第1章4話「異世界から来た女の子②」
「え?」
「二人がいなかったら、異世界に来たなんて発想できないもの。まだそれを知れただけで、これからのことを考えやすくなる。だからそのお礼」
ペルシダは小さく笑う。一見普通の事を言っているだけなはずなのに、言葉に引っ掛かりを覚えた。
「ちょっと、待って。その言い方は…もしかして出るつもりなのか? どうすんだそんなの。しばらく俺たちの家にいたほうが…」
異世界からしかも東京の24区の住宅街からスポーンしてまともな生活が出来るはずがない。
それにペルシダはこの世界に何も適性がある様に見えない。現代から過去に戻るような異世界転移ならまだ何とかなるかもしれないが、過去から未来の異世界転移など勝手が違いすぎて社会に適応できない。住民票。仕事。住む場所。この東京でそれを全て手に入れることなど出来るのだろうか。
「家にいても私にできることはほとんどないわ。迷惑をかけるだけ」
「そんなことは…」
ないと言う前に、ペルシダは首を振る。そしてこちらに向けた目に自分は口を閉じた。
「それに、どうして流河は私を助けようとするの」
そう流河に疑念をかけていた。
その言葉に口が詰まるような感覚がした。確かにペルシダとなんにも接点がない。一時間も満たさない関係だ。疑われるのも当然だ。
――嫌だ。
そう気持ちを崩すことが出来なかった。
なのに、答えを出せなかった。口も動かすことが出来なかった。
「どうして?」
この心を上手く言葉にできなかった。早くしないとペルシダがどこか行ってしまう。だが時間が過ぎていくたびに更に口を重く閉ざれていく。どうして、その言葉に対して答えが出ない。
答えも引き戻そうとする提案も出せずに時間が過ぎていく。
そんな時だ。
「お腹すいた」
大翔はお腹を手で押さえながらそういって台所に行った。そして冷蔵庫の前に立ち、中にあるものを確認する。
「おい、大翔!?」
予想外のリアクションについ大きな声を上げてしまった。
今この状況で自分の食欲を満たすつもりなことに思わず咎める声になってしまう。
「何?」
「何って…お前はどうし…」
「僕がどう考えようが、決めるのはペルシダさんでしょ?」
「!?」
そうだ。決めるのはペルシダ本人だ。外野があーだこーだいうことではない。でも、彼女を止めなければ、止めたいという気持ちがどんどん大きくなっていく。
大翔は「あ、でも、ペルシダさん」と呼び止める。
「朝ごはん食べてください」
「え?」
「なにが食べられるのか教えときたいんです。異世界の食事なんて知らないんで、アレルギーとか知らないでしょ?」
「あれるぎー?」
「その調子だったらすぐに死にますよ。なにもしないでペルシダさんが死なれると目覚めがわるいんですよ。お腹がすいたんで、食べながら話しませんか? そこで座って待っといてください」
そう言って大翔はソファーを指さしたあと台所に行き、冷蔵庫の横にあるエプロンをつけながら冷蔵庫を眺め、何か決めたのか食材を取り出していく。
ペルシダは大翔を止めようとするが、行動の速さに口を閉ざしソファーに座った。
「何してんの、兄貴。速く手伝って。」
大翔は立ち尽くした自分を呼んだ。これはチャンスだ。異世界の人とはいえ見た目はほとんど同じだ。ソファーとキッチンの間なら多分声はきこえないはずだ。
でも念のため声を小さくして問いただした。
間違えなく大翔は一度撤退させた。その理由を聞きたいのだ。
「本当に大丈夫なのか?」
服は予備もあるし、水やご飯も最悪あるかもしれないが、住がない。
今はまだいいかもしれないが、梅雨と夏そして冬を如何耐えられるのか。
家なき子を利用する人もいるかもしれない。
まあ、ペルシダの場合反撃できそうだが。
大翔は噌汁の味見をしている真っ最中だ。少しこちらに顔を向けると、卵やボウルを取り出す。どうやら味噌汁は完成したらしい。
「いけないことはないと思うよ。ただ…」
少し言葉が止まる。手も止まって数秒考えこんだ後、
卵を取って角にぶつける。
「9割くらいだめじゃないんかな。」
「ダメじゃん」
「現代においては何もかもお金と許可がいるからね」
卵を割って大翔は語る。確かにいけないことはないだろう。少なくとも、ペルシダより大きい流河を軽々庭の壁まで蹴り飛ばせることが出来たのだ。あれでも、本気ではないらしい。見世物としては完璧だ。でも、もし見つかって実験体にされるかもしれない。それはさすがに考えすぎかもしれないが、猟も現代においては難しい。行政の目をかいくぐるのも難しいだろう。
「だったら、やっぱり俺らでなんとか…」
「できるの?」
しないといけない。その言葉は、大翔によってぴしゃりと閉じられた。
その顔は変わらない。でもその声は全くの別になった。
「ペルシダさん弓矢を持っているけど、兄貴はペルシダさんがどんな生活を送ってきたのか、分かるの?」
「それは…」
もしペルシダが狩人なら確かに全然問題はないかもしれない。でも大翔が9割無理だといっているとするなら…それに流河も私物を少し見せてもらったが、裁く用のナイフはなかった。
もしかしたら流河は言葉が詰まる。言葉が見つからなくて、上を向くと大翔の目とあった。
その目は少し後悔と悔しさでにじんでいた。その目は今ではなく過去に飛んでいる。
「僕はペルシダさんのこと、何も知らない。どんな人生を歩んできたのか。どんな決断をしたのか。なにがいいのか、なにをすべきか、なにができるのか、何もわからない」
「………それは」
「どんなに最適解だと考えても相手の為に思っても、それが間違いになるときも不幸を呼び起こすこともあるんだよ」
ポツリ、ポツリとそう呟く大翔の言葉に反省させられた。うかつだったかもしれないと感じさせた。
その言葉は重みが違う。
一度少し時間を置けば、自分にもおかしい所が沢山あると気づいた。
彼女にとってもこちら側のことは全く知らないのだ。文化も、思想も何もかも知らない所で、彼女はこれから生きていかなければならない。自分の判断が合っているのかも、わからない。信用しろというのもおかしな話だ。
ペルシダからすれば流河も大翔も有象無象の人と同じなのだ。
それに何も考えていなかった。ペルシダがどう思っているのか。
自分の考えばかり言ってどう感じ、どのように考えているのか分かろうとしていなかった。
でもどうすることも出来ないのだろうか。外に出して、それでおしまい。ペルシダが大道芸人になろうが、実験体になるか知ったことがない。
嫌だ。大翔に咎められてもそんな気持ちが大きくなっていく。
「俺はお前と仲良くなりたい」
「え?」
「僕と兄貴が仲直りしたときそう言ってくれたでしょ」
「あ...」
大翔の言葉に自分がどうしたいか分かった。
そうだ、思い出した。ペルシダを見て、昔の大翔を思い出したのだ。
大翔とは昔仲が悪かった。比べられるのが嫌だった。そして、大翔はその溝を深めたくなかったのか、話しかけることはなかった。二人の距離はどんどん離れていった。
両親もいなくなって、祖父母もいなくなって、そして………
大翔は頼れるものを失ってしまった。
その時のひとりぼっちで泣いている大翔を見て、仲直りしたのだ。
自分で抱え込もうとしている人を見ていられない。
単純な話暗い空気が居たくない。自分がいるところには明るい空気でいてほしい。ただそれだけだ。
だから自分のために、自分が嫌な思いをしないように人を助ける。
人と一度話してしまったら、もう知ってしまえばもう見限ることが出来ない。
でも、それはただの自己満足で。自分がそうしたいと思っただけで。自分の願望だ。
だから
「「お願い」」
声が混ざる。そうだ、お願いだ。大翔はこちらを向いて、安心させるかのようにほほ笑んだ。
「きっと、大丈夫だよ。だって…兄貴は甘えん坊上手だからね」
「うるせぇ」
最後の茶化しさえなければ、素直に礼を言えるのに。
大翔はキッチンのほうを見て、料理を再開する。もう、行けという合図なのだろう。
「これアレルギー用にペルシダさんに試しといて」
時間制限を与えられた。これで失敗したらペルシダと別れることになる。
でも大翔は口実も自信も与えてくれた。大丈夫だと。自分を信頼してくれているのだ。
心は決まった。決意を胸にペルシダの元に向かった。
///////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
「なあ、ペルシダ」
「…どうしたの?」
そう聞くペルシダの顔は不信感でいっぱいだ。それもそうだろう。流河は立って、目の前にいるのだから。
ペルシダも座ったままでいる。
少し時間が立ったせいで、立つことは拒絶の姿勢になってしまったからか、その場から動かなかった。少し力が入っているのかもしれない。
言葉が出ない。少し考えていたのに頭が白くなって消えた。
早く何か言わないと邪な感情を持っていると思われる。でもそれを意識するからこそ余計に考えが思いつかない。
ええい、ままよ。と重い口を開いた。
「やっぱり、俺達の家にいてほしいんだ!!」
ガシャン。
その第一声は大翔が落とした食器によって空中に消える。
ペルシダは無意識的にそちらに目を移す。
「割れてないから、ごめん。つづけても大丈夫だよ。」
「続けるって、なにも…」
「ペルシダ! この家でしばらく住んでほしいんだ!!」
もう、後には戻れない。もう、ごまかせない。顔も体がとても熱い。頭が回らない。こんなことしたのは初めてだ。
「やっぱり心配だ。俺はお前のこと、何にも知らない。もし、俺みたいなやつが嫌なら、今のは聞かなくていい」
告白するよりも恥ずかしいことを流河はしている。
ペルシダは流河の事を信じていない。
だったら自分の全部をさらけ出して、ペルシダに判断してもらうしかない。
「そんなことは……」
「でもほかの理由なら、俺を頼ってほしい!! 俺はペルシダがいて迷惑だなんて思わない。何か嫌なことがあるなら言っていいから!! 洗濯物も分ける!! お風呂もシャワーだけにする!! 傍にいさせてくれ!!」
勢いに任せて喋るしかなかった。頭は真っ白で考えることが出来ない。
「俺は知ってしまったらもう困っている人を見捨てられない。ペルシダの事をもっと知りたい。困っている顔を笑顔にしてあげたい。独りぼっちなら一緒にいてあげたい。だから俺のそばにいてほしい。俺を…俺を見捨てないでくれ!!」
そして手を出した。
ペルシダからの反応がない。怖い。ペルシダの顔が見られない。
「フフッ」
「え?」
思わず、顔を上げる。ペルシダは口に手を当てて笑っていた。少しして、笑いが収まり笑い泣きをしていたのか、涙を人差し指で拭く。
「ごめんなさい。私流河のこと疑っていたの。理解できないことだらけだし、これからどうしっよっていっぱいになって疑心暗鬼になってた」
ペルシダが下を向いていることに気づいた。でも、彼女の目線はこちらに向いている。
ということはつまり
「でもそんな告白みたいに膝を曲げている人を私疑えないわ」
やっぱりそうだった。
というよりなんだ。洗濯物を見ないとか。誠心誠意に伝えるのではなかったのか。邪な考えがあった。ペルシダがもし流河のことを信じていたら下心があったって引かれる話じゃないか。
ペルシダは勢いよく喋りすぎたので全てをききとれなかったのだろう。そう思わないと家にいられなかった。
今すぐ穴に入りたい。というよりそこで泊まりたい。今ペルシダを見たら恥ずかしくて余計に挙動不審になる。
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「え?」
「不安だったの。これからどうやって生きていくのか。だから、ここにいても…いい?」
ペルシダは流河の手の上に自分の手を重ねてくれた。信用してくれたのだ。
その手を両手でもってぶんぶんと振った。
「…うん!! もちろん!! 」
「ありがとう…流河」
ペルシダは屈託のない笑顔を自分に向けた。
まるで、そこだけこの空間だけ輝いて見えた。見たかったその笑顔。ペルシダのいる空間、それがまるで別空間のように感じた。輝いて、暖かい光が流河を包み込むように照らしてくれるように感じた。
そのくらいにペルシダの笑顔は素敵で、この心臓の鼓動を高鳴らせたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます