第1章10話「悪魔が来る」

 動けない。

 体が疲弊しているのもあるが、何より目の前の事態に動けなかった。


 何とか地球連邦軍を倒して一息つけると思った矢先、地球連邦軍と魔法使いが街を破壊していた。

 

 その中心に悪魔がいた。

 遠くからこちらを黒い炎の矢で狙ってきた。


「下がって!!」


 ペルシダの声がした。

 逃げようとする意識の変化が出来ず動けない。


 流河達を引っ張られた。


 黒い炎の矢はすぐ隣を通り抜ける。


 黒い炎の矢は壁を破壊して誰かの家を通過した。

 通過したという表現が出来てしまうほど簡単に家は壊れた。


 その奥で黒い炎の矢は拡散して黒い炎が燃え広がったのを確認する。


 あんなのを食らってしまえば……

 


「流河達は逃げて!!」


 ペルシダはこちらを振り向いてそう言った。

 顔は覚悟している目だ。でも手は震えていた。

 

 事態にやっと脳が追いつき思わず声を上げる。


「ここで置いておけるわけねえだろ!!」


「だめよ!! 流河は紫花菜達を頼むわ!!」


「…!! それは…」


「私も流河達が逃げたらすぐに逃げるから…速く!!」


 ペルシダは流河達の前に立ち、悪魔に向かって構えた。

 大翔のためにも、紫花菜達は確実に逃がす方がいい。

 

 でも彼女を1人で、しかも怯えているのにこうやって逃がそうとしている。

 そんなことがあってはならない。


 だがここにいても流河にできることは無に等しい。

 でもペルシダが死んでしまったら。


 その恐怖に耐えられない。

 恐怖が脳の回転を鈍らせる。

 

 せっかく仲良くなれたのに。何も出来ずに…


「おい、流河!! あれを見ろ!!」


 大和が肩を叩いて悪魔側の方の道と逆側の方向に目を移させた。


 見るとさっきの人達が使ったのだろうか大きな車両が2台ある。

 

 全員分の空間は詰めればある。

 あの悪魔からここまで結構な距離がある。これを使って逃げられたら…


 使えると思った瞬間


「逃がすと思ったのか?」


 悪魔がもう目の前に来ていた。

 

 あまりの速さにペルシダも、何も動くことが出来なかった。


「あぁぁ?」


 突然目が真っ暗になった。

 何も見えない。


 頭や首に硬いものがある。どうやら手で掴まれているらしい。

 何にも反応出来なかった。

 

 何があったか分からない。

 ただ鼻に嗅いだことのない臭いがした。

 

 ただ悪魔は人と違う臭いをするのだなと思った。

 

 腕を動かすことが出来ない。

 嫌しなかった。

 

 すぐに死ぬと思ったから。

 臭いに意識を向け、何も現状の危険を考えず死の恐怖を味合わないように体が勝手に止まった。

 抵抗すれば死を更に強く認識してしまうから。


「死ね」


 と悪魔は言い放つ。

 暗闇から光が見える。

 

 おそらく炎を放つのだろう。そしたら一瞬で流河の頭は骨も残らないだろう。

 

 相手はわざとじらしてきた。

 死ぬ。意味もなく目を閉じてしまう。顔がだんだん熱を帯びている気がする。

 目を閉じているのに目から光が見える。


 ――――後何秒、何秒で死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。


「うぉぉぉ〜!!」


 ぶつ音が聞こえた。

 大和が殴ったようだ。しかしボスッというと大和の悲鳴が聞こえる。


 悪魔には何も感じていないが伝導してしびれがきたのだろう。

 あるいは硬すぎて骨を痛めたか。


「何だ、お前は」


「……一秒でも稼げたらいいんだよ、ば~~か!!」


「やぁぁぁぁ!」


 悪魔は後ろに大きく下がり流河を手放した。

 見えたのはペルシダが拳を振る姿だ。


 大和は肩を揺らしてくる。

 だけどそれに答える気力がなかった。


 感情が制御できない。

 停止をしないと心が壊れてしまいそうになったからだ。


「おい!! 目を覚ませ、流河!!」


 一方悪魔はどうやら効果があったらしく口から血が出ている。

 それを手で拭い、それを見て目を大きく開く。


 そこにあったのは怒りだ。

 顔に怒りが滲み出て爆発した。


「よくも!! よくもやってくれたなぁ!! 私の顔に傷をつけたなぁぁ!!」


 悪魔は一瞬にしてペルシダに近づいた。

 ペルシダは直ぐに対応しようとしたが直ぐに手を払われ、首を捕まれる。


「許さん!許さんぞぉぉ!!」


 首を絞める手が強くなっていく。

 ギシギシと手が首に入っていく音が聞こえた。

 

 ペルシダは手に力を入れて引きはがそうとするが、悪魔の方が力は強いのか抵抗はほとんど意味をなさない。


「くぅぅぅぁぁあぁぁ」


 必死に手を離そうとするが離す気配がない。

 足で悪魔を蹴るが効果はないようだ。指がだんだんと深い位置に食い込んでいる。


「ペルシダちゃん!!」


 大和はペルシダの名前を叫ぶ。

 助けようとしている。

 

 その時流河は、吐いていた。

 息を止めていた後みたいに呼吸音と心臓の音が聞こえる。

 

 死の恐怖をやっと心が受け入れることが出来たからだ。

 恐怖で心がぐちゃぐちゃになる。


 あの時死んでいたかもしれない。

 嘔吐物を道にまき散らし、両手で顔を何度も触って顔があることを確認する。

 

 

 もはや、ペルシダを見て助けようと思えなかった。

 危険な状態を認識しているのに動けなかった。

 

 大和も足も震えて動くことが出来ない。


「くぅぅぅあああぁぁ…」


「弱いくせに!! この傷をどうするつもりだ!!」


 だんだん悪魔を引き離そうとするペルシダの手が弱くなっていく。

 

 身体の力が抜けていく。

 でも流河はもう一度胃の中にあるものを吐き出した。


「その手を離しなさい!!」


 直後大きな光線がペルシダと悪魔を包む。

 

 悪魔は咄嗟に手を離した。

 ペルシダだけが光に包まれるがそれは異能によって防がれる。  

 

 ペルシダはその場から離れて、こちらに近づくとゴホッゴホッと何度も噎せ返した。

 

 まだ動けるそうで流河の肩に触れる。

 その目を見ると、ペルシダと目が合って、


「大丈夫?」


 ペルシダは顔を心配そうな表情でこちらを覗き込んでくれた。

 

 幾分か気持ちをとりもどしたのか、平静を取り戻した。

 その首の傷を、絞められた跡を見て、そして何も出来なかった自分に嫌悪感を抱いた。

 

 何も出来なかった。

 ただ吐いていただけだ。後悔と怖れと絶望が流河の心を蝕む。


「俺……」


「大丈夫、気にしないで」


 そういって笑顔を見せてくれた。

 でもその笑顔は最初に見せてくれたあの笑顔とは全くの別物だった。

 

 なのに少し救われたこと、そんな顔をさせた自分に恥と蔑みを覚えた。

 思わず唇をかむしかこの罪悪感は払えなかった。


 こんなところでうじうじしたら、本当にペルシダの心をないがしろにしてしまう。


 他の人が危ない。立ち上がってその時だ。

 悪魔は再びペルシダに近づこうとするが銃声が何発か鳴り、流河は玄関の方に目を向ける。


「何でここにモレクがいるのよ…!」


 車花はモレクと呼ばれる悪魔をみて毒づいた。

 

 構えを取って攻撃の準備をする。

 その後ろには自衛隊の人が5人いた。


「これはどういうことですか、モレク様!!」


 この中で一番体がごつい男の人がモレクに叫んだ。

 その声は怒気を含んでいた。

 

 銃を向けるがモレクは恐怖もないのだろう。

 何も変わらなかった。


「どうして、子供を…街の人を殺す必要など…」


「私に文句をいうつもりか?」


 モレクは片手を炎でまとわせその男に腕を振る。


「させない!!」


 車花は男とモレクの間を下から入り込んだ。

 速い。流河は車花の今のモーションが全て捉えることが出来なかった。


 モレクの手首より少し上の部分を蹴ることで魔法の狙いをつけさせないようにしたのだろう。


「モレク…!!」


「呼び捨てで呼ぶなよ、下等種!!」


 男はモレクをにらみつける。そこにあるのは敵対心しかなかった。

 モレクはもう片方の手を使おうとして、男を攻撃しようとするが、それも車花に防がれる。


 しかし上手くつかめなかったのか、手首は動き車花の顔に狙いを決める。


「車花!!」


 大和は叫んだ。流河はまたも何もしなかった。

 

 どうすることもできない。

 いや、出来ないじゃない。さっきの恐怖がよみがえり、立つことができない。


「ペルシダ!!」

 

 そう車花がペルシダの名を呼んだ。


 モレクが魔法を撃つより早く、ペルシダが素早く近づいてモレクに触れた。

 

 ただ触れただけ、何も痛みもない。


「な!!?」


 モレクは思わず声が出た。

 車花に向けようとした炎は消えた。

 

 魔法は練ることができなかっただろうか、何もしない時間が出来た。



 そしてそのすきを車花は見逃さなかった。

 モレクの腕を掴み、引っ張って体勢を崩す。

 

 膝で顔面を蹴った。

 そしてそのまま一回転をして、モレクを逆の方向に蹴り飛ばした。


「私の後ろに隠れて!!」


 車花とペルシダは流河の家より、前に立つ。

 何名かの軍人が車花達の後ろに立つ。

 

 大和は紫花菜達に現状を伝いにいった。

 自分だけが何もしていない。


 車花は軍人に話しかけた。


「車は動かせますか?」


「あぁ、鍵をさしたままだ」


「車花? どうすればいい?」


「できるならここで倒して紫花菜さん達と合流して車で逃げるっていうのが1番いいけど…」


「それは無理そうね」


 ペルシダはモレクに目を向ける。

 モレクは鼻に手を当てる。その手にあったのは血だった。

 血が止まらず、地面に赤の斑点が出来る。

 

 初めて会うのに分かるぐらいキレている。

 その目にあるのは殺意のみだ。唇は震わしている。


 かといって重大なダメージを負っているように見えない。


「おのれ、一度だけではなく2度も私を…私をぶったなぁ!!」


 モレクは大きく吠える。

 そして、黒炎の魔法を打とうとした時、なぜか魔法を打つのを止めた。


 そして舌打ちをしたその時だ。

 爆発音が聞こえた。それも一つじゃない。何十発もだ。地面が大きく揺れる。

 

 思わずよろけて倒れてしまった。黒煙がいくつも上がり、通りには無残にも爆発で   

 家が半壊しているところもあった。

 

 その爆発は例外など存在しない。


「家が…」


 横の家に落ちてきた爆発物によって爆風と共に飛んできた瓦礫が家をなぶった。

 火が燃え移ったのか家が燃えていって火花が散る。


 紫花菜たちの声が聞こえる限り、破壊度的には2割くらいだろう。

 でも2割だ。

 

 逃げないといけない。そうしたらこの家は見捨てることになってしまう。

 燃え移って何もかも無くなる。

 

 ゲームも、パソコンも、自分の部屋も、リビングも、思い出の物も、父さんの部屋も。    

 家族の写真も、家にあったアルバムも全て、

 

 全て消えて行ってしまう。止めることが出来ない。

 

 家が燃えていく。

 家が潰れて燃えていく。何も出来ない。

 

 ただ涙を流すしか出来ない。


「何で?!」


 そう叫んだ。

 立ち上がってモレクを睨みつける。


 理解できない。

 人の家を、思い出をめちゃくちゃにしてその態度はなんだ。

 その悪気もない、へらへらとした態度に流河は憤りを感じる。


 

「知らん」


「何だと……??」


「先日魔力を感知した。短い時間に一回だけだったことからカイノスからの攻撃だと判断した。魔法でこの街に何か仕掛けたのか、それとも仲間に増やそうとしたのか分からんが……アドラメイクが一掃を命じたからやっただけだ」


「それで………それでどうしたらこんなことをするんだよ!?」


「不愉快なやつだな。急にぐちぐち偉そうに……女の後ろにいるからか?」


「!?」


 反論できなかった。

 図星だ。

 

 きっと車花とペルシダが前にいてくれなかったら、今モレクに追及するのか。

 いや、しないだろう。流河はそんな立派な人物ではない。何も言えない。

 

 モレクはそんな流河を蔑むように笑い


「まあ、いいだろう。特別に教えてやる。だから人ごみを利用することにした。

 何かたくらみをするなら大勢の人が犠牲になる以上中止しないといけない。仲間が増やすなら人ごみを使って、その仲間をながれによってあぶりだす。何より……」


 そこでモレクはニヤッと笑った。


 醜悪。

 モレクの笑顔を見てその二文字が思いつくほど、悪い顔をモレクは見せてきた。


「俺は昔そいつらと戦ったことがある。あいつらのことを良く知っている。やつらはたいそうな正義感をもっている。だから面白いってな」


「面白い………だと…」


「そうだ!! あいつらも洗脳のことは知っている。そしてここにいるのは、洗脳された被害者と加害者だ。敵を殺さなきゃあいつらの正義は叶わない。だがここで戦えば自分たちの存在を表に出すことになる。どちらを選ぶのかな!?」


 そういって高らかに笑う。その顔には善意の欠片というものがない。

 何も言えない。嫌言う必要がないのだ。

 

 モレクを人だと思えなかった。


 人を何だと思っているのだ。

 人の命をそんなことために無意味に死に追いやる。そんなことはあってはならない。


 だがそれを正すこともできない。そんな力などない。 

 でも確実にわかったことがある。


 ―――話し合いなど通じない。戦わないといけない。


 幸いにして、車花とペルシダで攻撃は通っている。

 紫花菜達を逃がしさえすれば、 少なくとも守る人は減る。

 ペルシダさえいたら、体術しかペルシダ達に攻撃を通せないのだ。

 

 許せない。

 流河の心に闘志が燃えた。恐怖を乗り越え戦意を高ぶらせる。


「ま、待って!!私はあなたたちの敵じゃない!!」


 その意を反するかのように突然ペルシダがモレクに向かって叫んだ。

 

 それは嘆願が言葉に含んでいた。さっきまで戦っていたのに構えを解いている。車花もペルシダに目を向ける。


「だから、攻撃なんかじゃない!!間違って私、魔力で体を強化しただけで………流河や他のみんなには関係ないの!!」


 そうだ。

 昨日ペルシダに流河はけり飛ばされた。


 それが感知されていたのか。

 

 そういえば大翔が監視カメラに変な石があるって言っていた気がする。

 あれがもし魔力を感知するものだとしたら………


「誰がお前なんかの話を聞くんだ? もうアドラメイク様が決定したことだ」


 モレクはいらだちながら吐き捨てるようにいった。

 ペルシダはもう大きな声を上げなかった。

 

 通じないと理解したのだろう。


「私はお前のせいで、気分が損ねた。それにもう戦闘は始まっている。おそらくあいつらだろうな。しかし………」


 モレクはそこで言葉が止まった。

 その顔はペルシダに見せつけるかのように悪意のある笑みに変わった。


「お前のおかげで、あいつらの愚行がどんな風になるんだろうな。お前のおかげで楽しめそうだよ!!」


 そういって再びペルシダに突っ込んだ。

 ペルシダは戦意を喪失している。顔は青ざめ、目には涙が浮かんでいた。


「私、また………違………迷惑をかけるつもりじゃ………」


「ペルシダ!! はや………」


「ごふぅぅ」


 ペルシダはモレクに腹に拳を入れられた。

 そのまま車の後ろまで飛ばされる。頭から地面にぶつかり、動かなくなる。


「ペルシダ!!」


「モレク!!」


 車花とほぼ同時に叫んだ。

 ペルシダがかなり痛い一発を食らってしまった。声には反応してくれなかった。

 

 まずい。このままでは体勢は崩れてしまう。

 

 車花は接近戦を挑む。

 モレクは後ろに下がったり、横を移動したり立ち位置を変えて車花の攻撃を捌く。


 見えない。

 正確には見ることは出来る。ただその一つ一つの動作にどんな意味が入っているのか分からないのだ。アニメと違って何度も見返すことが出来ない。

 

 見ても言語化することが出来ないのだ。

 

 他の地球連邦軍も入れていない。

 銃を持っているだけで構えも出来ない。入るすきがないのだ。


 違う。異世界とこちらの世界で戦闘能力が違うのだ。


 車花は足を使ってモレクから離れ、光弾を撃つ。

 

 モレクは黒色の壁を張って受け止めたが、一つだけ弾道が違うものがあった。

 

 先端が膨らんでいる物が直ぐモレクの横を通り過ぎた。

 その瞬間先端が膨らんでいるものが爆発した。

 

 モレクは爆発と爆発音に包まれた。

 

 だが至近距離の攻撃でもダメージが通らなかった。

 耳を痛がる様子も、体に汚れもない。


「雑魚が私の前に…出て来るなぁ!!!」


「くっ!!!」


 体より大きい火炎の球体を作り出しモレクに放つも、かわすことなく手を出した。


 火炎の球はモレクに届かなかった。大きな黒色の壁を作り、球は壁を貫通できず霧散して消えた。

 

 そしてモレクは車花に近づきまた格闘戦が始まる。

 でも今度は車花が押されていた。


 ただ見るしか出来なかった。


 ふと後ろを見るとペルシダはまだ動いていない。

 もし頭を打っていたら。あれだけの勢いで頭を打てば血が出ているかもしれない。

 

 急いで確認しなければいけない。

 

 そう思いペルシダに近づこうとするが、男に止められた。


「残りは武器を拾いに行け!! 相手の気がこちらに向いていない間にだ!! 早くしろ!!」


 体のごつい男が素早く指示をする。

 この人が隊長なのだろうか。何か頼むことでもあるのだろうか。

 

 でもペルシダの安否が先だと足を動かそうとしたらしっかりと止められた。


「何です…」


 とその男に向かって怒鳴り声で聞こうとした。

 

 だがその真剣な顔に思わず声が出なくなる。


「私達が時間を稼ぐ。その間に君は車花という女性と民間人達を連れて逃げろ」


 その意味が分かり怒りは一瞬で沈下した。


 この人は死ぬつもりだ。

 男の武器を持つ手に力が入っていた。


「そんなの………ダメに決まっているじゃないですか!!」


「私達が生き残っても、君たちを守れない!!」


 男はそう大きな声を出した。。


 本気で時間を稼ごうとしている。命など惜しくないと。

 

 そんなこと言われても、はいそうですかと言えない。いえるはずがない。

 死が分かっているのに頷くことなど出来ない。


「だから君も今すぐ車に………」


「そんなことが出来ると思っているのか?」


 その声に戦闘の音が消えていたことに気づく。

 後ろを振り向くとそこにはモレクが立っていた。


 車花は横の通路の壁にのめり込んでいた。


 口から血を吐き、立とうとするがそれは叶わず壁にもたれかかる。

 

 モレクは空を飛んだ。どんどん上に飛んでいく。

 

 車花は口から血を吐くくらいまずい。


 さっき車に移動した人がペルシダに近づいた時に確認しているはずなので、先に車花の元に駆け寄った。


 車花は意識こそあるも、体はまったく動かせずにいた。


 早く逃げなければと腕を自分の遠い方の肩にのせ、車に乗せようとする。


「なにを…してんのよ。早く…逃げなさ………」


「黙ってろ!! すぐに………」


「安心しろ」


 モレクの声が上から聞こえる。


 ちょうど流河から見て、太陽の真下にいるのだろう。

 光によってその姿が見えない。


「そこの女は全て殺した後に殺してやる。絶望にとらわれた表情を見せてやるから、楽しみにしておくように、な」


「どうなったんだ!! 流河!! 松本!!」


 大和の声がする。

 そこには大和や紫花菜、アスハや他の軍人の人達が集まっていた。


 戦闘が終わったと思ったのだろうか。

 でも今は逃げないといけない。車花を車に乗せて逃げなければという思いが体を突き動かす。


「どうなってんだ!!」


 だが車を運び出すことは出来なくなった。

 

 車があるところに壁が出された。土魔法だろうか。

 大和が気づき近づいて叩くが壁はびくともしない。


 ペルシダと分断された。

 壁も破壊されないということは目覚めていないのだろう。

 

 でもそこで壁を作る理由は一体なんだ。



 どうしてと思う瞬間、光が失ったように感じた。

 

 いや大きな影が流河達を黒色の陰に包んだのだ。

 

 空を見上げると、そこには黒い太陽があった。


 誰もがこの状況で見てしまえばそう比喩してしまうだろう。


 そこには巨大な黒い炎の球体があった。

 

 黒い太陽といっても、実際の太陽の大きさには程遠いだろう。

 でもその黒い球体によって太陽は完璧に見えない。


 地上から見た太陽の見かけの大きさ以上の大きさの球体をモレクは作ったのだ。


 まるで光が失うかのように。

 その大きさをみるにどう頑張っても逃げられると思わせることが出来なかった。

 

 皆でペルシダの元へ逃げることも出来ない。


 何故あの壁を作ったのか。

 逃げることなど出来ないはずなのにわざわざ壁を作った理由。


「あぁ」


 ペルシダを分断させ流河達を殺せるように作った。

 わざわざ大技を使うために。

 

 大技を使って相手を倒すのは気持ちがいいからだ。


「はは、」


 笑った。

 自分の口から出た笑い声だった。

 

 人間本当にどうしようもなくなると、笑ってしまうんだなとそう思った。

 

 こんなやつを倒そうとしていたのか。こんなやつから逃げようとしたのか。

 

 無理だ。その黒い光はそんなふうに思わせる力がある。


 立ち上がろうとしていた足も上がらなくなった。

 体の力が抜ける。目をつぶった。

 

 死を受けていれば怖さは軽減される。

 

 でも、せめて。どうか大翔がここにいないことを願うことにした。

 

 目を閉じて今度こそ死を覚悟する。そうして…



「諦めるのはまだ早いよ、兄貴」


 男の子の人の声が聞こえた。

 普段から飽きるほど聞いていて、とても頼りになる声が。

 

 目を開けるとそこには白金の毛をした男の子が現れた。

 その手をモレクのほうに向ける。

 

 その瞬間大きな白い光が流河たちを、家まで包み込む。

 白い光は黒い炎の球体とぶつかった。 


 白い光は壁だったのだ。

 黒い炎の球体はそれとぶつかり止まってしまった。

 

 光の壁は崩れることはなくむしろ徐々に押し上げていきモレクまで押し上げていった。


「なんだとぉぉぉ!!」


 黒い炎の球体はモレクに触れて爆発した。

 光と煙で何も見えない。


 モレクはなんとかそれに逃れることが出来たのだろう。

 風を作ったのか、煙を飛ばしてこちらを視認する。

 

 モレクの魔法を防ぎとめた人物を見るために。


 黒い炎の球体によってほとんど見えなかった太陽。

 それが煙が風で飛ばされ姿を現す。光が見える。


 だからこそ、その光に照らされる人物がが輝いて見えた。

 そして目の前にいる男の子がより存在感を強く示したのだ。


 まるでヒーローの登場シーンのように。

 

 まだ生きることが出来るかもしれない。

 まだ変えられることが出来るかもしれないと。


 そんな思いをさせてくれる人が現れた。


 そこには1人の男の子がいた。


 振りむいた男の子の正体は


「大翔……!!」


 髪は白くなっているし、何故か片目が緑色に発光している。

 

 それでもその顔に、その自信満々な顔に。

 生きていることが、姿をみせてくれたことが心を安堵させてくれて、震えさせる。


 もっと顔を見たいのに目が滲む。


 大翔はこちらを見て笑った。その笑みに思わず安心してしまった。


「もう大丈夫だよ、兄貴。僕に任せて」

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