四話 ポワ村


「よ、ようやく見えてきた……」


 あれから一時間ほど歩いて、漸くミナモ様が言っていた建物の前まで来れた。まさかこんな時間がかかるなんて。

 建物は村の柵だった。二メートルくらいの丸太が並べられていて、簡単に壁を形成している。魔物がいる世界だし、こう言うのでガードしないと安心できないんだろうな。

 ここに来るまでは魔物なんて一切見なかったけれど……最初のミナモ様の怒鳴り声でみんな逃げたんだろうか。


「人もいるようじゃの、ここに社はないようじゃが、滞在させてもらえないか聞いてみるかの」

「緊張してきた……」

「なぁに、儂に任せるが良い」


 マルタの壁の一部を切り取るように、同じく木製の大きな扉が建て付けられている。ここが村の入り口だろう。ミナモ様は扉の前に行くと、扉を強く叩きだした。


「たのも━━っ!!」

「なんだなんだ!?」

「襲撃か!?」


 扉が勢いよく叩かれる音と爆音の挨拶は、村の人を思いっきり警戒させていた。ミナモ様は力が強いから若干扉がミシミシいってるし、考え方によっては敵襲にしか思えない。

 慌てて止めに行ったら、扉の向こうから怒鳴り声がした。


「何者だ!! 我々は賊にやるような物は何一つ無いぞ!」

「ちょちょちょ、すごい警戒されちゃってますよ!?」

「うむ……少し威勢が良すぎたか、すまんのぅ。んんっ、儂らは流れの旅のものじゃ! 少しの滞在を許してもらいたく訪れた次第よ」

「……本当か? こんな辺境の村に旅の者とは」

「剣も何も持っとらん! 遥の地からここまでなんとか辿り着いたんじゃ、害など与えんと約束しよう!」


 持ち物なんて御朱印帳しかないもんね。これで野宿とか自殺行為だ。ミナモ様ならキャンプ道具も作り出せるかもしれないけど、寝れるならベッドで寝たい。

 ここまでやり取りをして未だに警戒は解かれず、物見櫓から人が頭を出した。成人男性で、なかなか鍛えてそうだ。武装はしてないけれど、村の見張り番的な人なんだろうか。


「怪しい風体だな! なんだその珍妙な服装は!」

「これは儂らの国の伝統衣装じゃ! 遥か遠くの国からここまで来た。本当にただ宿を許してくれれば良い、通してくれんか?」

「……わかった。おい、門を開けろ!」


 ようやく門を開けてくれた。まだ警戒は拭いきれてないみたいだけど……取り敢えず村の中に入る事は許されたからまだ良いだろう。

 開く門を待っていると、物見櫓に登っていた男の人が降りてきた。近くで見るとなかなか精悍で男前の顔をしている。金髪にヘーゼルっぽい瞳なのが海外みを感じる。


「俺はここの村長をしている、バーンという。お前たちの名は?」

「儂はミナモ、此奴はトウキじゃ。門を開けてくれて感謝するぞ」

「……変な事はしないように。ポム村へようこそ」


 ここはポム村と言うらしい。村長さんのゴツさに比べると可愛らしい名前だ。耕作地は壁の外にあるみたいで、壁の中はそこまで広くない。20〜30人くらい住んでそうな小さな村だ。

 宿はないけど、使ってない空き家があるからそこを案内された。簡素なベッドとチェストしかないけど、今の俺たちには十分だろう。

 まだ日暮には時間がある。村を見て回るのも自由だけれど、行動には目を光らせているからな。と念を押されてしまった。


「警戒されておるのう。まぁこの世界の整備されてなさを見ればおかしくないわい」

「物騒な世界みたいですしね」

「この村も国の保護が行き渡っておらず、野盗や魔物に悩まされとるんじゃろ。気を悪くするなよ」

「流石に日本ほど平和ボケしてられませんよ……」


 サービスとか応待に文句を付けられるような状況ではない。俺なんて半魔物ハーフデーモンだから正体がバレたら即処刑なんかもあり得るし。大人しくしといたほうが身の為だ。


「トウキはそのフードを絶対に取るな。目線を集めたり顔に注目がいく事も避けよ。間違えば即磔刑の世界じゃからな」

「はい、絶対に取りません。絶対に」


 この世界怖い。発展途上ゆえの生存の厳しさを感じる。

 この部屋も、暗くなったらチェストに置かれた蝋燭一本の灯りしかなくなる。豆電球とかLEDなんて当然存在しない世界だ。

 蝋燭の横にはマッチ箱が置いてあるから、魔法で点けるとかでも無いみたい。扉を開けるのも人力だったし、末端の村には魔法自体伝わっていないのだろうか。


「この世界のことは、儂も神としての世界の情報しか知らん。俗世や文化はわからん部分が多い。すまんが全知ではないのじゃ……」

「い、いえそんな。十分助かってますから!」


 俺一人だったら半魔物とか知らずに村に突っ込むか森で野宿とかしてただろうしな……。というか魔物になって死んでたし……。

 

 あんまり部屋に篭っているのも逆に怪しいだろうから、日が落ち切っていないなら、村の人達と交流して情報を集めようと言う話になった。

 友好的に関わることで警戒が薄まってくれるかもしれないし、大きな街への道も教えてくれるかもしれない。


「ねぇ! おにーさんたち外から来たんでしょ? ボクとあそぼー!」


 家を出て早々、小さな男の子が俺に突撃してきた。

 リンゴを思わせる赤毛で、犬のようなケモ耳とフサフサの尻尾が生えている。ファンタジーあるあるの獣人というやつだろうか。獣人は普通に人扱い? なのかな。

 背は俺の半分ほどで、見上げてくる瞳はキラキラと青く輝いている。元気な子だ。


「こ、こんにちは……君の名前はなんでいうのかな」

「ボク、アップル! 赤いからアップルなんだよ! ねぇ、遊ぼ遊ぼ!」

「コラ! アップル、知らない人に遊びをねだらないの! ごめんなさいね、この子好奇心が旺盛で」

「構わん構わん、子が元気なのは良いことじゃ」


 遊んで遊んでと繰り返すアップルに、情報収集は一旦置いておいて遊ぶことにした。

 ミナモは俺の代わりに大人たちと話してくれるらしい。子どもと保護者みたいな分け方になったのは少し複雑だ。この世界では成人年齢は幾つなのだろう。でも二十歳は十分大人だと思うのだけど。


「えーと、アップル君は何して遊ぶ?」

「鬼ごっこ、鬼ごっこしよ! ボクね、村の子達で一番足が速いんだ!」


 そうして走り出すアップル君は確かに速い。

 耕作地近くの草原は丸太の壁の外だけど、ヤンチャな子どもの遊び場になっているのか簡易的な柵で仕切られていた。

 村の中ではできない走り回るような遊びはここでしているのだろう。

 俺もアップル君を追いかけるために踏み出したら──


「うえ!?」


 思いっきり転んで顔をぶつけた。

 自分の想定以上に進んだものだから、次の一歩が間に合わなかったようだ。口の中に草が入った……。

 それを見たアップル君はクスクス笑っている。俺もまさか一歩目で転ぶとは思ってなかった。半魔物の身体能力に感覚がついていけてない。この世界で走ったの初めてだったし。

 起き上がってもう一度走り始めるけど、やっぱり自分の想像よりグッと進むので、小走りじゃないと感覚からズレて転びそうになる。でも小走りだとアップル君には到底追いつけない。

 肉体に慣れることが何よりも急務かもしれない……早く走ろうとすると転ぶなんて、幼稚園児レベルじゃないか!


「鬼さーんこちら! 手のなる方へー!」

「ま、待ってよアップルく〜ん!」


 必死に感覚を揃えながらよろよろ走る俺は、ミナモには微笑ましいものに見えているのか、視界の端でニコニコと笑って眺めているのが見えた。こっちは死活問題なのだけれど!?

 アップル君は一定の距離を保ちながら楽しそうに逃げている。彼が楽しそうならもう無様な姿を晒してようが良いかもしれない。

 ちゃんとした遊び相手に慣れているかは別として。

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異世界御朱印帳〜同行者は神様です〜 @tukihiha_kakaku

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