第1章4話「魔法と特別な力」


 目を開けるとそこには知らない女性がいた。


 頭の下にはとても柔らかい感触がしている。どうやらこの女性に膝枕されているらしい。


 だからか天井が見える。記憶の奥隅にある天井だ。


「あ、気がついた?」


「あなたは誰? どうして私はあなたに膝枕されているの?」


 体を上げて、金髪の女性を見る。

 金髪の目が青い女性はアスハより年齢が三、四歳高そうだ。


「覚えていないの?」


 横を見るとそこには、大翔がいた。

 スマホをいじっては顎を触り、眉のしわを触ったりしている。

 

 意味が分からなかった。


「大………翔? 何であんたが…ここは? この人は誰なの? 私、紫花菜と買い物して、あれ?」


 頭の中でとめどない疑問符が出てくる。  

 どうして大翔がいるのだ。


 そこでふと気づく。

 大翔よりももっと心配しないといけないことがある。

 アスハは紫花菜と一緒にいたはずだ。


「離せ!!  殺さないといけないの!!」


 近くから紫花菜の声がした。凄い声だ。


 普段だったら絶対に出てこないような声だった。

 普段の紫花菜からは絶対に言わない「殺す」という言葉を使った。


「ちょっと、え!? どういうこと?! あんた、え?」


 心臓の鼓動が大きくなりこれから起きるであろうことに頭が真っ白になる。

 何も心の準備をしていない。

 今から起きることに頭は間に合わない。


 大翔を見る。

大翔は表情を一切変えなかった。


「………それは、見たらわかるよ。兄貴、紫花菜を連れてきてくれない?」


「お前、お兄ちゃんをもっといたわれよ・・・・・・」


「離せ!!……異世界人!!」


 腕に引っ掻けられた血が滲む流河と拘束された紫花菜がいた。

 紫花菜は金髪の女性に殺意を向けていた。


 何が起きている。

 どうして紫花菜が。あの紫花菜が知らない女性に殺意を向けているというのだ。


「紫花菜!」


「危ないよ」


 そういって大翔は目の前に立って止めた。

 紫花菜を見ても大翔は何も心の変化がない。


 紫花菜の様子がおかしい。

 唸り声を上げながら必死に拘束をとこうとしている。ヨダレが垂らして凄い形相をしている。


 大翔の反応も異常だった。

 大翔は紫花菜に近づき、そしてスマホで何枚か撮る。


 

 紫花菜に会っても平然としている。

 

 でも紫花菜の凶変の理由に何か心当たりがあるように感じた。


「大翔、これは何?」


「あぁ、それは………いや」


 一瞬口を開きかけたが、直ぐに閉じた。そして



「やめといた方がいいよ。これを聞いたら世界中の人が敵になる」



 そうなんも変哲もない声で言い切った。でもその内容は普段と同じ声で話す内容ではない。


「せ、世界? お前ガチで言ってんの?」


「とりあえず、ペルシダさん。紫花菜を」


「え、あ、うん。世界?」


 流河も知らないらしい。ペルシダさんと呼ばれる女性も知らないようだ。

 世界が敵になる。

 

 陰謀論みたいな事をいきなり大翔はいきなり伝えてきた。

 もう疲れているのに、これ以上疲れさせるのか。

 

 思わず大翔に怒りを覚えてしまう。


「離せ!! はな………」


 金髪の女性は紫花菜に触れる。

 触れた瞬間あんなに大声を上げていたのに、紫花菜は突然気を失ったかのように静かになった。


―――何が起きた。


紫花菜に近づいて確認する。

 本当に気絶したのだ。

 近づいてみてみると呼吸もしっかりしている。でも苦しそうな表情もない。


ただ眠っているだけ。


少しの安堵とそしてまた新たな不安が襲ってくる。

 

「紫花菜に何したの?」


「命に、別状はないよ」


 含みのある言い方に気になる。

 だがあれほど大声で叫んだ紫花菜を触れただけで一瞬にして気絶させた。


 何かあることは分かった。 


 大翔は紫花菜を見ずに、下を向いていた。

 机を凝視しているのかと思わせるほど目が真剣な目になっている。


 世界を相手にするなんて、馬鹿げた話だ。


 普通に有り得ない。普通だったら何バカなこと言っているのだって思う。アニメや漫画の見過ぎだと。


 しかし、紫花菜の様子がおかしい。

それに大翔はこんな状況で冗談を言う人じゃない。紫花菜の前で冗談や嘘を言う性格ではない。


 そして紫花菜に対してふざけた推論や、適当な事を絶対にしない。

 紫花菜を助けようと全力でそれを行なおうとする。

 その点に関しては例え世界を敵だというふざけた内容を言ったとしても信用できる。


「世界中の人が敵……紫花菜も、家族も敵なの?」


 でも信じられない。

 大翔が言う通りならそうだ。


 紫花菜は金髪の女性に殺意を向けていた。


 家族もあんな風になると大翔は言うのだろうか。

 でもそのアスハの独り言は誰も返してくれなかった。


「そう、世界。だから何も知らないとして、僕が・・・いや、それでも危ない・・・だとしたら・・・」


 大翔が珍しく判断に迷っているのか頭をかきながら椅子に立って動き回っている。 

 昔一緒にいた時はほとんど一瞬で答えを出していた大翔がこれほど真剣な表情で迷っている。


 大翔の紫花菜の思いは信用できる。でも大翔の言っている事は分からない。

 ならアスハがやらなければいけない事は


「分かった、聞く」 「え?」


「世界を敵に回すなんて大翔の頭がおかしいか、まじで危ないかじゃない。だったら、聞く」


 大翔がこの何年間で何があったのか分からない。

 

 今しか大翔と話せない。

 この状況で何かするにしても、無知な状態では紫花菜を傷つけることになってしまう。

 

 紫花菜が暴れた理由。それを誰も信じてくれないだろう。

 ならそれを知っているもの達に考えてもらわなければいけない。


「あの、私も聞かせて」


 ペルシダと呼ばれる女性はそう手を上げる。

 この女性は何だというのだ。服装は古典的だ。

 

 紫花菜を触れただけで気絶させたこの人の正体は何だろうか。


「私に何かあるんでしょう。この世界の事、私になにが起きたのか、知りたい。だから私も聞かせて」


「多分、ここにいている人でも、この世界の事を説明できない。だから…」


 大翔の言い方はペルシダはこの世界に居ていなかったような言い合いだ。

 それでは……というより紫花菜はこの人を異世か………


「う………!!」

 

 痛い。

 何故か頭が痛くなってきた。

 

 思わず体勢を崩れてペルシダにもたれかかってしまった。


「大丈夫?」


 ペルシダさんが頭をさすってくれた。

 その柔らかさと温かさが少し頭の痛みを和らいでくれた。


「やめといた方がいいですよ。相手の実態も分からない。戦力も分からない。どこまで手が及んでいるか分からない。このまま何も知らないでいる方が心には余裕は出来る」


「でも………」


「それにアスハもだ。状況的に仕方がなかったけど、もっと僕が上手く立ち回れば2人を巻き込まなくてもいけたはず。2人に命をかける必要も、日常を捨てる必要もない」


 2人は反論しようとするが、大翔の目がきつくなかなか言葉が出てこない。


 命を、日常を捨てるとはどういうことだろうか。

 分からないのに決めつけてくることなどあるのだろうか。

大翔が


「じゃあ、俺も聞かせてもらうぜ」


 流河が口を開いた。

 

 大翔はアスハ達に向ける何倍もの威圧的な目で流河を見る。

 流河は大翔の目に一瞬たじろぐもすぐに姿勢を正して大翔の胸をどついた。


「そんなこと弟1人に任せられねぇ。みんなで考えた方がいいに決まってんだろ」


「兄貴、これはとても危険だ。ここでかっこつけなくても誰も何も言わない」


「別にかっこつけたいとか。危険どうこうじゃねえよ。お前ひとりで抱え込ませる、そんなことすると思うか? 何年も一緒にいるのに俺がどうするか分かんねえのか?」


「………」


 流河は大翔の肩を掴んだ。


そして流河は両手で大翔の頬を口の中に入れる。

大翔はその手を払うも、今度は別の手口で邪魔した。


話さなければ一人で考えることを邪魔し続けるというわけだ。

 

大翔の顔は紫花菜に向けられた。一瞬見せたのは心配の表情。


「一緒に皆を守ろうぜ」


「…はぁ、もうわかったよ」


 大翔はため息をつきながら答えた。

 でも少し緩んだその顔に流河は笑う。


紫花菜はどうしてしまったのだろうか。

 大翔に対して何も思うこともないほどアスハは余裕がなかった。


 ただ世界を敵に回すとは。命の危険があるとは。これからどうすればいいのか。

 アスハは今はただ唾を飲み込むことしか出来なかった。


//////////////////////////////////////////////////////////////////


 今日は本当にいろんなことが起きる日だ。

思わず流河はため息をつく。


 異世界から美少女が来た。

 紫花菜との再会。そして紫花菜とアスハの凶変化。


 もうこれ以上何も起きないでほしい。もうお腹ははちきれそうだ。


 流河、大翔、ペルシダ、アスハがテーブルで集まる。


 アスハと紫花菜の狂暴化。アスハはペルシダを刺し殺そうとし、流河は紫花菜に傷を入れられた。


 そして大翔が世界が敵になると言ってきた。

 弟がいきなり陰謀論みたいなことを言ってきた。

 でも異世界という存在があること。

 そして何より紫花菜を第一としている大翔がそんな陰謀論を確証もなしに答えるはずがない。


 そもそもペルシダが異世界転生してきただけでお腹はいっぱいなのにまだ考えることがあるのかと頭が重くなる。


 世界中の人が敵になるなんて、空想の話ぐらいしかない話だ。

 

 だがアスハと紫花菜の様子がおかしかった。

 流河も何となくだが想像がつく。

 

「まず、ペルシダさんに触れられた時音がなったでしょ。あれでおそらく洗脳が打ち消したんだと思う」


「色々気になる点はあるけど……洗脳や記憶操作類の力……魔法とかあるのか?」


 流河はペルシダに顔を向ける。


 異世界と聞けば次に考えられるのは魔法だ。

 紫花菜やアスハの様子がおかしくなったのはそれしか考えられない。


 性格の豹変として考えられるのは、暗示による洗脳か病気。

 病気も暗示による洗脳もないだろう。ペルシダが本当に触れただけでアスハが気絶して元に戻ったからだ。


 そうすると魔法が現実的には考えられないが、ファンタジー要素を加味すると可能性としては一番高い。

 

「ええ、あるわよ。私もよく知らないんだけど、海外では流行っているらしいね。でも、普通は触れただけでは治らないはずだし、私も解除の魔法なんて知らないよ?」


「それは、分からないですね……でも物語の世界に異世界転生や転移というのがあるんです。その転生者や転移者には何かしらの能力が貰える。空想上のことだけど、実際異世界転生ってのがあるなら、もしかしたらペルシダさんも何か貰っているのかもしれないですね」


「そうなの? そうかもしれないわね……」


 そう言ってペルシダは手をぎゅっと握りしめたり離したりした。

 確証はないのだが、そうじゃないと否定する材料もない。

 ペルシダが案外素直に受け取るのも意外だがそれも一旦後だ。


 異世界転生した時にもらえる特別な力。

 

 それは確証がない。それよりも


「どうして紫花菜やアスハ達一般人まで洗脳をかける必要がある。それに俺はそんな音知らねえぞ」


 一般人に洗脳をかける必要がどこにあるというのだ。

 大翔の言うことが本当なら流河達も洗脳されたことになる。


 洗脳によって性格が豹変しているなら今頃ペルシダはここにいないはずだ。


「兄貴はペルシダさんと一緒に寝ていたから気が付かない間に解除されたんでしょ」


「寝てる間?」


「そんなイメージ抱かれると、心が傷づくなぁー」


「大丈夫よ。たまたまそうなっただけだからね。流河、そうよね?」


「……おおぉ……」


「え?」


「……本当に大丈夫なんですか?」


 アスハがペルシダの体を心配そうに見ている。

 アスハは自分が何をしたか聞いて、ペルシダに殴ってくれと言ったが、当の本人は


「別にいいの。アスハちゃんのせいじゃないから」


 と笑って許してくれた。

 それからアスハは紫花菜と同じような友愛の目でペルシダを見ている。


「まあ、兄貴が何野郎かは置いといて……これを見て」


 大翔が出したのは、さっきのアスハや紫花菜の動画や写真だった。

 

 そして目の部分をズームする。

 アスハと紫花菜の目の色は微妙に違う。

 アスハは完全な黒だが紫花菜は黒に近いブラウンアイだ。

 

 だが写真の二人の目は全く同じ黒色の目だった。それに虹彩の模様も全く同じだ。


「この黒いもやもやみたいなのが見える? 多分これが、命令の遂行された時に出てくるんだと思う。街中での人はみなかったしね」


 確かに二人とも普段の目と違う。

 気のせいなんて言えない。確実に違うと言い切れない。

 少し「んぅ?」と声がでてしまうくらいには流河も違和感を感じた。


「それで、これは15年くらい前にあった世界が変わった日の映像」


 流河が追及されている間に大翔はタブレットを使って見つけた映像。

 タブレットを机において、みんなに見やすいようにする。


 ペルシダが「へ?なにこれ?どうなってるの? これもテレビなの?」と、驚いている。正直その可愛い感想はもっと聞いておきたいが今回は見送りするしかない。


そのタブレットに流された映像は……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る