第1章13話「その日」
悪魔に殺されるとそう覚悟した瞬間、大翔が守ってくれた。
だが大翔の片目は緑色になって、髪の毛が白くなっている。
「おま、何そ…」
「あんた…何者?」
車花は起きて、大翔を見つめる。そんなの自分も聞きたい。
何で目が光って、そして何故髪が白くなっているのか。何故魔法を使えるのか。
「それは…」
車花の質問に答えようとするが大翔の目線はモレクに向けた。
爆発を食らってもやはり大きなダメージにはならなかった。
「お前!! よくも邪魔したな!!」
相手は顔が真っ赤になるほどブチ切れている。
無理もないだろう。せっかく必殺技を撃って気分よく終わらせると思ったのにつぶされ、挙句の果てに自身の攻撃にくらいかけるという屈辱までもらってしまった。しかも子供に。はたから見れば、完全な主人公の登場の噛ませにしか見えない。実際死にかけた自分はというと、脱力感に下着が濡れそうになった。
でもそんなくだらないことを考えるくらい、死という恐怖が収まった。
それまでに大翔の存在は大きい。
「そんなに嫌だったですか? ごめんなさいね、配慮がなくて」
大翔は笑いながらそう言い返した。
それに思わずその口を閉じたくなるくらい驚いてしまった。
こんな状況で完全に悪魔を下に見ている。
それを戦いもしたことがないまだ中学生がだ。
「黙れ!!」
モレクはまた黒炎の球を出した。大きさこそさっきより小さいが数が多い。モレクは大翔にめがけて撃っていた。当然その射線上から逃げていないので巻き込まれる。
「おい、大翔…」
「大丈夫。早くみんなを車に乗せて逃げて」
そう言って大翔は手を上げる。そして何か呟いたかと思うと、 熱で痛みが生まれた。
「あっつ…!?」
見ると服の肩の部分が焦げている。それに暗い。
何かと思って上を見上げると、黒い球が浮いていた。それもすぐそばにだが下に落ちるわけでもなく、空中で浮遊している。まるで大翔の物であるかのように。
「何故、お前がそんな………」
それも何十個も。それが何故かモレクの元に飛んで行った。
空中で二十個の黒炎球がぶつかり合い、爆発した。爆発の煙が流河達とモレクを包む。
どうやら大翔が黒炎球を作ったらしい。それもあの恐ろしい相手以上の数を。
黒炎球はぶつかり合い爆発する。そして残ったものをモレクに襲い掛かる。
モレクは目の前に魔力防壁のような壁を出して事なきを得た。
「重ねて申し訳ないとは思うんですけど、引いてもらえませんか? 魔法なんて初めてだから、あんま加減が出来なくて」
「ふざけるなぁぁ!!!!」
その瞬間モレクが大翔の目の前にいた。何も見えなかった。気づいた時には手が大翔の前に来た。しかし、それをかわしモレクの腹に1発拳を難なく入れた。大翔は突然横目でモレクからそっぽを向いた。
「こうかな」
その瞬間モレクは吹き飛んだ。アスファルトを削って地面にだんだん埋もれていきそして見えなくなった。大翔はそれをしばらく見つめた後、こちらに向き、硬直していた流河達を起こしに来た。
「やったの??」
車花は身体を、手を当て何か光を発しながらそう聞いた。思ったよりも軽傷なのか、それとも回復魔法なのか。大翔はその手に凝視しながら、口を開いた。
「いや、まだだと思います。でも距離が出来たから一度頭を冷やすはず。車花さん、みんなを避難させてくれませんか? 仲間の所に」
「え?」
「あっちこっちで戦闘が開始している。あっちの方向に衛生所があるんですよね?」
車花は大翔が指さした所を見ると、驚きの表情に変わる。
大翔が通ってきた場所とは真逆の方向であろう場所を示した。
「あそこ…確かにそうだけど、行けるの?」
「時間稼ぎ位は任せてもらっても大丈夫ですよ」
「…分かった。後で誰か呼ぶから」
車花は立ち上がって軍人に車を準備するように伝え、紫花菜たちがいる家の方に入っていた。
大翔はこちらに視線を向ける。
「兄貴も、さあ、早く紫花菜やペルシダさんを連れて逃げて」
「でも…」
行けない。出来ることがないと分かっている。でも目にいるところにいないと心配なのだ。
確かにここにいても何もできることがない。大翔は周りがいない方が攻めやすいし、守りに入る必要も大翔にはないだろう。きっとここにいても邪魔なだけだ。
でも弟なのだ。
分かっている。大翔とは本当の兄弟じゃない。
流河は魔法というのが全く使えない。でも今大翔が使っているのは魔法だ。
どうして大翔が出来ているのかも分からない。それにあの髪の色もそうだ。母ちゃんは黒髪だった。きっとそれは大翔にも分かっているだろう。
でも血の繋がりなんて関係ない。何年も大翔と過ごしてきた。それを見捨てて逃げたくない。
嫌、もう動きたくないのだけかもしれない。もう変化に耐えることが出来ない。今この状況を理解したばかりだ。ここでまた移動してまた何かあればどうなるか。もうたくさんだ。
どっちにしても動きたくないのは確かで。
「違うよ。紫花菜達を守ってほしい。多分僕はあの人と相手しないといけない。他にもまさに死の狭間に立たされている人もいる。助けないといけない人がたくさんいる。紫花菜やペルシダさん達を守る力が僕にはない。だから兄貴にお願いしたいんだ」
爆撃音や銃声が鳴り響いている。火災の黒い煙が所々で上がっている。
大翔は紫花菜達に割ける余力がない。戦いはきっと初めてだから。
わかる。頭では理解できるのだ。
「無理に決まってるだろ…」
でも心が無理だとそう思ってしまう。大翔の期待が重い。
今ではそれすら項垂れてしまう。
他の人に頼んでほしい。車花やあの軍人だっている。
どうして流河にそれを頼るのだ。
守る。それは戦うことだ。でももうあんな経験したくない。
何でも話してほしいといった。大翔に背負うなといった。
「早く行ってもらわないとそれこそ本当に無理になっちゃう。さあ、早く立って」
「守れるわけねえだろ!! 俺が!! 見てみろよ、さっきから手の震えが止まってねえんだ。足も動く気配もない。こんな奴に自分が大事なもの預けんのかよ!!」
情けなくてたまらない。
流河は顔を上げることが出来なかった。立っている大翔の脚を見て這いつくばっている。
でもそれがお似合いだと思ってしまった。見下されて当たり前なのだ。
それでも無理なのだ。一度死に近づいてしまったから。
たった一日。嫌一日も経っていない。でももう体は動けない。
「さっきだってペルシダが首を掴まれた時何にも出来なかった。俺はお前とは違う。俺は魔法も勇気も、強さも何にもない、ただの人間だ…!!」
流河はただの人間なのだ。勇気も根性もない。
大翔の言うことは分かる。大翔は逃がすつもりでそのような言葉を選んだのだ。
本当は守らなくても別にいい。ただ逃がすためにそのような口実を作っただけだと。
でも銃すら握ることをしなかった。銃を持ったら狙われるかと思うと出来なかった。ペルシダや車花に任せきりになっていたのだ。もう3度死んだと思った。人生で死ぬなんて全く考えたことなかった。自分がもしバトル漫画の住民なら何をするか。今ある知識で何を作って戦うのかよく考えたものだ。実際世界が敵だと言われ少しは考えた。でも何も出来なかった。怖くて、体が震えて何にも出来ない。
逃げるという命令すらこの体は働いてくれない。
「泣き言も本当は今聞きたいけど、それくらい声だせるなら大丈夫だよ」
それでも大翔は出来るとそう言ってきた。いつもと変わらない、平然とした顔で無理難題を行ってくる。
「俺の何が信用出来るんだよ!! 俺はお前みたいに何にも出来ないって言ってるだろ!!」
こんなのは八つ当たりだ。大翔にあたるのはお門違いだ。分かっているのに。だがこの惨めさはなんだ。思わず声を荒らげてしまった。
手も足も出ない。何にも考えることも出来ない。言ったことも守れない。ただ怖いということが体を蝕んでくる。今だって地について、大翔は立っている。流何は出来ない無力な人間なんだとそう思されてしまう。それが自分の体を更に重くしている。
「出来るよ。兄貴と僕は竜と虎、でしょ? リュウと読める流とタイガと読める大翔。そう父ちゃんにつけてもらった。2人の力あれば何だってできるよ。それに…」
「それに?」
何が大翔は信じるのか。なぜこんな奴を信じることが出来るのか。今立つことすら出来ない、力もない自分を。
「信じてよ、自分自身を。そして僕をさ。大島流河は世界一の弟に認められたお兄ちゃんだって」
大翔は膝を曲げ、同じ目線に立って屈託のない笑顔を見せてくる。
今の流河を見て、それでもやってくれると確信している。
卑怯だ。そんなの言われて立てない訳には行かない。
「……はぁ。お前本当に卑怯だな」
自然と笑みが溢れていた。大翔は手を差し伸べる。その手に引っ張られ立ち上がることが出来た。
大翔の手は温かい。その熱が震えを止めてくれる。
体はもう大丈夫だ。後は頭だけだ。
頬を叩いて気持ちを切り替える。手の震えもなくなった。
あとはやるべきことに行動を移すだけだ。
「分かった。また後でな」
「うん、また後で」
大翔から離れ全員を車に向かわせた。壁はもう壊されている。
紫花菜が大翔を見る。大翔も紫花菜を見る。2人の目が合った。
「大翔くん…帰ってきてね」
「…うん」
大翔は再び前を向く。そこにはモレクがいた。腹が内側にめり込んでいるがだんだん元に戻っていく。なんて再生力なのだろうか。
「大翔…」
流河は思わず大翔に呼びかける。やっぱり怖い。その手は小さかったのだ。その手であのモレクから守ろうとしている。その姿にとても大きく見えてしまって、自分が情けなくなってしまう。さっきの決意もまた小さくなってしまう。
「だいじょう〜〜ぶだって。ご飯用意して待ってて」
大翔はこちらに向いてまた笑って見せた。このままだと本当に迷惑をかける。こちらを気にして離れられなくなるだろう。
不安な気持ちをぐっと抑えて
「ああ、待ってるからな」
と車に乗り込んだ。ドアが閉められる。流河の視界から大翔が消え去った。
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流河は大翔に悪魔を任せ、ペルシダや紫花菜達、そして軍人達と共に車に乗って避難所に向かうことになった。
「大丈夫、彼には異能があるわ。信じましょう」
車花が話しかけて来てくれた。 手から光が溢れている。回復魔法らしい。ペルシダに試したが効かなかった。どうやらペルシダの力は解除できないらしい。とりあえず応急手当だけをしてもらった。
「異能?」
「ええ、大翔が示した衛生所は以前に決めていた所だわ。きっと大翔には何か力があるのでしょう。ペルシダのように」
「ペルシダのように? でも、あいつは俺のおとう………。だったら俺が覚えているはずなのに」
何かが喉につっかえているがなかなか外れない。一体どういうことなのだろうか。
記憶が思い起こそうにも何も思い出すことが出来ない。
「それにあの髪の色。うちの両親は黒色なのに………」
もしかしたら流河と大翔は血がつながってないのだろうか。
だんだん大翔との距離が開いていく気がする。身体的にも精神的にも。
大翔は知っていたのだろうか。でなければ自分の体の事に驚きもせず、魔法を使おうとしなかったはずだ。
そんな不安顔をみかねたのか大和が肩をぽんと叩く。
「そんな気にすることねぇよ。俺からみてもお前と大翔は兄弟だったよ。血のつながりとか関係ないだろ」
そういって歯を見せて笑顔を見せた。それはいつもと変わらない顔だ。
血が繋がっていない。流河が考えたことを大翔が考えないはずがない。でもそんなことをまったく気にしていない顔だ。
「兄弟として過ごしてきたんならそれこそ本物の兄弟、だろ」
「…? ああ、そうだな。ありがとう、大和」
大和に気づかされた。気になることもあったが礼を言う。
そうだ、さっきも言ってくれた。大翔は流河の弟で流河は大翔の兄だ。普段あまり頼み事を言わず、勝手にやってくれる完璧な弟が頼ってくれたのだ。ちゃんと期待に応えなければいけない。
疑問がずっと頭に残っている。でも今はみんなを安全な場所に避難させる。そう覚悟を決めた時、車花がペルシダに質問をする。
「あなた、大翔が魔法を使えるって知っていたの?」
「ううん、それは知らなかった。知っているのは大翔くんの髪の毛が白だったの目が光ったの、そしてペンダントだけなの。それも少しだけど…」
「ペンダント? 大翔がいつもつけてるやつか? それがなんだって言うんだ?」
「そういえば、さっきペンダントを君に触れさせ続けてと彼に言われたな」
壁の奥側にいた人がペルシダに目を向けながらそうつぶやいた。ペルシダに触れさせ続ける。それに何の意味があるのだろう。
車花はペルシダにペンダントを触れさせながら色々いじると、中から小さいものが入っていた。
こんなもの見たことのない形状のものだった。それに何か圧を感じる。
「これ、魔道具じゃない」
「魔道具?」
「自分の中にある溜まった魔力をこの魔道具に移すのよ。少し不便な所もあるんだけど、その代わり一生この魔道具に魔力を移すが出来る」
そう言って車花はみんなに魔道具を見せる。一見ただのペンダントがそんな効果があるものを隠していたとは思いもしなかった。
「魔道具なんてめったにないはずよ」
そうペルシダが口を挟んだ。車花もまた頷く。
魔道具。異世界なら結構ありそうなものだと思ったが
「そうね。魔道具は国に10個あるかないかぐらい希少性が高い。複製もできない。どこでだれが作ったのか。どうしてそれをもっているのか。それに髪の色………」
車花は突然考え込んだ。色々そのことも効きたいが先にペルシダに話を聞いておくことにする。
大翔はそのことを知っていた。魔道具かともかく自分の髪の色についてだ。
「それで大翔はなにか言っていたのか?」
「分からない。聞く時間もなかったし、私もよく分からなかったから」
「ペルシダ。大翔に何があったのか。教えてくれないか? 」
今車の移動で時間がある。ペルシダは周りを警戒したのか少し首を振ると縦に頷く。
「分かった。あの日はね…」
そうペルシダは切り出す。初めてペルシダと会い、世界が変わったように見えたあの日の朝の事を。
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「ごぼぉぉぉぉぅぅぅぅ?!?!」
その流河の声が聞こえて大翔は起きた。目覚めの悪い朝だ。まだ眠気があって、まだ起きたくなかった。
「兄貴、うるさい」
そう文句いいながら、流河にもう大きな声を上げないように注意しようとした。
でも反応がなく目を開けるとそこには知らない金髪の女の人がいた
――誰だ?
意識は目覚め、いつでも動けるようにして相手を見つめる。 彼女は非常に困っているっていう顔だ。さっきから視線がぐるぐるしている。
――なんでここに女の人が…僕より身長が高い。兄貴と同い年ぐらいか?そういえば兄貴は…
寝るふりを決めて、薄目で状況確認をする。
強盗なのか。昨日流河はどこにいた。相手が持っている武器は。此方に気づいていないのか。
見回すと流河は庭にいた。さっきのあの声、そして今意識がないかのようにぐったりしている。
「兄貴!!」
すぐさま起き上がって流河の元に駆け寄る。
血は出ていない。どうやら奇跡的に頭はうってなさそうだ。 背中で受けたのだ。
呼吸も安定している。どうやらただ気を失っているだけのようだ。
「あの、大丈夫ですか?」
その女の人は心配そうに流河を見る。見慣れない服、そして日本人ではない容姿。
大翔はその四肢の動きを警戒しながら気になることを質問した。
「僕はあのソファーにいた。君は別のソファーの所にいましたよね?」
「ソファー?分からないけどそこにいましたけど…」
そういって女の人は大翔が寝ていた所と別のソファーを指さした。
大翔は一度深夜に水を飲みに起きた。その時にはこの女性はいなかった。
つまり未明辺りでこの女性は流河のソファーにいたということになる。
「あなたが兄貴をあそこまで吹き飛ばしたんたんですか?」
「え〜〜と、その、足に何か当たった記憶はあるんですが……その、すいません!!」
女性は頭を下げた。そこに攻撃的な姿勢はない。防御的な姿勢は感じるが悪意を感じない。
でも余計に見逃すことは出来なかった。
「あなたは誰?どこから来たんですか?」
その女の人に詰め寄る。相手は怯えるが構わず詰め寄った。
正体を明らかにしなければいけない。
「ここはどこですか? 私道端に歩いてそこから…」
「兄貴とはどういった関係で?」
「知らない人なんです。あのここはどこですか? 私が知らない場所…もしかして、魔人領?!?」
「魔人?」
「え、違うの? じゃあここはどこ?」
ペルシダはまた疑問でいっぱいの顔になった。
大翔はペルシダの服を見た。こんな服、博物館しかみたことがない。そして、ここまで流河をけり飛ばせる力。
もしかしてこの人は…だとしたら捕えないと。
その女の人の腕を握ろうとする。魔王に引き渡すために
「すいません、ちょっと着いて…がぁぁ?!」
ペルシダを触れたその瞬間大きな音がなったのを知覚した。でもそれは一瞬の事で意識が落ちそうになる。体が倒れそうになったその瞬間、
「あァァァァァァアアア!!!」
大きな痛みを感じた。鼻からも目からも温かい液体が流れ、口は鉄の味で一杯になった。何故かその女の人から離れて膝が地面に着いていた。必死に叫び声を上げる。それで少し痛みが和らぐも、今まで感じたことのないくらいの痛さなのは変わらない。
「え、ちょっと大丈夫ですか??!」
その女の人が慌てて駆け寄るが大翔に再び触れた瞬間、体中から更に痛みが生まれる。
「ああああああああぁぁぁ!!!」
――――痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
全身が焼けるような感じだ。冷たい汗がびっとりまとわりつく。
前を向くと、そこには窓があった。うっすらと見える大翔は 髪が白くなっていた。
――誰だ?
それはガラスだと分かるまで自分を認識出来なかった。頭も大きな痛みを感じていたのだ。頭が割れそうだ。耳が、目が、鼻が全ての感覚が機能していない。視界がグラグラして平衡感覚が無くなっていく。1秒が何時間のように感じた。
意識が無くなっていく感じがする。だが痛みで無理やり引き起こされる。
女の人が大きな声を上げてこちらに近づこうとした。
「やめろ!!!!!!」
本能のままその女の人から離れた。そして手を頭に置き痛みを必死に耐える。
体は倒れて、四肢で支えないと意識を保てなかった。
「あ……」
その女の人は近寄ろうとするが、その手を引きこちらを見つめる。
それもそのはず大翔がその女の人に離れていくと髪の色が白色から黒色に変わっていくのだ。
その瞬間その女の人は自分がなにかしていると感じ手を引いた。
やがて体からその痛みが取れていき目を開くと 世界が変わって見えた。
空気の流れ、周りの喋り声、テレビの音、赤ん坊の鳴き声、そして流河の体の血の流れ。
体の中にある魔力。魔力とは何だ。
まるで世界が、全てが見えたかのように感じた。それも一瞬だった。
やがて元の景色に変わっていき最後にペンダントから力が流れていくのを感じ、
全て大翔の体は元に戻った。
だが体はぐったりするくらい疲れた。これほど疲れたのはいつ無頼だろうか。
口の中にたまった血を吐き出し、呼吸を整える。
涙を隠そうとしたが、手に着いたのは血だった。地面を見ると目の部分と鼻の部分が血でいっぱいだ。
「…今のは…」
自分が自分でなかった。自分の中に知らない部分がある。
一体なんだというのだ。
気になるがまず流河の身の安全が重要だ。周りを確認する。
女の人がずっと心配そうな顔でこちらを見つめているのを気づいた。
さっきの行動を思い出した大翔は頭を下げる。
「…ごめんなさい。訳わからなくなって酷いことしませんでしたか?」
「いえ、本当に大丈夫ですか? 髪が白くなったり、黒くなったり。目から血が…」
「…ごめんなさい、自分でもよく分からなくて。でも大丈夫です」
「とりあえず大丈夫なら良かった」
自分の体に何が起きたのか。
一体何があったのか、頭を回そうとするがあまり正常に働かない。左手で頭を抱える。
治りかけの風邪のように痛いか痛くないのか分からないような感覚。
流河を見る。大翔があんな状況なのに何もなかったかのように寝ている。
おかげで流河にばれずに鼻血をふき取ることが出来るのだが。
あのガラスに映った人が自分だったらとしたらあの髪色は何だったのだろうか。
色が黒になったり、白になったりとそう女性は言った。
色が白から黒になるならわかる。でも黒から白というのはなんだ。そして今の髪の色は。
そしてあの光景。あれは間違えなく幻聴なんかじゃない。
そう確信することがあった。
今度はちゃんと制御すればいい。力の出し方はちゃんと分かった。
目に力をかける。
見えたのはさっきと同じ景色だ。人が見える。壁をすり抜けどこで何かしているのか、分かる。
そして流河。血の流れが見える。脳や心臓に異常はない。そして自分の体。
流河とは違う。何か力のようなものを感じる。それは流河や壁の奥にいる人からも感じない力。
そしてこの女性には何も感じない。力をかけてみると何もこの人から感じないのだ。
また頭が痛くなり出した。力を抜くと見えるのはいつもと同じ目から見える景色だけだ。
「やっぱり目光っていたけど…大丈夫?」
「……ええ、持病なんです」
「そ、そうなんだ…」
自分がおかしいだけなのかもしれない。正気じゃないとそう思われてもそうかもしれない。
大翔と流河は本当に兄弟なのか。もしかしたらと思う。
父と母の写真を見たことがある。どちらも黒髪だ。
あの痛みは夢じゃない。髪の毛だけ突然変異した可能性はないとはいえ、聞いたことがない。
大翔と流河は顔が似ていない。
髪が白になったり、黒になったりはしない。
魔人領、魔王という言葉。それを妄想だと一蹴することは出来なかった。
そしてこの目。この目は間違えなく力だ。
そして体の中にある力。流河とは比べ物にならないくらい量が違う。
だが大翔が流河の弟かどうかは考えるべきではない。今は考えないこと、やるべきことが沢山ある。
「すいません、兄貴…流河に僕の事言わないで貰えませんか? 心配かけたくないので」
「え、あ、何も伝えなくていいの?」
「心配ばっかかけたくありませんから。さっきの事は忘れること、それが僕から出せる兄貴を桁事と勝手に敷地内に入ったことに対する許しの条件です」
「え、え、あ、はい。分かりました……」
そう言って話を途切れさせるように大翔は流河の方に行き、その肩を触って揺らした。
「兄貴、大丈夫、兄貴」
another world @miumimiki
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