第1章14話「恐怖はll」

 モレクを離脱させ大翔は戦場の上を飛んでいた。

 民間人を探し安全を確保する。


 だが自分が通ってきた道は既にやられた後だった。


 大翔は目の前に広がる状況にただ唇を振るわせていた。


「どうして、こんなこと……」


 虐殺。虐殺が広範囲で複数で起きている。


 怖いところは人々が洗脳されているということだ。

 建物から出て、戦場へと自ら歩いている。

 

 そこには恐怖ですくむということがない。

 ただ表に出て視界が空いている所に人が集まっていく。


 相手は集まっていく民間人に向けて力を振るえばいい。

 誰も逃げることも、抗うこともせずただ死を待っているだけになっている。


 どうしてこのような事態になっているのか。

 どうして民間人をむやみに殺す。相手の目的がなんだというのだ。


 だが考えている暇がない。

 今はどう助けるかそっちの方が先だ。


 どう手を加えるか。ほとんどの人が洗脳によって命令されて行動されている。

 

 洗脳の解除方法もわからない。衛生所を見ることは出来るが、洗脳の解除を知湯とより繊細に見ようとしたら脳に痛みが走るだけだった。

 

 距離か、それとも細かく見ないといけなかったらか。

 この力の詳細も今は調べる時間がない。


 モレクに原因を聞きたかったが、聞くとするなら手を抜かないといけなかった。

 モレクに虐殺の中止を頼める状況ではなかった以上即撃破しかなかったが、あれでよかったのか大翔には分からない。


  ペルシダがいれば解除できるかもしれないがどこにいるのか、どういう状況下なのか、分からないため却下だ。


 空間移動魔法で民間人を、軍人を勝手に送ってしまうのもよくないだろう。

 非武装化するだけではだめだ。


 銃がなければ、ナイフで、ナイフがなければ手で殺すことになるだろう。

 異世界の人なら徒手相手に問題はないかもしれないが民間人に手をかけてしまうかもしれない。

 そんな人たちを任せるわけにはいかない。

 それにいちいち武器をどうにかするのも時間がかかる。


 魔法で拘束しても魔法使いがいればすぐに解除されてしまうだろう。

 魔法使いに関しては間違えなく拘束など無理がある。


 何よりこれだけ多いと歩兵相手だけでも時間を取られてしまう。


「どうしたら……」


 そう考えている間に人が死ぬ。死んでいる。


 考えなければならない。

 近くにいる人を助けるか、より大勢の人の脅威を減らすか。

 

 犠牲に目を瞑るしかないのか。死を許容してしまうのか。


 吐き気がした。

 この悲惨な光景を直視するのを体が本能的に避けようとしている。

 血が、人の頭から流れているのが、黒い感情となって体をむしばむ。

 簡単に人が死んでいる。人の命が簡単に消え去っている。


 命を、他者が奪うことは絶対にしてはいけない。

 しかもその手に血が染まってしまう人の中では、罪なき洗脳された人達もいる。


 こんなのは絶対に間違っている。

 

 自分の力が及ぶ限り全てを助けたい。

 これ以上誰かが死んでしまうのを見たくない。

 この凶行を止めなければならない。

 許してはならない。


 そう心が次々と溢れていき体に力が入る。


 それらは使命となって大翔の身体を動かした。

 この凶行を止めるだけの力が大翔にはある。やろう。やらなければならない。

 


 大翔は目に力を入れた。


 建物は透け、人が、兵器が、魔法が、壁に隔てられた先の光景がすべて見える。

 ペルシダに初めて触れられた時に見えた感覚。


 戦場は戦車にヘリ、ドローンに、さらにはロボットまで戦場は大混乱だ。

 

 どうしてロボットなど必要なのか。

 防御魔法もある中で、わざわざ的がでかいロボットなど必要性が見受けられない。


 でも脅威なのは変わらない。頭と肩と胸についている重機関銃だけでも、その巨体がビルを壊すだけで人を殺すのは十分に脅威なのだ。


 そしてそれらに抗っているものがいる。

 手から魔法を放ち、剣を持ち、騎士の格好や戦士の格好をしている人たちがいる。民間人を運ぶ軍服の人がいる。


 車花の事といい気になる点はいくらでもあるが、こちら側なら、彼らにも協力する必要があるだろう。


 彼らの中にも死があるのだから。


 瞬間移動魔法で戦場に参戦した。

 光魔法で戦車のキャタピラと主砲を焼き切る。相手は攻撃に気が付いたのか、民間人を狙っていた軍人たちはこちらに銃を向ける。


「これ以上やらせない!!!」


 そう大きく叫び、相手の視線がこちらに集まった。


 大翔は軍人の上を通り、素早く民間人に近づき空間移動魔法で地下に送った。

 地下鉄の線路に送る。地下鉄の線路に行く人は誰もいない。

 

 電車は止まっていた。

 民間人も上に上がるまでの時間稼ぎはできるはずだ。


 より多くの人を助けるためには順番がある。

 人に狙いをつけた人、火力が高い順に分けて人が死ぬまでの時間を稼いで、最後に全て救う。


 歩兵は、重火器以外は基本民間人がいない限り放置でもいいだろう。

 今は戦車やヘリを破壊すべきだ。


 ヘリがこちらに向かってミサイルを打ってきた。誘導兵器だ。

 

 大翔はビルに近づいて、方向を変えた。ミサイルはビルにぶつかり爆発が起きる。

 

 大翔はヘリに近づけてドアを突き破る。

 中にいる人を引っ張り出し、窓ガラスが割れた建物に投げた。


 この目のおかげか軌道はほとんど直線で建物に人を床に投げ飛ばすことが出来る。

 落下時の衝撃はほとんどなく、机にぶつかって衝撃で動けないようになっていた。


 直ぐに闇炎魔法を放ち、ヘリは爆発し粉々にした。


 下にいる人はその眩しさに足を止め、目を隠した。


 歩兵が向かう先に大勢の一般人がいる。歩兵より一般人が多い。

 大翔は建物の隙間から一気に歩兵の集団に近づいた。


 さっきモレク相手にやった身体強化魔法を調整して、一人を飛ばして他の人を巻き込んだ。

 すぐさま地面に手を置き、魔力を入れつつもすぐ膝を曲げて加速する。


 アスファルトが変形し、手足を動かないようにわっかの形に変形し、歩兵を次々と拘束する。


 銃を更に土魔法で深く沈めこんだ。


 歩兵を助けても移動速度も遅い。そして銃がない以上遠距離からの火力もない。

 武器の予備はいくらでもあると思うが、わざわざそれをする必要などない。

 

 相手に助けるメリットを潰せば、拘束して放置してもそのまま拘束し続けることが出来るかもしれない。


 大翔は銃を向けられた。射線を読み、体を低くして当たらないようにして一気に近づいた。


 銃相手には基本的に一メートル以内に入れば相手は標準をつけられず、逆に銃を奪える。それだけの力が大翔には備わっていた。


 大翔は一人の股の間を通って、後ろにいる相手を蹴り飛ばして人がバタバタとボウリングのピンみたいに倒れた。


 大翔はそのまま軍人の腰からナイフを奪い取りながら、飛び上がり相手が銃口を上に向けさせる。


 相手は撃つものも、弾がどんな射線になるか分かる大翔には意味がなかった。


 残った相手に近づき、その腕を引っ張って、ぶん回す。

 全員を吹き飛ばすことができた。再び土魔法で拘束する。


 銃を地面に埋もれさせる。これでしばらく時間稼ぎになるはずだ。


 ――――行ける。


 空中に飛び、瞬間移動魔法と組み合わせて戦場を支配できつつある。


 光魔法で、銃身を溶かす。ビル越しにいるドローンやロボットのカメラを壊す。


 そうやって騎士や戦士の援護をし始めた。

 

 相手の数はとても多いが個の力は大翔より弱い。

 周りの状況を確認しながら戦う余裕がある。大勢の人を助けることができる。


 それもこの目があればこそできる話だ。

 この目がなければきっとここまでためらいもなく動けることはなかっただろう。

 

 戦闘経験のない大翔にとっては今まさにぴったりな力だ。

 助けられる人がどこにいるのか。どこに向けて撃てばいいのか。どこに狙いをつければ誰も傷付けなくても済むのか。

 なぜそんな力があるのかということが不明なのだが。


 気になるのは体の事だ。

 当然ながら魔法など人生で一度も使ったことがない。


 体の汗がすごい。体がとても熱いのだ。

 体はあの悪魔との闘い以降あまり動かしていない。


 なのに冷えることもなく熱い。


「でも、今は…」


 頭はさっきの戦いの前に整理ができている。

 自分が何をすべきかも。

 

 体の調子で悪いからと言って自分の保身など考えてはいけない。

 この場で民間人の為に戦っている人たちは怪我をしているのに戦っているのだ。

 熱があるからと言って逃げていい理由にならない。 


 まだ周りでは沢山の死があるのだから。


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 流河達は突然現れたロボットを倒し、再び避難所に向かうことになった。


 ロボットを倒した少しばかりの高揚感は完全に沈下している。

 

 子供が車の中に入ってきた。でもそれでも一部だ。

 

 車が止まったと思えば、民間人がいたのだ。

 車の道に民間人がいて止まるしかなかった。


 ペルシダが洗脳を解除した。車花が止めようとするがすでに遅かった。


 仕方のないことだ。

 少し手を差し伸べることで人の命を助けられるなら、伸ばしてしまうのが人と言う ものだ。


 確かにスペースは作ることが出来る。だが少し揺れただけで、圧力で潰れる。


 そしてエンジンという動力について異世界の人であるペルシダは想像がつかない。

 

「ペルシダ!!」


「早く、乗せてあげないと……」


 車の搭載量というものがある。

 人が多すぎると速度が落ちてしまう。 

 カーブをすれば片方に人が寄ってしまってバランスが崩れ、横転するかもしれない。

 

 あのロボットが来てしまえば前のようにはいかない。

 

 それをペルシダが知らないのも無理はない。

 だから誰が悪いわけでもない。

 

 でも突然戦場の中で目覚めた人はどうなるか。


「重!!」


 子供たちは絶対に触ることのないだろうライフルやロケットランチャーを触り、目を輝かせている。


 その明るさに安心感と恐怖が同時にやってくる。それくらいの感性があるならまだましだろう。流河はそう感じたのは数割で後は変わらない虚無だ。

 

 サバゲ―をやっているのか、銃に詳しく自衛隊に知識を自慢している。

 子供たちによって和やかに、とはならなかった。


 あれ以来戦闘は行われていない。

 さっき言っていた所に近づいたからだろうか。

 銃声や爆発音は聞こえるがこちらに攻撃は全く当たらない。

 

 周りも魔法を使っているからか、流河達は狙われない。


 だが油断ならない。さっき砲弾が車に当たりそうになった。

 車花が止めていなければその弾は車を貫き、即お陀仏だった。

 

 どこからか来るかわからない。

 ただの流れ弾で死んでしまうかもしれない。


 不安だがさすがに流れ弾に対しては何もできない。

 今流河ができることはこの恐怖と不安を周りに伝播させないようにするだけだ。

 

 アスハと紫花菜、そして大和が子供たちをうまく抑えているおかげで流河は外を見ていた。

 狭くなってしまったので天井に上がって風を浴びる。


「戦場だ」


 戦いが繰り広げられている。どこにいっても戦闘の跡が見える。


 遊園地にある体験型アトラクションのような感覚を感じる。

 VRゴーグルを使って、現実世界と仮想世界を組み合わせて、より漫画やアニメの世界に没入感を高めるアトラクション。

 

 ビルは破壊され、現実世界ではありえない超能力のバトルやロボットの戦闘シーンが目の前で繰り広げられるアトラクション。


 ここは非現実的だった。


 非現実的な体験は楽しいものだ。でもそれは安全が、命が保証されているからだ。

 保証がなければただの恐怖でしかない。

 

 そして死体が道端で何十人にも寝そべっていた。

 今までよく通った道、何度もテレビで見た道に人の死体が積み重なり、それを避けるしかない。


 目をそらすことしか出来なかった。

 弔うことも誰も言わなかった。誰か口にすることもなかった。

 見ていないふりをするのが一番被害の少ない状況だった。 


 車花もペルシダも何も話しかけることはしなかった。

 下にいる紫花菜達も同じだ。

 

 子どもたちに見せないように紫花菜達は上手くやってくれている。


 でも隠し通せることも出来ず、そうして子供たちすら喋らなくなっていったしばらく後、奇跡的に衛生所についた。


 衛生所とはこの御燕の事なのだろう。確かに木々が多く上空でも見つけにくい。

 どこかに建物の中だとまとめて爆発されるかもしれないので、ある意味こっちのほうが被害は少ないのかもしれない。


 流河達が進んでいる道の先に一人の男がいた。

 それを車花が見た瞬間、一気にその男に近づく。


「ジェイドさん!!」


「無事だったか!!」


 そこにいたのは一人の騎士だ。

 紫色の髪に、目はエメラルドのような緑の眼。白いズボン。白いマントに金のマント止めをつけている。そして手には一本の剣を持っていた。


 まさに漫画のキャラが現実から出てきたかのような男が目の前にいた。

 

 ジェイドと呼ばれる男はこちらを見て


「民間人はこっちに、その後はそのまま民間人を守ってくれ」


「報告することがあります!! 民間人を送ったら、司令室に!!」


 避難所に近づくと周りにも大勢の人たちが剣や槍などの近接武装を持っている。

 服もジェイドと呼ばれる人と同じように中世時代の人たちがいる。


「多すぎね?」


 思わず口が勝手に開いた。ペルシダも驚いた顔をしている。

 

 どうしてこれだけの異世界の人たちがいるというのか。


 考えられるのは異世界転移だ。人工異世界転移だ。

 でもこれだけの人数を、しかも同じ仲間を同じ場所に転移できるはずがない。

 

 天然ではない。確実に人工的だ。


 それに気になるのは武重と同じ地球連邦軍が、嫌別の国旗を着た人が救護を行っていることだ。


「日本国旗…自衛隊なのか?」


 そう女性の声が聞こえる。

 確かにあれはよく見たら日本の国旗だった。顔もほとんどが日本人のように見える。

 

 銃を持ち、周りを警戒している。義信たちも思うところがあるそうだ。

 でも今はそんなことも言っていられない。


 車は止まった。


 ここは戦場なのだ。

 相手もいる中でいつまでも留まれば、この騎士たちの邪魔になる。

 義信達は当然分かっていて、流河よりも素早く子供たちを下ろす準備をしている。

 

 流河達は車から降りることになり、運転手はエンジンを切る。


「ペルシダ。あなたには手伝ってほしいことがあるの。あとでついてきて」


「……うん。分かった」


 ペルシダも離れてしまうのか。でも声をかけることが出来なかった。

 洗脳を解くことが出来るのだ。色々使い道があるのだろう。

 

 でも心の中で嫌だという声が聞こえる。

 自分はこのままでいいのか。


 それに大翔の事もある。戦場に戻って出来ることがないかそう思ってしまう。

 

 分かっている。流河は邪魔なだけなのだ。

 何も知らない。何もわかっていないのに空間魔法を使えと命令しようとした。

 

 そして車花が防御してくれることをいいことに車の中にうずくまってしまった。

 

 変にテンションが上がって、ばかな命令をして周りに迷惑をかけるのがオチだ。


 でも……そう頭で考えることに必死になって体は動いていなかった。


「なにやってるの。早く行くわ…」


 車花が引っ張りまさに移動しようとしたとき、またロボットが来た。

 しかも駆動音が3重に聞こえる。3体いるのだ。

 

 車花はまた構える。戦おうとしている。守ろうとしている。

 でも流河は何も出来ない。

 

 車で逃げることはもう間に合わない。

 何も準備できず、逃げる足も遅い。

 

 ペルシダを相手に気づかせず上に飛ばせる方法はもうない。

 避難所の所に逃げるわけにはいかない以上、逃げる場所などない。


 流河も今の状態では何もできない。

 


 風圧を感じた。鉄が切れる音がした。白い光が見えた。


 気がつけば後ろにいたジェイドはいなかった。

 一瞬。一瞬だった。


 崩れる音が聞こえる。

 

 前を見るとそこにはジェイドがロボットの上に乗り、中にいる人を無力化していた。


 いつのまにかロボットは達磨となり、コクピットの部分がロボットから切り離されている状態だ。


 あれだけ必死になって倒したロボットを3体同時に一瞬で無力化した。


「あぁ」


 ここは安全な場所なのだと、多くの人を犠牲にしてたどり着いたのだと、流河は初めてそう強く感じたのだった。



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