閑話休題?
急死に一生スペシャル!
–––刺されたから。
刺されたなんて蚊なら大したことないし、採血ならお大事にで済むが、私が刺されたのはバタフライナイフってヤツだった。
お大事にどころではなく、命の危機だった。
着物の少女と出会う数時間前。
とある噂から私の急死に一生スペシャルが始まった。
「え、フレアにお気に出来たの?」
その言葉を皮切りにいつメンのクラスメイト達は口々に話し始める。
「そうそう!ほら1年にいる特待生の子。その子がどう知り合ったのか分からないけど、フレアに入ったのよ」
「あれ?でも特待生の子って男の子じゃなかったっけ?イケメン?金持ち?名家?そんな話聞いたことないけど」
「いやそれが女の子だったんだって!しかも
「あのワイルドな感じのカッコいい子でしょ。私の友達も一時付き合ってた時あったけど、ちょっと彼女面したら速攻切られたって」
「でもさ、フレアが女の子囲うなんて、それって」
「ご奉仕係、だね」
夜の、とは敢えて付け足さないが。
私の言葉に時が止まる。
フレア。この学園における各界に大きな権力を持った御子息の集まりで、女子のみならず男子も群がる激ヤバ集団だ。
一応部活扱いのフレアは、時々盛大に何かをやって学園に良い影響を与えている為か、ある程度横暴に振る舞ってもお咎めされない、ていうかどんなやつでも彼等に逆えないと言われている。
普通にしてたらまあ関わらないけど。
「まあフレアって1人の女の子を囲うことあるけど、今日で2ヶ月でしょ?最長記録じゃん」
「だねえー…でもさ、確か姉小路先輩って天條君と付き合ってなかったっけ?」
「え?そうなのっ!?」
「あちゃー知らなかった?フレアファンの中じゃ有名よ」
素っ頓狂な声が出ても仕方ないと思う。
姉小路先輩。
茶道お家元に生まれ、ご両親は何百人というお弟子さんを抱え、茶道教室でもご自身が見本となるほどの技術もお持ちで、部活動や生徒会もしっかりと熟す正に才色兼備の美女だ。
姉小路先輩…大丈夫かな。
ふと思い出すのは、姉小路先輩の優しい微笑み。
『大丈夫?』
–––煌めく長い黒髪を耳にかけ、桜の花弁が舞う青空をバックに微笑む姉小路先輩。
入学式で迷っていた私に声を掛けた美しい、その人。
当時の私は高校生になるのを機に地元を飛び出てきたこともあって、親しい友人も居なければ、親も仕事で来れず、頼れる人もいなかったから、勝手に孤独感も出て来て気持ちも投げやり気味だった。
そんな中でキラキラと輝く女神の様な人が現れたら、アホ面にもなると思う。
『外部入学なんだ?』
『はい…そうなんです』
そんな私を笑わずに『新入生?だよね、じゃあこっち』と手を引っ張ってくれた先輩は、只管色んな話をしてくれた。
『そっか…じゃあちょっと心配だよね。友達できるのかなとか、居場所作れるかなとか』
うんうんと頷く姉小路先輩。
『変な噂を聞くかもしれないけどこの学園、部活動とか委員会とか沢山あるから自分にあったものを選ぶこともできるし、色んな出身の人が来ているからきっと気が合う人も見つかると思うの』
『そう、ですかね…』
何とも歯切れの悪い返答をしていた。
こんなに私を気遣ってくれているのに正直態度で言えば失礼だったと思う。
それでも、姉小路先輩は。
『それでも気の合う人が見つからなかったら、私が友達一号ってことでも良い?』
『へ?』
思っても見ない言葉に、姉小路先輩を見る。
『やっと見てくれたね、こっち』
ふふっ…と振り返りながら笑った。本当に綺麗だった。
男だったら惚れてたと思う。ていうか、惚れた。多分借金の連帯保証人になって?と言われたらサインするし、逃げられても全然構わないと思う。先輩絶対にそんなことしないと思うけど。
道すがら先輩と話して行くうちに、ここに来てずっと感じていた疎外感や緊張感、不安感が一気になくなっていくのを感じた。
クラスに着いた後、姉小路先輩に連れてきてもらったの?何で?とクラスメイトに質問され、そこから友達もできた。
廊下ですれ違っただけでも、ニコニコ声をかけてくれるし、本当に人として出来過ぎな先輩。
「先輩と仲良いもんね」
「うん…」
「まあ噂っちゃ噂だから、そんなに気にすなって」
「そう、だねうん」
よしっと私が気合いを入れると「お、そのいきだ!」と友達も慰めてくれたのを最後に昼休憩が終わった。
–––そして、現在。
「やってしまった…」
着物の少女と別れた後に6限目を丸々サボった事実を知り、大慌てで教員室に向かったが後の祭り。
担任からお小言を頂戴する羽目になり、すごすごと帰る道中。
「たが…!」
「違うんで…」
空き教室が立ち並ぶ廊下を通り過ぎようとしたところで、人の争う声が聞こえた。
何々人呼んだ方が良さそう?
一応誰がいるか確認しようと、口論する人たちにバレないように戸を少し開けた。
「や、やめてください」
「貴方なんて…!」
見間違いのない女子生徒の後ろ姿。
その人が振り上げた物は。
「っ!姉小路先輩!」
背後から飛びつき、手を握って押さえようと揉み合う。
「何!?」
「落ち着いて下さい!」
女神が鬼神に変わったかの如く、強い力で振り払おうとする。
でも、私の本能が止めなきゃマズイとお知らせしてくるので必死に食らいつく。
「うるさい!離してよ!」
「駄目です!先輩そんなことしたら!」
グサっと。
「え…」
バタフライナイフの本来の目標であるモサイ男子生徒?いや女子生徒?の声が、時の止まった場所に響いた。
こうなるんだよお!と、実演するつもりはなかった。
私の贅肉に埋まったバタフライナイフから、呆然と手を離す姉小路先輩。
思い出したかの様にじわじわと腹部から血が滲み出てきて、痛みもじわじわ来る。
「嘘、私、嘘」
姉小路先輩落ち着きましたか?なんて言う気力もなく、その場に蹲る。
「大丈夫ですか!?あのしっかり、」
モサイ人が隣でなんか言っている。
それより。
「姉小路先輩」
「へ、あ」
「行ってください」
「え?」
私は姉小路先輩を見上げる。ああやっぱり綺麗な人。
果たして私は笑えているだろうか。
「私は学園に、侵入した、暴漢からこの人を庇おうとして、刺されて、犯人は、逃げたことにします」
口調が途切れ途切れだけど、アドレナリンどばどばで頭はいつも以上に回転する。ああテストの時もこの回転力があれば。
「だから、行ってください。先輩は何もしてない知らない」
「で、も」
「先輩!」
「っ」
腹に響いた、痛い、悶絶。
「いや、でも私、」
「行って!」
私の怒鳴る声に、先輩は弾かれた様に教室を飛び出る。
そして、
「モサイさん」
「…え、モサイ?」
だって、名前知らないし。
出来るだけ腹部をこれ以上傷つけない様床に転がる。
「秘密にして」
「…」
「貴方も大事はごめんでしょ」
そんなモサイ格好しているのだってそういう理由でしょ。
こくんと頷く彼女に、更に私は続けた。
「呼んで」
「…わ、分かりました!」
もう気力なんてとっくに底についた。
大慌てで助けを呼びにモサイさんが教室から飛びでる。
–––前提が長くなったけど、これが私が着物の少女を忘れた原因だ。
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