Prologue
Prologue–①
暖かな陽気が自分の身体を包み、絶妙な眠気を誘ってくる。
んー…あったかい。
窓から入る暖かな空気が春の訪れを知らせてくる。
4月中旬。まだ寒くてもおかしくない筈なのに、今日はやたらポカポカする。
眠気と戦いながら運んでいる教材をよっと抱え直した。
「ねえ昨日のテレビ見た?」
「見た〜」
「あの俳優超カッコよかったよね」
「ねー!」
「ほら1年きびきび動け!」
「ウッス!」
「そこ音外れてる!ヴァイオリン!」
「すみません!」
学校のあちこちから聞こえる声をBGMに、教材置き場に向かう。
はたまたは部活動に精を出す部員達、はたまたは帰りがけに面白かったテレビの話をする生徒達。
穏やかな様子に笑みが自然と溢れた。
ああ平凡だな。
…なんだかんだ、もう2年生か。
新幹線を乗り継いで来れる学校に入寮して、漸く2年目を迎えた。
地元はここに比べたら田舎だけど、学校もあったし、大きなショッピングモールもあったし、子供が遊びに行ける場所もあった。
犯罪も万引きぐらいで、大きな事件なんてない。
年齢が上がれば大体の人が顔見知りにもなるし、お隣の家庭事情もそこそこ筒抜け。
そういう田舎特有の雰囲気を嫌がって街から出ていく人もいたけど、私は長閑で、ゆったりとした空気が好きだった。
とびっきりかっこいい幼馴染がいて、2人が3人になって。
薄らと思い出される。
『ねえ、 に い よ』
可愛らしくも、憎らしい声が頭に響く。
白いしなやかな手が、私に伸ばされて–––。
カキーン!
バットを振るった音が、幻を掻き消した。
どっと身体中から汗が吹き出す。
「どこ飛ばしてんだよ!」
「スンマセン!」
外で練習する野球部員の声が聞こえて、意識がじわじわと現実に戻される。
気づいたら、
「うわしまった…!」
教材が床に散らばっていた。
大慌てで美術教材であるポスター数点の無事を確認する。
「汚れてたりは…ないね」
中身を検分しながら、丁重にくるくるとポスターを巻き直す。
ポスターの内容はジャック=ルイ・ダヴィット【クピドとプシュケー】、グスタフ・クリムト【ダナエ】、アントニオ・アッレグリ・コレッジョ【イオ】etc…。
ギリシア神話メインの神と人の愛の軌跡。
………そういえば、昔から不思議だったんだけど。
と、丸めたポスターを纏めながら、昔からの疑問を思い出す。
人間って、人以外の何か…例えば神様とか、妖精、精霊、動物etc…と何で交わる発想に行き着いたいんだろう。
何か人にとって得になる力を得られるから?
神の親族になることで自身も神様そのものになれるから?
そもそもそういうのって、異類婚姻譚っていうんだっけ。
「よいしょ」
教材を持ち直して、改めて歩き始める。
童話でも美女と野獣(野獣の中は人だったけど)、カエルの王様とかもその類だよね。
この2つはハッピーエンドだけど、他の異類婚姻譚は悲恋なのが多い。大抵は正体が知られて自ら去ったり、追い出されたり、別れさせられたり、ギリシア神話だと下手したら殺されたりしている。(その後星座とか神の末席に加えたりしているけれど)
人の愚かさを語っているのか、異類の偉大さを示す為か。
人は怖がる癖に、それでも手を伸ばす。
平凡で下らない人間だと言いながら、無遠慮にも触れようとする。
じゃあ、異類が人と交わる理由って。
「あ」
つらつら考えていれば、教材を置き場についていた。
好きな物語のことを考えていれば、一瞬にして嫌な気分も払拭できてしまう、自分の現金さに呆れた。
おばあちゃんの影響だよね完全に。
「失礼しまーす」
無人なのは分かっていたが一応挨拶しつつ、教材室の扉を開けた。
埃臭さと椅子にも机にも積み上げれた本達にお出迎いされて、元あった場所に教材を置く。
おばあちゃんここにいたら、地べたに座ってでも読んだだろうなあ。
想像まで出来てしまうから笑ってしまう。
–––祖母は作家だった。
小説から絵本の原作まで色々手掛けていて、数多の作品を世に送り出したおばあちゃん。
色んな話を聞かせてもらったし、大事なことも沢山教えてもらった。
『いつか貴方にも物語みたいなことが起きるわ』
『本当に?』
『そう。どんな人にも必ずあるの』
『へえ…』
『気のない返事ねえ。いい?ここからが大事なことよ』
『大事なこと?』
『もしね、その物語みたいな出来事が自分に起きても、しっかりと自分を持ちなさい』
『?』
『流されるんじゃないよ。強く…強く…自分を持って、真っ直ぐな目で向かい合いなさい』
『??』
『大丈夫。いやでも分かるわよ』
子供のように笑った祖母。
そう言った祖母は、小学生最後の夏に亡くなった。
その時は意味が分からなくてボケっと話を聞いていたけれど、祖母はその後に起きることを予期していたのかもしれない。
………結局、アドバイス無駄にしちゃったな。
「おっと」
考え耽るのは後後。
山積みの教材にあたりかけて、慌てて除ける。
視界を遮るほど教材を山積みにするのってどうなの?と思いながら、雪崩れ込みそうな山積みの教材の隙間を通り抜けていく。
その時、
「え、」
コロコロと何かが飛び出てきて靴に当たる。
ビーズ?何だろう。
よく見たくてしゃがみ込んでそのビーズを拾い上げる。
赤い…何だろう。まさか宝石?
光に翳してよく見ようとしたところで、
「触らないで!」
切り裂くような声に視線を合わせて–––固まった。
逆に何で気づかなかった、いや気づこうとしなかったのか。
さっきのが可愛く思えるほどの、幻覚が私を襲う。
『ありがとう!助かった!やっぱり持つべきは頭の良い親友ね!』
『アハハッ!!』
『ほーんと馬鹿ね』
『アンタに分かるわけないじゃない!』
頭の中で幾度となく思い出された光景が、夕暮れが、ネオンが、血が。
見た目だって全然違うのに現れた彼女が何故だがダブって見えて、動きが止まる。
「返して!」
ふんだくる様に私の手からビーズを奪い取られて、意識が現実に戻った。
私幻覚見過ぎだわ、反省。
「あ、ごめんね」
取り敢えず謝ってみたが、顔覆うほどの長い髪の少女はふーふーと警戒心を露わにしていてとりつく島もない。
その瞬間、ぶわりと。
「あっ…!」
窓から強い風が吹き込んで、警戒心の強い彼女の艶めいた黒髪を揺らす。
桜の花びらが室内に舞い、ふと見えた髪の隙間。
覗く切れ長の薄い色素の瞳…火傷?
そう思ったのも束の間。
「やっ…!」
私の視線に気付いた彼女は、小さな悲鳴を上げてぱっと髪で顔を覆った。
よくよく見たら着ているものが制服じゃない。
毒々しい赤地に黄金色が渦の様に這う着物は、明らかにお高いもの。少なくてもうちの学生ではなさそう。
もしかして迷子?
「あの…」
「…ごほっ」
出鼻を挫かれた感じだが、急にごほごほと咳をし始めたので慌てて近づいた。
「大丈夫?」
「っ…!」
背中にそっと触れると一瞬びくりと身体を震わせたが、拒否はされないのでそのまま撫で続ける。
「…」
「落ち着いた?」
咳が落ち着いて来たのを確認して、私は彼女の前に背中を向けながら跪いた。
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