Prologue–②

「…なに、してるの?」

 

「え?ほら具合悪いなら乗って?」



 鈴を転がすような声ってこういう声なのかもなあと思いつつ「ほらほら早く早く」と後ろ手で手招きする。



「…待ってあそこにあるの拾って」



 触れただけで折れそうな人差し指が、室内に何個か落ちているビーズを示す。


 内心はいはいと言いながらビーズを拾い上げ、持っていたハンカチに包み「はい」と本人に最後の一個を出す様促した。



「…」


 恐る恐る差し出した最後の1個を他のビーズと一緒に包み「はい。今度は落とさないようにね」と本人の手に握らせる。


 自分の両手で彼女の手を覆うとまたびくりと動くが「ありがとう」と小さな声でお礼を言ってくれた。



「はいじゃあ乗って」



 彼女に声を掛けて、さっさとおんぶする。


 着物って重いはずなのに妙に軽く感じる。あと、甘くて良い匂い。


 

「…何処行くの?」


「取り敢えず保健室行こうか」



 匂いを吸引しようと鼻の穴が膨らみそうなのを堪え、保健室へと足を踏み出した。


 

「…」


「…そう言えば、お名前は?」


「聞くなら、先に自分の名前を言ったら?」


「あーそうだったね、ごめんごめん」



 私の軽い口調に呆れたのか「変な子」と私の首元に顔を埋める。


 変な子に変な子と言われてしまった。



「–––唐堂綴とうどう つづり、デス」


「…ふーん」


「…」


「…」



 え、終わり?


 そこは自分の名前を言うんじゃないのか。



「綴は、幾つなの?」


「16歳だけど」


「好きな人はいるの?」


「いやいないけど、」


「じゃあこの学園でかっこいいなとか思う人とかいないの?」


「…うーんかっこいいか」



 質問攻めにあいながらうーんと首を傾げる。


 うちの学園はゆい者正しい将来金持ち有望な御子息御令嬢達が通っており、顔面偏差値の高い人も多くて有名だったりする。(因みに私は家柄、容姿平凡そのもの)


 でも自分がかっこいいと思うかっていうのは、また別な話…。


 色々顔を思い浮かべるがしっくり来る感じなのがない。


 歩きながら黙考する私に、着物の少女はとある名前を出した。



「じゃあ、天條獅帥てんじょうしすいは?」


「あー天條君か」


 

 私でも知っているこの学園の有名人の1人。


 天條獅帥。


 天條家なんていう遡れば平安時代まで家系が続くらしい、やんごとなきお家のお生まれで後継者。


 容姿、能力どれを取ってもハイレベルで、家の事業も手伝っていて、その手腕は天條の名に相応しいと言われている。


 私としては“あの”部活の部長というイメージの方が強いけど、そもそも顔どんなんだったたっけ。



 顔…顔…。



「…」


「…綴?」


「どんな」


「え?」


「どんな顔だったっけ」


「…」


「…」


「…ふ、ふっふっふ!はははっ!!」



穏やかな光景で1番浮いている着物の少女にケタケタと笑われてしまった。



「だ、だって別に恋愛したくてここ来たわけじゃないし」



 それは、本当。


 

 一般の、私の様な庶民と言える学生の中には玉の輿、逆タマ狙いの人も沢山いるらしいけど、私の場合は祖父の強い勧めでここを選んだ、


 選んだ、はず。



『ふふ…可哀想』



ああ出てこないで、幻。



「ふーん?」


「ほんと、ほんとだし!」


「じゃあ、?」


「え、と」


火之宮勇照ひのみや ゆうしょうは?」


「んと」


木野島楽きのしまらくは?」


「えー…」


「ふふははは!全然覚えていないじゃない!」



 そんなに笑うなんて酷い。



 思わずぷーっと頬を膨らませると。



「怒らないで綴」



 後ろからつんつんと頬を突かれて、プシューと頬が凹む。



 もう…。



 可愛らしいその仕草に嫌でも許す気持ちになってしまう。やっぱりズルい。



「可愛いわ、綴」



 ふふと耳元に吐息が当たり、ゾワゾワする。



 …このシュチエーション私が男だったら運命的な出会いかもしれない。


 ボーイミーツガール的な。


 定番の出会いだよね、これは。


 我が儘美少女(顔見ていなけど暫定)に振り回される平凡男子。(男じゃないけど)



「ねえ綴」


「ん?」



 そんなお馬鹿なことを考えていたら、



「どうして私を見て懐かしそうな顔をしたの?」



 冷や水をぶっかけられた。


 そう思うほどの衝撃を与えられて、足が止まる。



「懐かしそうな顔をしたと思ったら、苦しそうな顔もして…ねえ?」



 彼女の手がするすると首元を撫でる。


 その動きがまるで、



「–––何で?」



 死神が自分の首に鎌を当てているように感じた。



 声が無邪気を装って、致命傷を与えようとしてくる。



「どうしたの?」

『どうしたの?』



 突然おんぶしている彼女が、あの子に入れ変わった気さえする。



 観念しろ



 そう、言われている気がした。



 私は、



「聞いても、面白くない、よ」



 鉛を吐き出すかのように声を出した。みっともなく足掻く。


 でも、



「それは聞いてから私が決めるわ」



 此方の心情なんてお構いなく、傲慢に要求する。



「はあー…」



 溜息とともに臓腑に染みついたこの黒い感情もでちゃえばいいのに。


 重苦しくも歩みを再開した。



「私さあ…幼馴染がいてね」


「うん」


「1人はお隣さん。生まれた時から一緒で、母親同士も仲が良くて、本当に何するのも一緒」


「うん」


「大きくなるにつれて野球大好きな幼馴染は、地元のクラブでも順調に成長してエース扱い。中学になったら勿論野球部に入って、そこでもエースになった。顔もカッコ良かったせいでもうモテモテ」


「うん」


「そんな相手が近くにいたら私もやっぱり好きになって初恋」


「うん」


「で、もう1人の幼馴染は、6歳ぐらいの時に引っ越してきたんだよね。隣の家に」


「うん」


「その子はよく妹と一緒に公園にいて、毎日毎日誰とも話さずにずっとベンチに座っていたの。だから不思議に思ったから私が声を掛けた」




 そう、それが始まり。



「その子はヤンチャで、男勝りで。その子の思いつきによく振り回されてたけど、全然嫌じゃなかった」



 誰よりもキラキラしていて、誰もが思い付かないことを平然とやってのけるその特別さ。



「その子はヤンチャで、男勝りで。その子の思いつきによく振り回されてたけど、全然嫌じゃなかった」



 誰よりもキラキラしていて、誰もが思い付かないことを平然とやってのけるその特別さ。



 皆んながあの子を見ていた。


 皆んながあの子に憧れていた。



 綺麗で特別なあの子と、やれやれと言いつつ内心ワクワクしながらついていく彼、大丈夫かなとか思いつつあの子に従う腰巾着みたいな私。


 腰巾着でも構わなかった。


 凡人の私が特別に触れるなんて奇跡に近かったから。



『綴遅い!』


『ご、ごめん』


『いいだろう綴だってわざとじゃないんだし』


『ワザとじゃなくても着いてくるのが綴でしょ!ほら!』


『わあ待って!』


『おい!』



 語る私の横をいる筈のない3人の子供達が駆け抜けていく。



「私と彼の家に招いて遊ぶこともあったし、外に出て泥んこになるまで遊ぶこともあったし…本当に楽しかった」


「うん」


「でも、変わったのは中学入ってから」



 潮の匂いがする。



「元々綺麗な子だったんだけど、大きくなるにつれて大人でも驚くぐらいの美人になっちゃって。きっと地元であの子より美人なんていなかった」



 ヒラヒラとセーラー服の裾が舞った。



「海に行こうって言ったの、あの子が」



 中学の入学式を終えてあの子が急に「海に行こう」と言った。


 着いて早々海辺で裸足になって、彼女が軽やかに私に手を差し出した。



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