悪夢


「ほんで、相談ってなんやねん」


男子大学生の早乙女さおとめは、友人獅子丸ししまるの家に呼び出されていた。


確かに、見るからに参っていた。


獅子丸の目の下にははっきりと黒いクマが出来ていたし、肩も落ち腰も丸め、疲労困憊と言った様子。輪郭もやつれているように見える。


「最近、怖い夢を見るんだ。

 寝てる間中うなされて、全然安眠出来なくて…。

 朝になるともう、ぐったり疲れてるんだ。

 寝ても全く疲れが取れないから、毎日辛くて……」


「ナイーブなやっちゃな。

 どんな夢やねん」


「男に襲われるんだ。

 それで、俺も抵抗するんだけど成す術無くやられて……」


獅子丸は悔しそうに唇をかんだ。


早乙女は少し苛立った様子で言葉をかける。


「なんやそら。自分の見る夢やろ?

 シバいたったらええやん。

 夢ン中でくらい根性見せろや」


「そりゃわかってるよ!俺だってそうしたい!

 でも、あいつらいつも集団で来るんだ。

 俺一人で、そんな何人も相手に出来ねえよ」


「現実ならともかく、夢やろ?

 何をそんなリアリティにこだわっとんねん。

 投げ飛ばしたれよ」


「そうじゃないんだ…。

 俺、怖いんだ。

 寝ている間、この部屋で何か起きてるんじゃないかって。

 よく言うだろ。事故物件とかだと、金縛りがあるとかうなされるって」


そうは言うがここが事故物件だという話は聞かないし、調べても出てこない。


「とにかく、頼みがあるんだ!

 俺が寝ている間、横で見張っていてくれないか?

 それで、何か異変が起きていないか調べてほしいんだ!」


「なんで俺がお前が寝てる間起きてなきゃアカンねん」


「頼むよ、こんな相談お前にしか出来ないんだ。

 この借りは返すからさ」


そうやって頼まれては聞かざるを得ない。


無茶な願いではあるが、それだけ獅子丸が参っている証拠でもある。


正直、腕っぷしの強いガキ大将だった早乙女は、獅子丸の悩みに全く共感できない。


だが困っている人間を放っておく事も出来ない。


親譲りの面倒見の良さが彼の根底にあった。


二十一時くじ


寝不足で疲れていたのだろう。


室内灯もついたままだというのに、獅子丸は目を閉じすやすやと眠りについた。


部屋の中央に敷かれた布団。


そのすぐ横で早乙女はケータイをいじりながら、異変が起きるのを待っていた。


すると眠りについてから十分じゅっぷん程して、まず獅子丸の様子に変化が起こる。


「はあっ、はあっ」


呼吸が乱れている。“悪夢”が始まったようだ。


「やめろ!

 やめてくれ、トーゴ!

 やめてくれ、テツヤ!!」


うなされ、うわごとを吐き始めた獅子丸。


夢の中で件の男たちに襲われているのだろう。


「こらアカンわ」


苦しそうにうなされる獅子丸を助け起こそうとしたとき、早乙女の手はぴたりと止まった。


「待てよ…。

 トーゴ…?テツヤ…?

 どっかで聞いた名前や」


トーゴ…テツヤ……。


二つの名前を反芻しながら、室内を見回す。


「アレや!

 TOGOトーゴTETSUYAテツヤ!!

 男性アイドルグループ『グリズリーポート』のメンバーや!!」


室内には、イケメンアイドルグループのポスターが飾られていた。


「駄目だっ、こんな……ううっ…!」


うなされる獅子丸が両手を振り回し始めた。


「こらアカンわ!」


これは危ない。現実で暴れ始めるのは危険な兆候。


起こしてやらないと駄目だ。


そう思った早乙女は、次の瞬間獅子丸の動きのある法則性に気付く。


獅子丸の両手は、まるでリレーのバトンを持つように緩く握られていた。


そして、左右の手を交互に押し引きしているように見える。


「シゴいとるんか……?

 TOGOトーゴTETSUYAテツヤの、シゴいとるんか、獅子丸ッ!?」


もがき苦しむように腕を振り回すその動きが徐々に小さくなっていく。


そして両手を両耳のすぐ前、頬の真横くらいで動かすようになった。


シゴいとるやんけっ!!

 獅子丸ッ!!」


そんな早乙女の叫びが聞こえたのか。獅子丸の寝言が止まる。


と、同時に…呼吸も止まった……?


「…こらアカンわッ」


すぐさま早乙女が獅子丸を起こしにかかる。


だが、獅子丸は目を閉じたまま、口をアルファベットのOオーの字に開いて鼻で呼吸を始めた。


「……なんや、無呼吸ちゃうんかい」


早乙女がホッと胸をなでおろしたのも束の間。


獅子丸は首を左右に振り始めた。


二秒刻みくらいに、右を向いては左、左を向いては右、と、規則正しく!


「咥えとるんか…?

 交互にしゃぶっとるんか……?

 リズミカルに交互にしゃぶっとるんか、獅子丸ッ!!」


ふんっ、ふんっと鼻呼吸が荒くなっていく。


友を想う早乙女の叫びは獅子丸には届かないのか。


急にがばっと起き上がりでもするかのように、獅子丸は顔を上げた。


「タツミさんッ!?」


「誰やねん!新キャラ登場かいな!」


タツミ……TATSUMIタツミ!?


TATSUMIタツミ。彼も“グリズリーポート”のメンバーだ。


獅子丸はいよいよ激しく暴れ始めた。


「うああ、タツミさん!

 タツミさんやめて……!!」


顎を突き上げ、身体を海老反ってもがきはじめた。


「こらアカンわ…!」


「はあっ、はあっ、

 タツミさん、タツミさん……!」


「獅子丸、いま起こしてやるから……、

 ッ!?」


とうとう友人を起こそうとした早乙女だったが、に気付くと手が止まった。


「……さん付けやんけ……。

 ……“推し”やんけッ!

 “本命登場”やんけッ!!

 獅子丸ゥーッ!!」


どすん、どすんと激しく暴れていた先程までとは違う。


足も、背中も、布団についたまま腰だけが激しくスウィングしていた。


ばっさばっさと布団が舞う程の勢いで激しく動いたり、小刻みに動いたり。


「こら和姦や」


早乙女は枕元にティッシュとゴミ箱を置いて、獅子丸の部屋を出て行った。

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