され気を失いかける。

 

 頭を振って意識を取り戻し、迫る光魔法を瞬間移動魔法で躱す。

 

 背中が熱と痛みが走る。


 でもそれ以上に


「うぅぅぅぅ……」


 腕の皮が服ごとめくられていた。

 血がドバドバと流れ、地面に小さな血だまりができていく。


 それを目にした瞬間、一気に痛みが目覚めた。

 足に力をこめ声を上げ理性を取り戻し、回復魔法を腕に当てる。


 血が止まり、皮脂が戻るが体力とそして気力がごっそりと抜かれた。


 それは目の前にいた。悪魔だ。

 さっきの悪魔に似た気配を感じる。流河や車花、ペルシダ達、人族と違ったオーラを感じる。


 だがその気配はさっきの悪魔以上に感じた。

 さっきの悪魔が比にならないほど圧を感じる。

 体がとても細いが力強い。脂肪が全くない。


 すぐに距離を取って体勢を整えようとした。

 でもそれは間違いだということがすぐに分かった。


「待って…助けて……」


 そこにはさっき大翔が助けようとした戦士が首根っこをつかまれた。

 悪魔の目は人を殺すことにためらいのない目だった。


 殺されてしまう。


 すぐに前に出て、その戦士を助けようとするが


「ごきゅ!!!」


 人から出ることがない声と共にその戦士は心臓を剣で貫かれた。

 口と心臓から血が流れる。


 大翔はその返り血を浴びた。咄嗟に目を塞いでしまった。

 その死に顔を見ることが出来なかった。顔に生暖かいものがとびかかってきた。


 目元から血が頬にまで流れる。


 目を開けるとその戦士の目に光はなかった。

 体は止まりただ動くことができなかった。

 

 ―――死んだ。目の前で死んだ。助けられなかった。また目の前で何もできなかった。

 死んでしまった。助けられたのに。またもう取り戻せない……

 

 ただ戦場ではそれで止まることは死を意味している。

 

 後ろから魔法が襲って来た。

 吐き気も恐怖も全て体に中にとどめて大翔は回避する。


 その悪魔は平然としながら戦士の体から剣を抜き、そしてその戦士を大翔の手前に投げた。


 後ろに足が一歩下がった。

 だが戦士の顔はころころと転がりその目が大翔に向く。    

 

 その光のない目にまじまじと見ていた。

 呼吸が荒くなることに気づかずにそのままその顔を見てしまった。

 その遺体に目線が吸い寄せられる。

 

 その戦士の顔は唇が青くなっていき、体から生気が失われていく。そして流れる血、血、血、ち、ち、ち……


 抑えきれなくなった吐き気とめまいが大翔を襲うが相手の攻撃に現実に戻った。

 光魔法を防御魔法で防ぐが甘かった。体に防ぎきれなかった光魔法が通ってしまい、

 表面が焼けるような痛みで思わず声が少し出てしまう。


 ―――だめだ。この人たちを止めないと。またあの人のように大勢の人が死んでしまう。


 無理やり呼吸を抑えて過呼吸の状態を止める。そしてその悪魔を見た。


 隣にはついさっき蹴り倒した悪魔がいた。後ろから攻撃したのは大翔が倒した悪魔からなのだろう。

 その顔は怒りで血管が浮かび上がりそうなくらいにキレていた。


「よくも……よくもやってくれたな……!!!」


「モレク。さっきも言ったが落ち着け」


「でも!! こいつは…」


「落ち着けといっているだろう」


「………ぐ、分かりました」


 見る限り腰はもう大丈夫そうだ。

 怒りが増しむしろパワーアップをしているように見える。


 だが怒りは大翔のせいだけではない。

 

 目の前にいる男に向けてもだ。

 自分の怒りを鎮められたことに更に怒りを増している。

 大翔よりもその目の前にいる男に怒りを感じているように見えた。

 

 二人の関係は分からない。

 ただその矛先は全て大翔に向けられている。


 撤退するべきだ。


 2対1だ。それに目の前の悪魔はモレクと呼ばれたあの悪魔よりはるかに強い。

 おそらく今ここにいる相手の中では一番強い。そのような圧を感じるほどの魔力を感じる。

 あのモレクを完全に押さえつけている。


 分が悪い。

 ただでさえ初めての戦闘だ。

 

 心構えもまともにできていない。

 気分はぐちゃぐちゃだ。

 気持ち悪い。まだ腕の痛みが引いていない。体にしびれが残っている。


 力量差もある。

 まだ魔法を使って一時間も経っていない。相手は何年も魔法を戦いの中で磨いてきた。


 勝てるビジョンが見えない。やるならせめて体勢を整えてからじゃないと駄目だ。

 力を抜けば確実に死ぬ。本気でやっても勝つことは出来ない。さすがにそこまでのリスクを負えない。


 今すぐにもここから逃げるのが吉だ。体は逃げ出そうとしている。

 せめて誰かが一人を担当すれば、まだ戦えるのかもしれないが、増援も来る気配がない。

 

 大翔が逃げれば少なくともモレクは釣れる。もう一人がどう出るか分からないが、でもモレクさえ倒せば一対一ならまだ耐えきれるかもしれない。


 それが最適解だ。大勢の人を確実に助けるためにはそれが一番いい。

 でも


 ―――やるしかない。


 確実性を求めるより、不確定でもより大勢の人を助けなければいけない。

 この悪魔たちが野放しにされたら、被害はさらに広がる。


 また誰かが殺されてしまうのだ。

 

 相手は人を傷つけることにためらいがない。死んだ人の体を投げ飛ばす奴なのだ。

 

 さっき拾った剣を鞘から抜き両手で構える。

 剣の振り方も何とかなるはずだ。


  震える体を抑え体に力を籠める。

 とにかく時間稼ぎをしなければならない。他の戦闘が終われば逃げていい。


 その時間まで耐えきれば大翔の勝利なのだ。


 相手は剣についた血を払い、大翔に向ける。

 大翔も両手で剣を構えた。


「私の名前は親衛隊7位のバルバドだ。貴様は?」


「……」


 大翔は口を開かずに前に跳んだ。


  空中を跳び、推進力と重力を生かして剣を降り落とす。

 

 だがバルバドは片手でそれを受け止めた。

 そして両手で剣を持つとその剣に魔力が走る。


 剣が押し返され、大翔は後ろに衝撃を逃がした。

 

 バルバドは近づいてきて、大翔の心臓を突きさそうとする。


 大翔はそのまま体を横回転させ、剣を地面にたたきつけた。

 そのまま相手の剣に自分の剣を滑らして相手の剣を抑えながら攻撃しようとする。


 だが防御魔法によって阻まれた。


 モレクは素早く土魔法を地面から出した。

 無数の棘が大翔を突き刺さらんとする。


 大翔は空中移動魔法で上へ飛びあがった。


  そごにすぐにモレクが魔法で攻撃してきた。上から光の雨が降る。

 防御魔法で攻撃をいなす。

 

 バルバドは剣を抜き大翔に近接攻撃を仕掛けてきた。


 大翔は一度下に降りて、足で踏ん張ってその剣を受け止めた。


「礼儀がなってないな」


 そう剣の打ち合いの合間にそうバルバドは大翔に話しかけてくる。


 相手には余裕がある。事実大翔は相手に押されている。

 

 剣を振ることに大翔は慣れていない。

 相手はそれを何年も続けたのだろう。

 体が染みついているのだ。

 

 同じ時間で相手は大翔以上に何度も剣を振ることが出来た。

 剣では相手の攻撃が防ぎきれない。


 時折防御魔法を展開しては後ろに下がりつつ、大翔はぶつけたかった質問をバルバドに向ける。


「どうしてこんなことを!!」


 大翔は何とか剣で相手を押し返しそう叫んだ。

 理解できなかった。

 

 何故ここまで平然と戦えるというのだ。


「人を大勢殺して、何が礼儀だ!! さっきだってあの人を!!」


「名乗らないやつに言う理由はないな」


 バルバドはそれに何も反応しなかった。

 

 モレクは上から魔法で攻撃してくる。

 拳は使わず、魔法でけん制と止めをさそうとしてくる。 

 


 バルバドが前で剣を振りモレクが後ろから攻めてくるのが二人の基本体制だ。


 バルバドは闇光魔法をこちらに向かって撃ってきた。。


 最初は光弾だった。だがこちらに近づいてきたとたん、左右に黒い光が糸状に広がった。


 建物を切り倒した。発動もこちらに来るタイミングも全て一瞬だった。

 建物は斜めに切れたのか次々と倒れていった。

 

 その威力に大翔は焦りが生まれる。


 まだまだ近くに人はいる。

 建物が破壊されればその下にいる人はどうなる。


 洗脳された軍人が、民間人がまだまだたくさんいる。

 

 防御魔法はバルバドにとりたい。

 火力も速度もモレクよりもバルバドの方が高い。 

 

 モレクの攻撃をかわせれば少しは楽になるかもしれないがバルバドによって動きが止められ、

 攻撃が入る。

 

 それならモレクの上を取りたいのだが、バルバドの対処に必死で中々上に上がれなかった。

 

 ―――強い。


 バルバドは剣を使い、身体強化魔法とそして魔法を使う。

 モレクとは違い、攻撃を闇雲に仕掛けるのではなく崩すように攻撃をしてくる。

 

 一つ一つの威力はないものも手数が多い時。此方を崩したタイミングで一発に強い攻撃を入れる時など様々な攻撃がある。


 それに常に近距離で身体を主体に攻撃してくる。

 魔法を使うタイミングが分からず、モレクの攻撃もあってそれをさばくのに必死だ。

 

 防戦一方になっている。


 モレクと戦ったみたいに半身の状態にさせたところで意味がない。

 剣があれば簡単に突いて攻撃することが出来る。


 大翔がバルバドに攻撃を考えさせないよう、剣を振るが相手は剣で防御をする。

 何度も何度も仕掛けるが攻撃が通らない。


 隙が無い。


 なかなか安易に防御魔法を張ってくれない。


 そして剣を弾き飛ばして大翔を崩そうとしてくる。

 そこにモレクの攻撃があるから、攻撃しようにも中々攻撃という攻撃も出来ずにいた。


 モレクの攻撃をかわそうとしていたら、そのタイミングでバルバドは近づいてきた。

 

 攻撃が来る。大翔は剣を振って、追い払おうとしたが相手はそれを受け流した。


 頭で分かっていても、心と体の反応が遅れた。


 ここで受け流しを入れてくると考えられなかった。

 バルバトに一発強い蹴りを入れられた。


「ぐっっ」


 胃液が逆流しそうなのを耐え、そのまま距離を取れたのを良い機と上に上がる。

 

 このまま防戦一方になれば間違えなくやられる。


 光魔法でけん制するがあまり意味をなさなかった。

 攻撃も考えるなら周りの事を考える余裕がない。

 

 周りを意識すれば攻撃を食らい続け崩される。


 最適のかわし方を考える余裕はない。

 それなら空中で高速移動中に下から攻撃を受ける方が楽だ。

 

 周りにまだまだ人がいる。

 どれだけ移動しようが下にはいつも人がいる。


 あの魔法の威力なら巻き込まれて死んでしまうかもしれない。


 とりあえず周りに人がいないところまで移動するしかない。


 今地上戦で全てを使って、攻撃が通らなかった。

 空に飛べば相手は攻撃魔法を4つ使えるのを、二つに抑えることが出来る。


 大翔は人がいない建物や裏路地を通りながら光魔法で相手を引き付けた。

 


 ショッピングモールの中に入った。

 加速すれば射線を切ることが出来……。

 

 だが相手は直ぐに大翔を見つけ、岩魔法を使った。

 壁が大翔に迫ってくる。

 

 大翔は上に飛んでかわし、そのままショッピングモールを相手の攻撃から避けつつ駆け回ってガラスを割って飛び出した。


 壁が迫ってさっきよりもきつかった。

 空中移動魔法だけでなく、体全身を限界まで使って回避はしたものも呼吸が荒くなってしまう。


 何か感知できるのか。

 そういえばさっきモレクと戦っている時煙で何も見えなかったはずなのに、瞬間移動魔法で後ろを取ったことを認識していた。


 目に力を入れると身体魔力が目に集まっている。

 大翔のように角越しでも見れるものなのか。

 

 ……嫌、あれは魔法の残留子を視認している。

 

 流石に角の奥まで見ることは出来ない。 

 室内に入るのは間違いだ。むしろ岩魔法で逃げ道を制限される。


 なら大翔は再び空中に飛びあがって、相手の攻撃をかわしながらも光魔法を撃ってけん制する。


 やはり空中の方が地上でやるよりずっとやりやすい。

 機動力が違う。瞬間移動魔法には、こちらも瞬間移動魔法を使えばいい。

 

 出来るだけ人の少ない所に移動して、時間稼ぎに徹底してやり過ごすしかない。


 耐えることが出来ている。

 この調子を続ければ時間を稼げるはずだと。


 しかしそういった思惑は大翔の人生経験で大抵上手くいかない。 

 その予想は不幸にも当たってしまう。


「痛っっ……」


 ―――何故。


 体に急激な痛みが走る。 

 魔法の制御が出来ず、空中に浮かぶことが出来ない。

 

 大翔は下に落ちる。

 あまりのことで着地を考えることができず、足で着地してしまった。


 しびれが脚全体に走る。

 

 しかも動かさないと体勢を支えられない。

 足を回し切れずに大翔は体勢を崩して転がり回った。


 うめき声を上げる。

 そのうめき声は足のせいではなかった。

 

 腕に急激な痛みが走る。

 どうして腕に痛みがある。腕に何かある。


 大翔はその腕を見る。

 結晶が腕の内部を侵食して、皮膚の内側から飛び出していた。


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