三話 御朱印帳
「これからどうしましょう」
一先ず落ち着いたものの、草原に突っ立ったままでは何も進んでいない。
ジワジワと日が傾いてきているし、このままでは身ひとつで野宿しなければならなくなってしまう。
「取り敢えず人のいる集落を探したいのう。儂は構わんが、人の子に野宿は辛かろうて」
「持ち物も、この服だけですからね……」
「おーそうじゃそうじゃ、このままだと野外を歩くには危ないからの、ほれ」
つい、とミナモ様が指を振ると、俺の服が一瞬にして上質な着物に変化した。
ノースリーブの着流しの上にパーカーというよくわからない組み合わせだけれど。着流しは俺の髪色と同じ色で、パーカーはブルーグレー。着心地は良いけど、和洋混じった感じが落ち着かない。
「着物の袖は慣れてないとすぐ崩れるからの。フードは被って、なるべく目と舌を見られないようにな。この世界ではたしか
「ああやっぱり……」
魔物が入ってる時点で察してはいたが、おそらく差別とか討伐とかそういう対象なんだろう。フローラの扱いからしてまともな種族では無いだろうし。
それにしても、あの女神様もかなり理不尽で勝手だ。ミナモ様が止めに来なかったらどうなっていたことか……。神様なんて理不尽が当たり前かもしれないけど、当事者になったら笑っていられないし。
「ん〜……あっちの方に建造物が見えるから、行ってみようか」
「……? どこですか?」
「人の子には見えんかもなぁ。まぁ案内は任せておけ」
俺の視界では草原しか見えないが、ミナモ様には建物が見えているらしい。神様は視力も良いのか。千里眼というやつだろうか。
歩き出したミナモ様に続きつつ、この世界のことやフローラのことを聞いてみた。
この世界……シンシアは、フローラの創った世界であり地球と位相が近いらしい。魔法や魔物の存在で別の進化を遂げてはいるものの、まだ地球より若い世界だそう。
だけれど、魔法という存在や魔物の脅威を加味しても本来はもう少し文明が発展し、世界も広がっていてもおかしくない。
なぜ発展が遅れているのかというと、フローラが人間の営みに介入し過ぎているからだそう。
神殿で祈れば祝福を与え、優秀な者には加護を与える。それ自体は悪いことでは無いけれど、その効果が過剰なんだそう。
人には過ぎた力や過剰な治癒を与えてしまったり、魔物を撃退する光を放ったり。神に祈れば大抵解決してしまう世界では、人は神に甘えたきりになって自身で進化することを忘れてしまう。
地球では「神などいない」と言う人も多いけれど、無神論者が出るくらいがちょうど良いくらいなんだそう。
地球では実現できない超常の力があるけれど、まだ成長できてない世界。というのが他の神からの認識らしい。
そんな世界を作った創世神フローラはこの世界の主神でもある。
ミナモ様の意見曰く適当で雑、不真面目。とんでもない問題児らしい。
人に構いすぎるのもよく思われていないが、なにより仕事をサボるし半端にこなす。
今回も、地球から譲渡する魂は転生後も尊厳や意思を尊重し、生まれてすぐ死なないよう補助を条件としていたのに、勇者を殺されたからと言う
端々でそういったルール違反や契約違反が目立ち、しかし世界を作れるほどの力を持った神だからなかなか仕事を奪うわけにもいかない。
年長の神にとっては悩みの種らしい。
そもそも、なぜ地球から魂が譲渡されているのか。
最初はフローラが頼み込んだことだった。
フローラが過剰に補助したせいでシンシアはなかなか文明が育たない。このままでは停滞し、ジワジワと滅びに向かっていってしまう。
ならば半ば強制的に特異点を作り出せば良い。
位相の近い地球からなら、地球の神の協力が得られれば魂を持って来れる。記憶をそのままに転生させれば、新しい思想や技術をシンシアでも生み出してくれるはず。
というなんとも地球に頼り切なヘルプコールを、渋々地球の神々は受け入れたらしい。
小さい世界とはいえ、若い神がワンオペで管理しているのを哀れに思った神もいたのかもしれない。色々な条件付きとはいえ、こうして地球で死んだ魂の一部を定期的にシンシアに送り込むことになったのだ。
「じゃがそれももう終わる。此度の契約違反は流石に見逃せん。罪無き者を殺すためだけに呼び寄せるなんざ、地球の神を冒涜したのと同じよ」
「どうするんですか?」
「彼奴を創世神から失脚させる。代理は後から立てれば良い、先ずは署名を集めたいのじゃ」
「署名?」
かなり歩いているが、まだ建物は見えて来ない。どれだけの距離があるのだろう。
ミナモ様は指を振り、一冊の本を作り出した。蛇腹折のようになっている厚手の紙束だ。表紙にはミナモ様の着物と同じ波の模様が施されている。
これは前世でもみたことがある、御朱印帳と言うやつだ。
「これにフローラへの処罰を求める署名を集める。まぁ署名自体は皆書いてくれるじゃろ」
「署名……ここってフローラの世界ですよね、他の神もいるんですか?」
「いない。が、呼び出すことはできる。地球との繋がりを強くするために、この世界には地球産の社が各地にあるでな、そこに行けば他の神に会えるであろ」
「なるほど……」
ここで、ミナモ様が気遣わしげに俺をみていることに気づいた。
ミナモ様は署名を集めたい。しかしそれに集中して俺を一人にするわけにはいかない……といった考えだろうか。
今までのやり取りでミナモ様が俺を大切に思ってくれていることは身に沁みてわかったし、半魔物になってしまったから心配されているのだろう。
俺を一人にできないが、フローラへの怒りもなんとかしたい。
署名集めについてきて欲しいけれど、俺には俺の自由がある。強制はできないのかもしれない。
俺は別に、この世界で何かを成したいわけじゃない。
半魔物の時点でハードモードだし、この世界の主神に命を狙われてそうだし。チートもサポートも無い俺なら簡単に殺せるだろう。
……フローラの世界の住民を信用したく無いし、実質俺がこの世界で頼れるのはミナモ様だけだ。
大恩あるひとだし、
選択肢なんてあって無いようなものだろう。
「よろしければ、その度に同行させてくれませんか?」
「──! 良いのか!?」
「俺は行く宛も、力もありませんし、なにより助けてくれた貴女の力になりたい。せめてお手伝いくらいはさせて下さい」
「おお……いい子じゃのぉ! いい子じゃのぉ! こんな優しい子が半魔物にされるなんて許せんのぉ……。儂が守ってやるから、安心してついて来るといい!」
感激したミナモ様は泣きながら俺の頭を撫でる。高速過ぎて髪がどんどんボサボサになっていくが、されるがままにその感動を受け入れる。
正直生き残りたいからと言う打算もあるが、ミナモ様の気を煩わせたく無いのも事実。俺みたいにフローラから理不尽に怒りを買って悲惨なことになる地球の魂も防ぎたいし。
今回はミナモ様が助けてくれたけど、神様によっては放置することもあるみたいだから尚更だ。俺は頻繁にミナモ様の神社に行っていたから助かっただけかもしれないし。
前世では滅茶苦茶神を信じてたってわけじゃ無いけど、それでも神社にお参りはしておくものだなぁ。一応毎回お賽銭は十円入れてたし。
信心深くは無かった俺だけど、今ならミナモ様に心から祈れそうだ。
「そうじゃ! フローラの署名とは別に、お前さんも御朱印帳を持っておくと良い! 儂のついでに名前でも書いてもらえ」
「それって御朱印というかサイン帳では……? ありがたく貰いますが」
俺も御朱印帳を貰ってしまった。鞄がないから腰にベルトで下げるタイプのブックホルスターみたいな奴もつけて貰った。俺の御朱印帳の表紙は藍に青海波の模様が箔押しされたシックなものだ。箔押し部分は銀でかっこいい。
服もそうだけど、割とセンスが現代入ってるなこの神様。
「うむうむ、では引き続き先へ進むとしよう」
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